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夫人革命逃亡記  作者: 伊阪証
修正してない本編

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31/39

処刑場

山を下りる道は、上ってきた時より長く感じられた。縄をかけられた手首が歩くたびに擦れ、アデルの白と金のドレスは斜面の泥をさらに吸い込んで、裾から黒く重くなっていった。深紅のコルセットは湿気と汗で胴に張り付き、息を深く吸おうとするたび硬い布が肋骨を押し返す。腰回りの大きな薔薇飾りは曲がった針と色の合わない糸でかろうじて留まっていたが、兵に囲まれて歩くたびに垂れた花弁が腿に当たり、潰れた金糸が夜露を含んで冷えた。胸元では青い宝石のない台座だけが残り、そこだけがやけに軽い。それでもアデルは背を丸めなかった。捕虜として連行されているのに、歩き方だけはまだ人に道を空けさせる女のものだった。

レイモンは隣を歩いていた。両手を縛られている。火傷した手には兵が布の上から縄をかけたため、傷口は潰されていない。アデルが口を出したおかげだ。彼はそのことへ礼を言わなかった。懐には妻の髪紐と、薬箱の印を刻んだ木片がある。奪われなかった。兵たちはそれを知らない。知られれば取り上げられるかもしれない。アデルはその位置を見ないようにしていた。

先頭の兵は黙っていた。名乗らない男だった。だが、歩かせ方は粗くない。急がせるが、転ばせない。銃を向けるが、引き金に指をかけ続けない。市民巡回の男たちとは違う。規律がある。アデルはそれを見て、ラファエルという名の輪郭を少しずつ頭の中で組んでいった。民衆を煽るロベルトとは違う。

山を下りきる頃、夜の下に野営地の灯が見えた。焚き火は少なく、光は布で覆われ、馬は木陰に繋がれている。大声で笑う兵はいない。酒の匂いも薄い。鍋の湯気、湿った革、手入れされた銃油、干された軍服の匂いがした。戦場の野営ではなく、補給と移動を管理する場所だった。荷車には麦袋と炭袋、車輪の補修具、折り畳まれた担架、測量棒が積まれている。

アデルはその光景を見て、少しだけ眉を上げた。

「思ったより片付いていますわね」

先頭の兵が振り返る。

「黙っていてください」

「努力しています」

「足りません」

「先ほども似たようなことを言われましたわ。あなた方、語彙を共有しているの?」

兵は答えなかった。レイモンが低く言う。

「挑発するな」

「退屈すると余計なことを考えますの」

「捕まっているんだぞ」

「ええ。退屈ではないはずなのに、不思議ね」

実際、退屈ではなかった。怖くないわけではない。縄は痛い。兵は本物だ。ラファエルが何をするか分からない。レイモンの妻子の行方も、ここで聞けるかもしれないし、逆に餌として使われるかもしれない。状況は悪い。だが、死刑台へ向かう馬車の中にあった乾いた終わりとは違う。ここには交渉がある。隙がある。相手の目的がある。目的がある相手は、まだ動かせる。アデルはそこに息を吸う余地を見つけていた。

下級女官は二人の子供を連れ、別の兵の誘導に従い、アデルとレイモンの背後を無言で歩いていたが、野営地の入口で二人が連れていかれる天幕とは別の方向へ隔離されていった。

野営地の中央に、天幕が一つあった。王侯の天幕ではない。装飾もない。ただ、周囲より少しだけ広く、入口の左右に兵が立っている。アデルとレイモンはそこへ連れていかれた。手首の縄は解かれない。天幕の中には灯火が二つ。机が一つ。地図が広げられ、その上に石と木札が置かれている。壁際には濡れた外套が掛かり、床には泥を落とすための藁が敷かれていた。

机の向こうに、ラファエルがいた。思ったより若く見えた。だが若造の顔ではない。目の下には疲労があり、頬は削げ、軍服の襟は乱れていない。彼は豪奢な軍人ではなく、計算を寝台に持ち込む種類の男だった。手元には紙束と封蝋、折れた羽根ペン、乾いたパンが一切れ置かれている。パンは食べかけで、そのまま忘れられていた。

ラファエルはまずレイモンを見た。それからアデルを見た。視線は短く、余計な感情を見せない。ただ、アデルの白と金の泥まみれの裾、煤けた深紅のコルセット、縫い留められた薔薇飾り、青い宝石の欠落跡を一通り確認した。そこに嘲笑はなかった。珍獣を見る目でもない。戦場で拾った情報物件を値踏みする目だった。

