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夫人革命逃亡記  作者: 伊阪証
修正してない本編

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36/39

水車橋の火

温かい食事と呼ばれて運ばれてきたものは、薄い豆の煮込みと黒いパンだった。豆は形を保っていたが味は薄く、塩は控えめで、油もほとんど浮いていない。けれど湯気があった。湯気が立ち上っていた。アデルは木匙で豆をすくい、口へ運んだ。器から上がる熱気が、顔に触れた。

「まあ、宮廷料理には遠く及びませんけれど、地獄の朝食としては上々ですわ。」

アデルはそう言って、木匙で豆をすくった。白と金を基調にしたドレスの膝にはまだパン屑が残り、泥と藍と炭粉で重くなった裾は椅子の脚に触れていた。深紅のコルセットは煤け、朝の広場で声を張ったせいで胸元の布が少しずれている。腰回りの大きな薔薇飾りは縫い直した糸でかろうじて留まっていたが、金糸は数本切れ、裏地の白が見えていた。青い宝石の欠落跡へ、豆の湯気が触れた。

レイモンは向かいで器を持っていたが、食べる手が遅い。広場での演説、監察官との応酬、処刑台の封印、記録の写し。すべてが終わったわけではないのに、一度座ってしまうと、身体が疲労を思い出す。彼の火傷した手にはまだアデルの袖から裂いた布が巻かれている。豆の器を持つ時、彼は無意識にその手を庇った。

「食べなさい。」

アデルが言った。

「食べている。」

「眺めている時間の方が長いわ。豆に罪状を読ませる気?」

レイモンは少しだけ眉を寄せ、ようやく一口食べた。アデルは満足げに頷く。

「上出来。」

「子供扱いするな。」

「大人なら言われる前に食べます」

「あなたこそ、その薔薇飾りを器に入れそうだ」

「これはまだ食材ではありませんわ」

「まだ?」

「この旅があと三日続いたら分かりません」

レイモンは呆れたように息を吐いた。アデルはそれを見て、木匙を口元へ運びながら少し笑った。静かな部屋で、二人は食事を続けた。

食事を終える前に、ラファエルが入ってきた。役所の小部屋を一時的に使っているため、扉は薄く、廊下の足音はすぐ分かる。彼は相変わらず疲れた顔で、手には処刑記録の写しを数束持っていた。食事中の人間へ遠慮する気配はない。アデルは木匙を置かず、彼を見上げた。

「食事中に処刑記録を持ってくる男は、舞踏会でも招待状の代わりに葬儀名簿を配るのでしょうね」

「食べながら聞いてください。」

「本当に最低」

「監察官が先に動く可能性があります。こちらは証言を揃える必要がある」

レイモンが器を置いた。

「証言。」

「処刑器具の不備、書類の不足、二重記録、年齢不明者の処刑。紙だけでは足りない。町の人間の証言が要る」

アデルは豆をもう一口食べてから言った。

「無理ですわね。」

ラファエルの視線が動く。

「なぜ。」

「町の人間は、今朝まで処刑を見せられていたのよ。誰が何を言ったかが首に繋がると知っている。紙なら盗めます。証言は口から出す必要がある。口は首のすぐ上についていますもの」

レイモンは黙った。ラファエルも反論しなかった。事実だった。町民は見ている。知っている。だが、知っていることと証言することは違う。監察官がいる町で、ロベルト派の処刑記録に口を出すのは、自分の名を次の紙へ載せる行為に近い。

「ならどうする。」

ラファエルが聞いた。

アデルは器を置き、腰の薔薇飾りが椅子に当たらないよう少し姿勢を変えた。

「証言させるのではなく、作業させます」

「作業?」

「人は“証言しろ”と言われると怖がる。でも“手伝え”なら動ける。処刑記録の不備を一人が声に出して告発するのではなく、複数人がそれぞれ自分の知っている小さい事実を紙に照合する。洗濯場で包帯を分けた時と同じですわ。泣く人間に泣くなと言うより、桶を持たせた方が早い」

ラファエルは少し考えた。

「具体的には。」

「没収品を返す確認会にします」

レイモンが顔を上げる。

「没収品?」

「処刑された者や拘束された者の没収品台帳があるでしょう。そこに記録された物を、家族や近所の者に確認させる。これは証言ではなく、返還準備です。誰のものか、いつ持っていたか、本人が本当に処刑されたのか、同名者がいるのか、自然に情報が出ます」

