表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫人革命逃亡記  作者: 伊阪証
修正してない本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/39

告示の上の夫人

次の町は、処刑場を町の中心に置いていた。広場の奥に役所があり、その前に石畳の広い場所があり、そこから少し離れて市場と井戸がある。本来なら役所の前は告示を読み上げ、税を納め、荷馬車の通行許可を受ける場所だったのだろう。だが今は、そこに木製の処刑台が据えられ、周囲の石畳だけが何度も水で洗われたせいで妙に白くなっていた。血は残っていない。

アデルはその白い石畳を見て、足を止めた。白と金を基調としたドレスの裾は、朝の村からここまでの道で乾きかけた泥を抱えたまま固まり、藍色の染みは裾の片側を重く暗くしている。深紅のコルセットは煤けた赤のまま胴を締め、歩くたびに硬い布が肋骨へ触れた。腰回りの大きな薔薇飾りは、色の合わない糸で縫い留められた箇所が朝の光に見えてしまい、元の金糸の華やかさより、無理に残された執念の方が目立っている。胸元では青い宝石の欠落跡が相変わらず空いたまま、修道女の一針だけが白金の布と深紅の縁を繋ぎ止めていた。

「ずいぶん清潔な処刑場ね」

アデルは言った。

ラファエルは広場を見ながら答える。

「毎回洗わせているようです」

「清潔にすれば上品になると思っているなら、かなり悪い冗談ですわ」

レイモンは何も言わなかった。彼の目は処刑台ではなく、台の脇に積まれた木箱を見ている。刃を磨く道具、縄、濡れた布、首を固定する板、罪状を読み上げるための立て台。処刑のための道具が、荷物のように整えられていた。前の村の粗悪な台とは違う。こちらは形だけなら整っている。だからこそ嫌だった。道具が整っていれば、処刑は仕事として進む。仕事として進めば、人は数になる。

「今日は誰を?」

レイモンが聞いた。

ラファエルの部下が役所から戻ってきた。手には薄い帳簿を持っている。

「午前に二名。午後に三名。罪状は軍糧窃盗、反革命的宣伝、裁判妨害、革命委員会への侮辱、徴発拒否です」

アデルは顔をしかめた。

「朝市の品揃えみたいに言うのね」

ラファエルは帳簿を受け取り、数行だけ見て、レイモンへ渡した。レイモンはそれを開く。紙は新しい。文字も読みやすい。

「裁判時間が短すぎる」

レイモンが言った。

ラファエルが答える。

「この町の委員会は、革命裁判を午前の鐘一つで終わらせる」

「罪状が五つある」

「まとめて処理している」

「人を処理と言うな」

その声は低かった。ラファエルは表情を変えない。

「私の言葉ではなく、この町の記録の言葉です」

役所の扉が開き、町の委員が三人出てきた。真ん中の男は丸い顔で、黒い上着に革命章を三つも付けている。左の男は痩せていて、紙束を抱えている。右の女は目だけが鋭く、口元は固い。三人はラファエルの軍章を見ると、すぐに態度を整えた。

