第五十九話 実践練習③ モンスターと追い詰められる冒険者
私はその次の日もその次の日も授業が終わればすぐにルミナの元へと駆け寄って森の中へ行き、魔術の実践練習をした。
でも、獣を見つけても絶対に杖を向けなかった。寧ろ、傷ついていれば治癒の力で癒してあげることもした。一度練習という目的だけで大切な命を撃ち落としてから、とてもそれだけの理由で自然の恵みに武力を向けることはできなくなったのだ。
モンスターだけは、別だった。私と目が合えば真っ直ぐに襲ってきて、魔術を振り回して破壊してくる。だから避けたくても戦闘は避けられないし、逃げたくても逃げられない。だからある意味いい練習相手として何の躊躇いもなくチリに変えていった。
笛が鳴れば、しばらくするとどこかから現れる。何も起きない日というのはなかった。
そして今日も……私のすぐ近くから、誰かの声がした。
「きゃあああ!!」
「おい!こっちだ!しっかりしろ!」
小さい少女の悲鳴。それと、年長っぽい男の人の声。そして、ザクッと剣で切り裂く音と、耳を劈くようなモンスターの咆哮。
「近くで、誰か戦ってる……」
私は耳を塞いで少し体を小さくしながら隣を行くルミナの方を向く。ルミナの表情はどこか少し強張っていた。
「これはきっと大物だ。そして戦っているのはおそらく依頼を受けてやってきた冒険者……」
何か独り言のようにルミナはそう呟き、私の腕を強く引いた。
「ここにいたら巻き込まれる……とりあえず下がって別の道を!」
その時、私は目の端ではっきりと見た。血飛沫が散るのを。それも、赤い色の血が。
「嫌だ!誰か!だれか……助けて……」
「……………………」
私はただ硬直してしまった。私はこれまでこの森で数回魔術練習をしてきて、他の冒険者や魔術師に遭遇したことはない。なのに、最初に出会った他人が……まさか、モンスターに襲われているタイミングだなんて、悪すぎる。
「待って!」
私はルミナの行動に抵抗した。
やはり、このまま放って置けない。
状況はどうなっている。
戦っているのは何人いる。
そして、あの血の飛び散り方といい、音といい、きっと無傷ではないはずだ。
私の治癒力が……体の底から湧き上がる。あの時みたいに。
「このままじゃ、あそこにいる人達が全滅してしまう……私達もここから立ち去ればこのモンスターを倒せるものがいなくなってしまう」
「でも、そうしたら、リトル……あなたの治癒力を、使うことに……」
そうだ……落ち着け。いくらなんでも安易に使うものではない。
スケールも、ルティアも、最近はどこか心も大人になって、ミリット村で逡巡する私にガツンと言ってきたことはあったけれど、あの騒動のあと、『今回のことは公には言わないように』と言っていたはずだ。
やはり、あの二人も容易に治癒力を使うことを認めたわけでも、覚悟を決め切ったわけでもなく、ただ、自分じゃないといけないという状況の時に逃げ出さないようにするための『戒め』であって、以前のように、ただ自分を守るためだけに苦しむ他人を置いて逃げ出すような行動を取らないようにするための『誓い』にすぎないはずだ。だから……だから……。
でも、今回の場合は、安易にという使い方ではない。それにここで逃げ出したら、ダメだ。この状況なら、『戒め』も十分通用する。
私は小さく首を横に振った
「守らなきゃ、逃げ出したら……ダメだ」
飲み込んだ唾は生ぬるく、私の喉をゆっくり流れていく。
私はついに、悲鳴のする茂みの奥へ、足を踏みいれた。
!?
