一人の時間4
手紙を書き終えた頃には、空が茜色に変わっていた。
もうすぐ皆が帰ってくる。
慌てて教材を片付け、乾いたリネンを取り込んだ。
その後、畑で夕食に使う野菜を収穫。新鮮な野菜がいつでも手に入るのって、本当に贅沢だ。
ナスがいい感じに育ってるから、ベーコンとチーズと一緒に焼くとしよう。
(そういえば、ナスってどう書くのかしら?)
残念ながら、今日勉強した中に畑の野菜は一つもなかった。
シヴァに野菜や果物のネームプレートを作ってもらえばいいか。
カゴいっぱいに野菜を収穫して食堂へ。
竈に火を付けてお湯を沸かす間に、野菜を洗って適当な大きさに切っていく。
誰も居ないから、いつもより野菜を刻む音が大きく感じた。
でも、もうすぐ皆がお腹を空かせて帰ってくる。
献立に悩んだり、たまに面倒くさくなったりするけど、家族の為に料理を作るのは、私にとって幸せな時間だ。
久しぶりの1人の時間は、その事を再確認させてくれた。
クツクツと煮立ったスープを味見していると、蓮とショーンが帰ってきた。
「ただいま。あ〜お腹すいた」
「ただいま戻りました。ああ、いい匂いですね」
「二人ともお帰りなさい。もうすぐ出来るからね」
キッチンから顔を出すと、蓮が食堂を見渡していた。
「あれ? 他の皆は? まだ帰ってきてないの?」
「ええ。そろそろ帰ってくる頃だとは思うんだけど」
席に着こうとしたショーンが、椅子に貼ったカードに気づいて微笑んだ。
「おや、名称カードを貼ったんですか?」
「ええ、毎日見て少しずつ覚えようかなって思って」
蓮も他のカードを見つけて手に取った。
「自分で書いたの? 俺が貸したカード使えばよかったのに」
「ううん。あれはショーンさんが蓮のために作ってくれた宝物だもん。大事にしなきゃ」
私がそう言うと、2人は顔を見合わせて照れくさそうに笑った。
「蓮はすごいね。たった半年で文字が読み書き出来るようになったなんて。神殿の手伝いもしてたんでしょう?」
「うん。その都度、教えてもらいながらだったけどね。今でもわからない事は先生に教えてもらってるし」
「自分の意思で勉強を継続してて、本当に偉いよ。頭撫でていい?」
そう言って手を伸ばしたら、蓮は上半身を軽く仰け反らせた。
「え? 何? 誉め殺し? 何か企んでる?」
「・・・あら、ハグの方が良かった? いいわよ、ギュッてしてあげる」
「いや、マジで勘弁して。頭撫でていいから」
両手を広げて近づこうとしたら、蓮は胸の前で腕をクロスさせた後、めちゃくちゃ不本意そうな顔で頭を下げてきた。
スキンシップすると幸せホルモン「オキシトシン」が分泌されて、ストレス解消やリラックス効果があるって言われてるけど、私相手だと蓮にとっては逆効果みたい。
純粋に偉かったねって褒めたかっただけなのに。
でも思春期だもんね。触るなって言われないだけマシか。
「仕方ないわね。せめてもの情けですぐに終わらせてあげる」
そう言って、久しぶりに頭を撫でさせてもらった。以前はサラサラだった髪が、今では若干パサついてる。名残惜しいけど、軽くポンポンして手を離した。
「ちょっと髪が傷んでるね。洗面器1杯のお湯にお酢を大匙1入れたら、リンス代わりになるよ」
「マジで!? 頭がお酢臭くなりそう」
「しっかりすすいで乾かせば大丈夫。お母さんも、ずっとそうしてるから」
「へぇ。じゃあ、今日から試してみる」
蓮は自分の髪を触りながら、ちょっと嬉しそうにしていた。
喜んでもらえたのはライフハックの方だし、思ってたのとはちょっと違ったけど、久しぶりのスキンシップに、心がジワッと温かくなった。
(辛い思いをたくさんしたはずなのに、優しさや思いやりを失わず、真っ直ぐ育ってくれて、ありがとう)
***
「ただいま、お腹すいた〜」
ガロンが帰ってきた。
「お帰りなさい。お疲れ様」
「あれ? 父さん達はまだ帰ってないの?」
ガロンもシヴァとラーソンの不在にすぐ気づき、不思議そうに首を傾げた。
「うん。もうすぐ帰ってくるとは思うけど・・・」
「何かあったのかな?」
恐らくお店の準備で何か問題が発生したのだろう。機材のトラブルとか、注文した材料が届いてないとか。
「そうねぇ。仮にトラブルがあったとしても、あの2人なら大丈夫よ。いつもの時間まで待って、帰ってこなかったら先にご飯食べちゃいましょう」
「え? 待たなくていいの?」
蓮がちょっと驚いたように言った。ショーンとガロンも困った顔をしている。
「蓮もガロンもお腹空いてるでしょう。自分達のせいで子供達がお預け状態だと知ったら、2人とも凹んじゃうわ。だから気にしなくていいわよ」
それもそうか、と皆が納得したので、定刻まで待った後で4人で夕食をとった。
