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夫人革命逃亡記  作者: 伊阪証
修正してない本編

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22/39

時計職人の工房

橋へ向かう丘道は、昼を過ぎる頃には踏み固められた軍道へ変わっていた。馬車の轍が深く残り、鉄輪が削った土の間には乾いた藁と、割れた樽板と、誰かが落とした紙片が風に引っかかっている。紙片には革命政府の印が半分だけ残っていたが、雨で滲み、何を命じていたものかは読めない。アデルはそれを拾い上げ、光に透かし、読めないと分かるとすぐ捨てた。

「読めない紙ほど腹立たしいものはありませんわね。命令も恋文も、読めないならただの汚れた布と変わらないわ」

「紙だ」

「比喩ですわ。あなた、今日も律儀に邪魔ね」

レイモンは返事をしなかった。第四の避難溜まりを出てから、彼は時折、手元を見るようになっていた。人形の首を繋いだ感触がまだ残っているのだろう。処刑人の手が、切断ではなく接合の側へ回った。アデルはそれを面白がりたい気持ちの間で、いつものように前を向き直した。

胸元には青い宝石がない。代わりに、布包みの中にはアンヌから借りた安い硝子片が入っている。価値はない。売れもしない。だが歩くたびに小さく当たって、そこにあると分かる。高価な宝石を失い、安物の欠片を持つ。先王夫人としては屈辱的な交換だったが、逃亡者としては悪くない。少なくとも、欠片は誰かが自分の手で渡したものだ。盗まれた宝石より、妙に扱いに困る。

丘を下りかけた時、焦げた匂いがした。焚き火ではない。料理でもない。油と木と布と、何か硬いものが焼けた匂いだった。レイモンが先に足を止める。道の先に小さな町が見えた。町と言うには家が少なく、村と言うには煙突が多い。水車小屋があり、その横には細長い工房が並んでいる。屋根の一部から黒い煙が上がっていた。

「回り道をする」

レイモンが言った。

アデルは煙を見る。

「できませんわ。検問情報では、この先の橋を避けるなら、あの町の裏を抜けるしかない。川沿いの旧道へ出るには、あそこを通る必要があります」

「火が出ている」

「ええ。とても迷惑ね」

「迷惑で済ませるのか」

「死ぬほど迷惑と言えば満足?」

レイモンは彼女を見た。アデルは肩をすくめ、靴の泥を石にこすりつけた。

「行くわよ。火が広がれば道も塞がる。消せるなら消す。消せないなら抜ける。燃えている理由くらいは見る価値がありますわ」

「見る価値」

「火事は偶然でも、徴発は偶然ではないことが多いもの」

町へ近づくにつれ、煙の下から人の声が聞こえた。怒号と咳と、木材が崩れる音。通りには荷を抱えた人々が出ていたが、誰も一つの工房へ近づこうとしない。扉の上には、煤けた看板がかかっている。歯車と針と小さな鳥の絵。時計職人か、細工師か、あるいは両方を扱う工房だった。

扉の前で、若い男が二人、桶を持ったまま立ち尽くしていた。水はある。だが中へ入らない。火そのものは工房奥で燃えているらしく、入口はまだ通れる。なのに誰も踏み込まない。理由はすぐ分かった。中から金属が弾ける音がした。続いて、細い破裂音。油と火薬ではない。ばねか、小さな部品が熱で飛んでいる音だった。

「中に誰か?」

レイモンが聞いた。

若い男の一人が頷いた。

「親方が。逃げろと言ったのに、図面を取りに戻った。奥の机に、徴用の連中に渡すくらいなら燃やすって」

「徴用?」

アデルが聞いた。男は彼女を見て、怪しむ余裕もない顔で答えた。

「軍の補修命令だ。時計の部品、銃のばね、測量器具、馬車の車軸、何でも直せるからって、親方を連れていく話が来た。親方は行かないと言った。そしたら夕方前に補助員が来て、工房を調べると。揉めて、灯油が倒れた」