その光景を見て、私は目を疑った。
茂みを抜けた先は、開けた空間が広がっていた。周りの木々は根本から押し倒されて、割れた木の木目が露わになっている。そして、そのさらに奥には高い岩の壁。この冒険者達は、ここで下がることも進むこともできずに足止めされていたようだ。
「「「「ギャアアアアア!!!!!」」」」
「っ………………!!!」
そして、助けを求める冒険者を襲っていたのは……。狼のような姿をした、モンスター。
この辺りの木々が全て押し倒されたせいで太陽を遮るものが無くなり、その結果、降り注がれる光はその純白の体毛の中に取り込まれて光り輝いている。目は赤く鋭く吊り上がり、瞳孔は縦に引き締められている。目の中には一切の光も宿さず、ただ、折れた木の幹の隅に追い詰められて座り込み、涙を流して助けを求める冒険者の方を向く。四本の太く筋肉質な足。その前足先と爪は、冒険者に襲いかかった際に浴びた返り血でぐっしょりと濡れ、白い毛の隙間から滴り落ちていた。
杖を握る私の手に力が入る。
実践練習を始めて、早三週間……。これまで多くのモンスターを倒してきた。一撃で仕留められるほどの力はまだないかもしれないけれど、それでも、確実に威力は増している。
私は、冒険者に興味を持ち続けているモンスターの背後に回り込み、杖を構えた。
魔力の流れを感じる。杖の中に流れる魔力が熱を持ち始めた。
――今だ
両の足で、浅い雪原を踏み締め、狙いをモンスター、一点に向けた。
ドォオオオン……!!!!
少し、地面に積もった雪が巻き上がった。距離が遠すぎたか。完全な威力のまま当たってはいない。
私の攻撃に気付いたのか、ようやくモンスターはこちらを振り向いた。よく見ると、口周りも赤い血で染まっていた。口の中からそれで染まった鋭い犬歯が覗く。
もしかして、このモンスターは人一人食べたのではないかというほどの血臭がした。
早く倒さなければ、周りがひどい被害を受ける様が見える。これだからモンスターは獣とは違って倒さなければならないのだ。
「『サンダーショック!』」
再び、地が跳ねた。轟音と共にモンスターの体もまた跳ね上がる。
本来、攻撃名を口走らない方がいいのは分かっている。だがどうしても、何回かに一回は癖で口走ってしまう。
私が杖に魔力を流すたび、白く光出す杖の先端から次々と電気を帯びた雷属性魔法が飛び出しては、周りの雪原を溶かし、モンスターの体を焼いた。
「ルミナ……!!」
一瞬、背後を振り返ると、ルミナも同じように杖を構えていた。
その杖の先から、魔力を一点に集中させることによって直視できないほど強く、そして超高温の光属性の攻撃を作り出した。
「ギャアアッ……!!!!」
モンスターの喉の奥から、苦し紛れの咆哮が漏れ出す。
――『ダズリング』。この技は、アネモスとの対戦で使っていた、ルミナが使える光属性魔術のうちの一つに当たるものだ。
と……その時、モンスターの体が、オレンジがかった光に包まれた。その光の幕が徐々に厚く、形になっていく。
その幕が突如として弾け、矢のように、私達の方へと襲いかかってきた。
熱い。
その攻撃は、私の立つ周りの雪原を溶かして行った。下に眠る芝や草花が目を覚まし始める。そして、その攻撃が当たった地面の一部は焼け焦げて一瞬で炭になった。
「炎属性……!?」
最初にそう声を上げたのはルミナだった。
…………そうか炎属性か。
「まずい。相関性のある属性同士が戦ってもこちらの攻撃は効きにくい……」
「………っ!そんな!」
そんなことは知っている。でもこの状況で改めて言われると、何故だか体の芯が冷めた気がした。
アネモスに教わった合成技。光属性のものは炎属性、風属性と相性が良いとされていて、当然その逆も通用する。ここで相手のモンスターが光属性の攻撃を取り込む術でも使えば圧倒的に不利になる。
「リトル、今回はリトルの雷属性中心で攻撃をしなければ、最悪の事態に巻き込まれるかもしれない。だからお願い。雷属性を使ってモンスターを弱体化させて欲しい」
「………………分かった」
ルミナは、雷属性は得意としていない。強さやそれに応じた攻撃名などは知っているようだけれど……。逆に光属性の攻撃は私なんかよりもずっと色々な種類の技を使いこなす。今回は私が雷属性で弱体化させて、そしてルミナが止めを刺すことになった。
