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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第五章 隣国・ミリステッド国 平和を掴む旅編
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第六十話 どうして、いつも





 私が考えた、私だけの上級雷属性魔術の攻撃。



 きっと本当はもっともっと複雑な詠唱があって、威力も強い。だが、今はそんなことはどうでもいい。これが、今の魔力量で、私にできる、中級以上で上級以下の雷属性魔術だ。








「ギャアアアアアアアアアアア………………!!!」






「うっ……!!」





 モンスターの咆哮が、鼓膜を破きそうなほどの声が響き渡る。木々が大きく揺れ、地面も大きく暴れ出す。




 まだ生きようとモンスターはもがく。もがいてもがいて、口を大きく開けて喘ぐように暴れる。しかし、私が放った魔術が直撃した部分には風穴が空いていて、もうすでにチリと化そうとしていた。もうどれだけ足掻いてもそれを止めることはできない。




 やがて、モンスターは完全にチリとなって骨すら残らず、消えた。






 気づけば私の太ももは雪原についていて、冷たい感触がした。私の頬を、冷たい空気が掠め、その場に取り残された者達の無惨に切り裂かれた皮膚から流れ落ちる血の鉄の香りだけが微かに残っていた。



 

 ハァ、ハァ、ハァ…………



 

 激しく息が上がっている。ここ最近は無かった。あの『暗黒龍』以来だ。あの時は本当に意識までもを失ってしまった。今回はまだ意識がはっきりしているだけマシだ。




「リトル……よく頑張ったね……ありがとう……」




 声がした方をみる。そこには傷だらけのルミナがいた。あれだけ丈夫なルミナがこれだけ出血しているのを見るのは初めてだ。



 本当は早く施設にある結界の下まで戻って治療するべきだが、まだ全て終わったわけではない。




 私の視線の先……座り込む状態で意識を失った冒険者と、完全に倒れ込んだ冒険者がいる。この二人を助け出すまで安心はできない。




 私はゆっくり立ち上がろうとした。しかし足に力が入らずすぐにまた膝をついてしまう。完全な魔力切れとはいかないが、かなり体力が削られてしまっている。



 と……その時、体が暖かい光に包まれた。




「漂う魔力のカケラをかの者に注ぎ、魔力を回復せよ『チャームヒール』」





 …………ルミナ。




 ルミナですら、ギリギリの状態で魔力も少ないはずだ。なのに、私に自分の魔力の一部を分け与えるなんて……。




 ルミナは苦しそうな表情のまま、それでも口の端に笑みを浮かべていた。





          ✳︎





「しっかりして……目を覚ませ!!」





 私はまずうつ伏せで倒れた状態で、意識のない冒険者に駆け寄った。声をかけて体を優しく揺さぶる。しかしそれだけでは目を覚まさない。





「ルミナ……ルミナは、治癒魔法は使えるのか?」





 正直ルミナも魔力をほぼ使い切っている状態だから彼女にも頼り難いが、頼れるならば頼りたい気持ちも半分以上が占めている。



 私はチラリと彼女の方を見た。



 しかし、その回答は望んだものでは無かった。




「ごめん、リトル。私は中級治癒魔法までしか使えないんだ……」





 中級の治癒魔法。




 初級では小さな切り傷や咬み傷、中級では簡単には止血できないほどの大きくて深い傷、上級になれば意識の回復、複雑骨折などの大怪我、超級は、使う人はこの世界でも片手で数えられるぐらいしかいないが、私達の治癒力ではできない、『死んだ者を生き返らせること』すらできるとされている。





 今回は少なくとも上級以上の治癒魔法が必要だ。



 それにルミナの話によると、外部の大人は簡単に施設の中に入れることはできず、結界術による治癒魔法を行使することもできないのだという。そうともなれば、もう私が自ら治癒力を使う以外に方法はない。






