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<EP_005>

耳をつんざくような警報音が鳴り響き、視界は、そこかしこで上がるオレンジ色の炎と、濃い灰色の煙で半分以上が覆われていた。

ここは、どこか通路のようで、天井から火花が散り、無数の配線が溶けたプラスチックの悪臭を放ちながら垂れ下がっている。

「ジェイムズ! 緊急隔離だ。早く来い、間に合わないぞ!」

男の叫び声が、警報と炎の轟音の合間を縫って聞こえてきた。

見れば、床が激しく揺れ、傾斜し、視界の先では、厚い金属製のハッチが、激しい振動とともにゆっくりと閉じ始めようとしていた。

叫んだ男は必死に手招きをしていた。

ゼロが閉じるハッチの下に飛び込むと、強烈な爆発音が閉まったハッチの奥から聞こえてきた。


「グアッ!」

ゼロはその場にしゃがみ込んだ。

「どうしたの、ゼロ?」

見れば裸のマリアが、心配そうにこちらを見ていた。

窓の外からは、雷鳴と、雨が打ち付ける音だけが聞こえていた。

「……何だ、今の」

体中が汗でびっしょり濡れていた。全身が焼けるように熱く、喉が乾いていた。

そして何より、あの炎の熱と、金属の焦げ付く臭いが、現実のものとして、鼻腔の奥に残っている。

「ゼロ、大丈夫?」

しゃがみ込み動けないでいるゼロをマリアは優しく抱きしめた。

マリアの柔らかく暖かい感触が伝わってくる。

「あ、ああ、大丈夫だ……」

マリアの手を触りながら、ゼロは声を絞り出し立ち上がると、台所へ行き、水を飲んだ。

カラカラに乾いていた喉が潤され、ゼロは一息ついた。

(なんだったんだ、あれは。まるでSF映画のワンシーンじゃないか……)

突然フラッシュバックした映像にゼロは考えてしまうが、答えは出なかった。

「ねぇ、ゼロ…私、お邪魔だったかしら……」

振り返ればマリアが心配そうにこちらを見ていた。

「いや、そんなことないよ……」

ゼロは、そう言うのが精一杯だった。

「嬉しい。ゼロ…私にはあなたしかいないの」

マリアが抱きついてきた。

親友の葬儀の直後にその妻を抱いてしまった罪悪感が湧き上がってくるのを感じながら、ゼロはマリアを抱きしめるしかできなかった。

「ゼロ……今夜はもう遅いわ…それとも、もう一戦する?」

そう微笑むマリアに手を引かれながら、ゼロはベッドへと戻っていった。


「ゼロ、ただいまにゃ!」

翌朝、ログハウスの扉が開かれ、王城に残っていたターニャが帰ってきた。

ターニャは元気良く寝室へと入ってきた。

飛び起きたゼロとターニャの目が合う。

「おはよう、ターニャ」

絶句しているゼロを気にすることもなくマリアも身体を起こす。

当然、ゼロもマリアも裸のままだった。

(ま、まずい……)

ゼロが何も言えずに固まっていたが、ターニャの反応は意外なものであった。

「わぁ、マリアも来てたのにゃ。良かったにゃ、ゼロ」

ターニャは笑っていた。

マリアも固まったままのゼロを気にする様子もなく、ベッドから立ち上がると、乾いていた下着を履き身支度を整えていく。

「ターニャ、アリスはどうだった?」

「アリスはもう大丈夫にゃ。しばらく王城で過ごすみたいだけど、アタシは帰ってきたにゃ。マリアも一緒ならゼロも寂しくないにゃ」

「うふふ、そうね。これからもよろしくね、ターニャ。じゃ、ご飯にしましょう」

「わーい、マリアのご飯は美味しいから楽しみにゃ」

そう言って二人は寝室から出ていった。

何事も無かったかのように、楽しく話している、愛人二人を見てゼロの心の小波はうねりへと変化していった。

(なんなんだ、この世界は……)


ゼロも服を着るとリビングに移動する。

マリアが台所に立ち、ターニャはテーブルに座って朝食が出るのを待っていた。

「ゼロも起きてきたにゃ。とっととご飯にするにゃ」

ターニャの様子はいつもと変わらない様子だった。

ゼロがぎこちない動きでテーブルに座ると、マリアがパンとスープを持ってきた。

三人で朝食を摂るがゼロは何も味を感じなかった。

「マリアもここに住むのにゃ?」

ターニャが笑顔でマリアに尋ねる。

「ええ、ゼロが良ければそうしようかと思ってるわ」

マリアの答えにゼロはギョッとしてしまった。

(マリアもここに住むだって。何を考えているんだ)

