手紙2
「14歳の蓮へ
迎えに行けなくて、ごめんなさい。
この頃、ドルチェの仕事を通じて首都の様子を探っていました。
蓮に関する話が聞けるかも知れないと期待していたけれど、残念ながら噂すらなくて・・・。
せめて私が作ったお菓子を、いつか蓮が食べてくれたらいいなと思いながら、もどかしい日々を過ごしてました。」
週に一度、ドルチェの屋台でお菓子を買うのが楽しみだった。
スタンプが一杯になったら何と交換しようってワクワクしたっけ。
お互いに知らずにいたけれど、ちょっとだけ繋がってたんだな。
「今思えば、アルヴィンさんを訪ねればよかったのよね。蓮を守るって約束してくれたんだから、何かしら知ってるはずだもの。
そんな簡単な事に思い至らなかったのは、無意識に彼の事を避けていたからだと思う。
森に捨てられる際、男達に襲われそうになったところを助けてもらったけど、目の前で人が殺されたのは、すごくショックだった。
今でもあの時の事を思い出す度に、死んだ男達の顔がフラッシュバックして息が苦しくなるの。
悪い人じゃないと思ったから蓮を託したけど、彼は神官に逆らえない立場だから、私を助けてはくれなかった。
もし彼を訪ねて行ったら、きっと殺されていたと思う。私は彼らにとって都合の悪い存在だから。
だから自分で探しに行く勇気が出なかったんだと思う。情けないお母さんで、ごめんね。」
どうして迎えに来てくれなかったんだろうって思ったけど、お母さん、そんなに怖かったんだ。
でも考えてみれば、当然か。暴力を振るわれたり、目の前で人が殺されたりして、平気な方が変だよな。
初めてガロンに会った時は、現実逃避したおかげで助かったみたいだけど、立て続けに怖い目にあって、心が壊れかけてたのかもしれない。
(隊長、こんなに怖がられてるって知ったらショックだろうな)
隊長は、信心深くて義を重んじる人だ。訓練の時は厳しいけれど、真面目で普段の生活も慎ましくて、民からも慕われている。
すごく良い人だし、お母さんとの約束と罪滅ぼしの気持ちがあったから、俺の面倒を見てくれたんだろう。
お母さんを見捨てた事をずっと後悔していたのは、嘘じゃないと思う。
でも、もし戦争前にお母さんが俺を探しに隊長を訪ねていたら、多分、お母さんの予想通りの結果になったんじゃないかな。
隊長は、国の為、民の為、正義の為に人を殺せる人だから、残念だけど、俺とお母さんが再会できたとは思えない。
そう確信出来るくらい、一緒に過ごした。・・・尊敬してたのにな。
「15歳の蓮へ
戦争中、お母さんも砦にいたの。遠目からだったけど、2年ぶりに蓮の無事な姿を見て、安心して涙が出ました。
たった2年で勇者になるなんて、どれだけ過酷な修行をしたんでしょうか。
辛かったよね。本当にたくさん頑張って偉かったね。」
(うん。頑張ったんだよ、俺。魔法や武術を短期間で習得できたのは、女神様の加護もあったと思う。でも強くなりたくて、学校の勉強よりずっと真面目に頑張った)
「立派に成長してくれて嬉しかったけど、15歳の少年を戦場に送り出したアビラス国王を、この手で殴ってやろうと思いました。」
(お母さん、リアム神官だけじゃなく、国王も殴るつもりだったのか)
「戦争のどさくさに紛れて、蓮を取り戻すつもりでした。
森に色々な罠を仕掛ける時、巨大な花の習性を聞いて、これなら蓮を取り戻せるし、アビラス軍にもダメージを与えられると、ひらめいたの。
蓮を安全に保護できるか確かめるために、私も何度も花に食われて花粉まみれになりながら、保護ネットの粘着力や硬さの調整をしたんだよ。
でも作戦は失敗して、蓮を深く傷つける事になってしまいました。本当にごめんなさい。」
(・・・エグすぎる)
もしもこの作戦が成功してたら、アビラス軍は戦力だけでなく、勇者を失ったという精神的な大打撃を喰らってガタガタになったはずだ。
実際、先生が花に食われた時、王女様は泣き叫び、聖騎士の皆も驚きと恐怖で固まった。
俺も絶望したもん。俺を庇ったせいで、先生が死んだって。めちゃくちゃ悲しかったし、あの花根絶やしにしてやろうって思った。
まさかあれが俺を保護するために、お母さんが仕掛けた罠なんて・・・。
しかも安全確認のために、実験で何度も食われたって、なんて無茶な事するんだよ。
「蓮を取り戻そうと必死で頑張ったけど、全部空回りしてしまいました。
あんな最悪な形の再会になってしまって、ごめんなさい。
蓮とガロンが争って傷つくのが嫌で、とっさに体が動いてしまったの。
蓮は何も知らなかったから、全然悪くないよ。
あんな状況で私の再婚と妊娠を知って、相当ショックだったよね。」
(うん。マジでふざけんなって思った。お母さんが生きててくれて嬉しかったけど、一瞬で地獄に叩き落とされたからね。2年間、何やってたんだよって。魔王様にお母さんの過去を見せてもらわなかったら、絶対に闇堕ちしてたと思う)
