泥中の面影
川を越えた後の道は、森を抜けるにつれて人の気配を取り戻していった。木々の間から見える丘の下に、荷車を寄せ合った小さな避難溜まりがあり、そこには村から逃げてきた者、町へ戻れなくなった者、革命軍にも王党派にも名を呼ばれたくない者たちが、互いの事情を見ないふりで身を寄せていた。焚き火は三つ。鍋は一つ。子供の泣き声はあるが、泣き続けるほどの体力はない。大人たちは濡れた靴を乾かし、破れた袋を縫い、次にどちらへ逃げるべきかを低い声で話していた。
アデルは前面の深紅のコルセットの締め付けを直し、裸足を布で拭いて靴を履き直した。腰回りの大きな薔薇飾りは泥に汚れ、逃亡者の足を絡め取る幕のように垂れ下がっている。胸元には、先王からの愛と呪いの象徴であった青い宝石の跡だけが残っていた。川岸で追手の視線を誘導するためにそれを投じた判断は、敵の行動を制御する結果をもたらした。人間は、自身が持っていない価値に対して容易く目を奪われる。アデルは、失った物の価格と、それによって得た距離を確認した。
「まだ気にしているのか」
レイモンが横から言った。
アデルは胸元へ触れていた指を止めた。
「何を?」
「宝石だ」
「気にしていませんわ」
「三度触った」
「数えないでくださる? 元恋人の胸元ばかり見ていたと奥方に告げ口しますわよ」
レイモンは視線を外した。少し後方では、行き場を失い一行に加わった下級女官の未亡人が、子供の靴紐を結び直している。彼女はアデルとレイモンのやり取りに反応を見せず、手元の作業を続けていた。
避難溜まりの端で悲鳴が上がり、陶器の割れる音がした。周囲の避難民は音の方を注視したが、その場を動く者はなかった。アデルは音の方向へ顔を向け、レイモンは歩き出した。
「あなた、本当に面倒事へ向かう足だけは早いのね」
「悲鳴がした」
「ええ。だから向かうのね。分かりやすくて嫌いではないわ」
避難溜まりの外れ、古い馬小屋の壁際に、少女が座り込んでいた。年は九つほど。膝に抱えているのは、首の取れた人形だった。胴体は布製で、細い腕には古いレースが縫い付けられている。頭は白い陶器でできていたらしいが、顎から頬にかけて割れ、青い硝子の片目が外れて泥の上に転がっていた。赤いリボンだけが、場違いに鮮やかだった。
少女の前には、顔を赤くした男が立っていた。避難民ではない。腕章を付けた巡回補助員、つまり正規の兵士ではなく、革命政府に従って荷物検査や通行整理を任された市民だった。彼は手に木棒を持ち、足元には割れた木箱がある。箱の中身を探っている最中に、人形を叩き落としたのだろう。
「貴族の人形なんぞ持ち歩くからだ」
男は言った。
少女は返事をしなかった。人形の胴を抱え、割れた頭を拾おうとしているが、指が震えてうまく掴めない。そばにいた母親らしい女が、巡回補助員へ頭を下げていた。痩せた女だった。謝ることに慣れすぎた背中をしている。
「申し訳ありません。娘の物です。もう捨てますから、通してください」
「捨てる?」
少女が初めて声を出した。掠れていた。
「嫌」
「アンヌ」
母親が少女の肩を掴む。
「行かなきゃいけないの。お願いだから」
「嫌。だって、これ、まだいる」
「もう壊れたの」
「壊れてない。まだいる」
巡回補助員は苛立ったように木棒を振った。
「面倒を起こすな。貴族趣味の玩具は没収だ。中に宝石や手紙を隠す連中もいる。調べるだけありがたいと思え」
アデルはその言葉で足を止めた。巡回補助員は木棒を振り、木箱の中身を散乱させていた。
「調べることと壊すことの区別がつかない方に、荷物検査を任せるなんて、人材不足もここまで来ると芸術ね」
アデルの声は、避難溜まりの空気を細く裂いた。巡回補助員が振り向く。彼はアデルの汚れたドレスを見て、次に髪飾りを見て、顔をしかめた。
