エミリー8
どうやら、おやつ抜きという可愛らしい罰は、シヴァやガロンに効果てきめんだったようだ。
(なんだか子供みたい)
いかにも強そうなガロンが、おやつ食べたさに大人しくミホの言いつけを守っている様子を想像して、その微笑ましさにエミリーはクスクスと笑った。しかし、
「でも私を保護してる事が魔王様の耳にも入って、謁見する事になった時は本当に緊張したわ」
ミホの言葉に、その笑いは引っ込んだ。
魔王。
圧倒的な強さを持ち、歴代の勇者でも完全に倒す事は出来ず、封印するしかできない。
ひとたび復活すれば、全ての魔物の力を増幅させて、平和な世の中を乱す禍々しく凶悪な存在である。
「ミホさん、魔王…と会ったの? こ、怖くなかった?」
恐る恐る聞くと、ミホは笑った。
「そりゃぁ、怖かったわよ。少しでも印象を良くしようと思って、プリンを持参したわ」
「プリン?」
「そう言えばドルチェでは扱ってなかったっけ。デザートの一種だよ」
「すっごく美味いよ。甘くて口の中が幸せになる。俺と父さんの大好物なんだけど、特別な時しか食べられないんだ」
聞き慣れない言葉に首を傾げるエミリーに、レンとガロンが説明してくれた。
「へぇ、そんなに美味しいんだ。私もいつか食べてみたいな」
「ふふふ。今日は特別な日だから、沢山用意してるわよ」
「「「「やったー」」」」
ミホの言葉にレンとガロンは拳と拳を突き合わせ、ダミアンとエミリーは小さく拍手して喜んだ。
未知のデザートにワクワクしているエミリーの横で、ジェフが咳払いをして話を戻す。
「それで…ミホさんから見て、魔王はどうだった? その…やはりとんでもなく恐ろしい存在かね?」
シヴァ達の前だからだろう、少し遠慮しつつジェフが聞く。ミホは頬に手を当て首を傾げた。
「そうねぇ、確かに恐ろしく強いけれど…。個人的には理想の統治者だと思うわ。話し方も穏やかで威圧的ではないし、部下の意見にもきちんと耳を傾けてくれるし、理知的な方よ」
意外な言葉にジェフは目を丸くしてクリフォード元首を見たが、彼は静かに首を振った。
「残念ながら私は魔王と会った事が無い。だが外交担当の2人の幹部は、見た目に反して理知的だ」
「グレゴリーとディランね。2人とも紳士でしょう?」
「ああ。てっきりベルガー殿のような荒々しい猛者だと思っていたが、いい意味で予想を裏切られた。だから魔王の性質が我々の想像と違ったとしても驚かんよ」
「自分は一度お会いした事があります。ミホさんの言う通り穏やかで、荒々しい感じは一切しなかったですね」
クリフォード元首とショーンの言葉に、エミリー達は驚いて無言で視線を交わした。
「信じられん…。いや、皆の言葉を疑う訳ではないが…」
ジェフの呟きにシヴァが肩をすくめる。
「人間は魔王様が常に血を欲し、世界を掌握しようと目論んでいると思っているようだが、それはとんでもない誤解だ。あの方は封印されていた時間を取り戻すかのように、日々、民を守る事に尽力して下さっている。人間に構っている暇など無い」
シヴァの言葉に、ガロンが頷く。
「魔王様、優しいよ。俺、前に褒められたことある」
「ああ、そうだったわね」
ミホが頷いた。
「私がシヴァ達に保護されている事がバレて、魔王様に呼び出しを受けたの。その時、ベルガーっていう幹部の1人が、私を脅かそうと襲いかかってきたんだけど、ガロンは私を助ける為に、格上の相手に怯む事無く立ち向かってくれたのよ」
「結局、負けちゃったけどね」
ガロンの言葉を聞いたラーソンが、そういえば、と切り出した。
「兄貴からその話を聞いた時、気になったんだけどよ、シヴァ、お前は何をやってたんだ?」
「魔王様に献上するプリンを大切に守っていた」
「おいおい…」
ラーソンだけでなく、全員が呆れた目でシヴァを見る。
「ベルガーが本気じゃないのは分かってたから、適当にあしらうつもりだったんだ。しかしその前にガロンが飛び出してきてな。しかもベルガー相手に一歩も引かず、なかなかいい戦いぶりだったから、思わず感心して見入ってしまって…」
「それでガロンが怪我をして、怒ったミホがベルガーを撃退したって訳か。俺も見たかったなぁ」
わははははっと楽しそうなラーソンの笑い声が響く中、エミリー達は新たな情報に再び混乱した。
(誰が誰を撃退したって!?)
