徴発村の洗濯場と空欄の命令
「その紙、破れますわよ」
アデルが言うと、レイモンは紙片を握る手をわずかに緩めた。
「分かっている人間は、同じ紙を五度も開きません」
「四度だ」
「数えていたの?」
「……」
「律儀ね。そういうところだけは本当に変わらないわ」
軽口は返ってこなかった。アデルは少し息を吐いた。今の彼には、昔の恋人としてのからかいが届く場所と、妻子を追う夫として閉じている場所がある。閉じている場所へ無理に指を入れれば噛まれる。だが、放っておけば彼はその閉じた部屋の中で自分を殴り続ける。厄介な男。面倒な男。死刑台で殺されるより、こうして隣で歩いている方がずっと手がかかる。けれど、アデルはその厄介さを退屈とは思わなかった。
村の入口は、焼けた杭と干された布で分かった。洗濯場の村らしく、家々の間には縄が張られ、白いシーツや肌着、軍服の裏布、包帯が夜風に揺れていた。だが、その多くは清潔ではなかった。洗ったというより、水に通して絞っただけの布が多く、乾ききらないまま灰色に垂れている。村の広場には軍の荷車が三台停まり、兵士ではない補助員たちが、洗濯済みの布袋と麦袋を数えていた。徴発のための村だった。洗濯、水、女手、荷車、食料。戦う者たちが前線で使うものを、後ろの者たちから削り取って整える場所。
同行の下級女官と二人の子供たちは、広場から遠い宿の壁際に身を潜めている。
「遅かったか」
レイモンが低く言った。
アデルは村を見る。戸口に立つ女たちの顔は疲れているが、完全な絶望ではない。誰かを送った後の村だ。何かを奪われ続けているが、まだ生きる手順は残っている。洗濯場の奥に明かりがあり、そこだけ人の出入りが多い。
「まだ分かりません」
「荷車がある」
「ええ。だから確認するの」
レイモンはすぐに広場へ向かおうとした。アデルはまた袖を掴む。彼は振り返る。目が鋭い。
「止めるな」
「止めます。あれは軍の荷車です。あなたが今あそこへ行けば、妻子を探す夫ではなく、指名手配の処刑人が軍の徴発品へ近づいた形になる。説明する前に囲まれますわ」
「なら、どうする」
「洗濯屋を探す。荷車は女たちが扱う。男たちの帳簿より、女たちの桶の方が早い」
洗濯場は川から水を引いた石造りの小屋だった。中では女たちが布を踏み、灰汁を混ぜ、血のついた包帯を桶に沈めている。湯気と石鹸と古い血の匂いが混ざり、息をするだけで喉がざらついた。奥に、背の曲がった老婆がいた。腰に鍵束ではなく、洗濯紐の束を巻いている。腕は細いが、手だけが異様に強そうだった。彼女は濡れた軍服を絞りながら、こちらを見ずに言った。
「夜の客は洗えないよ」
アデルは足を止めた。
「洗われに来たように見えます?」
「見えるね。泥と煤と血で、ずいぶん立派な汚れ物だ」
周囲の女たちが手を止めかけた。アデルは怒らなかった。むしろ少しだけ口元を上げた。この老婆は見ている。衣装の値段だけではなく、そこに付いた汚れの種類を見ている。洗濯屋の目だ。
「では相談しましょう。私を洗うのと、人を探すのと、どちらが高くつきます?」
老婆はそこで初めて顔を上げた。レイモンを見て、次にアデルの胸元の欠けた台座を見た。
「人を探す方が高い。だいたい、見つかる頃には払う相手が死んでる」
レイモンが前へ出た。
「二日前の夜、施療院から母子を運んだ洗濯屋を探している。灰色に青い糸の証明布を持っていた。子供が熱を出していたはずだ」
洗濯場の空気が少し変わった。女たちが互いに目を伏せる。老婆は濡れた軍服を桶へ落とした。
「誰に聞いた」
アデルが答えた。
「女たちの宿です。あなたへ渡されたと聞きました」
「宿の婆さんは口が軽くなったね」
「軽くなければ、人は助かりませんわ」
「重い口で助かる人間もいる」
