エミリー9
(何だか、濃い一日だったな…)
ドルチェからの帰り道、ガタゴトと馬車に揺られながら、エミリーは物思いに耽っていた。
戦争に負けて国名も変わり、自分達が大きな変化の渦の中にいる事は感じていたけれど、先程の食事会ですっかりと価値観が覆ってしまった。
知らなかったとは言え、魔物、それも魔王軍幹部相手に商売をしていたなんて。
色々と衝撃の事実が明らかにされる度に、息や思考が止まってしまった。
けれどシヴァの人間離れした美貌も、エルフだからと言われれば納得出来る。
(それにミホさんも只者じゃなかったわ。まさか勇者様のお母様だったなんて!!)
神殿の柱には、苦難の夜の時代から人々を救うため、魔王と戦ってきた歴代勇者の尊い名前が刻まれている。女神様に選ばれて異世界よりやってきた勇者様は皆、強さと優しさを兼ね備え、何かしら新しい技術や知識を授けてくれたという。
ミホの料理の腕や豊富な知識も、異世界で培ったものだと言われれば納得だ。
ただ勇者本人は予想と違いすぎて「え? 嘘でしょ!?」というのが正直な感想だった。
今回降臨された勇者様がエミリーより年下だとは知っていたが、てっきり背が高くて精悍な青年だと思っていたのだ。
だが実物の勇者様はエミリーと目線が同じで、整った顔立ちはしているものの、どこか幼さの残る少年で。ダミアンが15歳の時は、もう少し大人っぽかったと思う。
人は見た目じゃない。勝手に憧れて、想像と違ったからと勝手に失望するなんて、とっても失礼な事だと分っている。それにレンは聖騎士訓練生として修行していたそうなので、実力はあるのだろうけれど。
(ぱっと見た印象だと、うちの従業員達の方が逞しくて強そう)
過酷な肉体労働で鍛えられた太い腕や、逞しい胸板。当然それなりに力もある。
そんな彼等より更に逞しくて強そうなガロンが、自分よりレンの方が強いと言っても到底信じられなかった。
しかし程なくして、エミリーはレンの実力の片鱗を見る事になる。
皆に挨拶をして帰る頃には、辺りはすっかり暗くなっていて星が瞬いていた。夜道は危険だから泊まっていけと言われたけれど、丁寧に断った。3人揃って仕事に穴を開けるわけにはいかない。
「じゃあ、明かりと護衛代わりに」
そう言ってレンが右手を高く掲げた。すると白く光る大きなフクロウが、何処からとも無く突然ふわりと現れた。何の前触れも無く、本当に突然に。
エミリー達が唖然としていると、ショーンがニコニコしながらレンに話しかけた。
「フクロウの動きが前よりも更に良くなってるね。しっかりとイメージが出来ている証拠だ」
「ああ。ここまでホンモノに近い姿で具現化させられるなんて、凄い才能だ」
(このフクロウ、レンが魔法で作ったって事!? 凄い! こんな魔法、見た事も聞いた事もないわ)
エミリーは素直に感心してレンを見た。その時レンはショーンとシヴァに褒められており、照れながらも嬉しそうにニヤけている様子は、やはり年相応の少年にしか見えなかった。
けれど現在、煌煌と眩い光を放ちながら優雅に羽ばたくフクロウを見ると、やはり彼は女神様から選ばれた凄い存在だと思い知らされる。
ギフト…アンジェリカ元王女のように、生まれつき魔力がある人の中には、稀にだが光魔法を使える者もいる。だがその光は普通は無機質な球体である。
レンが生み出したフクロウは姿形が似てるだけでなく、まるで意思があるようだ。時々高度を上げて周辺を警戒している。
光るフクロウのお陰で、エミリー達の馬車は快適に夜道を進み、無事に家に戻ってくる事が出来た。
仕事を終えたフクロウは牧場の門に舞い降り、エミリー達の馬車が敷地の中に入るのをじっと見守っている。
「ありがとう!」
エミリーが手を振って礼を述べると、フクロウは返事をするように「ホォーーウ」と鳴き、静かに羽ばたいて夜空に消えた。
(あのフクロウは、レンが魔法で生み出した生き物なんじゃないかしら?)
