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夫人革命逃亡記  作者: 伊阪証
修正してない本編

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32/39

刃の下の職人

捕虜用の天幕は狭く、地面には藁が薄く敷かれていた。湿気を吸っていて、座るとすぐに冷たさが布越しに上がってきた。毛布は一枚だけ。端はほつれ、軍馬の匂いと煙の匂いが染み込んでいる。アデルはそれをつまみ上げ、しばらく見た後、深く息を吐いた。

「これを毛布と呼ぶなら、宮廷の絨毯は寝殿ですわね」

レイモンは天幕の入口近くに座ったまま答えなかった。外には見張りが二人いる。天幕の布越しに、兵の足音、馬の鼻息、低く交わされる命令、遠くの鍋の音が聞こえていた。ラファエルの野営地は夜中でも緩まない。酒で潰れる兵も、無駄に笑う兵もいない。疲労はあるが、乱れは少ない。

アデルは毛布を膝へ置き、改めて自分の衣装を見下ろした。白と金を基調にしたドレスの裾は、泥と藍と炭粉で斑に染まっていた。金糸の縁取りには黒土が詰まり、ところどころ擦れて毛羽立っている。深紅のコルセットは煤と汗で艶を失い、前面の縫い目に灰色の埃が入り込んでいた。腰回りの大きな薔薇飾りは曲がった針と色の合わない糸で縫い留められ、花弁は半分潰れ、金糸を抜いた箇所だけ貧しく空いている。胸元では青い宝石のない台座が修道女の一針で辛うじて布へ留められ、そこだけが軽く、空いた飾り穴のように冷えていた。

「ひどい姿。」

アデルは呟いた。

レイモンがようやく顔を上げた。

「怪我か」

「衣装です」

「……そうか」

「今、ため息をついたでしょう」

「ついていない」

「ついたわ。あなた、妻子が異国へ逃げたと聞かされた直後でも、私の衣装の話には呆れられるのね。なかなか丈夫ですわ」

レイモンは懐へ手を当てていた。そこには髪紐と、薬箱の印を刻んだ木片がある。兵に奪われなかった二つの痕跡。彼はそれを確かめてから、低く言った。

「追えない」

「今は」

「海を渡った」

「ええ」

「俺は、何もできなかった」

「何もできなかった人間は、ここまで来ませんわ」

「間に合っていない」

「追いついてはいません。でも、生きていると知った。異国へ逃げたと知った。ロベルトの手には落ちていない。ラファエルの手にも、少なくとも今は置かれていない。あなたが動いたから、そこまで分かった」

「逃がしたのはラファエルだ」

「ええ。最低な政治判断でね」

レイモンは顔を上げた。

「お前は、なぜ平気そうにしている?」

「平気ではありませんわ」

彼女は言った。

「では」

「ただ、死んでいない。終わっていない。あなたもここにいる。奥方とお子さんも、少なくとも処刑台にはいない。ラファエルは腹立たしいけれど、話せる敵です。ロベルトは近くで血を流しすぎている。状況は最悪。でも、最悪にも形があります。形があるなら、叩ける場所があります」