「お前も検査を受ける側だぞ」
「ええ。ですから、検査の手順には関心がありますの。子供の人形を壊すと、革命政府から褒章でもいただけるの?」
周囲の避難民は動きを止めた。レイモンがアデルの前へ出ようとしたが、アデルは指先でそれを制した。
巡回補助員は木棒を握り直した。
「これは貴族趣味だ。民衆の敵の持ち物かもしれない」
「では記録しなさい」
「何?」
「検査対象、九歳前後の少女。押収品、首の割れた人形一体。理由、貴族趣味の疑い。破損、検査担当者の打撃による。そう書けばよろしいわ。署名もお忘れなく」
男の顔が歪んだ。記録。署名。その二語は、刃物よりよく効くことがある。暴力は群衆の中では大きく見えるが、紙の上に載った瞬間、責任になる。巡回補助員は、壊すことには慣れていても、壊したと書くことには慣れていなかった。
「女、口を慎め」
「慎んでおりますわ。慎んだ結果、まだあなたを愚か者としか呼んでいませんもの」
レイモンは呼吸を整えた。アデルは巡回補助員を見据えたまま言葉を続けた。
避難民たちが、補助員とアデルの周囲に集まり始めた。
男は舌打ちし、人形の割れた頭を蹴ろうとした。レイモンの手が動いた。早かった。木棒を持つ男の手首を掴み、力を込めずに角度だけ変える。男の膝がわずかに落ち、木棒が泥に落ちた。
「子供の前だ」
レイモンの声は静かだった。
男は顔を青くした。周囲の視線がさらに増える。彼は腕を振りほどき、木棒を拾わずに後退した。
「勝手にしろ。だが、次の検問で止められても知らん」
「その時は次の方に記録をお願いするわ」
アデルが微笑むと、男は怒鳴る代わりに背を向けた。勝った、というほど大きなものではない。けれど、少女の人形はこれ以上壊されずに済んだ。
少女は泥の中から青い硝子の片目を拾おうとしていた。指は冷え、爪の間には土が入り、何度も滑る。アデルは腰を屈めようとして、胸元の軽さを思い出した。青い硝子。失った宝石とは比べるべくもない安物だ。それでも、泥の中で光る青は、妙に目に痛かった。
レイモンが膝をついた。少女が怯えて人形を抱え込む。
「取らない」
彼はそれだけ言った。少女は信じたわけではない。ただ、彼の声に急かすものがなかったので、手を止めた。レイモンは泥から硝子の目を拾い、布で拭いた。割れた陶器の頭を見て、顎の欠片を合わせる。破片は三つ。全部は揃っていない。首の接合部も割れている。完全には戻らない。
アデルは横にしゃがみ、胸元から小さな布包みを出した。第二の村で借りた針と糸だ。曲がった針、錆びかけた指貫、色の合わない糸。その頼りない中身を見て、彼女は少し眉を寄せた。
「宮廷の裁縫係なら悲鳴を上げる道具ね」
レイモンは人形を見たまま言った。
「使えるのか」
「私を誰だと思っているの?」
「先王夫人」
「そう。だから自分で縫う必要など本来ありません」
「なら」
「ですが、逃亡中の先王夫人は別ですわ」
アデルは人形の胴を少女から受け取り、布地の裂け目を見る。腹の部分に手紙や宝石が隠されている様子はない。中身は綿と古い布切れだけだった。首回りは弱っている。頭を元通りに付けるのは無理だ。無理に付けても、少し揺らせば落ちる。
「名前は?」
アデルが聞いた。
少女は人形を見た。
「リゼット」
「あなたではなく、人形の名前を聞いたのよ」
「人形がリゼット。私はアンヌ」
アデルは瞬きをした。隣でレイモンの手が一瞬だけ止まる。少女は当たり前のように続けた。
「お母さんの妹の名前。死んだから、この子がリゼット」
