手紙1
「レン、先に風呂入ってもいいか?」
「うん。じゃあすぐ準備するね」
「いや、自分でやるからいいよ」
先生はそう言って、風呂場に向かった。
きっと俺が気兼ねなく手紙を読めるように、さりげなく時間を作ってくれたんだと思う。
こういうスマートな配慮の仕方、お母さんも見習って欲しい。
悪気がないのはわかるけど、デリカシーなさすぎ。
俺、もう15歳なのに、頭撫でるとかハグとか、マジで勘弁して欲しい。しかも先生のいる前で。あれは無いわ〜。
ああ、でも海斗ママもデリカシーなかったな。一応ノックはするけど、返事待たずに部屋の扉開けるから、その度に海斗がキレてたっけ。
その点うちは、プライバシーは守られてたけど、それって当たり前の事だし。
お母さん、普段あんなことしないのに、今日はどうしちゃったんだろう?
わざわざ手紙まで書いて、なんか変なスイッチ入っちゃったのかなぁ?
どうせ、”勝手に再婚してごめん”とか、”蓮を一番大事に思ってる”、とか何とか書いてあるんだろ。
そんな事を思いながら封筒を開けた。
因みに封筒は、折り紙の要領で手作りしたっぽい。
折り畳まれた手紙を広げると、綺麗だけど少し右上がりの字が目に飛び込んできた。
「蓮へ
謝りたい事が沢山あります。
本当は顔を見て話したいけど、きっと感情的になってうまく伝えられないと思うので、この2年間思ってた事を手紙に書きます。
13歳の蓮へ
側についてあげられなくて、ごめんね。知らない場所で突然独りぼっちになって、どれだけ不安で悲しかったことか、想像するだけで胸が痛みます。
諸悪の根源はもちろん国王と神官だけど、お母さんも馬鹿だった。
まずは本人の意思を確認させて下さいと言って、蓮が目覚めるまで待てばよかったのに、つい感情的になってしまって失敗しました。
あの時もう少し冷静に行動できていたら、離れ離れになる事もなく、あなたの成長を見守れたかもしれないのに。
その可能性を自ら潰してしまった事、そして母親の死という悲しみを背負わせてしまった事を、何度も後悔しました。
毎日、遠くから心配し、無事を祈る事しかできなかったけど、蓮はしっかり前を向いて頑張ってたんだね。
今の成長した姿を見れば、言葉に言い表せないほどの苦労をしたのがわかります。
厳しい状況に負けず、努力を続けたあなたを誇りに思います。本当に偉かったね。」
そこまで読んで、一旦顔を上げて深く息を吸い込んだ。
仇を討つために強くなろうと、必死で訓練に食らいついていた日々。
形見のバレッタに、慣れない環境での戸惑いや訓練の辛さを聞いてもらった夜。
当時の記憶がブワッと蘇ってきて、鼻の奥がツンと痛くなる。
あの頃、お母さんが恋しくて仕方なかった。
寂しさや悲しさを紛らわせる為に、勉強や訓練に没頭した。
でも、お母さんだって、こんな風になるとは夢にも思わなかっただろうし、いきなり異世界に転移してて混乱してたはず。冷静な判断ができる人の方が少ないと思う。
それに俺を守ろうとした結果なんだから、別に謝る事ないのに。
上を見上げたまま何度か瞬きをして、ふ〜っと息を吐き、再び手紙に目を落とす。
「それから、相談もなく勝手に結婚してごめんなさい。
これは、どれだけ非難されても仕方ないけれど、決して蓮をないがしろにした訳ではないし、恋愛にかまけてた訳でもないの。
お母さん、悪魔に魂を売ってでも蓮を取り戻してやるって、ずっと思ってた。
三日月班の村を守る為に、エルマー君とその友達に女神様の誓いを立てさせた事で、彼らの命を危険に晒してしまった事は、前に話したよね。
私の浅はかな行動で、少年達の命が失われるかもしれない。そんなつもりはなかったから、すごく怖くなった。
それまで私はこの世界の被害者だったから、何も悪い事してないのにって、怒りを原動力にできた。
でもエルマー君達が死んだら? 自分の都合で私を殺そうとした奴らと何が違う?
更に最悪なのは、シヴァに叱られるまで、その事実に気づかなかった事。
あの瞬間、心の中で張り詰めたものが壊れて、情けないけど、どうしようって泣く事しか出来なかった。
自分の弱さと認識の甘さ、覚悟の足りなさを痛感して打ちのめされてた時、シヴァが叱りながら、”一緒に罪悪感を背負ってやる”と言ってくれて、どれだけ救われたことか。
だから、蓮が傷つくってわかっていながら、シヴァの手を取りました。
あの時の私は、一人の人間として誰かの支えが必要だったから。
何のメリットもないのに、シヴァとガロンは私を心配して守ってくれた。
どれだけ心の支えになってくれたか、言葉に尽くせません。
私にとって彼らは、蓮にとってのショーンさんやエルマー君みたいな存在なの。
再会するまで待てなくて、本当にごめんね。
お母さん、蓮を取り戻す為にも、味方と居場所が欲しかったんだ。
軽蔑されても、許されなくても当然だけど、蓮を心から愛しているし大事に思ってる。それはずっと変わらないからね。」
まだ続きがあるけど、色んな感情で胸がいっぱいになって、一旦読むのをやめた。
ある意味予想通りだったけど、思ってたのとは違った。
薄っぺらい謝罪の言葉が書いてあるだけだろうって斜に構えてたけど、まさかプライドを捨てて自分の弱い部分をさらけ出すなんて。
これって、俺のこと信頼してるからだよね。
(でも・・・一歩間違っていれば、エルマーやダミアンは死んでたかも知れないんだ)
そう思うとゾッとする。
もしもお母さんと一緒に暮らしていたら、どうなっていただろうか?
多分、お互いに支え合っていけたと思う。
訓練の愚痴を言ったら、励ましてくれて。
覚えた魔法を見せたら、驚きながらも誉めてくれて。
慣れない環境の中で、きっと一生懸命に俺の世話をしてくれただろうな。
でも、そんな生活は長くは続かない。
俺は魔王様に返り討ちにあって、お母さんを残したまま、封印されていたはずだ。
新たな魔王の器となって目覚めた世界に、お母さんは生きていない。
(何このバッドエンド。お母さんも俺も可哀想すぎる。想像するだけで泣きそう)
もしもの話で凹んでも仕方ないので、俺は手紙の続きを読むことにした。