「ええ。だから今、あなたから必要な分だけ聞きます」
老婆はアデルを見た。しばらく沈黙があった。外では補助員が袋を数える声がしている。軍の荷車の軋む音も聞こえる。徴発はまだ続いている。村そのものが大きな洗濯桶に入れられ、絞られている最中だった。
「その母子なら、来た」
老婆は言った。
レイモンの手が動いた。アデルは視線だけで止めた。今、急かすな。老婆は急かされると閉じる。洗濯屋は布を急がせる者を嫌う。汚れも水も時間が必要なのだ。
「女は名を言わなかった。子供は熱が下がりきっていなかった。小さい方は抱かれていた。大きい方は歩いていたが、眠りながら歩くような足だった。証明布は持っていた。だが目印になるから、私が外した」
「外した?」
レイモンの声が掠れた。
老婆は奥の棚から小さな布を取り出した。灰色の布に青い糸が一本縫い込まれている。施療院の証明布だった。アデルが受け取り、修道女の説明と一致していることを確認する。
「これを持っていると追われる。だから外した。代わりに、洗濯物の札を付けた。村の子供に見えるようにね」
レイモンは証明布を見ていた。布そのものに妻子の温度が残っているわけではない。けれど、彼にとっては、初めて触れられる痕跡だった。彼の指が伸びかけ、途中で止まる。火傷した手だった。アデルは証明布を彼へ渡した。彼は慎重に受け取った。処刑台で首を受けるより、ずっと恐る恐る。
「今どこに」
「ここにはいない」
その答えは予想できていた。だがレイモンの顔は、それでも一度崩れかけた。
「どこへ」
「徴発が始まる前に逃がした。軍が洗濯場を押さえると、女と子供まで数え始める。あの母親は目立たないつもりだったが、目立つんだよ。怖がっているのに、子供の前で背筋を曲げない女はね」
レイモンは目を閉じた。アデルは横を見ない。見れば、自分の中の余計なものまで動く。
「行き先は?」
「村の東に古い染料小屋がある。そこから山側へ抜ける道を教えた。だが、そこへ行ったとは限らない。途中で荷車に乗せられたなら、南の集積所へ運ばれたかもしれない」
「荷車?」
アデルが聞いた。
老婆は外の広場を顎で示した。
「軍が洗濯物と一緒に人も運ぶ。働ける女は洗濯場へ、縫える女は補修へ、子供は邪魔なら教会へ。名目は保護。実際は、手が足りない場所へ流すだけさ」
レイモンの肩が硬くなった。
「妻も」
「乗せてはいない」
老婆はすぐ言った。
「少なくとも、私が見ている間は。あの女は荷車に近づかなかった。子供を抱えて、戸口と裏道ばかり見ていた。逃げ慣れてはいないが、隠れ方を考える頭はあった」
アデルは老婆を見る。かなり見ている。これはただ送っただけではない。匿った。助けた。その分、村に危険が残っている。
「なぜ助けたの?」
老婆は鼻で笑った。
「洗濯屋が汚れ物を見捨てるかい」
「人を汚れ物扱い?」
「きれいな人間なんぞ、この辺には来ないよ。あんたも含めてね」
アデルは少し笑った。
「的確ね」
外で怒鳴り声が上がった。補助員の声だ。続いて、女の悲鳴。洗濯場の女たちが手を止める。老婆は顔をしかめた。
「またか」
アデルは入口へ向かう。
「何?」
「今日三度目の徴発だよ。朝に布、昼に食料、夜に人手。軍服の補修が間に合わないから、縫える女を連れていくと言ってる」
レイモンも動く。アデルは彼を見た。
「あなたは証明布を持っていて」
「今は」
「分かっています。奥方の手掛かりがある。だからこそ、この村で騒ぎを起こす相手を選ぶ必要がある。徴発隊と正面から揉めれば、奥方の通った道まで潰される」
「だが、連れていかれる」
「ええ。止めます」