「それは本当かね? 実際に私もベルガー殿と戦ったが、まるで歯が立たなかった。ミホ殿が武術を嗜んでいるとは思えんし、一体どうやって?」
エミリー達と同じ思いだったのだろう、クリフォード元首が真剣な表情でミホに質問している。
「あの時は私も無我夢中で、お酢や塩こしょうをありったけ浴びせてやったんです。嗅覚が鋭いベルガーには、効果覿面でした」
「なんと…!」
クリフォード元首は驚き呆れていたけれど、エミリーはミホの咄嗟の判断と行動力に感心しきりだった。
「しかし謁見前に幹部とやり合って、魔王の機嫌を損ねなかったのか?」
ジェフの問いに、ミホは笑った。
「いいえ、むしろ面白がられたわ。それで森に住む事を許可してもらったの。でもそのすぐ後にトラブルに巻き込まれちゃって…」
そこで言葉を区切り、食堂を見渡す。
「ここって前はドルトっていう冒険者専用の宿屋だったけど、オーナーがとんでもない奴でね。金目当てに魔物の子供を誘拐して監禁してることが分かったの。攫われた子供達は酷い扱いを受けてたわ」
「ええっ!?」
「何て事を…。報復されたらどうなるか…」
それがどれだけ危険か理解しているジェフは顔を青くし、ミホも頷いた。
「ええ。それが分かった時、ベルガーはすぐにでも乗り込もうとしたけど、魔王様はそれを止めたわ。実行犯はオーナーと2人の部下だったから、関係ない人間を巻き込んで戦争の口実を与えるわけにはいかないって」
「そうか…」
ジェフは神妙な顔つきで頷いた。
「それで子供達を穏便に助ける為に、私とラーソンと魔王様の3人はキーナ人の商人に扮してドルトに乗り込んだの」
「「「は?」」」
魔王がここに来た? うちとそんなに離れてないんですけど?
ぞぞぞっとエミリーの背中に寒気が走った。両隣のジェフとダミアンも青い顔をしている。
「まあ、俺は冒険者達の目を惹き付ける為に、食堂で酒飲んで騒いでただけで、活躍したのはミホだ。子供達を助けたらすぐ帰る予定だったんだが、実際に子供達の様子を見たミホが怒って一計を案じてな。合法的にこの土地と建物を巻き上げてオーナーを追い出した。あれには俺も驚いたぜ」
再びラーソンの笑い声が食堂に響いた。
「その功績が認められて、私は魔王軍幹部になったって訳。魔王様って本当に器が大きい方なのよ」
エミリー達は驚きすぎて、もう声も出ない。
それまで話を聞きながらマイペースに食事を続けていたシヴァが、話を引き取った。
「その後、我々3人は魔王様の命を受け、このドルチェで人間の動向を探っていた。勇者を召喚した以上、人間が近々争いを仕掛けてくる事は分かりきっていたからな。君達を騙していたのは申し訳ないが、森の民を争いから守る為だ。色々と思う所はあるだろうが、我々の立場も理解して欲しい」
騙されたといっても、エミリー達は実害を受けていない。むしろ助けられた事もある。
「事情はよく分かった。君達の正体には驚かされたが、私達を信用してくれて話してくれたのは嬉しいよ」
ジェフの言葉に、シヴァとミホはホッとした顔になり、ラーソンはニカッと笑ってカップを掲げた。
「それでガロンは知り合いの所に預けられたのか」
ダミアンの問いにガロンが頷く。
「うん。ベルガー様の元で戦士になる訓練を受けてた。俺、最年少で小隊長になったよ」
「へぇ、やっぱり見た目通り強いんだな」
感心したようにダミアンが言うと、ガロンは首を振った。
「でも俺よりレンの方がずっと強いよ。凄い魔力を持ってる」
「そうなのか!? すげぇな」
「でも重い物を持ったりとかの単純な力比べだったら、ガロンの方が強いよ」
レンはそう言って苦笑したが、否定はしないから本当に強いんだろう。何と言っても女神様に選ばれた勇者なのだ。
(改めて考えると、凄い肩書きを持った人達に囲まれてるわ。私、どうしてここにいるのかしら?)