「補助員は?」

「逃げた」

アデルは短く笑った。愉快だからではない。あまりにも予想通りだったからだ。

「壊してから責任を火に押し付ける。役人見習いの発想は、どこの町でも似るものね」

中から咳き込む声がした。レイモンはもう外套を脱いでいた。アデルは彼の手元を見て、わずかに顔をしかめる。止めなければならない。だが、止めたところで、この男は止まらない。妻子を探さなければならない身でありながら、目の前の火事から人の声がすれば足がそちらへ向く。

アデルは桶を奪い、レイモンへ渡した。

「濡らして被りなさい。奥へまっすぐ行かない。床に落ちた油が燃えているなら、靴裏から持っていかれるわ。壁沿い。低く。布を口に」

レイモンは桶の水を外套へかけ、布を口元に巻いた。

「詳しいな」

「宮廷で火事が出ると、誰が何を持って逃げるかで人間性が分かりますの。宝石箱を抱えた女と、扉の鍵を探す侍女と、真っ先に酒蔵を守る料理長を見れば、自然と覚えますわ」

「経験の種類が偏っている」

「生きていれば何でも教訓よ。ただし、あなたは死なないで。奥方とお子さんを探す前に焼け焦げたら、私があまりにも間抜けな女になります」

レイモンは一瞬だけ目を伏せた。妻子のことを出されれば、彼は反論しづらい。アデルはそこを分かって言っている。

レイモンは工房へ入った。アデルはすぐ若い男たちへ振り向いた。

「桶を回しなさい。入口を濡らす。奥へ水を投げ込まないで。油が広がる。布袋があるなら水に浸して床へ押し当てる。そこのあなた、泣くなら後。今は窓を壊して煙を逃がす。割るのは上だけ。下を割ると火が吸います」

男たちは反射的に動いた。アデルの声には、考えさせる隙がない。正しいかどうかを判断する前に、体が命令の形へ入る。彼女はそれを知っていて使っている。村でも、浅瀬でも、避難溜まりでも同じだった。彼女は人を励ますのではない。人が立ち止まる時間を奪う。

工房の中で、レイモンは煙に身を低くした。火は奥の棚を舐め、壁に掛けられた乾いた木材へ移りかけていた。床には歯車、割れた硝子、焼けた紙片が散っている。机の下で、老人が倒れていた。白髪まじりの髪に煤がつき、片足が木材に挟まっている。腕には革の筒を抱えていた。図面だろう。

「立てるか」

レイモンが声をかけると、老人は目だけを動かした。

「……誰だ」

「通りすがりだ」

「なら、そこの棚を」

「先に足だ」

「棚の三段目。金属箱。焼けると駄目だ。あれは」

老人は咳で言葉を切った。レイモンは木材をどかそうとしたが、角度が悪い。力任せに引けば、足をさらに潰す。彼は工具を探した。壁に掛かっていた鉄の棒を取り、梃子にする。火が近い。煙が目に刺さる。老人は革筒を手放さない。

外からアデルの声が飛んだ。

「レイモン、生きていますの?」

「黙っていろ」

「生きているなら結構。奥の棚に金属箱があるそうよ」

レイモンは一瞬だけ眉を寄せた。なぜ聞こえた。いや、アデルなら聞いている。火事場でも耳だけは妙に働く。彼は老人の妻子を押さえ、鉄棒で木材を浮かせた。

「足を抜け」

老人は歯を食いしばり、足を引いた。骨は折れていないらしい。だが火傷がある。レイモンは老人を抱え上げようとしたが、老人は棚へ手を伸ばした。

「箱を」

「死ぬぞ」

「箱がなければ、私は死んだのと同じだ」

レイモンは老人を見た。処刑台で、似た目を何度も見た。命より先に、何か一つを見ている目。家族の名を呼ぶ者。神の名を呼ぶ者。罪を否定する者。最後の煙草を求める者。首を刎ねられる直前でも、人は命そのものではなく、自分が何者だったかを掴む。老人にとって、それは金属箱だった。

