<EP_019> 覚醒
「ゼロ……ホントに大丈夫にゃ?」
ターニャが裸のまま、リビングの入口で心配そうな顔でこちらを見ていた。
ターニャの肢体に、ゼロは自分の欲望が動くのを感じる。
スキルの発動ログが更新されていくのが横目に見えた。
「ゼロ、大丈夫にゃ。アタシがついてるにゃ」
ターニャが抱きつき、体温が伝わってくる。
(ああ、このままターニャを思い切り犯したい。無茶苦茶にしてやりたい。そうすれば、この罪悪感は少し晴れるだろうか)
そんな思いが浮かんでくる。しかし、それはターニャの意思を無視してゼロの楽園とされた世界である。
「ゼロ。少し疲れてるみたいにゃ。アタシを好きにすれば良いにゃ。そうすれば少しは楽しくなるにゃ」
ターニャは強く抱きつき、その手はゼロの股間へと伸びていく。
このターニャの行動も「ゼロを気持ちよくさせるため」というスクリプトで書き換えられた結果なだけだ。
苛立ちすら湧き上がってくる。
「うるさいっ!」
「ゼロ……」
乱暴に突き飛ばされ、ターニャは悲しそうな顔で見てくる。
(ターニャも被害者なんだ……ボクの被害者なんだ……)
ターニャの顔に、自己嫌悪しか生まれない。
「ごめん。一人にしてくれないか」
服を整えると、外に出た。
外は晴れており、空には星が瞬いている。
ログハウスの隣ではサーヴァントたちが忙しく働き、豪邸が建てられようとしている。
ゼロは自分の手を見る。
(ボクのこの手は、ボクの欲望を吐き出し、世界を狂わせていく。この手は、ボク自身じゃない。この力でもう、誰かを狂わせたくない。でも、どうすることもできないのか?)
ゼロは上を見上げる。
(この星空もボクが狂わせているのだろうか?)
目を閉じ、記憶を遡っていった。
「おい、ジェイムズ。これ見ろよ、あのクェーサー、水素スペクトルが250%も赤方偏移してやがるぜ」
「凄いですね。こんな場所でこの数値は信じられないですよ。コンピューター解析じゃ80%程度だったはずなのに」
ラフォーンが見せてきた結果にジェイムズは驚いてしまう。
船に付けられた望遠鏡を覗き込むと目のまえには光り輝く星が瞬いていた。
「既存の物理法則や、どんなコンソール・スクリプトでも解析できない、規格外の謎だ。この宇宙には、俺たちの常識を超えた、もっと不思議で、予測不能なものが詰まっている。それを見つけ、解明するのが、俺たちの使命なんだ。そう思わないか?」
「ええ。俺たちは、宇宙の謎を探る人類の最先端にいるんですよ」
「ジェイムズ。この世はスクリプトなんかじゃ動いてないぜ」
「そうですね。その謎を解き明かさないと」
子供のようにはしゃいで声をかけてくるラフォーンに、望遠鏡から目を離し、ジェイムズも、子供のように目を輝かせて答える。
「リカルドより機関部員に連絡。今から10分後に今後の探査についてのブリーフィングを行う。全員、ブリーフィングルームに集まってくれ」
突然入ったリカルドの船内放送にラフォーンは肩をすくめる。
「やれやれ、せっかく夢に浸れてたのによ。仕事のせいで現実に引き戻されちまったぜ」
「まぁ、仕方ないですよ」
二人は天体観測室を後にした。
「リカルド艦長……ラフォーン中尉……デスタ少佐……ヴォーグ中佐……」
ゼロが思い出せるのは、ブラック企業にいた頃ではなく、フラッシュバックの中で見た、人々。
ゼロはこの日の何度目かの問いを自分に投げかける。
「ボクは誰だ?……俺はゼロ・アブソリュート……元サラリーマンの転生した伝説の勇者……違う!」
ゼロの中で何かが弾けた。
霞がかったような曖昧な記憶ではない、ハッキリとした記憶。
「俺は……俺はジェイムズ・ハーマン。地球連邦第451師団に所属する、スター・エンデバーの機関部員。ジェイムズ・ハーマン少尉だ!」
ゼロの中でハッキリと前世のジェイムズ・ハーマンが目覚めた瞬間だった。
「ジェイムズ。この世はスクリプトなんかじゃ動いてないぜ」
ラフォーン中尉の言葉が鮮やかに蘇る。
(そうだ。この世界はスクリプトなんかじゃ動かせない。じゃあ、この世界は何だ?)
ジェイムズには、今見えている世界が酷く薄っぺらいものに見えた。