母親が目を伏せた。人形はただの玩具ではなかった。死んだ妹の代わりに名を与えられ、子供の腕の中で、死者の席を埋めていたのだ。アデルは少し黙った。これを馬鹿げていると言うのは簡単だった。死者は布にも陶器にも入らない。壊れた人形を抱えても、死んだ者は戻らない。そんなことは子供でもいつか知る。けれど、知る日を今日にする必要はなかった。
「では、リゼットは首を少し怪我しただけですわね」
少女の目が動いた。
「直る?」
「完全には無理」
少女の顔が歪む。
「ですが、連れて歩けるようにはします。顔の欠けた部分は隠す。片目は戻す。首は縫い付けず、布で支える。そうすれば、抱いても落ちない」
「前と同じ?」
アデルは少女を見た。ここで嘘をつけば、この子はまた壊れる。アデルは子供が好きな女ではない。だが、壊れると分かっている嘘を、わざわざ高く売るほど無能でもなかった。
「前とは違うわ」
少女の唇が震えた。
「違うけれど、一緒に行ける」
その答えで、少女は泣いた。声を出さずに涙だけが落ちた。母親が抱き寄せようとしたが、少女は人形をアデルへ預けたまま動かなかった。アデルは針に糸を通す。手袋を外した指先は冷えていた。針先が布をすくい、色の合わない糸が古いレースを引き寄せる。宮廷で育った女の手つきではない。だが、王のそばにいた女は、衣装が裂けた時に誰を呼ぶべきか、何を隠すべきか、どこを見せれば破れが美しく見えるかを知っている。直すことは、元通りにすることだけではない。壊れた場所を、見る者の目が耐えられる形へ変えることでもある。
レイモンは陶器の頭を持ち、破片の角を布で包んだ。処刑人の手は、人形の首を扱うには大きすぎた。けれど、不思議なほど乱暴ではなかった。割れた顎に布を当て、硝子の目を戻し、残った赤いリボンを首元に回す。
「強く締めるな」
アデルが言った。
「分かっている」
「本当に?」
「人間よりは加減が要る」
「最悪の冗談ね」
「冗談ではない」
周囲の避難民は二人を注視していた。逃亡中の男女が、泥の中で壊れた人形を繋ぎ合わせる作業を続けていた。
少女は二人を見ていた。母親も見ていた。周囲の避難民も、いつの間にか距離を詰めていた。逃亡者の女と、正体の知れない男が、泥の中で壊れた人形を直している。革命の中では、奇妙な光景だった。銃を直す者はいる。橋を直す者もいる。靴を直す者、車輪を直す者、帳簿を直す者もいる。だが、人形を直すことは、この場ではあまりに役に立たないように見えた。だからこそ、人々は見た。役に立たないものを誰かが守ろうとしている光景は、飢えた者にとって、時にパンより理解しにくい。
アデルは自分の袖口から、泥で汚れていないレースを少し切った。レイモンが気付いて顔を上げる。
「それも残していた物だろう」
「見れば分かりますわ」
「いいのか」
「人形の首元に巻く布としては高級すぎますけれど、私が泥で汚しておくよりは役に立つでしょう」
「宝石の次はレースか」
「あなた、私の損失をいちいち数える係になったの?」
「無駄に失っていないか見ているだけだ」
アデルは針を止めた。レイモンは人形の首元に視線を落としたままだった。
「優しい監査人ね」
「監査ではない」
「では何?」
レイモンは答えなかった。アデルはそれ以上追わなかった。彼が黙るところまで含めて、昔から嫌になるほど知っていた。
人形は完全には直らなかった。顎の欠けはレースで隠れ、片目は戻ったが、もう片方とは少し向きがずれている。首は赤いリボンと白い布で支えられ、以前より少し太く、不格好になった。だが、抱いても頭は落ちなかった。アデルは人形を軽く揺らし、落ちないことを確認してから少女へ返した。
アンヌは両手で受け取り、息を止めるように人形を見た。
「リゼット」
彼女は小さく呼んだ。
人形は返事をしない。だが少女は頷いた。通じたように。
「ありがとう」