 しかし……私はうつ伏せで倒れている冒険者の手首を取って脈を確認しようとし……絶望した。






 もう、脈を取ることが出来なかった。






「間に合わなかった……か」





 いや、脈を取る前からずっと不思議に思っていた。治癒力を使おうという反応が出なかったのだ。





「間に合わなかった……?それって……」



 私の小声に、ルミナも小さく反応を示す。




「もう、亡くなってしまったということだ……」




 あともう少し早く倒せていれば。



 もう少し早く助ける決断ができていれば。



 助けられたはずなのに。




 私はもう何度も何度も、助けられるはずの命を捨ててしまった。自分の判断の遅さと治癒力を使うことに対する抵抗心への葛藤を長く繰り返しているうちに、元々消えてしまいそうなギリギリの命を、完全に壊してしまうのだ。命があれば助けられるのにも関わらず……。私は結局、いつもその繰り返し。




 もう、恐怖も抵抗も葛藤も、本当は捨ててしまいたい。自分の意思で自由に治癒力を使って、救うべき人をなんの迷いもなく救えたら、どれだけ良かっただろうか。何度も何度も、私の心の内を晒すたび、同じことを飽きるほどに綴ってきた。




 だが――


 私の力を研究すると言って拷問をしてくる研究所、無情な心で機械的に動く研究員、限られた私の力を求めて追う多くの国民達、そして、私達の存在を化け物のように扱う人達……。





 その存在があるせいで、私は消えない恐怖と闘いことを強いられ、自由に生きることを制限されるようになり、その結果、助けられるはずの命を目の前で奪われる……。



 憎い……憎い……私を締め付けるものの存在が、憎い……。





 でも、助けられなかった者はもう二度と帰ってくることはない。

 





「あっちの子……あの子なら、まだ間に合う」






 私はそっとその場から離れて、もう一人の冒険者の方へと向かった。




 少女だ。私と同じぐらいの歳の少女。美しい金糸の髪は太陽に照らされてさらに輝いている。だが、ほつれた三つ編みの上には絡みつくように小枝や草が張り付き、首に白いフリルリボンの巻かれたブラウスも雪解け水の含んだ泥で汚れ、モンスターに噛まれたのか一部は破けて血が滲んでいた。



 下に履いていたズボンも擦り切れて丈が短くなっていて、切れ端からいくつもの糸が飛び出していた。



 金糸の髪が作る光は美しいが、顔も服も泥まみれになったその姿は見窄らしい。



 せめてこの子だけでも、助けたい。




 私の治癒力が、その思いに反応を示した。この子は、生きている。ただ、体温も低く、脈も非常に遅く、もうかなり危ない状態であると読み取れる。





 私はゆっくりと目を閉じて、意識を集中させた。




 ルミナの前では初めて見せる、私の治癒力。ここに来てからもよほどの時以外は外で使うことを封印してきた、力。それに今、私はゆっくり火を付けた。






 私の体は燃えるように熱くなり、伸ばした右手も熱を持ち始める。魔術を使う時とは違う、体に秘めた力を燃やす感覚。





「『ラルエンス ヒーリング』」




 細胞が燃える。力が燃える。ドバドバと溢れ出す、私の持つ、生まれつきの本能。誰かを助けたいと思う、私の本当の心。



 黄緑色の優しい治癒の光となって、少女の傷を体を優しく包み込む。




 

 しばらくして、その少女の体に再び確かな命の灯火が灯った。






 あれだけ深かった傷も綺麗に塞がり、見窄らしかった少女の姿はお人形のような真の美しさを取り戻した。開かれた瞳は、ミリステッド国の血を象徴する、翡翠色の瞳をしていた。左右崩れもなく整っている。見れば見るほど深い感情を宿していそうな、吸い込まれてしまいそうなほど、透き通った瞳。


 



「た……たすけて、くれたの……?」




 少女の口から紡がれる言葉に私はゆっくり首を縦に振る。




「モンスターも、倒して、くれたの?」




 不安そうな少女の声に私はもう一度首を縦に振る。




「もう、大丈夫だ」





 しかし、少女はすぐに何かを思い出したような反応を見せ、慌てたように言った。




「もう一人は?もう一人の、仲間は……?」





 私はその反応に、ただ視線を落とすことしかできない。

 