「先王夫人アデル」

「夜分に丁寧なお招きですわね。縄付きでなければ、もう少し好意的に受け取りました」

「縄を解く理由がありません」

「私、こんな格好でもまだ逃げ足を評価されているの?」

「あなたではなく、隣の男です。」

「失礼ね。私もそれなりに逃げてきましたのに」

ラファエルは反応しなかった。レイモンを見たまま言う。

「レイモン。あなたの家族はここにはいない」

レイモンの肩が動いた。アデルは息を止めかけ、それを胸の中で押さえた。いきなりそこへ触れる。挨拶も駆け引きも削って、最も重い情報を先に置く。

「どこだ」

レイモンの声は掠れていた。

「この国にはいない」

天幕の中の空気が止まった。焚き火の音だけが外から薄く入る。アデルはラファエルの顔を見た。

「……何だと」

レイモンが言った。

「港を出た。小型の商船だ。名簿には別名で載っている。女一人、子供二人。川下の集積所へ向かう道を避け、炭焼き道から北東へ抜けた後、私の補給隊が使う荷馬車の流れに紛れた。そこから港へ出ている」

レイモンの呼吸が荒くなる。

「なぜ知っている」

「知る必要があったからだ」

「なぜ」

「あなたが追っていたからだ」

レイモンが一歩出ようとした。兵の銃口が上がる。アデルは縛られた手では彼を掴めない。だから声だけで止めた。

「レイモン」

彼は止まらなかった。二歩目を出しかける。ラファエルは机から動かない。

「ここで暴れれば、あなたは何も聞けない」

アデルが言う前に、ラファエルが言った。レイモンの足が止まる。彼はラファエルを睨んだ。

「お前が逃がしたのか」

ラファエルは黙った。

その沈黙だけで、アデルには十分だった。逃がした。少なくとも、逃げられるように道を空けた。正確には、捕まえられる地点で捕まえなかった。痕跡を消し、追跡優先度を下げ、補給隊の流れに紛れ込ませた。

「やっぱり」

アデルは小さく言った。

ラファエルの視線が彼女へ向く。

「何がです」

「あなた、逃がしましたわね」

天幕の中の兵たちがわずかに動いた。ラファエルは表情を変えない。

「根拠は」

「炭焼き道の足跡。斥候の記録。母子を見て追わなかったこと。痕跡を消したこと。補給路を優先したという紙片。ここまでやっておいて、たまたま海を渡ったと?」

「あなたはよく喋る」

「縄をかけられると、手が使えませんから」

「黙るという選択肢は」

「死刑台に置いてきましたわ」

ラファエルは初めて、ほんのわずかに目を細めた。笑ったのではない。興味を持っただけだ。アデルはその目を受け、深紅のコルセットの下で息を整えた。

レイモンは低く言った。

「なぜ逃がした」

ラファエルはしばらく答えなかった。机の上の地図へ視線を落とし、木札の一つを指でずらした。そこには処刑場のある都市、川下の村、港、山道が記されている。彼は最初から知っていた。少なくとも、第十話の時点でラファエルの隊は道を見ていた。妻子の動きは偶然の逃避行ではなく、誰かの目の中を通った逃避行だった。

「ロベルトが処刑を増やしている」

ラファエルは言った。

レイモンの目が動く。アデルは黙った。ここで口を挟む必要はない。

「革命の名で、短い裁判と長い処刑列ができている。民衆は最初、歓声を上げた。今は数を数えなくなった。数えなくなった処刑は危険だ。誰が死んだか、誰も覚えていない。誰が命じたか、誰も確認しない。血だけが残る」

「それと俺の家族に何の関係がある」

「あなたが関係そのものだからだ」

ラファエルは顔を上げた。

「処刑人レイモン。あなたは王族と対峙した裁判で、身分の差を理論でひっくり返した。裁判長の心象も、民衆の空気も、あなたに不利だった。処刑人と王族では、座る前から格差がある。それでも、あなたは言葉で勝った」

アデルはレイモンを横目で見た。彼は怒りを忘れたような顔をしていた。自分の過去が、敵の口から政治的な価値として語られている。彼にとって、それはたぶん不快だろう。だがラファエルは続ける。