これまで見た中で、一番美しい魔法だとエミリーは思った。
*****
明日も朝は早い。自室に戻ったエミリーは、身を清めて寝間着に着替えると、ベッドに潜り込んだ。
だけどいつもと違って目が冴えてしまい、全然眠れない。夕食会での出来事が衝撃過ぎて、あれこれと考えてしまうからだ。
これまでの価値観を覆される驚きの連続だったが、ミホ達と改めて親交を深める事が出来、楽しい食事会だった。
一つ心残りなのは、ガロンの事。
ミホ達の話を聞いて、ガロンは優しくて親切だと理解出来たけれど、とうとう帰るまでに恐怖を克服出来ず、まともに挨拶も出来ずじまいだった。
せっかくシヴァ達がエミリー達を信用して全てを打ち明け、ガロンを紹介してくれたというのに。
第一印象は大事なのに、完全に失敗した。
恐らくエミリー達を食事会に招いたのは、賭けだったに違いない。彼等の正体を明かしても受け入れてくれるかどうか、不安だったろう。
普通、敗戦国は戦勝国の属国となるが、アビラス王国はそうならなかった。
確かに長い歴史を持つアビラス王国は消滅したが、土地や人々は無傷のまま。民からすれば国名や君主が変わっただけで、生活や意識が変わった訳ではない。
だからこの状況が如何に奇跡的で恵まれた事であるか、理解している者は少ない。未だに魔物に対して、不安や不満を抱えている者のほうが圧倒的に多いのだ。
国家と神殿が協力して、これまでの魔物に対する悪いイメージを払拭していくようだが、両種族が和解出来るのには、かなりの年月を要するだろう。
恐らく、魔王軍が敗戦国にここまで恩情をかけてくれたのは、シヴァとミホが尽力してくれたお陰だ。 エミリー達を友人と認めて好意を寄せてくれているからこそ、戦争被害を最小限に留めてくれたのだと思う。
そんな彼等が差し伸べてきた手を、どうして取らずにいられようか?
「このままじゃダメよね」
エミリーはベッドから起き上がると、明かりをつけて机に向った。そして羽ペンにインクを浸すと、自分の素直な気持ちを紙に書き記した。
『ガロンへ
ガロンの事はミホさん達から聞いていて、いつか会ってみたいとずっと思ってた。
ようやくそれが叶ったのに、想像と違ってたから凄く驚いてしまったの。
だってまさか人間じゃないなんて思わなかったし、私より年下なのに、背も凄く高くて強そうなんだもの。
怖がって変な態度になってしまって、ごめんなさい。
でも決してガロンの事が嫌いな訳ではないから、誤解しないでね。
本当は私も2人と仲良くなりたかったから、ガロンやレンと仲良く話をしているダミアンが羨ましかった。
でも小さい頃から蛇やトカゲが苦手で、だからガロンの鱗を見て無意識に身体がこわばっちゃったんだ。
苦手な事を克服するのは時間がかかるかもしれないけど、私もガロンと友達になりたいから、今度会った時も声をかけてくれると嬉しいな。
それから、怪我をしているミホさんを助けてくれてありがとう。
私達が今も平和に暮らす事が出来るのは、きっとガロンがミホさんを助けてくれたからだと思う。
あなたの優しさと行動力に、心からの尊敬と感謝を。
女神様のご加護がありますように。
エミリー』
書き終えた手紙を封筒に入れて、蝋で封をする。謝罪とお礼の気持ちを記した事で、
少しだけ心が軽くなり、ようやく眠りにつく事が出来そうだ。
(早速、明日手紙を出さなきゃ)
翌朝、エミリーは配達に行こうとするダミアンを捕まえて手紙を託した。
「ダミアン、ドルチェに配達に行くついでに、これをガロンに渡してほしいの」