「それなのに私、目が覚めたら蓮が側にいてくれて、その嬉しさで浮かれちゃって、蓮の辛さに寄り添ってあげられなかった。
どれだけ冷たい態度を取られても、文句を言われても、蓮がいてくれるだけで嬉しくて、本当に、本当に幸せだったの。」
(お母さん、浮かれてる自覚あったんだ。俺相当、素っ気ない態度とってたんだけど、お母さんずっと嬉しそうだったもんな。初めはムカついてたけど、ちぎれんばかりに尻尾振ってる幻覚が見えそうなくらい幸せオーラ全開だから、結局ほだされちゃった)
「激しくののしられても仕方ないのに、蓮がそうしないのは、私の体を気遣ってくれてるからだよね。ありがとう。
シヴァとガロンと仲良くなってくれて、とても嬉しいです。2人を好きになる努力をしてくれて、ありがとう。」
(だって俺の言葉でショック受けて、なんかあったら嫌だし。感情のまま言葉にして傷つけるのは簡単だけど、今以上に溝ができて、きっと後悔すると思う。それにシヴァさんもガロンも最初から俺に好意的で、歓迎してくれてるし)
「蓮の優しさに甘えてばかりで、ごめんなさい。たくさん我慢させて、ごめんなさい。失望させて、ごめんなさい。たくさん傷つけて、ごめんなさい。
どれだけ謝っても、蓮を傷つけた事実は変わりません。
蓮の優しさや努力に報いるには、どうすればいいかな?
色々考えたんだけど、これまでの失敗を思うと、蓮が喜んでくれるか自信ないです。
まずは蓮の気持ちを聞いて、その願いを叶えられるよう頑張るから、どうして欲しいか教えてください。
なんとなく、蓮は将来の事をもう決めていて、私への報告は最後になるだろうなと感じています。」
(あ、バレてる。お母さん、俺の事、ちゃんと見てるんだな)
「どんな道を選ぼうとも、反対はしません。心配はするけど応援します。
以前と変わらず、蓮の事を大事に思っているし、愛してる。
辛い思いをさせた分、心から蓮の幸せを願っています。 母より」
最後の3行をしばらくじっと見た後、折りたたんで封筒に入れ、ベッドに仰向けになった。
(お父さんも、幸せになりなさいって言ってたな)
この2年間で、自分がどれだけ両親から愛されて守られていたかを知った。
この世界に来なければ、日本での当たり前の生活が、どれだけ恵まれているかなんて、思いもしなかっただろう。
お母さんが俺を愛してくれているのは分かってる。
石板を壊した者へ課せられる、最も愛する者に殺されるという残酷な罰。
皮肉な事に、再会直後のあの事故が、お母さんの最愛は俺だと証明している。
(誰だよ、こんな呪いみたいな罰を考えた奴。罰を受けた人は死んでおしまいだけど、殺した方はその後の人生、ずっと十字架を背負う事になるじゃんか。もしお母さんが死んでたら、俺、マジで闇落ちしてたぞ)
あの時は再婚と妊娠を知ってすごくショックだったけど、お母さんの事を嫌いになったわけじゃない。
ただ・・・あの時に抉られた心の傷が、ポッカリと空いたまま塞がってないんだ。
お母さんは前と変わらぬ愛情を注いでくれてるけど、俺の心に穴が空いてるから満たされない。
もう胸の痛みは感じないけど、失った何かに対して、淋しいような、悲しいような感覚がある。
(俺の願いか・・・)
正直、勇者として活躍できなかったから、不完全燃焼なのは否めない。
せっかく異世界にきて魔法だって使えるのに、勿体無いよね?
だから世界中を旅してみたいと思ってる。
『勇者』から『世界の管理者』にジョブチェンジしたから、丁度いいし。
だから、俺と一緒に暮らしたいというお母さんの望みは、叶えてやれない。
シヴァさんとガロンの事は決して嫌いじゃないけど、一緒に暮らすっていうのは、なんか違うんだよね。
家族の形をパズルで例えるならば、俺の家族は、お父さん、お母さん、俺の3人のピースで出来ていた。
そこからお父さんのピースが欠けて、形が変わってしまったけど、気持ちの上では3人家族のままだった。お母さんもそうだったと思う。
だけどこの世界で、お母さんは新しい家族を見つけた。
俺が少しイラッとするのは、お母さんが新しい家族の型にピッタリとハマってるからかも。
種族バラバラで全然普通じゃないのに、俺がいなくても成り立ってるじゃんって、思わず拗ねてしまうくらい仲がいい。
実際はちゃんと俺の分のスペースを空けて、新しい家族と一緒に手招きしてくれてる。最近では先生のスペースも空けたみたいだ。
そこにはまれば幸せになれるって分かってるし、人の気持ちも家族の形も変わっていく。だから案外、気がついたら新しい家族の型にはまっているかもしれないけど。
今はまだ、3人家族の型に残っていたいんだ。
もう輪郭しか残ってなくても、たくさんの幸せな思い出が詰まっているから。