その言葉はアデルに向けられたものだったが、少女はすぐにレイモンも見た。
「おじさんも」
レイモンは返事に困った顔をした。アデルはその顔を見るなり、口元を押さえた。
「今の顔、もう一度してくださる? 処刑場より珍しいものを見た気がしますわ」
「黙れ」
「嫌よ。あなたが子供に礼を言われて硬直するなんて、見物料を取れるわ」
レイモンは人形の破片を布に包みながら、低く言った。
「首が取れていた」
アデルの笑みが少し消えた。
「ええ」
「人形だと分かっていても、一瞬、見えた」
何が、とは言わなかった。言う必要はなかった。アデルはマリアンヌの名を出さなかった。ここでその名を出せば、少女の人形まで処刑台に引きずり上げてしまう。
「それでも、繋いだわ」
レイモンは彼女を見た。
アデルは針を布包みに戻しながら言った。
「落とす方ではなく、繋ぐ方を選んだ。今日はそれで十分でしょう。あなた、毎回人生の意味まで求めるから疲れるのよ」
「意味を求めているつもりはない」
「なら、なお悪いわ。無自覚に重い男なんて、抱える方の腰が折れます」
「抱えろと言っていない」
「昔はもう少し素直に抱えられていたくせに」
レイモンは視線を逸らした。アデルは布包みを片付け、立ち上がる準備をした。
母親は深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。あの子は、妹が死んでからずっと、あの人形を離さなくて」
「礼は結構です」
アデルはすぐに言った。
「代わりに、次の検問の様子を教えて。どこで止められ、誰が何を見ているのか。荷物検査の順番。腕章の色。通行証を読む者が字を読めるかどうか。覚えている範囲で全部」
母親は少し驚いたが、すぐに頷いた。彼女はただの母親だったが、逃げる道の細部は覚えていた。西側の検問は荷物を開けるが、子供連れには甘い。北側は若い補助員が多く、手柄欲しさに揉める。橋の先には書類を見る老兵がいて、字は読めるが、暗くなると面倒がって通すことがある。女はぽつぽつと話し、アデルはそれを頭に入れていった。
レイモンはそれを横で聞いていた。
「最初から情報が目的だったのか」
アデルは涼しい顔をした。
「まさか。最初は人形がうるさかっただけですわ」
「嘘だな」
「半分は本当よ。壊れた人形を抱えて泣く子供なんて、足止めとして最悪ですもの。母親は動けない。周囲は苛立つ。巡回は目をつける。逃亡路の邪魔です」
「だから直した」
「そう。だから直した」
レイモンは人形を抱きしめる少女を見た。アンヌはもう泣いていなかった。母親の隣で、人形の首元のリボンを指先で整えている。壊れたものが元通りになったわけではない。だが、抱いて進める形になった。それだけで、子供の足は動く。
「それだけか」
レイモンが聞いた。
アデルは彼を見た。彼は責めているのではなかった。ただ、確かめている。彼女がどこまでを計算し、どこからを感情でやったのか。それを知りたがっている。優しい男は、時々残酷なほど真っ直ぐに聞く。
「それだけにしておいた方が、私らしいでしょう?」
「答えになっていない」
「では、あなたの好きな正直な答えをあげますわ。私、壊れても捨てられないものは嫌いではありません」
レイモンは黙った。
「特に、首元を布で誤魔化してでも連れていく根性は、なかなか見込みがあります」
「人形に根性を求めるな」
「持ち主に言っていますの」
アデルは立ち上がった。足元の泥は乾き始め、靴の縁に白く残っている。胸元の宝石は戻らない。袖のレースも少し短くなった。だが、布包みの中には針が戻り、頭の中には検問の情報が入った。アンヌの母親は、もし先で安全な小屋や水場を見つけたら、通る者に目印を残すと約束した。人形一体の修理としては、悪くない支払いだった。