驚きすぎて固まってしまっているゼロをターニャが不思議そうに見る。

「ゼロ、どうしたにゃ?マリアはここに住んじゃダメにゃのか?」

「ゼロ……」

二人に見つめられ、ゼロはますます固まってしまう。

「マリアの家は壊れちゃったにゃ。だったら、ここで皆で住むにゃ。それが楽しいにゃ」

「あ、あぁ…そうだな…ボクは構わないよ」

街にあるマリアの自宅が崩壊していたのを思い出し、ゼロは絞り出すように答えた。

ターニャは、ゼロの返答に満面の笑みを浮かべた。

「やったにゃ!アタシとマリアとアリスと、ゼロの赤ちゃん。みんなで賑やかになるにゃ!」

マリアも優雅に笑い、ターニャにパンを勧めていった。

「そうね。きっと楽しいわ」

目の前で、親友の妻と、自分の愛人が、何の軋轢もなく、ゼロの家族計画について談笑している。

(マリアも、ターニャも、全く疑問を持っていない。バーカスへの配慮も、アリスへの気兼ねもない……)

ゼロは、自分が吐き出したい、戸惑いや罪悪感、そしてこの世界への恐怖が、この二人の完璧な笑顔によって、喉元で詰まっていくのを感じた。


朝食が終わるとマリアは荷物を持ってくると言って街へと引き返していった。

ゼロはターニャと一緒に見送った。

マリアが遠くなると、ゼロは恐る恐るターニャに尋ねた。

「タ、ターニャ…ホントに良いのかい?」

「にゃにが?」

ターニャが不思議そうな顔で覗いてくる。

「その…ここにマリアが一緒に住むってこととか…ボクとマリアが一緒に寝てたこととか……」

ゼロが口ごもりつつ言うと、ターニャはますます不思議そうな顔をした。

「そんなこと気にしてたのにゃ。全然構わないにゃ。ゼロは一番強い男にゃ。その男の子供を欲しがるのは当然にゃ。アリスも言ってたにゃ。ゼロが望むなら、ゼロが誰を愛そうと構わないにゃ」

そう胸を張って答えるターニャを見て、ゼロは自分が抱えている戸惑いや常識が、この世界では間違っているのかもしれないと思い始めてしまった。

(獣人族と人間の種族の違いなんだろうか?しかし、マリアは……)

思考の袋小路に入ってしまい、考え込むゼロにターニャは勢い良く背中を叩いた。

「ゼロ、しっかりするにゃ」

「う、うん」

ターニャの手荒い激励にゼロは考えるのを止める。

「ゼロ、マリアも来るなら、この家は狭すぎるにゃ。アリスの赤ちゃんも増えるんだし、もっと大きな家が欲しいにゃ」

「そうだな」

元々、このログハウスはターニャとの二人暮らし用に作ったものなので、マリアを加えた大所帯では手狭過ぎた。

ゼロはターニャに生ゴミを持ってこさせると、地面へとぶち撒けた。

「サーヴァント召喚!大きな家を作れ!」

【Tuning Skill Activate.】 COMMAND\_TARGET: BUILD\_LARGE\_HOUSE(ID:001).

RESOURCE\_INPUT: Organic\_Waste(ID:009) \to PROTOCOL: SYNTHESIS\_TRANSFORM.

OUTPUT\_DEPLOYMENT: Golem\_Servant(x3), Construction\_Material. CAUSALITY\_CHECK: PASS. STATUS: EXECUTE.

ゼロの言葉とともに目の前に半透明の画面が現れ、ゴミから複数のサーヴァントが作られ森へと材料を取りに消えていった。

今まで気にしていなかったが、画面に流れる文字を見て、ゼロの頭に再び映像がフラッシュバックした。


廊下の床に投げ出され、ゼロは倒れ込んでいた。

後ろのハッチが閉まっており、目の前の黒人の男がゼロに手を差し出していた。

「ジェイムズ。危機一髪だったな。大丈夫か?」

ゼロは男の手を取り立ち上がる。

(この男は誰だ?……いや、この男をボクは知っている。彼はジョッグ・ラフォーン中尉。ボクの上官だ。上官?ボクは一体誰なんだ?)

ゼロがラフォーンの顔を覗き込み混乱していると天井から声が聞こえてきた。

「こちらブリッジ。ラフォーン、無事か?」

「はい。リカルド艦長。ただ、メインエンジンがやられ、機関部員も多数やられました。生き残ったのは私とジェイムズだけです」

「そうか……至急ブリッジにあがってくれ」

「了解!行くぞ、ジェイムズ!」

天井からの声と会話をするとラフォーンは廊下を走り出し、ゼロもそれに続いていった。


「ゼロ、大丈夫か?」

背中をターニャに叩かれゼロは我に返った。

(まただ…あれは一体……)