ラファエルの目が細くなった。

「返還する保証はない」

「保証しなくていい。準備と言えばいいのです。あなた、嘘は苦手ではなさそうですけれど、今回は半分本当で十分でしょう。記録不備があれば没収品も凍結される。なら、確認は必要です」

レイモンは低く言った。

「遺品で釣るのか。」

アデルは彼を見た。怒っている。無理もない。没収品は遺品だ。死者の残したものだ。それを情報集めに使うのは、残酷に見える。いや、残酷だ。だが、残酷でない方法が通る状況ではない。

「違います。遺品を、処刑数の帳尻から取り返すの」

レイモンの目が止まった。

「二重記録があるなら、遺品もおかしくなる。同じ人間が二度処刑されたなら、没収品が二重に計上されているか、片方には何もないか、別人の物が混ざっている。家族は分かる。近所の者も分かる。死んだ者の名前を叫ばせるより、物を見せた方が話せる人は多いわ」

ラファエルは静かに頷いた。

「採用します。」

「即決ね。」

「使える。」

「褒め方がまた雑」

「褒めてはいません。」

「知っています。」

アデルは器の底に残った豆を食べた。温かさはもう少し薄れている。それでも食べ終えると、体の中に小さな火が入ったようだった。彼女は立ち上がり、白と金の汚れた裾を払った。払っても何も落ちない。むしろ炭粉が少し舞っただけだった。

「では、没収品確認会を開きましょう。処刑場の次は遺品市なんて、本当に品のない旅程ですわね」

ラファエルは部下を呼び、没収品台帳と保管箱を広場の役所側へ運ばせた。市場の台を借り、品物を種類ごとに並べる。腕時計、古い指輪、木の匙、布袋、靴紐、小さな祈祷札、錆びたナイフ、軍の刻印が入った真新しい双眼鏡、子供用の櫛、端が焦げた手紙、麦袋の紐。金目のものはほとんどない。むしろ、金目のものがないことが、その処刑された者たちの生活を示していた。奪う価値のある物ではなく、本人を本人として結びつける小さな物ばかりだった。

広場に人が集まり始めた。午前の演説で耳を傾けた者たちが、今度は台の上の品物を見ている。誰もすぐには近づかない。近づけば、自分がその死者の関係者だと示すことになる。アデルはそこを見て、台の前に立った。白と金のドレスは相変わらず汚れている。深紅のコルセットはきつい。薔薇飾りは傾き、青い宝石のない胸元は空いたまま。けれど、彼女は疲れを顔に出さず、声を張った。

「これは証言ではありません。没収品記録の確認です。誰の物か、いつ見たか、同じ名の者がいるか、それだけで結構。名乗りたくなければ名乗らなくていい。指を差すだけでも構いません。嘘は要りません。勇気も要りません。必要なのは、記憶です」

最初に動いたのは、朝、薔薇飾りを壊れていると指摘した女の子だった。彼女は母親らしい女に止められかけたが、手を振りほどき、台の端に置かれた木の匙を指差した。

「それ、お父さんの」

広場が静かになる。アデルはしゃがみ、女の子と目線を近づけた。深紅のコルセットが腹を圧迫する。薔薇飾りが膝に当たる。彼女はそれらを無視した。

「どうして分かるの?」

「先が欠けてる。お父さん、そこを歯で削った。熱い粥を冷ます時、いつもそこに息を吹いてた」

アデルは木の匙を見た。確かに、先が少し欠けている。台帳を見ると、そこには別の名前が書かれていた。朝、処刑されかけた農夫の名ではない。三日前に処刑済みとなっている男の名だった。