「ミホ、勉強は捗った?」
「ええ。カードの文字を書き写すのに半日使っちゃった」
「お母さん、先生の書いた本、もう読んだ?」
「まだ単語を覚えてないから、全部は読めてない。明日読むつもり」
「分からない事があったら、遠慮なく聞いて下さい」
「ありがとう。いずれ自分でレシピを書けるように頑張るわ。蓮はどうやって覚えたの?」
「ひたすら書いて覚えたなぁ。だって先生、神殿に祈りのきた人達にもカードを貼ろうとするんだもん」
「絵だと分からないじゃないか」
「それは先生の絵が下手だから・・・」
「人のこと言えるのか?」
師弟が仲良く喧嘩しているのを微笑ましく見ていると、カランカランと門の鐘が鳴った。
「シヴァ達が帰ってきたみたいね。料理を温めるから、誰か迎えに行ってもらえる?」
「俺が行ってくる」
ガロンが嬉しそうに2人を迎えに行き、やがて3人で食堂に入ってきた。シヴァもラーソンも少しくたびれた顔をしている。
「ただいま。遅くなってすまない」
「2人ともお帰りなさい。お疲れ様」
「お帰り〜」
「お帰りなさい。お先にいただいてます」
「おう、土産買ってきたぞ。皆で食べよう」
ラーソンが荷物から大きなぐるぐるソーセージを取り出し、子供達から歓声があがった。
「ありがとう。早速茹でるわね」
「ああ、茹でた後、表面を焼くのがオススメの食べ方らしい」
「じゃあ、そうするわ。すぐに料理も温めるから待っててね」
「ああ、やっとエールが飲める」
ラーソンがそう言って椅子に座ったが、シヴァは事務所に荷物を置きに行った後、
「馬の世話をしてくる」
と言って、一旦外に出て行った。
料理を待つ間の時間を有効に使えて偉いな、と私は思ったんだけど、ショーンは違ったみたい。
「シヴァさん、機嫌悪いんですか?」
料理を温めていると、心配そうなショーンの言葉が聞こえてきた。
(え? そんな風には見えなかったけどな)
「いいや。ただ疲れたから、ちょっと1人になりたいんだろう」
(だよね。あと空腹を我慢する為に、気を紛らわしたいんだと思う)
「はい、エール」
「おお、ガロン、気が利くな。ありがとう。・・・っあぁ、染みるな」
ラーソンはエールをごくごくと一気に飲み干し、上機嫌に笑った。
「まあ、確かに予定外の事が色々あったんだけどな」
「何かトラブルでも?」
「ああ、開店は明後日に延期になった」
「え? どうして?」
思わずキッチンから会話に参加してしまった。
「店と工房じゃ勝手が違うからなぁ。スタッフが不安になっちまって」
「あんなに練習したし、技術的には問題ないと思ったんだけど」
「うん。だが街の雰囲気がなぁ・・・」
「あまり好意的じゃなかったのね」
「ああ、それで皆すっかり萎縮しちまって。宥めるのに苦労したよ」
ラーソンは肩をすくめた。
「それで急遽予定を変更して、明日は招待客限定の試験的な営業をすることにしたんだ」
「プレオープン?」
蓮が言うと、ラーソンが頷いた。
「ああ、そんな名前だったか。ミホが教えたんだろう?」
「うん。実践練習することで改善点を見つけられるし、宣伝にもなるから」
「成程。理にかなってますね」
ショーンか感心したように頷く。
「スタッフがプリンを作ってる間、男3人で招待チケットを作ったんだ。機材を置いて動作チェックだけして帰るはずだったんだけどなぁ」
ラーソンが苦笑いしてると、シヴァが食堂に入ってきた。
丁度料理も温まったので、2人分をよそってテーブルに運ぶ。
「お疲れ様。プレオープンする事にしたんだって?」
「ああ、ラーソンから聞いたのか」
「誰を招待したの?」
「近所の店20軒程。それから世話になった商業ギルド職員や、砂糖や小麦を卸してくれてる店にも挨拶してきた。ダンがいてくれて助かったよ」
帰るのが遅くなったのも当然だ。人嫌いなシヴァにとって、相当ストレスだったはず。
「大変だったわね。スープお代わりあるからね。たくさん食べて、今日はゆっくり休んで」
「ああ、そうさせて貰おう。・・・ああ、ホッとするな」
シヴァがスープを一口飲んで微笑んだ。肩の力が抜けたようで何よりだ。
茹で上がったソーセージをフライパンで軽く焼き、大皿に盛り付けて適当にカット。
テーブルの中央に置くと、食べ盛りの息子二人が目を輝かせ、同時に手を出した。
「熱っ!・・・うまっ。プリプリしてる」
「肉汁たっぷりで、塩っけも丁度いいな」
「ああ、エールにあいますねぇ」
「だろ? 俺様の目に狂いはなかった」
「店の人気商品を勧められただけじゃないか」
ワイワイと賑やかないつもの食卓が戻ってきた。
うん、やっぱりこうじゃないとね。
「プリン専門店、流行る前にエルマーと行ってみようかな」
「それなら招待チケットをやろう。半額で食べられるぞ」
