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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第五章 隣国・ミリステッド国 平和を掴む旅編

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第六十三話 相棒



 検問所の門を潜った先は、本当に同じ国なのかと疑いたくなるほどの光景だった。





「見て!」




 リアが何かを見つけてそちらの方に指を差しながら走ってゆく。



 その視線の先には、馬車があった。一頭の栗毛の馬が車輪のついた大きな荷車を引いている。



 馬車自体はラリージャにもいたし、指で数えられるぐらいの回数ではあるが乗ったこともあるから初めて見たわけではないけれど、そういえば西地区にはなかった気がする。




 舗装されていない土の道の上を荷車の車輪と蹄の音を僅かに立たせながら馬車はゆっくりと進んでいった。



 左右の路傍には何軒か木造の平屋の店が点在していて、中高年あたりのものが瓶に入った飲み物らしきものや小さなお菓子などを売っているようだ。



 平屋の店の上を見上げれば緑の生い茂る高い山の斜面が見える。聞いたことのない獣の声もした。



 木造の建物が多いところ、道路があまり舗装されていないところ、商人が売ってるもの。どこを取って見てみても西地区とは全くの真逆で、言ってしまえば簡素でスケールの言ったとおり田舎っぽい草の香りがする。人々の着ている服も余った薄手の布を糸で継ぎ合わせて作ったような感じだ。



 一方の西地区は少なくとも施設の周りと商店街の道は舗装されているし、建物も石造りで、武器を取り扱う高級店の外壁は天然の大理石をふんだんに利用していた。人々の着ている服も金や銀の装飾を派手に身につけていて、ここと比べて仕舞えばとにかく眩しい。馬車なんて当然走っていない。




 今私達は道幅の広い通りを歩いているはずなのに人影も少ないし、古風漂うものを売っている店ばかりで武器や金属を取り扱っていそうな店は一軒たりとも見当たらない。






「ねぇ、リトル!」




 辺りを見渡していると、今度はルティアに呼び止められた。視線の方を向く。少し離れた一軒の店の脇で地下深くまで掘られた穴の底から桶で水を汲んでいる子供の影。しかし、何か私達と明らかに違う特徴がある。



 頭に獣の耳。お尻からは長い尻尾のようなものが生えている。




「あれって、ミリット村に行った時にいた……」




「獣族。この地区には複数の獣族の村がある。西地区よりも多いと思うわ」




 私が小声で言うと、後ろからアネモスが静かに捕捉した。




「そういえばミリット村っていえば、最近あの子達に会いに行ってないよね」




 ルティアが言う。




 そういえば、最初に会ってっきり全く会いに行っていない。「また来るからね!」と言ったものの、あれっきりだ。




「魔術大会に参加してくれたら会えるんじゃない?」




 私達の会話を横で聞いていたリアが割り込んでくる。



 確かに、魔術大会という場なら、会ったことのない人々も含めて、きっといろんな人が参加するだろうから、もしかしたらあの子——サティリス達にも会えるかもしれない。




 その時、私は何かを感知した。この中で、一人だけ様子がおかしい気がする。



 


 あれだけ「疲れた」、「早くしてくれ」、「まだなの……?」と駄々を捏ねて、アネモスに転移魔術を使わせるまでしたリアは門を潜った瞬間から、いつもの元気と陽気を取り戻してはしゃいでいるのに……なぜか、ルティアの隣を歩くスケールの表情がどこか暗いことに気づいた。初めて見る光景にもっと興味を持っていいはずだが、彼は何か違った。




「どうしたの……?」




 出発前みたいにもう一度彼の方に寄って行って声をかける。しかし彼はまた首を小さく左右に振って、「なんでもない」と答えて目を伏せるだけだった。




 

      


           ✳︎





「ここよ」






 アネモスに連れられてしばらく検問所からずっと遠くまで続く広い通りを歩き続け、ようやくアネモスはとある一軒の建物の前で足を止めた。



 門の柵に、看板がかかっていた。どうやら、ここが目的地のようだ。



 建物の煙突からは絶えず煙が上がっている。鉄が溶けたような、少し錆びついた香りが外にまで漂っている。耳をすませば、カンカン……と鉄を叩くような音と、鋳造しているような音が聞こえてきた。

 




 アネモスが、その建物の扉を軽くノックした。中に向かって大きく声をかける。




 

 しばらくして、中から人が出てきた。

 



 いかにも、鍛治をしていそうな大柄のおじさんだ。顎にふさふさの髭を生やして、顔周りは皺が寄っている。脂肪のついたお腹が前に飛び出していて、腰に巻いたエプロンはもはや巻いているだけに過ぎないほど覆いきれていない。ただ、腕の筋肉は盛り上がっていて、硬そうで、溶かした鉄を叩いて形を整えるのに使うのであろうハンマーを持った手の皮も厚そうだ。高身長で、私よりも上背のあるアネモスが小さく見える。何より、いい感じに茶色く日焼けしているのが良い。