レイモンは老人を壁にもたれさせ、棚へ向かった。火はまだ箱へ届いていない。だが棚の横板が焼け、いつ崩れてもおかしくない。彼は濡れた外套で腕を覆い、三段目の箱を掴んだ。熱い。金属が掌を焼く。彼は歯を食いしばり、箱を引き抜いた。その瞬間、棚が崩れた。火の粉が散り、木材が背中に落ちる。外で誰かが叫んだ。

アデルは入口へ一歩踏み出した。熱が顔を叩き、煙が喉へ入る。だが次の瞬間、彼女は踏みとどまった。ここで入れば、レイモンは老人と箱だけではなく、自分まで抱えて出なければならない。そんなことをさせるために、彼を処刑台から連れ出したわけではない。彼には妻子を探させなければならない。自分の前で焼け死なせるなど、女としても、逃亡者としても、計算としても、全てにおいて許しがたい。

「入口へ水を。煙が下がる前に、道を作って」

人々が水を撒く。濡れた布が床へ押し当てられる。数呼吸の後、煙の中からレイモンが出てきた。片腕に老人を抱え、もう片方に金属箱を抱えている。背中の外套は焦げ、手の甲は赤く焼けていた。彼は外へ出るなり膝をついたが、老人と箱は落とさなかった。

アデルはまず老人の顔を見た。呼吸はある。次にレイモンの手を見た。皮膚が焼けている。

「馬鹿」

彼女の声は低かった。

レイモンは咳き込みながら言った。

「助けた」

「見れば分かりますわ。馬鹿でも結果は出せるのね」

「褒めているのか」

「怒っているのよ」

アデルは彼の手を掴んだ。レイモンがわずかに身を引いたが、彼女は離さない。水で冷やす。布を裂く。どの布を使うか一瞬迷い、前面の深紅のコルセットの端が泥と煤で汚れているのを見て、すぐ自分の袖の内側を切った。白と金を基調としたドレスの袖から切り裂かれたレースではない布が剥がれる。だが、また衣装が軽くなる。

「最近、私の衣装は救護箱かなにかになっているのかしら」

「使うな」

「黙って。あなたの手が使えなくなる方が損失です」

「損失」

「ええ、損失。あなたの手は、今のところ私の財産目録に入っていますの。妻子を探すにも、私を逃がすにも、荷物を運ぶにも、人形を直すにも、燃えた老人を拾うにも必要です」

「俺は物ではない」

「物より厄介だから困っているのよ」

レイモンは何か言いかけて、やめた。アデルの指が火傷した皮膚の周囲を押さえる。痛むはずなのに、彼は手を引かなかった。彼が我慢していると分かるのが腹立たしい。もっと痛がればいい。もっと怒ればいい。そうすれば、彼がまだ生きていると確認しやすい。

老人は地面に座り込み、金属箱を両腕で抱えていた。周囲の若い職人たちが親方と呼びながら集まる。親方は咳をし、煙で涙を流しながらも、箱を開けようとした。指が震えてうまく動かない。アデルはその前にしゃがんだ。

「開ける前に聞きます。中身は何?」

老人は彼女を見た。煙で赤くなった目は、まだ強かった。

「時計の図面だ。水車の力で複数の旋盤を回す仕組み。小さな歯車を同じ寸法で作る治具。銃のばねも、測量器の針も、馬車の部品も、同じ精度で作れる」

「なるほど。軍が欲しがるわけね」

「渡さん」

「でしょうね」

アデルは箱を見た。ここでこの図面を持つ職人を助けることは、ただの人助けではない。技術を持つ者は、食料より遠くへ効く。歯車を作れる者は、銃も時計も測量器も修理できる。軍はそれを欲しがり、革命政府は管理したがる。逃亡者にとっては、道具にも情報源にもなる。アデルの頭の中で、老人の価値が素早く置き換わった。負傷者。職人。徴用対象。技術保有者。将来の協力者。危険物。助ける理由は十分すぎるほどあった。

「逃げられますか」

アデルが聞いた。

老人は笑おうとして咳き込んだ。

「足を焼いた。走れん」

「走れとは言っていません。動けるかと聞いています」

「工房が」

老人は燃える建物を見た。若い職人たちも見た。火は少し収まりつつあるが、奥はもう駄目だろう。棚も机も工具も、かなり焼けている。老人の喉が鳴り、震える手で金属箱を抱え直す身体反応が広がった。