「ラファエル様の部隊とは存じ上げず、出迎えが遅れました」

丸い男が言った。

「出迎えは不要です。記録を見せてください」

ラファエルは挨拶を切った。

「記録なら、すでに」

「全てです。処刑許可、裁判記録、証言者名、押収品目録、執行人名簿、器具点検記録」

丸い男の顔が少し止まった。

「それは、今すぐには」

「今すぐです」

痩せた男が紙束を抱え直した。

「処刑は町の委員会権限で行われており、軍の補給部隊が介入することでは」

「私は介入していません。確認しています」

「同じことでは」

「違います。介入なら、今すぐ中止を命じる。確認なら、記録を求める」

「それは」

「選びますか」

右の女がアデルを見た。

「ところで、その方は?」

アデルは待っていましたとばかりに少し背を伸ばした。白と金のドレスは汚れ、深紅のコルセットは煤け、薔薇飾りは潰れている。

「先王夫人アデル。現在は、非常に不本意ながら移動中の捕虜ですわ」

丸い男の顔から色が引いた。痩せた男は紙束を落としかけた。右の女だけが目を細める。

「先王夫人が、なぜここに」

「私も毎朝そう思っています」

レイモンが低く言った。

「余計なことを言うな」

「今のはかなり控えめでしたわ」

「控えめではない」

「死刑台から逃げた女に控えめを求めるなら、まず椅子を出しなさい」

「記録を見せるだけなら、何も困りませんでしょう? 正当な裁判、正当な処刑、正当な革命。すべて正しいなら、紙も胸を張れるはずですわ」

丸い男は汗を拭いた。

「もちろん、もちろんです。ただ、整理が」

「整理されていない処刑記録で首を落としているの?」

アデルは笑った。

「それはずいぶん勇敢ね。私なら怖くてできませんわ。後で誰に何を聞かれるか分からないでしょう?」

右の女が口を開いた。

「記録室へ案内します」

丸い男が彼女を見た。

「ここで拒めば、余計に疑われます」

記録室は役所の奥にあった。狭い部屋に棚が三つあり、裁判記録、徴発記録、処刑記録、没収品台帳が分けて置かれている。分けてはいるが、整理されているとは言い難かった。紙束は紐で括られ、端に日付が書かれているだけで、罪状別にも氏名別にもなっていない。