アデルは洗濯場を出た。広場では、補助員二人と兵士一人が、若い女を荷車へ乗せようとしていた。女は針仕事用の小箱を抱えている。隣で年老いた母親が泣きつき、子供が荷車の車輪にしがみついていた。兵士は疲れた顔で立っているが、止める気はない。補助員たちは苛立ち、仕事を数でしか見ていない顔だった。男の顔から血の気が引いた。彼はレイモンの中に、悲鳴さえ上げられずに全身の筋肉を硬直させる微細な身体反応を示し、処刑人の名を知らなくても、人の体をどう壊すか知っている男の手つきが伝わった。男の喉が鳴り、抜刀の動作を止めたまま、視線を路面へと外した。
「軍服の補修だ! 縫える女は提出するよう命令が出ている!」
「提出」
アデルはその言葉を繰り返した。広場の視線が彼女へ向く。白と金のドレスは夜の中でくすんでいるが、まだ目立った。深紅のコルセットは暗い血のようで、腰の薔薇飾りは潰れ、胸元には青い宝石のない台座が残っている。彼女は汚れた裾を持ち上げ、徴発隊の方へ進んだ。
「女を麦袋と同じ数え方で呼ぶなんて、あなた方の帳簿はずいぶん便利なのね」
補助員が振り返る。
「また女か。何だ、お前は」
「また、と言うほど女に怒られているの?」
周囲の女たちの空気が微かに動く。補助員は顔を赤くした。
「軍の命令だ。口を出すな」
「命令書は?」
補助員は懐から紙を出した。アデルは受け取らず、見せるように指示した。紙には軍服補修のための針仕事人員の徴発とある。だが、人数、期間、食料支給、帰村条件が空欄だった。署名はあるが、実務欄が雑に空いている。アデルはすぐ理解した。命令の形をした空の袋だ。現場が好きなだけ詰められる。
「これは人員徴発の命令ではなく、補修協力の依頼に近いわ」
「読めるのか」
「読めます。残念でしたわね」
補助員が紙を引こうとした。アデルは離さない。白と金の袖口に泥が付く。深紅のコルセットの前へ紙を引き寄せ、燭台の光に透かす。
「期間空欄。食料支給空欄。帰村条件空欄。連行先空欄。これで女を荷車に乗せるなら、あなた方は軍服の補修ではなく、村から女を消す手続きをしていることになる」
「黙れ!」
「黙らせたいなら、空欄を埋めなさい。何人、何日、どこで、何を支給し、いつ返すのか。書けないなら、連れていけない」
兵士がそこで口を開いた。
「補修が遅れれば、前線の兵が困る」
アデルは兵士を見た。若いが、補助員よりは疲れている。命令で来ている。悪意ではなく、必要に押されている顔だった。
「その通りです。だから村ごとここで補修させればいい。女を連れていく必要はありません。洗濯場には針があります。灯りもある。兵が監督し、女たちは村で縫う。出来上がった分だけ持っていく。食料は補修枚数に応じて支給。逃亡防止という名目で女を連れ去るより、補修速度も落ちない」
兵士は黙った。補助員が怒鳴る。
「勝手に決めるな!」
「では、あなたが決めるの? 空欄も埋められないのに?」
アデルは命令書を兵士へ向けた。
「あなたが署名なさい。今夜この村で補修を行う。洗濯場を臨時補修所とする。女の連行なし。食料支給は軍の麦袋から。村の水と針を使う代わりに、補修済み軍服の受領印を出す。これなら前線も困らず、女も消えず、あなたも命令を遂行できる」
兵士は彼女を見た。見た目は汚れた貴族女。だが言っていることは、現場で使える。補助員のように数を叫ぶのではなく、作業を進める形になっている。兵士は迷った。アデルは畳みかけなかった。彼が自分で選ぶ時間を置いた。
レイモンは少し後ろに立っていた。証明布を持つ手を握りしめ、しかし動かない。彼は本当なら今すぐ東の染料小屋へ走りたい。それでも、広場で女が荷車に乗せられるのを見過ごせなかった。見過ごせないから、アデルのやり方を待っている。待てている。アデルはそれを背中で感じた。
兵士はやがて命令書を受け取り、補助員から筆を奪った。
「食料は一袋だけだ」