ゼロがうずくまったまま動けないでいるとターニャがしゃがみこんで顔を覗き込んできた。

「ゼロ、顔が真っ青にゃ。きっと、久々の発動で疲れたのにゃ。家でゆっくり休むといいにゃ」

ターニャに促され立ち上がって周りを見ると、サーヴァントたちが森から資材を持ち出し、今の家の隣に豪邸の建築をはじめていた。

「ゼロ、家はすぐに建つにゃ。ベッドでゆっくり休むにゃ。アタシが癒してあげるにゃ」

そう言いつつ、ターニャは笑顔でゼロの手を引いて家へと向かって歩き出した。

「い、癒すって、おい、ターニャ……」

ゼロの言葉にターニャは振り向いてニヤリと淫靡な笑いを浮かべた。

「今までゼロとはお外が多かったにゃ。アタシだって、ベッドでしたいにゃ」

そういうと、ターニャは満面の笑みを浮かべながらゼロを家へと連れ込んでいった。


ラフォーンとゼロが警報が鳴り響くブリッジに飛び込むと、そこには数人の男たちが悲壮な顔で慌ただしく動いていた。

(ここはどこだ?この人たちは誰?……いや、ボクは知っている。ここは星間探査船スター・エンデバーのブリッジで、中央に立っている壮年の男性はリカルド艦長。その前で操縦桿を握っているのが主任パイロットのデスタ少佐。その脇で火器コンソールを操作してるのはヴォーグ中佐だ…)

見知らぬ場所と、見知らぬ男たちのはずなのに、ゼロは彼らとこの場所を知っていた。

ゼロが立ち尽くしていると、リカルドが叫んだ。

「ジェイムズ少尉!ボケッとするな!早急にメインエンジンを修復してくれ。ラフォーン!艦のエネルギーをありったけシールドに回せ」

リカルドの鋭い声にゼロは反応し、ブリッジのコンソールパネルに取り付いた。

タッチパネルには見知らぬボタンが浮かんでいたものの、ゼロには何を意味するのかわかっていた。

ゼロは言われた通りに、メインエンジンの復旧作業をしていった。

「艦長!ダメです。このままシールドを維持し続けると、通常エンジンが焼き切れてしまいます!」

「デスタ!敵のトラクタービームを振り切れないのか」

「現在、試みてはいますが、振り切れません」

「くそっ!」

リカルドが唇を噛み締め拳を打ち合わせる。

「ヴォーグ!光子魚雷を発射しろ。相手を破壊しても構わん」

「了解。光子魚雷発射!」

ブリッジに光子魚雷の発射された音と振動が伝わってきた。

「ダメです。敵機影にダメージを与えられません」

ヴォーグの言葉に全員が言葉を失っていた。

その瞬間、ブリッジ内に爆発音が響き、ゼロの意識も途切れた。


「うわっ!」

ゼロはベッドから飛び起きた。

全身汗まみれで喉がカラカラに乾いていた。

(いったい、なんなんだ、あれは…夢?いや、夢じゃない……)

先程見た、スター・エンデバーの船内の映像は生々しく、鼻には男たちの汗と硝煙の匂いが残っているように思えた。

「ん?どうしたにゃ?怖い夢でも見たのか?」

隣で寝ていた裸のターニャが声をかけてくる。

「いや、なんでもないよ」

そういうとゼロはベッドから抜け出して洗面所に行き、顔を洗うと水を飲んだ。

鏡には自分の顔が写っていた。

(ボクは誰だ?ボクはゼロ・アブソリュート。転生してきた元サラリーマンのはずだ…)

ゼロは必死になって記憶を辿り、転生前の記憶を呼び起こそうとした。

しかし、その記憶は酷く曖昧で、先程みた夢の中とは雲泥の差であった。

(ボクは…ボクは誰なんだ……)

記憶の混乱にゼロは頭を抱え掻きむしる。

「ゼロ、大丈夫にゃ?」

鏡越しに見ると、洗面所の入口で心配そうな顔で見ているターニャがいた。

「うるさい!大丈夫だって言ってるだろ!」

記憶の混乱に苛立ち、ゼロはターニャを怒鳴りつけてしまった。

「そんなに怒らなくてもいいにゃ…」

ゼロのあまりの剣幕にターニャがしょんぼりと悲しそうな顔をした。

「ああ、すまない、ターニャ。ホントになんでも無いんだ。ゆっくりお休み。ボクはちょっと考え事をしてくるよ」

悲しそうな顔で見てくるターニャを残し、ゼロは服を着ると一人リビングに向かい、椅子に腰掛けた。

(ボクは…ボクは、ゼロ・アブソリュートのはずだ…)

ゼロはステータス画面を開き、名前を確認する。

そこにはゼロ・アブソリュートの文字と000が並ぶ、いつものステータス画面があるだけだった。

そのまま下にスクロールさせ、調律のボタンを押す。

すると、過去のスキル発動ログが映し出された。

(こ、これは…)

今までは何とも思わなかったスキルのログ画面だが、今のゼロには、その意味がわかってしまった。

(これはコマンドスクリプト…どういうことだ?)

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