 


「おお、アネモスじゃないか!わざわざこんな遠いところまで依頼して、取りにまで来てくれたのか」



 

 鍛冶屋の男は、訪れた私達を見て、驚いたように言った。ガラガラで掠れた声だ。




「ええ、送ってもらうことも考えたのですが、凶器ですし、そういうこともなかなか難しいと思いまして」




 アネモスはにっこりと笑顔を浮かべながら答える。



 鍛冶屋の男と、目が合った。膝を折って目線を合わせ、正面から話始めた。

 



「ちなみに、あなた達が依頼人かい?」




 問われて、私は小さく頷いた。



 すると、さらに鍛冶屋の男は驚いたように目を丸くする。




「こんな小さな子供が、こんなに高級な武器を使うなんて……全くすごいな……」




「高級なのですか?」




 高級とか、高級じゃないとか、私には分からない。言うつもりはないけれど、というよりきっと今ここであなたに依頼した光の杖は材料になる魔力を含んだ鉱石を洞窟から発掘するという、Bランクの冒険者依頼の報酬として無料でもらったなんて言ったらきっと腰を抜かしてしまうだろうか。




 私の問いに、男は何度も何度も首を縦に振った。




「…………君、ラリージャから来ただろう?」




「そうですけど……」




「君達が持ってきた武器はラリージャ王朝の中でも最も有名なガーディーという鍛冶屋が作ったものだった」





 さすが鍛治師だ。教えてもいないのに一発で誰が作ったのかを完璧に当てた。



 ただ、それが一体何を示しているのか、私にはわからなかった。


「それが……何か……?」




 言いかけると、私のすぐ目の前に、男の顔があった。思わず言おうとしたことを飲み込む。




「これは相当すごいんだ!君の杖には本物の金が使われている。普通に買ったら百万ビズは超えるような代物だぞっ!」




「ひゃっ、ひゃひゃひゃ….…ひゃくまん、ビズっ!!」





 そのとんでもない数字に、私の方が腰を抜かした。



 これをタダでもらったなんて、どの口がいうか!




 そして同時に変な汗が背中を駆け下り、背筋がゾッと冷えた。



 空いた口が塞がらない。




「えぇ〜!そんなに高いんだ!リトルはね、それを無料で……」



「だー!!!」




 やはり、やってしまった。やると思った。案の定リアが口を滑らせて言ってしまった。リアには心の声が聞こえないから心の声で内側からグサっと差し止められない。代わりに私は咄嗟にリアの陽気でよく回る口を押さえつけた。





「リトル……?」




 もごもごと、押さえつけた私の手の中でリアの口が不思議そうに私の名を呼んだ。



「しぃー!!リトル……?じゃないよ……!それを言ったら鍛冶屋ごと吹っ飛ばされちゃうって」




 なるべく小声でリアの耳元で訴える。ようやく大人しくなった。隣ではルティアが少し呆れたような顔で額を手で押さえている。




 そして恐る恐る鍛冶屋の男の方を向いた。自分の顔がもしかしたら怯え切った変な顔になってるかもしれない、というのはとりあえず置いとく。





 しかし、私の行動を男はそれほどまでに不思議そうな目では見てこなかった。聞こえていなかったのか、受け流してくれたのか。とにかく変な反応をされなくてよかった。



 それから、男は真剣そうな面持ちになって、私達に問いた。



 

「でも……何故これだけ高級な武器があれほどまでにボロボロになってしまうのかい?砲弾でも直撃したような曲がり方をしていたが」






「あ………………」





 私は、話せない、と思ってしまった。そもそもあまり自分の過去について初対面の者に対して平気で話そうなどとはこれまでも思ってこなかったけれど、今までは言う必要があると思ったから正直に答えていた。だが、今また同じ話をもう一度する気にはなれない。