「私の全部だ」

「違います」

アデルは即座に言った。

老人の目が彼女へ戻る。

「あなたの全部は、今あなたが抱えている箱と、そこに立っている弟子たちと、まだ動く頭です。建物は大きな入れ物。大切ではあるけれど、全部ではない」

「簡単に言う」

「簡単な部分だけ言っていますもの。難しい部分は、あなたが後で泣きながら数えなさい」

周囲の職人たちが息を呑む。代わりに、火の方を見て、長く息を吐いた。

「泣く時間を後に回せと」

「ええ。今泣くと、役人が戻ってきます」

「戻る?」

レイモンが顔を上げた。

アデルは燃え残った通りの向こうを見た。

「工房を燃やした補助員が逃げたのでしょう。なら、戻ってくるわ。自分の失敗を親方の反抗と工房の自焼に変えるために。証人が多い今ではなく、人が散った後に、兵を連れて」

老人の弟子たちの顔色が変わった。レイモンも同じ方向を見る。

「どれくらいで戻る」

「早ければ一刻もないわね。遅ければ夕方。役人が自分の責任を消す時だけは、驚くほど勤勉ですもの」

親方は箱を抱え直した。

「弟子を連れて逃げる」

「行き先は?」

「川向こうの町に、昔の仲間がいる。だが橋は」

「検問がありますわ。こちらには検問の癖を知る母親から借りた情報があります。あなたには図面と職人がある。取引しましょう」

レイモンがアデルを見た。

「取引か」

「ええ。助けた礼を美談にすると腐ります。取引にすれば後で使える」

「言い方」

「正確でしょう?」

親方は咳をしながら笑った。火事場で聞くには不自然な笑いだったが、目は死んでいなかった。

「いい。取引だ。通れる道を教えろ。私は、あんたたちに工房印を渡す」

「工房印?」

「職人組合の古い印だ。まともな工房なら、紹介状代わりになる。今は革命政府の紙切れより効く時もある」

アデルの目が細くなる。これは良い。予想よりずっと良い。逃亡者にとって、ただの善意より印の方が役に立つ。道具を直せる者、荷車を通せる者、夜に納屋を貸す者、書類の偽装に目をつぶる者。職人組合の細い網は、役所の太い道より見つかりにくい。

「いただきますわ」

「まだ渡すとは」

「取引成立でしょう?」

「図々しい女だ」

「死刑台から降りた女に遠慮を求める方がどうかしていますわ」

親方は今度こそ笑った。弟子たちは慌ただしく動き始めた。焼け残った工具を選び、持てるだけの部品を布に包む。アデルは荷を見て、即座に選別を始めた。重すぎる鉄材は捨てる。小さな治具は残す。銅線は巻いて持つ。壊れた時計は捨てるが、針とばねは取る。弟子の一人が「それは親方が十年使った時計です」と反抗しかけたが、親方が自分で首を振った。