レイモンは黙っていた。

アデルは壊れた薔薇飾りに触れた。

「それに、少し楽しいと言ったのは本当よ」

「この状況がか」

「ええ。死刑台で首を落とされるより、ずっと複雑で、ずっと腹立たしくて、ずっと忙しい。私はどうやら、単純な終わりより、面倒な続きの方が性に合うようですわ」

「悪趣味だ」

「今知ったの?」

「使いなさい」

「お前が」

「私はこのドレス一着で死刑台から降りました。毛布一枚ごときに負けません」

「冷える」

「あなたは火傷している。冷えると傷が悪くなります。便利な手がまた使い物にならなくなると困るの」

「便利だからか」

「ええ。あと、あなたが震えていると見苦しい」

「几帳面な人」

「寒いだろう」

「ええ。最悪です」

レイモンが聞いた。

「自分の見栄のしぶとさに感心していました」

「見栄か」

「ええ。これほど汚れても、まだ深紅のコルセットを緩めるのが癪なの。人間、死刑台を降りた程度ではなかなか変わりませんわね」

「変わっている。」

アデルは彼を見た。

「私が?」

「ああ」

「どこが」

レイモンはすぐには答えなかった。外の灯りが天幕の布越しに揺れ、彼の顔を薄く照らした。

「人を助ける時、言い訳が増えた」

「助けているのではありません。借りを作り、通路を作り、情報を得ています」

「それを言い訳と言った」

「処刑人に倫理の採点をされる日が来るなんて、人生は本当に悪趣味ね」

「採点ではない」

「では何?」

レイモンは毛布の端を握ったまま、低く言った。

「記録だ」

「嫌な男」

「そうか」

「ええ。今のはかなり嫌でしたわ」

「すまない」

「謝るところも嫌」

「ラファエル様が呼んでいる。」

兵が言った。

アデルは毛布を畳まずに立ち上がった。

「朝食は?」

兵が無言で固いパンを差し出した。アデルはそれを見た。

「これを朝食と呼ぶなら、昨日の毛布は宮廷寝具ですわね」

「食べるなら持て」

「持ちます。文句を言う口と、食べる手は別ですもの」

ラファエルの天幕には、すでに地図が広げられていた。昨夜と同じ机、同じ紙束、同じ無駄のない灯り。違うのは、机の端に新しい木札が三つ置かれていることだった。一つはロベルトの名が記された札。一つは港の印。一つは、処刑場を示す黒い札。アデルはそれを見て、顔をしかめた。

「朝から縁起の悪い飾り付けね」

ラファエルは顔を上げた。

「選択肢です」

「趣味の悪い朝食より重いわ」

「あなた方に選ばせます」

レイモンが前へ出る。

「港へは」

「行かせない」

ラファエルは即答した。

「あなたが港へ向かえば、ロベルトの監視に引っかかる。あなたの家族の船名を探り始める者が出る。異国へ逃がした意味がなくなる。港へ向かうなら、ここで拘束を続ける」

「なら、何を選べと」

ラファエルは黒い札を指した。

「処刑場だ」

レイモンの顔が変わった。アデルも息を止めた。処刑場。その言葉は、この男にはただの場所ではない。仕事場であり、罪の記憶であり、マリアンヌの幻影が立つ場所であり、革命の血が集まる場所だった。

「ロベルトは処刑を増やしている。裁判は短く、罪状は雑になり、民衆はそれを見世物として消費している。だが、処刑人の不在が問題になり始めた。正規の執行人が足りない。代わりに素人が刃を落とす。失敗が出ている」

レイモンの手が動いた。アデルは横目で見た。拳ではない。反射だ。処刑に失敗が出ているという言葉に、彼の身体が反応した。仕事の誇りか、罪悪感か、死者への最低限の礼か。たぶん全部だった。

「それを俺に止めろと?」

「止めろとは言っていない。見ろ」

ラファエルは言った。

「ロベルトがどこまで壊れているか、あなた自身の目で見ろ。処刑人が、処刑の腐敗を見ろ。その上で、あなたがどう動くか決めればいい」

「俺を使いたいのだろう」

「そうだ」

ラファエルは隠さなかった。

「あなたが法廷に立てば、ロベルトは困る。あなたが処刑場の実態を語れば、裁判長も黙れない。王族相手に理論で勝った処刑人が、今度は革命の処刑を問う。これは武器になる」

「俺の家族を逃がして、俺を武器にするのか」

「その通りだ」

天幕の中が冷えた。ラファエルは善意の仮面さえ使わない。アデルはその潔さに腹が立ち、同時に扱いやすいとも思った。嘘を着飾る相手より、刃をそのまま置く相手の方が、距離を測りやすい。

「最低ね」

アデルが言った。

「あなたの評価は求めていません」

「差し上げますわ。無料で」

「不要です」

「なら返却不可です」

レイモンはラファエルを見ていた。

「断れば」

「港へ向かうことはできない。あなたの家族の船名も教えない。ここから出す理由もなくなる」

「脅しか」

「取引だ」

「同じだ」

「違う。脅しは相手の未来を奪う。取引は選ぶ余地を残す」

アデルは鼻で笑った。

「ずいぶん綺麗に包装しましたわね。中身はだいたい同じです」

ラファエルは彼女を見た。

「あなたはどう見る」

「私?」

「あなたは彼を止める役に立つ。昨夜、そう判断した。なら、彼が処刑場へ向かうことをどう見る」

「嫌ですわね」

彼女は言った。

「個人的には、非常に嫌です。彼はたぶん顔色を悪くして、黙って、吐きそうになって、でも吐かず、余計に壊れます」

レイモンがアデルを見る。

「おい」

「事実でしょう」

「今は綺麗な言い方をしている場合ではありません」

アデルはラファエルへ向き直った。

「でも、行かない選択もたぶん悪い。ロベルトの処刑が止まらないなら、いずれ奥方とお子さんも、異国にいてなお名前で追われる可能性がある。ここで処刑の流れを折らないと、逃げた者の背中まで刃が伸びる。そういう話でしょう?」