とにかく、モンスターの視界の外側から狙う。私はゆっくり足を進めた。
その時……私の靴が何か不快なものを踏み締めた、グチャッという音がした。
下を見る。そこには、大量の血を流して倒れている、別の冒険者の体が転がっていた。
気づかなかった。モンスターにばかり気を取られすぎた。ギリギリ体は踏みつけていない。ただ周りの血を吸った雪原は思い切り踏みつけてしまった。
でも今は、助けるより先に一刻でも早くモンスターを倒さないと。
ごめん……
「リトル!早く魔術を!」
「うん……!」
今、前方にルミナ、後方に私という立ち位置……。挟み撃ちだ。
なるべく、杖に魔力を貯める時間を短くするように調整しつつ、威力の高い雷属性魔術を放つ。まだラリージャ王朝で逃げ続けていた時にはできなかった、連発技を……。
一発……二発……三発……
しかし、モンスターは体は大きいのに、動きは俊敏で器用に返される。当たったとしても分厚い体毛がほんの少し焦げ付く程度で全く皮膚の深いところまで到達しない。ルミナの渾身の光属性魔術ですら、モンスターが放つ炎の火力の中に取り込まれてしまう。
どうすれば……
このモンスターは、『暗黒龍』に続く強さがあるのではないか……?使う属性は炎という一般的なものだけれど、強さは段違いだ。きっと本気を出せばこの周囲の木々を焼き尽くすだろう。
私はあのあと多くのモンスターと出会ってたくさん対峙してきたけれど、レベルは低く魔法を使った抵抗も反撃もしないような弱いモンスターだった。これだけの力を持ったモンスターは『暗黒龍』以来となる。
モンスターを挟んだ反対側に立つルミナは、声がするだけで姿は見えない。モンスターが動くたびに巻き上がる雪煙でさらにその影は溶けていく。それでもルミナは私に向かって声を張り上げた。
「リトル……!雷属性の上級を使うんだ!それで撃ち抜け!」
「えっ……上、上級……?」
上級なんて、使ったことがない。私が以前研究員を一撃した際に咄嗟に出たあの技……『光閃雷火』は偶然もあるが、自分の最大量の魔力を全て注ぎ込んでようやくできるという、全身全霊の一撃となる。つまりそれ一回で私は動けなくなってしまう。今それを使うのはまずい。このモンスターを倒して終わるならいいが、今回はそうではない。
私は足元に転がる傷ついた冒険者の体を見て、もう一度強く杖を握りしめた。
「上級……なんて……できない」
そもそもルミナと練習してきた技で上級はやっていない。昔、雷属性魔術を使った時はその等級に限らず一発で自分の魔力を使い切ってしまうほど使い方に慣れていなかった。今はこうして連発しても倒れないぐらいには成長したが、まだ中級の『サンダーショック』以上の魔術は教わっていない。
「リトルなら、できる……。お願い……リトル……」
「…………っ」
ビチャビチャと不快な音がした。
雪原の一部がまた赤く染まっていくのが見なくても分かる。ルミナも全力でモンスターを止めようと突っ込んで怪我を負っていた。
ルミナの渾身の光属性魔法が光出すたび、「ガァアアッ」とモンスターが激しく唸る。そしてまたモンスターの体の周りに分厚い炎属性の魔力の膜が出現する。さっきのものより分厚い。これがまた弾ければ今度こそまずいことになる。
早く、早く、早く。
体力を維持しておかなければ。そのためには早く倒さないと。
できないじゃない。やるしかないんだ。
――できないなんて弱音を吐いて練習を止めればできるようにはならない。やり続けるしかないんだ。そして少しずつでもやってみることが大事だ。
杖が熱を持っていく。熱い。
私の魔力が、杖が根本から折れてしまいそうなほど濃厚な魔力が流れていく。それがバチバチと音を立てて爆ぜ出した。
それに気づいたのか、モンスターがこちらを振り向いた。真っ赤な瞳が残酷に煌めき私を睨む。でもそれだけだ。
今だ――
地を強く踏み締め、私は杖をモンスターの体の側面に真っ直ぐと向けた。爆ぜ出す魔力を一点に集めるつもりで意識を集中させる。
そしてそれを――解き放った
「『サンダーブレイカー』……!!!」