「二袋。針仕事をする女は夜通し働く。飢えた手では縫い目が荒れます」
「一袋半」
「袋を半分に切る趣味がおあり?」
「……二袋だ。ただし、明朝までに十着」
老婆が洗濯場の入口から言った。
「十二着縫う。代わりに、子供を荷車に近づけるな」
兵士は老婆を見た。
「十二?」
「ここの女の手を舐めるんじゃないよ」
アデルは少しだけ笑った。兵士は命令書に書き込み、受領印の欄を作った。補助員は不満げだったが、兵士が決めれば逆らえない。荷車に乗せられかけていた若い女はその場に座り込み、子供が泣きながら彼女の腰にしがみついた。
徴発は消えない。軍服は縫わなければならない。食料も奪われる。だが、女は村に残った。少なくとも今夜は。
アデルが命令書の控えを確認していると、老婆が近づいた。
「あんた、何者だい」
「迷惑な同行者ですわ」
「それは聞いた」
「では、死刑台から降りた女」
老婆は目を細めた。冗談として受け取らなかった。アデルもそれ以上は言わなかった。老婆は懐から小さな布袋を出した。
「探している女が置いていった。正確には、子供の熱が下がった時、濡れた布を替えた。その時に残ったものだ。渡すか迷ったが、あの男には必要だろう」
布袋の中には、小さな髪紐が入っていた。灰色の糸に、青い糸が一本だけ混じっている。証明布を外した後、目印に使ったのかもしれない。レイモンはそれを見た瞬間、呼吸を忘れたようになった。
「これは」
「子供の髪に結んでいた。熱で汗をかいて、取り替えた。母親が捨てようとして、やめた。結局、置いていった。急いでいたからね」
レイモンは髪紐を受け取った。処刑人の手が、細い糸を持つには大きすぎた。火傷した手ではなく、無事な方の手で、それでも壊れ物を扱うように持った。彼の顔は、広場の灯りの中で青白く見えた。
アデルは何も言わなかった。言えば壊れる。少なくとも、今は。
老婆は続けた。
「東の染料小屋へ向かった。だが、そこから先は二つに分かれる。山側の炭焼き道か、南の集積所へ続く荷車道。母親が子供を連れて自力で行くなら炭焼き道。洗濯屋の荷車に拾われたなら南だ」
「どちらだ」
レイモンの声は低い。
「分からない。だが、あの母親は荷車を嫌がっていた。目立つからね。私なら炭焼き道を選ぶ」
アデルはすぐ頭の中で道を組んだ。炭焼き道は狭く、軍の荷車は通りにくい。子供連れには厳しいが、追手を避けるなら合理的。南の集積所は食料があるが、軍の目が多い。妻子がどちらを選ぶか。レイモンは夫として炭焼き道を信じたいだろう。アデルはそれを分かった上で、別の危険も見る。
「炭焼き道へ行く前に、染料小屋を確認します。そこで足跡か聞き込みを拾う。分岐を間違えれば時間を失う」
「今すぐ行く」
「行きます」
今度は否定しなかった。広場の処理は終わった。女たちは村に残った。証明布と髪紐と次の分岐がある。ここで止めすぎれば、レイモンは壊れる。
ただ、アデルは彼の手から髪紐を取り上げた。
「何を」
「あなたが握り潰す前に預かります」
「返せ」
「染料小屋まで。そこに着いたら返します。今のあなたは、これを握ったまま走って転びます」
レイモンの目が怒りで燃えた。アデルは引かない。髪紐を布包みの一番内側へ入れた。青い硝子片、工房印、革命章、宿の印、そのさらに奥。さすがにこれは借り物ではない。預かり物でもない。レイモンの心臓に近すぎるものだった。
「アデル」
低い声だった。名を呼ばれた瞬間、彼女の胸の奥が変な鳴り方をした。怒られている。分かっている。それでも、名前で呼ばれたことを拾ってしまう自分が腹立たしい。
「染料小屋で返します」
「今返せ」
「いいえ」
「返せ」
「いいえ」
広場の灯りの中で、二人は睨み合った。老婆が横からぼそりと言った。
「夫婦喧嘩なら外でやりな」