「ごめんなさい……」



 少女の顔に絶望が塗られていく。




「そんなの……そんなの、嘘だよ……!」




「っ…………」




 少女の白い頬が紅潮していく。透き通った瞳の奥から透明の分厚い膜が浮かんでいく。




「私の目の前で、また、命が、消えた……」





 ついに膜が破けて、少女の熱を持った頬の上を流れ落ちる。



 命は、簡単に壊れる。簡単に消える。



 私達はそうと分かっていながら生きたいと思う。生きていたいと思う。幸せになりたいと思う。



 簡単に崩れる砂のような脆い命だと分かっていながら……。どこまでも平和を望む。どこまでも、平穏を望む。今が幸せなら、その幸せはずっと続くと、決まってもいないのに妄想する。




 少女は大声を上げて泣いた。絶望の叫びだ。私はこの叫び声ひとつで少女が立たされた現状が浮かび上がるようだった。


 私は、なんて声を掛ければいいのか分からず、悩んだ。悩み続けた。




「ごめんなさい、もっと、早く決断できれば……もっと早く助けられれば……」




 謝ること以外の言葉が、思考が、私の中から出てこない。



 いつもそうだ。助けられなかったときは、謝る言葉以外の何の言葉も、悲しむ者に対してかけたことはない。




 どうしていつも、こんな結末を迎えることになるのか。本当はみんな笑顔でいて欲しい。できることならそうしたい。できるはずだった。





「リトル……、あなたはなにも悪いことはしていないわ。この子だって、大丈夫……。私達が、助けるわ」



 

 声がした方を向くと、ルミナが私のすぐ横で座り込んでいた。彼女の手が私の頭に乗せられて、優しく撫でられる。今この状況には似合わない、心地いい手触り。





「助けたくても、助けられないものだってある。残された中で、生きていくしかないのよ」




 ルミナは優しく、ただ、内容的には酷く刺さり抉ぐるようなことを言った。




「生きられない……だって、私……やっと、生きる道を見つけたのに……。私一人でどうやって生きれば……!」



 少女はなおも泣き続ける。もう、涙を止める方法も忘れたというほどの量の涙で顔はぐしゃぐしゃになっていた。




 私と……同じか。



 この子も、孤児なのだ。



 生きるために冒険者になって、仲間を募ってようやく生きる術を身につけたばかりの子供。そこからまた奪われた悲しみは、すぐには拭えない。



 だけど、私は知っていた。



「絶望は、ずっと続くとは限らない。私達は蛇行した、未知の未来の中で生きているんだ。いいことと悪いことが交互にやってくる。時にずっと続くようなことはあっても、必ず希望はある」





 こんなこと言う資格は私にはない。けれど、同じ状況に立たされた者同士として、どうしても伝えたかった。




「私も、同じで、ずっと悩んできた。だけど今は今だけは……平和だと思っている。いつか絶対壊れると分かっているからこそ、そんな少しの幸せを噛み締めて生きるんだ。死ねば楽になるけれど、全てが終わってしまう。終われば二度と戻れない。だから、生きるんだ」






「あなたも……なの」





 ここまで話してようやく少女は顔を上げた。酷い表情の奥に、どこか信じようとする心が見える。私は静かに頷いた。





「ねぇ、お名前聞いてもいいかな」



 私はそっと顔を合わせて手を差し出す。少しでも名乗りやすいように。


 

「…………ミリア」



 

 しばらくの間の後、少女はそう、静かに名乗った。


 

「ミリアちゃん……これから私は、あなたを保護することになると思う。安心して。生活は保障するから」




 次にルミナにそう言われて、少女――ミリアは少々困惑した表情になった。



 急にそんなこと言われたら混乱するのも仕方ない。だが、これは本当の話だ。




「私も実はそこで保護されている者の内の一人でもあるんだ。だから、大丈夫」





「………………うん」





 私が優しく説得すると、ミリアの顔からはまた少し笑顔が戻った気がした。








 もっと多くの人を助けるには、どうすれば良いのか。それは私の永久の課題であり、きっと私から追っ手という存在が完全に居なくなるまでは無くならない問題だろう。




 ただ、もしそこから追っ手が急にいなくなったとしたところで、結局荒れ果てた国が元に戻ることはない。この荒れ地を再び復活させるためには私達の持つ治癒力が必要で、結局、私達は……生きられないのだ。





 だから、「本当の平和」を堪能させてください……。




 もう、誰の泣き顔も見たくない。




 

 そのためなら、どれだけ苦しくても、治癒力を使うと、約束したい。

 


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