アデルは棚の前で立ち止まる。

「埃が少ないわね」

ラファエルが彼女を見る。

「何か」

「最近よく触っている棚と、触っていない棚が分かります。処刑記録だけ妙に紙の端が擦れている。裁判記録より触られている。普通は逆でしょう?」

「処刑数を報告しているのか」

ラファエルが右の女へ聞いた。

彼女は少し黙り、答えた。

「ロベルト派の監察官が、週ごとに数を求めます」

「数だけ?」

「罪状の分類も」

「判決理由は」

「求められません」

レイモンの顔が固まった。アデルは棚から処刑記録の一束を取った。白と金の袖口には炭粉が残っていて、紙を汚しそうだったので、彼女は指先だけで持った。

「見事に品がない帳簿ね。人の死を棚卸しにしている」

ラファエルが記録を開く。そこには名前、年齢、罪状、処刑日時、執行確認だけが並んでいた。証言の要約も、判決の詳細もない。アデルは横から覗く。

「年齢欄が空欄の者が多い」

「不明として処理されています」

右の女が言った。

「不明なまま処刑?」

「身元確認が難しい場合があります」

「身元確認できない人間の首は確認できるのね。便利な首だわ」

丸い男が不快そうに言った。

「言葉が過ぎますぞ」

「首を落としている方に言葉が過ぎると叱られるなんて、革命は礼儀正しいのね」

レイモンは記録を見ていた。彼の指が一つの行で止まる。

「この名」

ラファエルが覗く。

「何です」

「同じ名が二度ある」

右の女が近づいた。

「同姓同名では」

「年齢不明、住所不明、罪状は反革命的流言。処刑日は三日違い。執行確認の筆跡も同じ。だが、没収品欄が片方だけある」

アデルは没収品台帳を引いた。

「同じ名前で二人処刑したか、同じ人間を二度報告したか。どちらにせよ、首は一つでは済みませんわね」

ラファエルの目が細くなる。

「処刑数の水増しか」

丸い男が声を荒げた。

「そんなことはない! 混乱期だ、記録の重複は」

「重複なら、処刑確認を消すべきです」

レイモンが言った。

「消さずに報告しているなら、数として使ったことになる」

「あなた、気付いていた?」

右の女は答えない。

「気付いていたけれど、止められなかった顔ね」

「……処刑数が少ない町は、革命への忠誠が弱いと見なされます」

右の女は低く言った。

「監察官は数字を見る。こちらは疑われる。疑われれば、次は私たちが台に上がる」

「だから数を増やした?」

ラファエルの声は冷たい。

「私は増やしていません」

「知っていた」

「疑っていました」

「同じではない」

アデルは口を挟んだ。

「同じではないけれど、近所ですわね」

右の女はアデルを睨んだ。

「あなたに何が分かるのです」

「数字に殺される側の気分なら、少し」

「もういい」

アデルが言った。

レイモンは止まらない。

「まだ」

「もういいと言っています」

「確認する」

「あなたが全部の首を背負う必要はない」

レイモンの手が止まった。彼はゆっくりアデルを見た。目が怖かった。怒りではなく、痛みが深くなりすぎた目だった。

「誰かが確認しなければ、また落ちる」

「確認は分担できます。あなた一人が全部読む必要はない。ラファエル様、部下に写しを作らせなさい。二重記録、年齢不明、証言者名なし、処刑許可印なし、この四つで分けるだけでも山ほど出ます」

ラファエルは即座に部下へ命じた。

「写しを取れ。分類は今の四つ。没収品台帳と照合。筆跡も確認」

部下たちが動く。レイモンはまだ記録から手を離さない。アデルは彼の横に立ち、低く言った。

「手を離しなさい」

「……」

「あなたの手は、処刑記録を握り潰すためではなく、必要な時に止めるために残すの。火傷もまだ治っていない。紙に殺される気?」

レイモンは長く息を吐き、ようやく紙を机へ置いた。アデルはその瞬間、少しだけ肩の力を抜いた。

丸い男は震えていた。痩せた男は汗を拭いている。右の女だけが、どこか諦めたように立っていた。ラファエルは記録を見ながら言う。

「この町の処刑は一時停止する」

丸い男が叫んだ。

「そんな権限は」

「あります。補給路保全のためです。処刑記録の不備により、町内騒擾の可能性がある。私の管轄です」

「無茶だ!」

「あなた方がしていたことほどではありません」

その時、記録室の外で足音が乱れた。若い役人が飛び込んでくる。

「監察官が来ました!」

部屋の空気が一変した。丸い男の顔に安堵が浮かび、痩せた男は紙束を隠そうとした。右の女は目を閉じた。ラファエルは振り返る。

「ロベルトの?」

「はい。処刑数確認のため、予定より早く」

アデルは思わず口元を上げた。

「まあ。噂をすれば数字の亡霊ね」

レイモンが彼女を見る。

「笑うところか」

「笑っていないと、怒鳴りそうですもの」

外から硬い靴音が近づいてきた。記録室の扉が開き、黒い外套の男が入ってきた。銀縁の眼鏡をかけ、細い口髭を整え、胸にはロベルト派の監察印がある。彼は部屋を一瞥し、ラファエル、レイモン、アデルの順に視線を止めた。

「これは、面白い場に出ましたな」

声は滑らかだった。だが、目は笑っていない。

ラファエルは机の上の記録を閉じた。

「こちらこそ説明を求めたい。処刑数の重複、年齢不明者の処刑、証言者名の欠落、処刑許可印の不足。監察官なら当然把握しているはずです」

監察官は穏やかに笑った。

「革命期における記録不備を、反革命容疑者の前で騒ぎ立てるとは。ラファエル殿、あなたらしくない」

「あなたこそ、記録不備を数として受け取るとは、監察官らしくない」

二人の声は静かだった。静かな分、部屋の温度が下がる。アデルは監察官を見た。これは市民巡回の男たちとは違う。紙で人を殺す男だ。棍棒ではなく、署名欄と印で首を落とす種類の男。レイモンは処刑台を見て苦しむ。ラファエルは補給と政治で動く。そしてこの男は、記録の空白を利用して数を作る。

