第六十四話 東地区のお店へ
私達は、武器を受け取り、鍛冶屋を後にした。鍛冶屋の男は最後まで手を振って見送ってくれた。
私達はずっと手に持っていた相棒を、ずっと重みと感触を味わっていたいと思いつつも、一旦収納魔法を使って自身の魔力の中にしまっておくことにした。
「いいこと聞いちゃった……」
リアが胸に手をやりながら、そっと呟く。
「今までそんなこと、言われたことなかった」
噛み締めるように言う。
先程まであれだけはしゃいで周りの店にすぐ駆け寄ろうとしていた足取りがゆったりと落ち着いている。
私達五人の間は、行きとは全く違ってとても静かだ。ここに来る道のりも途中でアネモスの魔術である転移を使って移動してきたとはいえとても長かったし、疲れたというのも確かにある。昼休みの直後から出発したのに、もうすでに遠くの空が、山がオレンジ色に焼けて、私達を後ろから照らす日照りが強くなってきた。長く伸びた影の色もほんのりオレンジ色が溶け込んでいる。
人通りが少なくなってきた。もともとここに足を踏み入れた時から、街中は随分と簡素で、静かで、人通りも少なくて、売っているものも自然由来のものが多いように感じていたが、今改めて静かに立ち並ぶ店々をみると、やはり西地区のような豪華絢爛とした雰囲気を纏っている店は見当たらないと感じた。
「ねぇ」
しばらくして、リアが小さく顔を上げた。
「せっかく東地区まで来たんだし、帰る前にさ、ちょっとだけお店見てもいい?」
「お店……?」
スケールが少し戸惑ったように聞いた。西日に照らされて輝く金色の髪が風で静かに揺れる。その反応にリアはフルフルと頭を左右に振ってから、「武器を見にいくんじゃないよ」と付け足した。
「じゃあ、何を見たいって?」
私は聞いた。リアは一瞬周りを見渡してから答えた。
「お洋服、見たい」
「服……?ここで?」
意外な回答だった。
リアだって見ていたはずだ。ここの地区の人々が着ている服は決して良い素材で出ていているようには見えない。
確かに今私達が来ている服は、ラリージャ王朝にいた時に、雪山の依頼でミラサイト達にもらった報酬を使って自分でお店に行って買った、あの茶色いローブではない。今は、アネモスの施設で支給された白い厚手の長袖ブラウスを着て、下は茶色のチェック柄のスカートを履いている状態だ——自分で買ったものでは、ないのだ。
「洋服だったら、西地区のものの方がものがいいんじゃないかと思うんだけど……」
私は周りの住民には聞こえないようにボソッと言葉を漏らした。言ってからもう一度、この周辺を行き交う人々の姿を見る。
「でも、ここにしかない、いいものがあるかもしれないし!行ってみようよ」
私の本音が聞こえていたのかいないのか分からないが、リアはいつもの調子でまた歩き出した。
✳︎
「この店にする!」
リアはとある一軒の店の前で一度立ち止まって、ようやくこちらを振り返った。
アネモスは少し困ったように先をいくリアに駆け寄り「はいはい……」と言いながら首を縦に振った。
私も皆に続いて店の入り口の敷居をくぐった。
中は、私達がアネモスに保護された施設がある、“西地区”とされている地区の商店街にあるような店の雰囲気と全くの逆だった。
自然保護区域というのもあるのかもしれないが、草の香りや木製の香ばしい香りが広がっている。煌びやかな形ではなく、落ち着いた風合いの色で満たされていて、目にも優しいように感じた。
「いらっしゃい」
声がした。
見ると、顔に皺を寄せた、歳がやや上を言っていそうな女性店員がいた。そちらを振り返った私と、一瞬目が合う。
「見慣れない顔をしているねぇ……旅のものかい?」
「…………そうです」
私はそっと店内の方に視線を向けながら答えた。目の色が違うことで別の国から来たということが広まるから本当はあまり目を合わせて話をしたくないのだ。
木で作られた、手作り感溢れる3段造りの棚に、サイズ別で服が何枚も重ねて置いてあった。一番上に重ねてあった服を広げて体に当ててみる。全体的に落ち着いた白。襟の部分にはクリーム色のレースがあしらわれていて、裾の方にはワンポイントで花の刺繍が縫われてあった。
サイズはちょうど良い。手触りや質も見た目ほど悪いようには思えなかった。生地は肌寒い気候には似合わない薄め素材だし、縫い目もキメが緩めで一つ一つ手で縫ったような少し脆いようには思えるが、それもそれで東地区の良さを感じられる。
じっと置いてあった服を眺めていると、また後ろから声がした。
「何か気になるもの見つけたかい?」
驚いて振り返ると、さっきの店員が軽い笑顔で私の手に持った服を見つめていた。
「え、あ、いや……」
本能的にまた自然と視線が下に落ちてゆく。
『別に、私が見たいって言ったんじゃ、ないし……』
——あ、心の声で響かせてしまった……。まあ、いいや。リアには聞こえていないし。
「ま、ゆっくり見てってね!試着もできるから!」
無言になってしまった私に、店員はクスッと笑みを溢しながらいい、その場を離れた。
——静かだ。私達以外誰の姿もない。天井に取り付けられた、おそらく換気用と思われるファンが回転する羽の音が聞こえるほど。
「ねぇリトル!見て!可愛いでしょ」
ボーッと天井を眺めていると、静寂に突然日の光のような明るい声が差し込んできた。
みると、リアが選んだ服を試着した状態で立っていた。
全身が淡いピンクの布で作られたワンピースだ。首元には大きな赤いリボン。金色のボタンが美しく縦に並んでいる。少しだけ強調された腰のライン。少女らしく見えるフォルム。店内の空調で膝下ぐらいまで丈のあるスカートがふわりと揺れた。裾にはさっき私が見てた服にもあった幅が広めのレース素材が縫い付けられていた。爆撃を受けても燃えないほど丈夫な素材で作られた、彼女が私達の仲間になった当初から大事に被っていた茶色い生地に、ところどころピンクゴールドの装飾のあしらわれた帽子とよく合う。
「かわいい……」
自然とそう言葉が出た。
「でしょ!ねぇ、リトルも新しい服選ばない?魔術大会に着る服ぐらい自分で買った服の方がいいでしょ?しかもせっかく新たな地に来たんだし!」
リアは私の腕を軽く引きながら言う。
全く、本当にリアは……。
無邪気で、やんちゃで、明るくて。
リアだって本当は小さい時から親がいない孤児で、拾ってくれた冒険者仲間と離れてまで、一番一緒にいると危険な私達の元についてきた。今、祖国にいるはずのリアの元冒険仲間であるミラサイト、プティル、ジュアは……支配化されて、暴走しているかもしれないというのに……。
「分かった。じゃあ私も」