己の置かれた状況に気付いて、今更緊張してきたエミリーとは反対に、ダミアンはレンとガロンに興味津々で、どんな訓練をしているか等、2人に次々と質問して盛り上がっている。
3人の話に耳を傾けるしかできないエミリーは、ダミアンを少し羨ましく思った。
「そろそろデザートを持ってくるわね」
ミホがそう言って立ち上がったので、エミリーは手伝いを申し出た。
「手伝います」
「ありがとう。助かるわ」
キッチンの大きなテーブルの上には、氷水の入った深めのトレイが4つあり、その中にカップが6個ずつ綺麗に並べられていた。カップの中は、つるりとしたクリームイエロー。全く味の想像がつかない。
「これがプリン?」
「そうよ。きっとエミリーも気に入ってくれると思う」
「わ〜、楽しみ」
ひとまず1人一個ずつ、という事でエミリーとミホは二手に分かれてプリンを配る事にした。
エミリーは先程の失態を挽回する為にガロンにプリンを出したかったのだけど、ガロンが目をキラキラさせながらブンブンと尻尾を振っていて近づく事が出来ず、ミホに任せるしか無かった。
(私だけ全然距離が縮まらないなぁ…)
ちょっと凹みながら席に着く。
「さあ、お待ちかねのプリンよ。皆さん、召し上がれ」
ミホに促されてスプーンでプリンを掬うと、ほとんど抵抗がなかった。
「わぁ、とっても柔らかいのね」
そして一口食べたエミリーは「んん〜」っと身悶えた。
「口の中に入れた途端に蕩けた! 甘くて、滑らかで…美味しい!!」
「ほう。これは確かに美味いな」
「うまっ。いくらでも食べれそう」
ジェフとダミアンも初めて食べるプリンを気に入ったようだ。
クリフォード元首は半分程食べた後「成る程」と呟いた。
「確かにこれは万人受けするだろうな」
「はい。シンプルですが優しい味がして美味しいでしょう? きっと首都でも人気が出ると思います」
ミホの言葉にいち早くエミリーが反応した。
「これ、ドルチェで販売するんですか?」
「ああ。各エリアにプリン専門店を作る予定だ」
シヴァの言葉にジェフが驚く。
「各エリアに? それだけの人を雇ったり、店を構える資金が準備出来るのか?」
「プリン専門店は戦争遺族に仕事を斡旋する為だから、準備資金は国が援助してくれる事になっている。勿論、彼女達の給料は売上げから出す事になるから、赤字にしないようにしなければならないが」
クリフォード元首が頷いた。
「戦争遺族には国から給付金を出すが、それだけでは暮らしは成り立たぬ。彼女達が自立する為にも雇用先が必要だ。シヴァ殿達は率先して協力してくれているのだ」
「そういえば終戦条件に戦争遺族の事が書かれてたって…」
エミリーがそう言うと、ミホが頷いた。
「私も夫に先立たれたから、彼女達の気持ちがわかるのよ。今は悲しみに暮れているでしょう。でも仕事をしている間は気も紛れるし、同じ境遇の人達ばかりなら、悩みや淋しさを分かち合えると思うの」
ミホの言葉にエミリーは感動で胸が一杯になった。
戦争で散っていった兵士の残された家族を、敵であったはずの彼等が真剣に考えてくれている。
「我々にも何か協力する事はあるだろうか?」
ジェフの言葉にエミリーも頷いた。
「勿論あるとも。プリンの主な材料はミルクと卵だ。コックス農場にはこれまで以上に、新鮮なミルクと卵を提供してもらいたい」
「そうか。なら一日の必要量を教えてくれ。それによって家畜の調整をせねばならん」「もし人手が必要なら、戦争遺族を何人か受け入れてくれると助かる」
2人の会話にクリフォード元首が加わる。
「しかし農場の仕事は、首都暮らしの女性には向かんだろう」
「洗濯や食事の準備とか、従業員の身の回りの世話をやってもらえばいいじゃない。それにミルクの需要が増えるなら、乳搾りの人手も増やさなきゃ。私が一から教えるわ」
「エミリー、そう簡単な話じゃない。5〜6人位なら受け入れられるが、首都からの通いじゃ仕事にならん。農場の一角に住み込んでもらうのが一番だが、従業員用の集合住宅を新たに造る余裕は無いぞ」
「プリン専門店が開店すれば、すぐに元が取れると思うがな」
「10人以上の雇用ならば、国から補助金がでます。申請書をお渡ししますので、ぜひご検討を」
いつの間にやらショーンが側に来て、色々と面白い提案をしてくれた。エミリーがその提案について色々質問していると、慎重だったジェフもだんだんと乗り気になり、シヴァやクリフォード元首を交えて話し合いを始めたので、エミリーは耳を傾けながら、さりげなく2個目のプリンに手を伸ばした。
国の中枢にいる大人達の話は興味深く、とても勉強になる。
(私もいつかお父さんのように、領地を守っていかなきゃ)
食後に出されたフレーバーティーを飲み終わる頃には、コックス農場で新たに10人を雇用する事が決定し、求人に記載する条件まで話が及んだ。
「それじゃあ、そろそろ御暇しよう。シヴァ、充実した話が出来て良かった。これからも宜しく頼む」
「ああ、こちらこそ、君達とまた仕事ができて嬉しいよ」
ジェフとシヴァが握手を交わすのを、クリフォード元首が満足そうに見守る。
「ミホさん、今日はごちそうさまでした。どれも本当に美味しかったです」
「そんなに喜んでもらえたら、作った甲斐があったわ」
「色々なお話を聞けて良かった。すっごく驚いたけど、ミホさん達の事、もっと好きになりました。これからもよろしくお願いします」
「…ありがとう。大好きよ、エミリー」
ミホは嬉しそうに笑って涙ぐみながら、エミリーを抱きしめてくれた。
体調が悪くてしばらく執筆を休んでいました。
久しぶりにログインしたら、なろうの仕様が変わっていて、下書き保存から投稿まで、どうやればいいのかわからず、途方に暮れました。