「針を取れ。思い出で腹は膨れん」

アデルは満足げに頷いた。

「良い親方ね。少なくとも、物に殺される前に選べる」

レイモンが低く言った。

「人の痛みを急かすな」

アデルは一瞬だけ黙った。その言葉は、軽口で返すには少し芯に当たった。彼は怒鳴っていない。だが、怒っている。

「……分かりましたわ。今のは悪趣味でした」

レイモンが意外そうに彼女を見た。

「謝るのか」

「謝っていません。悪趣味だったと評価しただけです」

「それを謝罪と言う」

「違いますわ」

親方が二人を見て、煤だらけの顔で呟いた。

「夫婦か」

アデルとレイモンが同時に黙った。弟子たちの手も一瞬止まった。

アデルは先に笑った。華やかに、しかし少しだけ棘を混ぜて。

「違いますわ。昔、私が少し遊んで、今は彼の奥方から一時的に借りているだけ」

「借りている?」

レイモンの声が低くなる。

「返すつもりはありますわよ。奥方とお子さんを見つけるまでは、壊さず、焼かず、死なせず、なるべく綺麗な形で」

「人を針や硝子片と同じ扱いにするな」

「同じではありません。あなたの方がずっと面倒で、置き場所に困ります」

親方はまた笑い、今度は咳き込んだ。重苦しかった空気がわずかに割れた。レイモンは言い返さなかった。妻子の名が出ると、彼の顔から余分な感情が削げる。焦り、罪悪感、急ぎたい衝動、それでも目の前の人間を見捨てられない苛立ち。アデルはそれを見て、胸の奥で何かが少し濁るのを感じた。嫉妬ではない、と彼女は決めた。そんな名前をつけると負けた気がする。ただ、彼が帰る場所を持っているという事実が、火傷より少し嫌なだけだ。

荷造りが終わる頃、通りの向こうから馬の蹄と人の声が聞こえた。戻ってきた。予想より早い。補助員は責任を消すため、実に勤勉だった。アデルは弟子たちに身を低くさせ、親方を荷車の陰へ移した。

「レイモン、火傷した手で戦えます?」

「必要なら」

「必要にしないで。あなたは怖い顔で立つだけ。親方、あなたは怪我人。弟子たちは消火していた善良な職人。私は?」

「何だ」

レイモンが聞いた。

アデルは自分の汚れた服を見る。泥、煤、切れた袖、宝石のない胸元、けれどまだ残る髪飾りと立ち方。完全な庶民ではない。完全な貴婦人でもない。ならば、その半端を使う。

「補助員に工房を燃やされた、迷惑な通行人ですわ」

「迷惑は合っている」

「褒め言葉として受け取ります」

補助員は兵士を三人連れて戻ってきた。さきほど逃げた男は、顔を赤くし、工房を指さしている。

「あの親方が火を放ったんだ。徴用を拒み、政府の命令書を燃やした。中には反革命の図面が」

「まあ」

アデルは通りの中央へ出た。兵士たちの目が彼女に向く。

「ちょうどよかった。あなた方、こちらの方のお仲間? この補助員、荷物検査中に灯油を倒した上、火が出ると真っ先に逃げましたの。私たち通行人が消火しなければ、町ごと燃えていましたわ」

補助員の顔が変わった。

「嘘をつくな!」

「では記録しましょう」

アデルは前にも使った言葉を、少し楽しげに繰り返した。

「検査担当者の名。灯油の保管位置。火元。逃走の有無。負傷者一名。職人組合の弟子たちと、通行人複数の証言。あなた、署名できます?」

兵士たちは補助員を見た。補助員は言葉に詰まる。アデルは畳みかけない。畳みかけると嘘になる。ここでは相手が自分で沈む間を置く。彼女はそれをよく知っていた。宮廷でも裁判所でも、沈黙は時々、最も高い椅子に座る。

兵士の一人が工房を見る。火はほぼ抑えられている。弟子たちは煤だらけで、桶を持っている。親方は足を負傷し、箱を抱えている。補助員だけが比較的きれいな服で、息を荒げていた。

「命令書は?」

兵士が聞いた。

補助員は胸元を探った。ない。燃えたのか、落としたのか、最初から親方へ見せた後に置いたのか。彼自身にも分かっていない顔だった。アデルはわざと気の毒そうに眉を下げた。

「命令書をなくしたの? まあ、大変。政府の書類を燃やしたのは、誰になるのかしら」

補助員は兵士たちに弁明しようとした。だが、弁明は増えるほど軽くなる。兵士たちは彼を連れて脇へ移動した。親方を今すぐ捕らえる空気ではなくなった。少なくとも、この場で図面を奪われる流れは切れた。

アデルは親方へ目で合図する。弟子たちが荷車を動かし始める。レイモンは片手を布で巻いたまま、その横に立った。兵士の一人が彼を見る。レイモンは何も言わない。ただ立っている。火傷した手、煤のついた外套、煙を吸った顔。一瞬、兵士の顔から血の気が引き、抜刀すら躊躇う微細な身体反応を示した。彼はレイモンの中に、かつて三千人の首を撥ねる予定だった国家公認の処刑人が放つ『死の秩序の象徴』としての圧倒的な格の違い(恐怖の残影)を見た。兵士は視線を泥へと落とし、無言で後退した。