ラファエルの部下が記録する。レイモンは台帳を見て、顔を硬くした。

「別人の没収品が混ざっている」

「あるいは、処刑済み記録の名が違う」

アデルは女の子へ言った。

「ありがとう。これはまだ返せないけれど、記録に残ります」

「返してくれるの?」

「今すぐとは言えません。でも、誰の物か分からない箱に戻すよりは、少し近づいたわ」

女の子はそれで納得したのかしていないのか、分からない顔をした。ただ、逃げなかった。彼女の母親が震えながら近づき、別の布袋を指した。

「これは、隣の家のルイのです。名前が縫ってある。あの子は処刑ではなく、徴発で連れていかれたはずです」

台帳を見る。布袋には処刑済みの別名がついている。さらに不備が出た。人々の間にざわめきが広がる。怖さが消えたわけではない。だが、一人目が動くと二人目が動く。二人目が動くと、三人目は少し楽になる。アデルはそれを知っていた。宮廷の舞踏会でも、誰が最初に踊るかで夜の流れが決まる。ここでは踊りではなく、遺品だった。それだけの違いだ。いや、かなり嫌な違いだ。

老人が祈祷札を指し、若い女が靴紐を見分け、パン屋の妻が焦げた手紙の封じ目を覚えていた。証言ではない。皆がそういう顔をしていた。ただ物を確認しているだけ。だが、紙には次々と矛盾が載っていく。処刑されたはずの者の品が、徴発者の物だった。年齢不明の死者の櫛が、まだ生きている少女の姉の物だった。没収日と処刑日が逆転している記録もあった。ロベルト派の処刑数は、死者だけでなく、生者や行方不明者まで巻き込んで膨らんでいた。

レイモンは台帳を読み続けたが、今度は一人ではなかった。ラファエルの部下が記録を分け、町の右の女委員が台帳を照合し、アデルが人の流れを見ていた。彼の手に死者が集中しないよう、作業が分散されている。彼自身もそれに気付いているのか、時折アデルへ視線を向けた。

「何?」

アデルが聞く。

「いや」

「感謝なら後で高く請求します」

「していない」

「では、見惚れていた?」

「違う」

「即答は傷つきますわね」

レイモンは困った顔をした。広場の緊張の中で、その顔だけが少しだけ日常に近かった。アデルはそれを見て、また少し楽しくなった。最悪だ。遺品を並べ、死者の数を直し、処刑記録の腐敗を暴いている最中に、元恋人を困らせて楽しいと思う自分はかなりどうかしている。だが、そのどうかしている部分が、今の彼女を立たせていた。

昼を過ぎる頃、監察官が再び現れた。今度は一人ではない。町の男たちを数人連れている。彼らは腕章を付けていたが、朝の市民巡回とは違い、監察官の指示で動く者たちだろう。彼は台に並べられた没収品と、集まった町民を見て、笑みを浮かべた。

「これは何の催しですかな。遺品を使った見世物ですか」

広場が凍った。人々は品物から手を引く。アデルはゆっくり振り返った。

「没収品確認会ですわ。見世物に見えるなら、あなたの目が処刑場向けに調整されすぎています」

「先王夫人。あなたは民衆の悲しみを扇動に利用している」

「あなたは民衆の死を数字に利用している。お互い、言い方には気をつけたいものね」

監察官の笑みは崩れない。

「この確認作業は正式な手続きを経ていない。無効です」

ラファエルが前に出る。

「補給路保全上、没収品台帳の誤りは騒擾要因となる。確認は私の命令です」

「また補給路」

「ええ」

「あなたの補給路は、ずいぶん広い」

「あなた方の処刑台ほどではありません」

監察官の目が細くなる。アデルはその隙に、女の子が指した木の匙を手に取った。

「監察官殿。」

「何です。」

「この匙は台帳上、三日前に処刑された男の物です。でも、この子は今朝処刑されかけた農夫の物だと言っている。どちらが正しいか、確認しましょう」

「子供の記憶など。」

「では、大人を呼びましょう。パン屋の妻、隣家の老人、徴発の記録を持つ書記。皆、似た矛盾を見ています」

監察官は広場を見た。人々は怯えながらも、完全には目を伏せなかった。自分の知っている物が、知らない死者の名前に紐づけられている。それは恐怖とは別の怒りを生む。死者を悼む怒りではない。自分たちの生活の物まで、処刑数の帳尻に使われた怒りだ。