「あなたを裁判に出せば、また同じことが起きる可能性がある。ロベルトが無茶な処刑を続けている今、サンソンが法廷へ立てば、処刑そのものが問われる。誰が命じ、誰が裁き、誰が刃を落としたのか。ロベルトはそれを望まない。私は、それが起きる時期を選びたい」

「だから家族を逃がしたのか」

「あなたの家族をロベルトに渡せば、彼は処刑するか、人質にするか、見せしめにするかのどれかを選ぶ。どれを選んでも火種になる。あなたは必ず出てくる。裁判に引きずり出される。あるいは殺される。殺されれば、裁判を避けるために消したと見られる。裁判をすれば、ロベルトの処刑が掘り返される。どちらも面倒だ」

「面倒」

レイモンの声が低くなる。

「そうだ」

ラファエルは平然と答えた。

「私は善人ではない。あなたの妻子が哀れだから逃がしたのではない。処刑の火に余計な油を注ぎたくなかった。彼女たちはこの国から出た方が、私にとって都合が良かった」

レイモンが拳を握った。縄が軋む。アデルは見た。

「船の名は」

レイモンが言った。

「聞いてどうする」

「追う」

「無理だ」

「船の名を言え」

「言えば追う。追えば港で捕まる。港はロベルトの者も見ている。あなたが追えば、あなたの家族の別名も経路も割れる」

レイモンの顔が歪んだ。

「なら、なぜ俺に言った」

「あなたを止めるためだ」

ラファエルは言った。

「山を探し続けても、あなたは彼女たちに追いつけない。追いつけないまま、兵を殺し、巡回を潰し、村を巻き込む。あなたは処刑人だ。殺し方を知っている。だが今のあなたは、自分の足の止め方を知らない。だから事実を伝えた」

アデルは思わず口を開いた。

「かなり嫌な親切ですわね」

ラファエルは彼女を見た。

「親切ではないと言いました」

「ええ。だから嫌な政治ですわ」

「政治は大抵、嫌なものです」

「気が合いそうで最悪ね」

レイモンは机に置かれた地図を見ていた。港の印。川下の道。山道。妻子が通ったはずの線。そこから海へ伸びる、もう追えない線。彼の胸の中で何が折れたのか、アデルには分からない。ただ、彼の呼吸が一度深く沈み、次に小さく戻った。

「生きているのか」

レイモンは言った。

ラファエルはすぐ答えた。

「私が確認した時点では」

「今は」

「海の上だ。海の上のことまで、私は命令できない」

レイモンの顔がわずかに歪む。アデルはラファエルを睨んだ。

「そこは嘘でも生きていると言いなさいな」

「嘘を望むなら、別の天幕へ行ってください」

「本当に気が合わないわ」

「その方が安全です」

アデルは舌打ちしたくなったが、しなかった。ラファエルの言葉はひどい。

ラファエルは兵へ目をやった。

「縄を解け」

兵が一瞬戸惑う。

「よろしいのですか」

「逃げられる場所ではない」

兵はレイモンとアデルの縄を解いた。手首に赤い跡が残る。アデルは自分の手首を見て、顔をしかめた。

「最悪。白と金の次は手首まで傷物ですわ」

「あなたは状況を理解しているのですか」

ラファエルが言った。

「しています。だから手首の傷程度に文句を言っているの。」

ラファエルは少しだけ黙った。レイモンは解かれた手で懐の木片へ触れた。髪紐にも触れた。確認するように。なくなっていない。妻子は遠い。だが、この二つはある。

「俺をどうする」

レイモンが聞いた。

「しばらく拘束する」

「なぜ」

「あなたが港へ向かわないように」

「それだけか」

「それだけで十分な理由だ」

「俺が従うとでも」

「従わないなら、先王夫人を別に拘束する」

アデルは眉を上げた。

「私を人質扱い?」

「あなたは彼を止める役に立っている」

「評価としては悪くないわね。待遇は最低ですけれど」

レイモンがラファエルを睨んだ。

「彼女は関係ない」

「あります」

ラファエルは即答した。

「あなたは彼女の言葉で止まる。先ほどの山道でもそうだった。炭焼き道で斥候を出していた者から報告を受けている。あなたは一人なら暴れる。彼女がいると、ほんの少し考える。なら、彼女は関係者だ」

アデルは笑いそうになった。笑う場面ではない。だが、敵にそこまで観察されているのは妙に愉快だった。自分がレイモンの手綱として扱われている。失礼で、危険で、使える評価。こういう評価は嫌いではない。