町を抜ける頃、親方は荷車の上から小さな金属板をアデルへ渡した。歯車と鳥の印が刻まれている。工房の看板と同じ印だった。

「これを見せれば、古い職人なら話くらいは聞く」

「話だけ?」

「話を聞かせるのが一番難しいんだ」

アデルは金属板を受け取り、指で重さを確かめた。宝石ほど美しくない。硝子片ほど愛らしくもない。だが、これは使える。使える物は美しい。そういう美しさも、アデルは嫌いではなかった。

「借りておきます」

親方は目を細めた。

「返すのか」

「生きていれば、どこかで」

「最近、そればかり言っていないか」

レイモンが横から言った。

アデルは金属板を布包みに入れた。針、指貫、青い硝子片、そして工房印。先王夫人の持ち物としては、ずいぶん貧相な宝物庫になった。

「逃亡者の信用は、借金でできていますの」

「踏み倒すなよ」

「あなたまでそれを言うの?」

「言う」

アデルは笑った。レイモンの手はまだ赤い。痛むはずだ。だが彼は歩いている。さきほど火の中から老人と金属箱を抱えて出てきた男が、今は自分の借金の心配をしている。処刑人として壊れかけていた男の中に、また一つ、別の記憶が置かれた。焼けた工房。救い出した親方。守った図面。受け取った工房印。火傷した手。

道が町の外へ続く。背後ではまだ煙が上がっていたが、炎はもう見えない。親方たちは川向こうへ向かい、アデルたちは検問の裏道へ進む。全員を連れてはいけない。全員を守ることもできない。けれど、燃える工房から一人と一箱は出した。弟子たちは歩き、職人の印は残った。

「ねえ、レイモン」

「何だ」

「あなた、火の中へ入るのはやめてくださる? 便利な手が焼けると困りますわ」

「便利だからか」

「ええ」

「それだけか」

アデルは少しだけ黙った。彼の問いは、今日はよく刺さる。火事の煙を吸ったせいで、互いに余計な皮肉の膜が薄くなっているのかもしれない。彼女は前を向いたまま答えた。

「それだけにしておいた方が、歩きやすいでしょう」

レイモンは何も言わなかった。沈黙は、否定ではなかった。アデルは布包みの中の金属板に触れた。硬い。冷たい。だが、その冷たさは少し心地よかった。燃えた工房から残ったものは、火の熱ではなく、技術の冷たさを持っていた。

「それに」

アデルは続けた。

「元恋人が火傷だらけになるのは、見栄えが悪いわ」

「そこか」

「そこよ。死刑台から助けた男が煤けているなんて、私の審美眼に関わります」

「助けたのは俺だ」

「逃げる口実を作ったのは私ですわ」

「人質にしただけだろう」

「生き延びたでしょう?」

レイモンは返事をしなかった。だが、その横顔にわずかな疲れと、ほんの少しの呆れが戻っていた。アデルはそれを見て、また少し機嫌が良くなった。死刑台を降りてから、彼女の機嫌は最悪と上機嫌の間を忙しく揺れている。宝石を失い、泥を被り、レースを切り、火事に巻き込まれ、見知らぬ職人の図面を守った。それでも、隣にレイモンがいる限り、どうにも退屈しない。

遠くで鐘が鳴った。検問の時刻を知らせる鐘か、火事を知らせる鐘か、誰かの死を知らせる鐘かは分からない。アデルは顔を上げ、道の先を見た。今日もまだ死んでいない。借り物は増えた。返す相手も増えた。

「行きましょう」

アデルは言った。

「次は、燃えていない場所がいいわ」

レイモンは短く答えた。

「同感だ」

その返事があまりにも普通で、アデルは笑った。普通の返事。普通の道。普通ではない逃亡。彼女は汚れた裾を片手で持ち上げ、先へ進んだ。背後の煙は風に流され、工房印の金属だけが布包みの中で小さく鳴った。

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