「いいの!? ヤッタァ。ありがとう!」
蓮は喜んで両手をあげた。
「身内なんだから、タダにしてやればいいじゃねぇか」
ラーソンの言葉にシヴァは首を静かに振る。
「あの店は戦争遺族者であるスタッフの生活を支援する為のものだ。彼女達のこれからの給金は店の売り上げにかかってる」
「そうだよ。半額でも十分嬉しいよ」
蓮の言葉にシヴァは目を細めた。
「食べに行く時は遠慮なく言いなさい。聖騎士が通えば、周りの住民も少しは安心するだろうから、いい宣伝になる」
「じゃあ、エルマーには制服着てもらうね」
へへっと嬉しそうに蓮が笑う。
最近、蓮はシヴァに敬語で話さなくなった。少しずつ距離が近づいているようで嬉しい。
「ん? 何だこれ?」
ラーソンが机に貼ったカードに気づいた。
「文字を覚える為に、色んな所に貼ったの。しばらく協力して」
「ああ、懐かしいな。ガロンが小さい時も同じ事をした。覚えてるか?」
話を振られたガロンは頷いた。
「覚えてるよ。毎日、習った字を日記に書いた。褒めてもらうのが嬉しくて、いっぱい頑張った」
小さいガロンが一生懸命勉強している様子を想像して、ほっこりする。
「私も産休中に頑張るね。そうだ、シヴァ、畑の野菜にネームプレート作って」
「ああ、明日早速作ろう」
「明日はお店に行かなくていいの?」
「ああ。余程のトラブルが起きない限り、手は出さない事にした。これは皆にも言ってある」
「そう」
「何かあれば通信用魔道具で指示を出すし、いざという時の為に、店の裏口と事務所のドアを繋げてきた」
それは許可を取らなくても良いのだろうか? 空間を繋げる魔法には制限があって、悪用できないようになってるから、ギリセーフかな?
ちらっとショーンを見ると、私の考えを読んで頷いてくれた。
「いざという時とは、どんな事かお聞きしても?」
「スタッフの身に危険が及んだ時だ。残念ながら、我々に対する鬱憤を彼女達に向ける愚か者がその内出てくるだろうからな」
「確かにその可能性はありますね。わかりました。この件は自分からクリフォード元帥に話をしておきます」
「ああ。よろしく頼む」
二人の会話を聞いて、単純にお店のオープンを喜ぶ雰囲気ではなくなった。
「スタッフだけで大丈夫?」
「プリン専門店が戦争遺族者の支援の場だという事も周知しているから、彼女達に同情している人々も多い。商業ギルドにも、我々はあくまで経営で、運営はスタッフに任せると説明してきた。しばらく様子を見よう」
心配だけれど、実際に現場に行ったシヴァがそう判断したのだから、従うしかない。
今の私に出来ることは、何事も起こらないよう祈るだけだ。
「シヴァさん、聖騎士に配るから招待チケット30枚くらい頂戴。日替わりで誰かしらお店に顔出せば、牽制になると思う」
そう言った蓮の表情は、いつもより大人びていた。
「30枚で足りるのか?」
「うん。サービスするのは1回でいいと思う。トラブルを未然に防ぐのも仕事の一環だし」
「わかった。用意しておこう。渡すのは明日の朝で構わないか?」
「うん」
私より蓮の方が随分しっかりしている。
勇者として誰かを守るという責任感のある立場が、蓮の成長を加速させたのかもしれない。
誇らしい。そしてその成長を側で見れなかった事が、悔しい。
でも私が居なかったからこその成長だったかもしれない。・・・余計に悔しい。
「では、そろそろ失礼します」
「それじゃあ、また明日」
「あ、蓮! ちょっと待って」
ショーンと一緒に帰ろうとする蓮を引き留め、手紙を渡すと怪訝な顔をされた。
「何これ?」
「手紙。カードに書いてある蓮の字を見たら、色々な思いが込み上げちゃって。蓮にとっては今更かもしれないけど、本当に頑張ったんだなって褒めたくなって」
「ふ〜ん」
手紙を眺める蓮の表情からは、何の感情も読み取れなかった。
本当に今更だったみたい。なんか恥ずかしくなってきた。
「蓮を見習って、お母さんも頑張るね。暇な時とか、教えてくれたら嬉しいな」
「・・・まあ、気が向いたらね。おやすみ〜」
蓮は手紙をヒラヒラさせながら、扉の向こうへ消え行った。
「まあ、受け取って貰えただけいいか」
そう呟きながら振り向くと、いつの間にかガロンが側に来ていた。
「あらガロン、どうしたの?」
「俺の小さい頃の日記、今度持ってくる。文字の練習に丁度いいよ」
確かに今の私には丁度いいレベルかもしれない。小さい頃のガロンがどんな事を書いたのか興味もある。
「いいの?」
「うん。その代わり、俺にもいつか手紙頂戴」
どうやら蓮との会話を聞いて、羨ましくなったみたい。
「わかった。約束するね」
レシピを残す事と、ガロンに手紙を書く事。
これが私の新たな目標になった。