ラファエルはわずかに頷いた。

「理解が早い」

「褒めても何も出ません。もう宝石もありませんし」

「あなたは宝石より面倒なものを持っている」

「何かしら」

「発言力だ」

アデルは少し笑った。

「それは売ると高いわよ」

レイモンは地図を見ていた。港の札。ロベルトの札。処刑場の黒い札。彼の手は懐の木片へ触れ、すぐ離れた。

「家族は」

ラファエルは答えた。

「追わない限り、安全に近い」

「近い、か」

「絶対などない」

「だろうな」

レイモンは長く息を吐いた。天幕の空気が、その吐息で少し動いた。彼は顔を上げる。

「処刑場を見る」

アデルは彼を見た。決めた。港ではなく、処刑場。妻子を追うのではなく、彼女たちを追わせる刃を折る方へ向く。彼がその選択をしたことに、胸の奥が少し痛んだ。痛んだが、悪くない痛みだった。

ラファエルは木札を動かした。

「なら、昼までに移動する」

「お前の監視付きか」

「当然だ」

「俺を信用しないのか」

「信用する理由がない」

「正直ね」

アデルが言うと、ラファエルは彼女を見た。

「あなたにも同行してもらう」

「私も?」

「彼を止められる」

「便利な女扱いね」

「そこまで真っ直ぐ言われると、怒る準備が遅れますわ」

レイモンが低く言った。

「巻き込むな」

ラファエルは即答する。

「すでに巻き込まれている」

アデルも同時に言った。

「すでに巻き込まれていますわ」

二人の声が重なった。ラファエルが少しだけ目を細め、レイモンは深く眉を寄せた。アデルは笑った。

「ほら、敵とも意見が合うことはあります」

「嬉しくない」

「私もです」

ラファエルは兵を呼び、移動の準備を命じた。食料、水、外套、監視。淡々と指示が飛ぶ。アデルは天幕を出る前に、自分の腰の薔薇飾りを見下ろした。夜に縫い留めた糸はまだ持っている。白と金のドレスは汚れたまま。深紅のコルセットも煤けたまま。青い宝石は戻らない。

「ねえ、ラファエル様」

「何です」

「移動前に針と糸を貸してくださる?」

ラファエルは一瞬だけ黙った。

「何に使う」

「この薔薇飾りが落ちそうなの。処刑場へ行くなら、せめて花くらい腰に残しておきたいでしょう」

兵の一人が呆れた顔をした。レイモンも呆れた。ラファエルだけは、少し考えた後、短く命じた。

「裁縫道具を」

「本気ですか」

兵が言う。

「彼女が薔薇飾りを気にしている間、彼は暴れない」

アデルは思わず笑った。

「本当に嫌なほど合理的ね」

「あなたほどではない」

「褒め言葉として受け取りますわ」

裁縫道具が渡された。アデルは天幕の外、朝の薄い光の中で、腰の潰れた薔薇飾りを縫い直し始めた。レイモンは黙って立っていた。港へ向かわず、地図に触れず、ただ待っていた。

アデルは針を通しながら言った。

「上出来ですわ、レイモン」

「また子供扱いか」

「いいえ。今のは、少し本気で褒めました」

彼は返事をしなかった。朝の光が彼の火傷した手を照らす。そこには、アデルの袖から裂いた布がまだ巻かれている。彼女の白と金のドレスは壊れ続け、彼の手はその布で繋がれている。妙な形だ。妙な形だが、まだ切れてはいない。

針が薔薇飾りの根元を通った。糸はまた色が合わない。だが、落ちなければいい。落ちなければ、まだ進める。アデルは糸を結び、顔を上げた。

「行きましょう。処刑場が私たちを待っているそうですわ」

レイモンは苦い顔をした。

「言い方を選べ」

「嫌です」

アデルは泥に汚れた白と金の裾を持ち上げ、縫い直した薔薇飾りを腰に残したまま歩き出した。ラファエルが馬の準備を確認している。兵たちが荷をまとめた。

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