「聞きました、レイモン。私、あなたの思考補助具らしいわ」

「喜ぶな」

「喜んでいません。少し面白いだけ」

「面白い状況ではない」

「ええ。でも、少し面白い」

レイモンは彼女を見た。怒るかと思ったが、怒らなかった。ただ疲れた顔で言う。

「お前は、なぜ笑える」

アデルはすぐには答えなかった。深紅のコルセットの奥で、息が一度止まる。

「死んでいないからですわ」

アデルは答えた。

天幕の中が静かになる。

「私は死刑台で終わるはずでした。首を落とされて、誰かが少し騒いで、それで終わり。なのに今は、泥だらけの礼装で軍の天幕に立ち、元恋人は妻子の船を追えずに怒っていて、敵の将校は私を手綱扱いしている。最悪で、不便で、腹立たしくて、何一つ思い通りではない。けれど、まだ続いている」

彼女は自分の白と金の泥まみれの裾を見た。深紅のコルセットは煤け、薔薇飾りは縫い直され、青い宝石はない。

「だから少し、楽しいのよ」

レイモンは黙っていた。ラファエルも黙っていた。兵たちは何を聞かされたのか分からない顔をしている。アデルは笑みを消さなかった。

ラファエルが静かに言った。

「あなたは危険な人だ」

「今さら?」

「処刑台で終わるべき人間が、終わらなかった時ほど厄介なものはない」

「褒め言葉として受け取りますわ」

「違います」

「でしょうね。でも受け取ります」

レイモンが低く息を吐いた。ほんのわずかに、緊張が割れた。アデルはそれを横目で見た。彼の妻子は遠くへ行った。追えない。だが、生きている可能性は高い。ラファエルが逃がした。善意ではない。政治として。だからレイモンは感謝できない。憎みきることも難しい。

ラファエルは机の上の紙を一枚取った。

「夜明けまで、あなた方はこの野営地に留める。明朝、道を選ばせる」

「選ばせる?」

アデルが聞いた。

「港へ向かえば拘束を続ける。ロベルトの処刑を止めるために動くなら、話ができる」

レイモンが顔を上げた。

「俺に何をさせる気だ」

「まだ決めていない」

「ふざけるな」

「決めるのは、あなたが現実を飲み込んでからでいい」

ラファエルは机の上の地図へ視線を落とした。

「あなたの家族は、今は遠い。ロベルトは近い。処刑台は毎日動いている。あなたがどちらへ向くかで、使い道が変わる」

レイモンは何も言わなかった。アデルはラファエルを見た。ロベルト。処刑。裁判。サンソン。妻子の逃亡。すべてが一本の線で結ばれ始めている。

アデルは手首の縄跡をさすりながら、なぜか少しだけ機嫌が上向くのを感じた。

退屈だけはしなかった。

「夜明けまでに寝台は?」

アデルが聞いた。

ラファエルは彼女を見た。

「ありません」

「椅子は?」

「ありません」

「毛布は?」

「一枚なら」

「先王夫人を何だと思っていますの」

「捕虜です」

「正解すぎて腹が立つわね」

レイモンが低く言った。

「アデル」

「何?」

「少し黙れ」

「努力しますわ」

ラファエルは兵へ命じた。

「二人を別天幕へ。見張りを二人。食事を出せ。武器は近づけるな」

「はい」

アデルは天幕を出る前に、ラファエルを振り返った。

「ラファエル様」

彼は顔を上げる。

「違います。」

「逃がしたこと、レイモンは感謝しませんわよ」

「必要ない」

「でしょうね。だから私が代わりに言います。ひどい助け方ね」

ラファエルは少しだけ目を細めた。

「助けていません」

「ええ。けれど、死なせなかった」

それだけ言って、アデルは外へ出た。夜気が頬に当たる。野営地の灯りは低く抑えられ、兵たちは黙って動いている。レイモンは隣にいた。何も言わない。彼の手は懐の木片に触れている。追えない家族の痕跡。遠くへ逃がされた命。残された男。

アデルはその横で、泥に汚れた白と金の裾を持ち上げた。薔薇飾りはまだ落ちていない。青い宝石は戻らない。深紅のコルセットは苦しい。それでも、彼女は歩いた。捕虜用の天幕へ向かって。夜明けまでの短い猶予へ向かって。第二の逃亡が、もう始まっている気がした。

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