「違います」
「違います!」
「違うなら、なおさら急ぎな。妻は別にいるんだろう」
その一言で、アデルの口が一瞬だけ閉じた。レイモンも黙った。広場の女たちは見ないふりをした。補助員たちは、すでに食料袋を下ろしている。軍服の補修が始まろうとしていた。村はまだ徴発されている。だが、今夜は女を奪われずに済む。
アデルは白と金のドレスの裾を持ち上げた。裾はさらに泥を吸っている。深紅のコルセットは苦しい。腰の薔薇飾りは濡れて垂れ、胸元の青い宝石の台座は空いたまま。けれど彼女は立っている。汚れた豪奢さを引きずりながら、まだ誰にも自分を粗布へ変えさせていない。
「行きましょう」
彼女は言った。
レイモンは少しだけ遅れて頷いた。怒りは消えていない。だが、歩く方向は同じだった。
村を出る時、老婆がアデルへ声をかけた。
「その服、朝まで持たないよ」
アデルは振り返る。
「ご心配なく。私も同じことを思っていましたわ」
「替えをやろうか」
「今?」
「粗布ならある」
アデルは一瞬、考えた。粗布を着れば目立たない。歩きやすい。汚れてもいい。合理的には、今すぐ着替えるべきだった。だが、彼女は首を振った。
「まだ結構。これは、私が死刑台から降りた時の服ですの。捨てるには、まだ少し早い」
老婆は呆れた顔をした。
「馬鹿だね」
「よく言われます」
「死ぬよ」
「ええ。だから急いでいますの」
アデルは前を向いた。レイモンは黙っていたが、ほんの一瞬だけ、彼女の衣装を見た。泥だらけの白と金、煤けた深紅、潰れた薔薇、青い宝石のない胸元。それが彼に何を見せたのか、アデルには分からない。分からないが、彼はもう「着替えろ」とは言わなかった。
二人は東の染料小屋へ向かった。川から離れるにつれ、水の匂いに染料の苦い匂いが混ざる。夜は深くなり、道の先は黒い。レイモンの妻子は、その黒い道のどこかを通った。髪紐はアデルの布包みの中にある。彼女はそれを意識しながら歩いた。重い。布切れ一つが、宝石より重い。だが、この重さは落とせない。
「レイモン」
「何だ」
「染料小屋までは走らない」
「分かっている」
「信用しても?」
「見張っていろと言った」
アデルは笑った。
「ええ。言いましたわね」
「言った」
「では、見張ります。あなたが転んで奥方に会えなくなるのは、さすがに寝覚めが悪いもの」
「……すまない」
その謝罪は唐突だった。アデルは少しだけ目を開いた。
「何に?」
「髪紐を、怒鳴った」
「怒鳴られて当然のことをしましたもの」
「それでも」
アデルは返事に困った。謝られると困る。怒られる方が楽だ。皮肉で返せる。けれど謝罪は、こちらの中に入り込む隙間を探してくる。彼の妻子の髪紐を取り上げた女として、自分は悪かった。だが、取り上げなければ彼は握り潰したかもしれない。どちらも本当だった。
「染料小屋で返します」
アデルはそう言った。
「それまでは、私が持っています。あなたの代わりに」
レイモンは何も言わなかった。夜道に二人の足音が続いた。背後の村では、女たちが軍服を縫い始めているはずだった。食料袋が二つ下ろされ、子供たちは荷車から離され、洗濯屋の老婆はまた血のついた布を洗っているだろう。助けたと言うには大げさだ。徴発を止めたわけではない。革命も軍も変わらない。ただ、今夜、女が数人村に残り、子供が母親の腰にしがみついたままでいられた。
それで十分かは分からない。だが、何もないよりはずっといい。
アデルは布包みの奥にある髪紐を思い、胸元の青い宝石の欠落跡へ触れなかった。代わりに、深紅のコルセットの縁を押さえ、濡れた薔薇飾りを片手で退ける。まだ歩ける。まだ汚れる余地がある。まだ死んでいない。
染料小屋の黒い屋根が、夜の向こうに見え始めた。