監察官は声を低くした。

「不確かな記憶で革命裁判を乱すことは、罪になります」

アデルは即座に返した。

「不確かな記録で人を処刑することは、罪にならないの?」

「沈黙。」

それは広場全体に落ちた。監察官は答えなかった。答えられないのではなく、答えれば言質になるからだ。アデルはその沈黙を逃がさなかった。

「皆様、聞きました? 不確かな記憶は罪になるそうです。では、不確かな記録で首を落とした者の罪は、どの台帳に載るのかしら」

ざわめきが大きくなる。監察官の連れてきた男たちが一歩前へ出た。ラファエルの兵も動く。空気が一気に危険な厚みを持った。レイモンがアデルの前へ出ようとしたが、彼女は手で制した。

「まだ。」

レイモンが止まる。止まった。アデルはその一点を確かめ、監察官へ向き直る。

「あなたは私を反革命として捕らえたいのでしょう。どうぞ。ただし、その前に、この没収品台帳と処刑記録の写しを全部封印しなさい。あなたの名前で。あなたが不備なしと認めるなら、その場で署名を。署名できないなら、不備を認めたことになります」

監察官の顔から、初めて笑みがかなり消えた。

「詭弁です。」

「あなたの得意分野でしょう?」

「女の浅知恵で」

「その浅知恵に、署名一つで勝てますわ。さあ、どうぞ」

アデルは台帳を差し出した。白と金の袖は汚れ、手首には縄の跡があり、指先にはパン屑と炭粉が付いている。先王夫人としては最悪の姿だった。けれど、その手に差し出された台帳は、監察官にとって刃に近かった。受け取れば署名を迫られる。拒めば逃げたと見える。破れば証拠隠滅。奪えば軍との衝突。彼の選択肢は、一瞬で狭くなった。

ラファエルは何も言わない。だが、目はわずかに鋭くなっていた。アデルが作った形を理解している。レイモンも理解しているのか、少なくとも動かずにいる。町民は見ている。これが重要だった。監察官がどう動くかを、町民が見ている。

監察官はゆっくり手を下ろした。

「今日のところは、ラファエル殿の管理下で確認を続ければよろしい。ただし、この件は必ず上申する」

「もちろん。」

アデルは微笑んだ。

「上申の際には、不確かな記憶は罪になるが、不確かな記録は署名できなかった、とお書き添えください」

監察官は答えず、踵を返した。彼の連れてきた男たちも下がる。広場の空気が少し遅れてほどけた。完全な勝利ではない。監察官は退いただけだ。次はもっと大きな権限を持って戻るだろう。だが、今この場で確認会は潰されなかった。没収品は台の上に残った。町民は再び近づき始めた。

アデルはラファエルへ、他の没収品に混ざっていた双眼鏡を指し示した。軍の刻印ははっきりと見え、台帳には「銃剣の柄」と虚偽の記載がある。「監察官殿は処刑数を水増ししていますが、地方の革命幹部は軍の備品を横流しし、私腹を肥やしていますわ。ラファエル様は補給路の保全を理由に処刑を止めましたが、この情報こそが真の補給路保全に繋がります。この情報を中央へ持ち帰ることで、徴発命令の回避に向けた足場を確保できますわ。」ラファエルは双眼鏡を見て頷き、その実利を理解した。

アデルは台帳を置き、深く息を吐いた。深紅のコルセットが胸を押し返す。視界が少し揺れた。今度こそ足元が危うい。レイモンの手が伸びたが、彼女は自分で台に手をついた。

「大丈夫。」

「そうは見えない」

「見えないだけ。」

「それはさっきも聞いた」

「便利な言葉は使い回すものですわ」

レイモンは眉を寄せた。

「休め」

「休んだら、監察官が調子に乗ります」

「今倒れても乗る」

アデルは言い返そうとしたが、言葉が少し遅れた。その隙に、ラファエルが部下へ命じた。

「椅子を。」

「不要です。」

アデルが言う。

「必要です。」

ラファエルが返す。

「捕虜に親切ね」

「あなたが倒れると、作業効率が落ちる」

「本当に最低」

「座ってください。」

椅子が運ばれた。アデルはしばらく睨んだが、結局座った。座ると足が思ったより重いことが分かった。白と金のドレスの裾が椅子の下へ広がり、汚れた布の重みが床へ落ちる。薔薇飾りは座るとさらに邪魔だったが、彼女はそれを片手で押さえた。