「処刑人サンソン」

監察官はレイモンへ向いた。

「あなたがここにいるとは、ロベルト様もお喜びになるでしょう。裁判を望みますか? それとも、職場復帰を?」

レイモンの顔が強張る。アデルは一歩前へ出た。

「口の悪い紙魚ね」

監察官の視線が彼女へ移る。

「先王夫人」

「ええ。泥と煤で少し見苦しいでしょうけれど、目はまだ見えますわ。あなたの言葉、かなり安物です」

「王妃気取りの逃亡者に、言葉の値を測られるとは光栄です」

「光栄に思うには早いわ。まだ値段を付けていません」

監察官は笑みを深めた。

「あなたは自分の立場を理解していないようだ」

「していますわ。死刑台から逃げ、捕虜になり、今朝は処刑場を一つ止め、昼前には処刑記録の水増しを見つけた。なかなか忙しい立場です」

「水増し?」

彼は丸い男を見た。丸い男は目を逸らす。監察官の目が一瞬だけ細くなった。知らなかったのではない。知らないふりをする準備をしている顔だった。

ラファエルが言った。

「この記録は封鎖する。写しを取り、上へ送る」

「どちらの上へ?」

監察官が聞く。

「軍務局です」

「司法委員会を通さずに?」

「補給路保全のためです」

「また便利な言葉を」

アデルは小さく笑った。

「便利な言葉同士の殴り合いね。見応えはありますけれど、椅子が欲しいわ」

レイモンが低く言った。

「黙れ」

「無理」

「アデル」

「今黙ると、この紙魚が勝ちます」

監察官は微笑んだまま言った。

「先王夫人を拘束すべきでは?」

ラファエルは即答した。

「すでに私の管理下です」

「処刑人も?」

「同じく」

「ロベルト様へ引き渡すのが筋でしょう」

「今は私の補給路上にいる」

「補給路は人を隠す場所ではありませんよ」

「処刑場に人を消すよりはましです」

沈黙が落ちた。監察官の笑みが薄くなった。

監察官は帽子の縁を直した。

「よろしい。では、私は正式に抗議します。この町の処刑停止も、記録封鎖も、司法権への軍の干渉として報告する」

「どうぞ」

ラファエルは言った。

「私も、処刑数の重複と記録不備を報告する」

「互いに忙しくなりますな」

「ええ」

監察官はレイモンへ視線を戻した。

「サンソン。いずれお会いしましょう。あなたは逃げても、刃からは逃げられない」

レイモンは黙っていた。だが、拳は握られていない。アデルはその手を見て、少しだけ息を吐く。止まっている。少なくとも今は。

監察官が去ると、記録室の空気がようやく動いた。丸い男は椅子へ崩れ、痩せた男は紙束を抱えたまま震えていた。右の女は机に手をつき、深く息を吐いた。

ラファエルは部下へ命じる。

「写しを急げ。監察官が戻る前に主要記録を押さえる」

アデルはレイモンへ向いた。

「今の、殴りませんでしたわね」

「殴れば、記録が奪われる」

「上出来」

「子供扱いするな」

「では大人扱いしましょう。あなた、かなりよく堪えました」

ふと、右の女がアデルへ近づいてきた。

「あなたは、なぜ笑っていられるのです」

「死んでいないから」

アデルは答えた。

右の女は黙った。

「それと、退屈していないからですわ」

「この状況で?」

「ええ。最悪でしょう? 処刑は雑、記録は汚い、監察官は薄気味悪い、ラファエル様は冷たい、レイモンはすぐ壊れそう、私のドレスはもう芸術的に汚い。それでも、全部が動いている。動いているものは、まだ変えられる」

右の女は、アデルの泥と藍に染まった白金の裾、煤けた深紅のコルセット、縫い直された薔薇飾り、青い宝石の欠落跡を見た。

「あなたは、壊れているのでは?」

アデルは笑った。

「いいえ。壊れかけているだけ。まだ腰の薔薇も落ちていませんし」

右の女は返事をしなかった。ただ、ほんの少しだけ口元を緩めた。アデルは右の女の視線を捉え、机の上の帳簿を指で示した。

アデルはパンを噛んだ。レイモンは隣を歩いた。白と金のドレスの裾が泥を引きずり、青い宝石のない胸元へ風が当たった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