<EP_012> 母性
ゼロはターニャに手を引かれてログハウスへ戻る。
ターニャは満足しきった顔で上機嫌に鼻歌を歌っているが、ゼロの胸中は重い。
ターニャと手を繋いでいる場所が、熱く焼けるように感じた。
「ただいまにゃ、アリス」
ターニャが明るく声をかけると、身重になったアリスが、いつもと変わらぬ完璧な笑顔で二人を出迎えた。
「おかえりなさい、ゼロ様、ターニャ。狩りはうまくいきましたか?」
アリスはそう言うと、まずターニャの頭を愛おしそうに撫で、次にゼロの手を両手で包み込んだ。
その温かさに、たまらないほどの罪悪感を覚えた。
(アリスは何も知らない。彼女の優しさ、この満ち足りた笑顔が、俺の罪を抉っている)
「うん、今日は大漁にゃ!」
ターニャは満面の笑みでアリスに狩りの成果を報告し、鴨を掲げる。
「まあ、それは良かったわ。ゼロ様も、今日はなんだかすっきりとした表情で、安心いたしました」
アリスはそう言いながら、ゼロの顔を覗き込んできた。
ゼロは、思わず硬直した。彼女の柔らかな瞳の奥には、裏切りを糾弾する色など微塵もない。あるのは、「ゼロの幸福」を純粋に願う、無機質な献身だけだ。
「……ああ。心配かけたみたいでごめんね。」
「いえ。 ゼロ様がお元気で、お健やかに過ごされること。それが、今の私にとっての何よりも大切な喜びですわ。ターニャがいれば私も安心ですわ」
「さぁ、今日は鴨肉のシチューにゃ。サーヴァントも手伝うにゃ」
台所で料理を始めたターニャとアリスを見ながらゼロは複雑な心境であった。
「アリス、もっと食べるにゃ。いっぱい食べて元気な赤ちゃんを産むのにゃ」
いつものように三人で夕食を囲みながら、食が進まない様子のアリスにターニャが無邪気に言う。
「そうね、元気な赤ちゃんを産まないとね」
「おい、アリス。無理しなくて良いぞ。無理して食べるほうが身体にさわる」
苦しそうな顔でシチューを食べようとするをするアリスをゼロは心配してしまう。
「アタシもいっぱい食べて、強い子を産むのにゃ」
ターニャの言葉にゼロはドキッとしてしまう。
「ゼロ様。私のことは心配しないで良いですわ。前にも申しましたが、私がお相手できない間だけでも、ゼロ様がお望みでしたら、ターニャを愛してあげて下さいませ」
口元を抑えながら、真顔で優しく言ってくるアリスを見て、ゼロの中で何かがざわついた。
翌日、ターニャが狩りへと誘ってくるが、昨日の今日なので、ゼロは躊躇してしまう。
しかし、アリスの強い勧めもありゼロはターニャを連れて狩りへと出発する。
ターニャとの連携で程よく鹿を仕留めると、ターニャがゼロに抱きついてきた。
「お、おい、ターニャ……」
「今日の獲物は仕留めたにゃ。だからご褒美を貰うにゃ」
「タ、ターニャ……ボクにはアリスが……」
「アリスも言ってたにゃ。アリスがお相手できない間はアタシが相手するにゃ」
普段の子猫のような顔から牝の顔に変わるターニャの誘惑にゼロは抗えなかった。
何回か逢瀬を続けると、ゼロの中の罪悪感も薄れていく。
アリスの出産が近づくと、出産の準備のために王城へ戻ることになった。
「ゼロ様。しばらくの間ですが、ご自愛下さい。きっと元気な赤ちゃんを産んで帰ってまいりますわ」
「ああ、待ってるよ、アリス」
ボケータ城前での別れ際、別れを惜しむようにアリスとゼロは抱き合う。
名残惜しそうに何度も振り返るアリスを見送って、二人は城を後にした。
バーカスとマリアの家に寄る。
マリアがトンマを抱いて笑顔で出迎えてくれた。
「まあ、ゼロ、ターニャ。良くいらっしゃいました」
「ゼロも親父になるんだな。救国の勇者と姫様のロイヤルベイビーの誕生に街中がもちきりだぜ」
バーカスは、相変わらず無骨な笑みを浮かべる。
「アリス様も、元気な赤ちゃんを産んでくれるといいですね」
マリアはそう言って、胸元のトンマに優しい眼差しを注いだ。 トンマは母親の胸に抱かれ、穏やかに眠っている。小さな手にマリアの胸元の服を握りしめている姿は、見る者の心を和ませた。
トンマを見つめるマリアにゼロは見とれてしまった。
二人ととりとめもない会話をして街を後にする。
その夜、ベッドでゼロはぼんやりと考えていた。
(マリアってやっぱり美人だなぁ。前から美人だとは思ってたけど、今はすっかり母親って感じで、さらに母性や慈愛がにじみ出てる。アリスの気品やターニャの無邪気さも魅力だけど、マリアの母性も魅力的だなぁ……)
横目で、裸のまま可愛い顔で寝息をたてているターニャを見ながら、そんなことを考え、目を閉じた。
【EDEN System Activate.】 Asset_Target: Maria(ID004). PROTOCOL: Relationship_Recalculation -> LOVE_ZERO.
Required_Asset_Removal: Barkus(ID003), Tonma(ID008).
CONSTRAINT_ID:003 (Barkus) & CONSTRAINT_ID:008 (Tonma) -> STATUS: ELIMINATE.CAUSALITY_REWRITE: Forced_Attack_Event (Black_Dragon).
Status: Complete!
ゼロの前に半透明の画面が一瞬映ったが、気づくこともなかった。