女の子がまた近づいてきた。木の匙の子だ。彼女はアデルの薔薇飾りを見て、小声で言った。

「座っても邪魔そう」

アデルは目を細めた。

「あなた、その薔薇にずいぶん厳しいわね」

「だって壊れてる」

「壊れていても、まだ付いています」

「なんでそんなに付けてたいの」

アデルは少し考えた。広場ではまだ没収品確認が続いている。レイモンは台帳を見ている。ラファエルは部下に指示を出し、監察官はどこかで次の手を考えている。最悪の状況は続いている。それでも、椅子に座り、子供に壊れた薔薇の理由を聞かれる時間がある。

「これが落ちるとね」

アデルは言った。

「私が死刑台から降りた時の姿が、また一つ減るの」

女の子はよく分からない顔をした。

「減ったらだめなの?」

「だめではないわ。いつかは減る。でも、いつ減らすかは私が決めたいの」

「ふうん」

女の子は薔薇飾りをじっと見た。

「じゃあ、まだ勝ってるの?」

アデルは一瞬、言葉を失った。それから笑った。

「ええ。まだ勝っていますわ」

女の子は少しだけ笑って、木の匙の方へ戻っていった。アデルはその背を見送りながら、薔薇飾りを指で押さえた。壊れている。汚れている。邪魔。けれど、まだ落ちていない。自分も似たようなものだと思った。壊れかけで、汚れていて、邪魔で、場違いで、それでもまだここにいる。

レイモンが隣へ来た。

「何を笑っている。」

「勝っていると言われました」

「誰に。」

「あの子に」

「何に勝っているんだ」

「薔薇が落ちていないことに」

レイモンは少し沈黙し、それから言った。

「そうか。」

「馬鹿にしないの?」

「していない」

「本当に?」

「ああ。」

その返事が静かだったので、アデルは少しだけ困った。彼はたまに、こちらが軽く投げたものを軽く返さない。そういうところが昔から嫌だった。嫌だったのに、覚えている。よくない。非常によくない。

ラファエルが遠くから声をかけた。

「確認作業は夕刻まで続けます。夜には移動する」

「どこへ。」

レイモンが聞く。

「監察官が上へ報告する前に、こちらも記録を持って次の拠点へ動く。ロベルト派が先に動けば、町ごと押さえられる」

「町は。」

「一時的に私の兵を残す」

アデルは眉を上げた。

「また補給路保全?」

「ええ。」

「便利ね、本当に」

「便利なものは使います」

「そこだけは意見が合うわ」

没収品確認は夕方まで続いた。すべてが解決したわけではない。遺品が戻ったわけでも、処刑が裁き直されたわけでもない。だが、台帳には赤い印が増え、写しには町民の記憶が添えられ、監察官が無視しにくい形になった。紙で殺す者に対して、紙で返す準備ができ始めていた。

夕日が処刑台の封印布を赤く染めた。アデルは椅子から立ち上がる。足はまだ重いが、倒れはしなかった。白と金のドレスは夕日の中で汚れを隠しきれず、深紅のコルセットはかえって鮮やかに見え、腰の薔薇飾りは壊れたまま赤い光を受けていた。青い宝石の欠落跡には、夕日が入らない。そこだけ空いている。

レイモンが言った。

「歩けるか。」

「歩けます。」

「本当に?」

アデルは彼を見た。

「私の台詞を取るなんて、随分生意気ね」

「何度も聞かれた。」

「覚えなくていいことを覚えるのね」

「必要だ。」

アデルは返事に困り、少しだけ笑った。

「ええ。必要かもしれませんわね」

夜の移動準備が始まった。ラファエルの兵が記録を箱に収め、没収品を封印し、町の委員たちへ命令を残す。監察官は姿を見せなかった。だが、彼が消えたわけではない。むしろ、これから本格的に動く。ロベルトへ話が届く。法廷への道が少しずつ現実になる。

アデルは役所の階段を下り、処刑台を一度だけ見た。封印布が風で揺れている。刃は落ちなかった。今日も落ちなかった。それだけで全部が救われるわけではない。けれど、全部ではなくても一つは止まった。

彼女は壊れた薔薇飾りを押さえ、少しだけ機嫌よく前を向いた。

最悪は、まだ続く。だから退屈しない。

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