「手紙? ガロンに?」
「うん。昨日のあまり話せなかったし、怖がっちゃった事を謝りたくて」
「そうか、わかった」
「お願いね」
昨日のエミリーの態度にダミアンも思う所があったのだろう、あっさりと快諾してくれた。
「さて、仕事に取りかかりますか」
ダミアンを見送ったエミリーは、腕まくりをして足取り軽く牛小屋に向い、いつものように乳搾りに励んだ。
しばらくしてダミアンが帰ってきた。
「お帰りなさい。手紙渡してくれた」
「ああ。ガロンの奴、手紙をもらって驚いてたけど喜んでたぞ。エミリーに宜しくって言ってた」
「そう、良かった」
(手紙を書いて良かった。次に会う時までに、トカゲ嫌いを克服しなくっちゃ)
更にその翌日、配達から帰ってきたダミアンは、ガロンからの返事を持って帰った。
「えっ!? ガロンから私に手紙?」
「うん。良かったな」
返事を全く期待していなかったエミリーは凄く驚き、同時に感激した。エミリーはエプロンで両手を拭うと、大事に手紙を受け取った。
「エミリーへ」
ガロンらしい、大きくて力強い筆跡だ。
丁度、作業も切りのいい所だったので、エミリーは少し休憩を取る事にした。
牛小屋の外に積まれている藁に寄りかかり、手紙を読む。
『エミリーへ。
手紙ありがとう。
手紙をもらうのも、書くのも初めてで、凄く嬉しかった。
俺は普通よりデカいせいで、小さい頃から周りの奴らから怖がられてたんだ。
だから人間のエミリーが俺を怖がるのも、仕方ないって諦めてた。
でもエミリーは俺が嫌いなんじゃなくて、トカゲが苦手だったんだな。
それなのに友達になりたいと思ってくれて、胸がポカポカと温かい気持ちになった。
実はミホも虫が凄く苦手なんだ。
ミホと暮らして間もない頃、ピクニックに行った事がある。
その時、俺の大好物のキングコオロギを沢山捕まえて唐揚げにしてってミホに頼んだら、‘できるか〜っ!!’って叫んで頭を叩かれた。
全然痛くなかったけど、いつも優しいミホが大声出して暴れたからビックリしたよ。
だからエミリーも、無理する事無いからな。」
その時の様子を想像して、エミリーはクスクス笑った。
「食事会の時はあまり話せなかったけど、エミリーは大人達と対等に仕事の話をしてて、凄いなって思った。
年上と言っても、俺と1つしか変わらないのに、カッコいいなって思ったよ。
これから少しずつ、仲良くなれると嬉しい。
仕事、頑張って。
ガロン』
飾らない素直な言葉に、エミリーの胸も温かくなった。
一日が終わり、部屋に戻ったエミリーは何度も手紙を読み返し、返事を書いた。
ガロンの事がもっと知りたくなったのだ。
こうして、エミリーとガロンの文通が始まった。
手紙を通して、ガロンの悲しい生い立ちを知り、エミリーもまた幼い頃に母と死に別れた事を書いて、お互いに慰め合い。
お互いに大好きなミホの話題で盛り上がり。
時には仕事の事や家族の事、その日のちょっとした出来事等、短い手紙のやり取りは途切れる事無く続いて。
やがてミホのお腹の膨らみが目立つようになった頃、久しぶりにドルチェを訪れたエミリーは、ガロンと笑顔で向き合った。
「ガロン、久しぶり! もしかしてまた背が伸びた!?」
「うん、エミリー、この間と雰囲気が違うね。なんだか髪がキラキラしてる」
「わかる? ローズオイルを使ってるの」
いつの間にかすっかり仲良くなった2人の姿に、シヴァとミホは驚くとともに、ホッと安心したのだった。
すっかり長くなりましたが、エミリーの話はこれが最後です。




