交差する運命4
(リアム殿の治癒魔法は傷を癒すだけでなく、体力回復も同時進行できる代物のはずなのに…)
この世で唯一女神様の書を読める程、信仰心の厚いリアム神官の治癒魔法は、四肢の欠損も再生できるし瀕死の者も蘇生する事が出来る。流石にそこまでの重症患者は滅多に運び込まれないので実績は10にも満たないが、奇跡の力として定評があった。
ミホの受けた傷は決して浅くはないが、その奇跡の力を持ってしても治せない程とは思えない。
(もしかして、リアム殿を無意識に拒否してるのか?…あり得る。この人ならあり得る。正気を保ったまま召喚された程の精神力の持ち主だし…)
短い付き合いだが、ミホが型破りな人間だと理解するには十分だった。
本人は『幹部と言っても魔法も使えない普通の人間です』なんて言っているが、まず普通の人なら森に捨てられた時点で終わりだ。運良くガロンのような友好的な魔物と巡り会い生き延びる事が出来たとしても、魔王軍幹部になんてならない。
ショーンはミホの傍らに膝をつき、手をかざして回復魔法の呪文を唱えた。しかしリアムが言うように弾かれてしまう。
「ミホさん、このままじゃ失血死してしまいます。どうか回復魔法を受け入れて下さい」
そう願いながら回復魔法をかけると、一旦体内に入る気配はするのだ。しかしすぐに指で押したパンがゆっくりと元に戻るように、やんわりと魔力が跳ね返される。まるで『お気持ちだけで十分です』とでもいうように。
(なんだこれは? こんな反応は初めてだ。原因は何だ?)
ショーンは別の方法を探すべく、物凄い勢いであれこれ考えた。
(彼女が異世界人だから? いや、レンには効果があった。なら2人の違いは何だ? 年齢や性別が関係するとは思えない。だとすれば環境か。これまで魔物と共に過ごしてきた間に、何かしら体内に闇の属性が入り込んで光属性の魔法に反発しているのかも。だったら効果は劣るが水属性の魔法に切り替えて…)
そこまで考えたショーンは、ハッとして顔を上げた。
「そうだ、泉の水!」
昨日ミホが泉の水を飲んで体力を回復し、水筒に水を汲んでいた事を思い出したショーンは、急いで馬車の中に置いてあるミホの荷物を漁った。
「あった! ガロン君、ミホさんをこちらに」
ショーンはミホを左腕に抱えるようにして座り、顔を上に向かせた。
「ミホさん、失礼します」
そう言うや否や、右手に持った水筒を逆さにして中の水をバシャッとミホの顔にぶちまけた。
「ええっ? 飲ませるんじゃないの?」
「その方が即効性はありますが、意識を失ってる状態では却って危険です!」
残念ながらミホが意識を取り戻す事はなかったが、青白くなっていた頬にほんの少しだけ生気が戻った。
「よかった。泉の水は効くみたいだ…」
しかし水筒だけでは圧倒的に量が足りない。幸い泉は近くにあるが、今の状態のミホを運ぶのは躊躇われた。
どうしたものかと思い倦ねてるショーンの耳に、こちらに近づいてくる複数の馬の蹄の音が聞こえた。
「ガロン! ミホ!」
「じいちゃん!」
近づいてきたのはシヴァとダンだった。
「嘘だろ…こんなの…あんまりじゃねぇか」
上半身を血まみれにして意識を失っているミホ。すぐ近くに転がっている血濡れの槍。その側で涙を流しながら茫然自失状態のレン。
恐らく状況を一目見て把握したのだろうダンは、馬上から憐憫の眼差しをレンに向けた。
端正な顔をしかめながら馬から無言で降りたシヴァは元の姿に戻ってガロンの横に立ち、ショーンとミホを見下ろした。
「…ショーン、状況を手短に教えてくれ」
「ミホさんはガロン君を庇って槍で刺されました。リアム神官の治癒魔法で傷は塞がりましたが、光属性の回復魔法が効かず、癒し効果のある泉の水をかけたところです」
「光属性が効かない…以前、私がかけた回復魔法の影響かもしれない。私がやってみよう」
「お願いします」
ショーンはミホをシヴァに渡すと、空になった水筒をダンに差し出した。
「ダンさん、これに泉の水を汲んできて下さい!」
「わかった。ミホ! 待ってろよ! 絶対にくたばるんじゃねぇぞ!」
ダンが勢いよく馬を走らせたのを見送った後、ショーンはシヴァに頭を下げた。
「…ミホさんをお守りできず、すみません」
「君のせいじゃないから気にするな。それより、あの子についてやってくれ」
気遣うようなシヴァの視線の先に、レンがいた。
「はい。ミホさんをお願いします」
ショーンは立ち上がり、レンのそばに行って視線を合わせるように屈んだ。
「レン…」
「…先生…本当に、本物?」
「ああ。女神様に誓って本物だ。触ってみるか?」
そう言うと、レンは恐る恐る手を伸ばしてショーンの頬に触れた。
「本当だ。生きてる…よかった。…それじゃあ…お母さんも?」
「ああ、彼女も生きてたんだ」
「どうしよう…俺…お母さんを…」
「大丈夫。きっと彼等が助けてくれる」
それを聞いたレンは、バッと手を離した。
「何で…? あいつらお母さんの何なんだよ? 魔物は人間の敵だろ? お母さんは魔物に襲われて死んだって…あれは全部…嘘だったの? じゃあ俺は一体何の為に…」
レンが混乱するのも無理はない。ショーンはギュッと愛弟子を抱きしめた。
「ごめん。ごめんな。お前は全然悪くない。心配するな。ミホさんはきっと助かる」
「うっ、ううっ…」
不安で仕方がないのだろう。レンはショーンにしがみついて泣き出した。
「レン…本当にすまない。全ては私の責任だ。気がすむまで殴ってくれて構わない」
リアムが両膝をついて謝罪したので、レンは驚いて目を白黒させた。
「神官様? 一体どういうことですか?」
これから打ち明けられる真実は、レンにとって受け入れ難いものだろう。
ショーンはレンのやり場のない怒りと悲しみを受け止めるべく、抱きしめる手に力を込めた。