 すると、無言になってしまった私達をそっと横目で見てから、代わりにアネモスが口を開いた。ボブカットに揃えたエメラルドグリーンの髪が静かに揺れる。




「私が保護している子供達は、基本的に過去に深い傷を負っていたり、特別な事情で通常の生活を送ることが困難になってしまった子供達なんです」




 アネモスは言いながら、静かに視線を下にやる。


 ただ、声は落ち着いていて震えても無く、ただ淡々と事実を述べるような波長の声である。




「リトル達には、今ここでは言えない特殊な事情があって、彼女達の祖国であるラリージャ王朝を追放されています。その時に、真っ向から攻撃を受けたんです」





「そうなのか?」





 男はしゃがんだまま私から目を離さずに信じられない、と言った様子だ。ただ、私はゆっくりと首を縦に振った。



 すると、男はゆっくりと立ち上がり、そして言った。




「じゃあ、君達の武器は相棒だな!」





 その言葉に、スケールの心の声が一瞬震えた。声にはならなかったが、本当に一瞬何かに反応を示したのが分かった。





「あい、ぼう……?」




「そうだ」





 噛み締めるように、なぞるように私は言うと、男はゆっくり頷いた。




「お前はずっと、この光の金の杖と戦ってきたのだろう?ここに飾ってある、どの武器でもない。君はずっと、それを使ってきた」




 それから男は後ろに見える工房の奥の方に目をやり、壁にかかっている出来立ての剣や槍を指差して言った。どれも錆一つなく、血の跡も傷跡もなく、刀身の根本から先端の切先にかけて光り輝いている。ただ、どれを取ってみても、ここに飾ってあるのは自分の武器ではないと感じた。





「武器っていうのは、新しければ良いというものでもない」




 男は自分の皮の厚くなった手のひらを見ながら言い、さらに工房の奥の方へと足を進めた。しばらくして戻ってくると、両手に二本ずつ修理済みの私達の武器を持っていた。それをそれぞれに手渡していく。




 リアは嬉しそうに帰ってきたピンクゴールドの杖を抱き寄せた。ルティアは軽く短剣を振って重さを確かめる。スケールは、無言で、どこか真剣な表情で自身の白銀の槍を見つめていた。


 


 私の手には金の杖。文字通り高価な輝きを放っており、ここにあるどの武器よりも眩しく感じた。根本から先まで見上げるように私はそれを見つめた。杖の先端に付けられた光の魔鉱石も私の魔力に反応して嬉しそうに明るい輝きを放つ。どこも折れていない。傷もない。あれだけボロボロだっただろうはずなのに。


 


 しっかり両手で持つと重みを感じた。




 これまで使ってきた練習用の杖にはない、ずっしりとした重みが。



「……相棒」


 


 私は思わず、男が言った言葉を二度三度自分に言い聞かせるように言った。



 

「君は、その杖を何度も壊れるまで使ったんだろ?」


 

「……うん」



 

「だったら、その杖も……いや、あなたの杖だけではない——ここにいる皆の武器も同じ。何度も君達を守ってきたってことだ」


 

 男は笑った。

 


 リアが喉を鳴らす音がした。そっと横を向くと、気まずそうに私から目を逸らそうとする。




 リアはここにくるまでもずっと新品の武器を見ては大はしゃぎして店の中に入って行こうとしたのを止められていた。きっと今、鍛冶屋の男から直接このようなことを言われて少し気まずくなってしまったのだろう。ただ、リアは大事そうに自分のピンクゴールドに輝く杖を握りしめた。





「武器は持ち主を選べねぇ。でも、持ち主は武器を選べる。何百本もある中から一本を選び、その一本と生きていく。それは人間同士の付き合いと同じだ」


 

 その言葉に、私は胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


 


「だから俺は、修理するときは完全に新品のようには磨かない」



「そうなの……?」




 意外すぎる発言に私はもう一度自分の相棒を上から下までしっかり見つめた。そっと持ち手の部分を撫でると、真ん中辺りに、ザラッとした感触があった。




「本当だ……」



 


 傷が残っていた。よく見ないと分からないほど小さな傷だが。



 私はそれを確認して、静かに目を見開く。



 

「傷も……残すの?」



 

「ああ。必要なところは直す。折れたら繋ぐ。欠けたら削る。でも、戦ってきた証まで消しちまったら、それはもう別物だからな」



 男はそう言って小さく笑う。

 


「俺達鍛冶師は鉄を鍛える仕事じゃねぇ。持ち主の人生を預かる仕事なんだ。」


 その一言は、工房に響く金槌の音よりも強く私の胸に残った。



 私は改めて、自分の杖を両手で握る。


 以前はただ「戦うための道具」だと思っていた。


 でも今は違う。


 苦しかった時も、逃げ出したかった時も、ガーディーさんがくれた時からずっと、この杖だけは私の手の中にあった。魔術を覚えて少しでも研究員と対抗できるように自分を鍛えようと決めたのも、そこからだった。結果今現在も魔術を極めようと毎日練習しているし、心も強くなれたと思っている。


 

 ……そうか。ずっと私と一緒だったんだ。



 


「ありがとう」



 

 思わず漏れたその言葉が、杖に向けたものなのか、鍛冶屋の男に向けたものなのか、自分でも分からなかった。





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