避難溜まりを出る時、アンヌが走ってきた。母親が慌てて止めようとする。少女はアデルの前で立ち止まり、小さな手を差し出した。掌には青い硝子の欠片があった。人形の目ではない。割れた箱の底に付いていた飾り玉らしく、泥を拭うと淡く光った。
「これ、リゼットのじゃないから」
アデルはその欠片を見た。
「くれるの?」
少女は頷いた。
「青いの、なくしたんでしょ」
アデルは目を見開いた。胸元を触っていた自分を、この子は見ていたのだ。レイモンが横でわずかに視線を動かした。何か言いそうだったので、アデルは先に口を開いた。
「これは高く売れませんわよ」
「うん」
「私の宝石の代わりにはなりません」
「うん」
「それでも?」
「なくしたところ、寂しそうだから」
アデルはしばらく黙った。寂しそう。そんな言葉を、自分の胸元に向けられるとは思っていなかった。人間ではなく、布の隙間に。けれど確かに、そこは少し寂しかった。彼女はゆっくりと欠片を受け取り、布包みの中へ入れた。
「借りておきます」
「返すの?」
「生きていれば、どこかで」
アンヌはそれで納得したように笑った。母親に呼ばれ、人形を抱えて戻っていく。首元の赤いリボンが揺れた。壊れた顎は見えない。片目は少しずれている。それでも、アンヌは人形を前より強く抱えて歩いていた。
アデルはその背中を見送った。レイモンが隣に立つ。
「また借りたのか」
「ええ。最近、借金が増えますわね」
「返す気は」
「ありますわよ。あなた、私を何だと思っているの?」
「踏み倒すと言っていた」
「死んだらね。生きている間は、なるべく返します」
レイモンは少しだけ目を細めた。
「なるべくか」
「絶対と言う女より信用できるでしょう」
「どうだろうな」
アデルは歩き出した。レイモンの表情から硬さが消え、二人は並んで道を進んだ。
避難溜まりを離れ、道がまた細くなる。遠くには検問のある橋へ続く丘が見えた。アデルは布包みの上から青い硝子の欠片に触れた。宝石ではない。価値はない。けれど、ただの欠片にしては、妙に手放しにくい。
「あなたの手」
アデルは前を向いたまま言った。
「何だ」
「首を落とすより、繋ぐ方が向いている時もありますわね」
レイモンの歩調がわずかに緩んだ。アデルは前を見据えたまま歩き続けた。彼の手は人形の首を繋ぎ、少女はそれを持って歩き出していた。
レイモンはしばらく黙り、やがて言った。
「人形だ」
「ええ」
「人間ではない」
「ええ」
「それでも、落ちないようにはできた」
アデルは横を見た。レイモンは前方を見ている。二人の後ろには、未亡人と子供、そして修復された人形が続いていた。
「そうよ」
アデルは言った。
「落ちないようにできた。それなら、今日のところは勝ちですわ」
「勝ちか」
「勝ちよ。死ななかった。奪われなかった。少し進んだ。ついでに、あなたは子供から二度目の礼を言われた」
「数えるな」
「数えますわ。あなたが私の宝石を数えるなら、私はあなたの礼を数える」
レイモンは返事をしなかった。だが、口元がほんのわずかに動いた。アデルはそれを見て、胸元の空白がまた少し軽くなるのを感じた。青い宝石を失った場所には、まだ宝石はない。けれど布包みの中には、安い硝子の欠片がある。壊れた人形から外れたものではない、子供が自分の目で見つけ、自分の手で差し出した青だった。
先王夫人アデルは、それを宝石とは認めなかった。だが、捨てる気もなかった。死刑を免れた女は、元恋人の隣で、安物の青い欠片を抱えて歩いた。泥に汚れ、レースを切られ、宝石を失い、それでもまだ少し楽しそうに。革命の道は悪趣味で、不潔で、腹立たしいほど不便だったが、退屈だけはしなかった。




