夏の香り
いよいよエールの仕込みが始まり、ラーソンを手伝うべく5人のドワーフがドルチェにやってきた。
さすがにドワーフが五人も増えたらごまかしきれない。そこで彼らは魔法で平均的な成人男性の身長になった。ラーソンの従兄弟だという彼らはとても気さくで、特に怪しまれる事もなくダンともすぐに打ち解けた。ラーソンだけは仲間から見下ろされる事に不服そうではあったけれども。
賑やかになったのはいいけれど、一気に五人も食い扶持が増えたので、私はいつもの倍の量の食事の支度をしなければならず、毎日時間に追われた。
自分の仕事があるので、彼らを手伝う事は出来なかったけれど、時々垣間見る彼らの仕事はとても大変且つ楽しそうだった。
エールの原料となるホップの収穫の時は、思わず菓子を作る手を止めて見学したほどだ。
畑の半分程の面積に等間隔に植えられたホップの支柱は5メートル程の高さがあり、収穫前には巨大な緑の壁のようになっていた。松ぼっくりのような形の鞠花を収穫するのに、ラーソン達はそれぞれ自作の乗り物を用意して競い合った。
伸縮する竹馬のような器具を足に付ける者、二足歩行の足だけのロボットのような乗り物を操る者、金属製の翼をつけて飛ぶ者、ゴーレムを召喚して収穫させる者、と様々だった。
ドワーフ達はお互いの道具を自慢し合い、時には交換して失敗したりと大騒ぎしながら収穫を楽しんでいた。そうして摘み取られたホップは鮮やかな黄緑色をしており、爽やかな良い匂いがした。
「あれからもう、一年経ったのね・・・」
可愛らしいホップを一つ手に取り、私は小さく呟いた。
キャンプの帰り道に異世界に無理矢理召喚され、蓮を奪われた。
その後ガロンに拾われ、何度か死にそうになりながらも何とか生き延びて来れた。
今では友人も増え、仕事も持ち、シヴァという伴侶も得た。
思い返しても奇跡のような一年だ。
けれども、蓮を取り返すという一番の目的が果たせていない。ダンが語って聞かせる街の話の中に、勇者は一向に現れない。
それは蓮が魔王討伐に出ていないという事なので、まだ危険な目に陥っていないと喜ぶべきだろう。でも、どんな暮らしぶりをしているのか、少しでもいいから知りたかった。
しかし、ダンに直接勇者の情報を聞く事は出来なかった。なぜなら今までの話から察するに、一般の人達には魔王様の復活が知らされていないようだったからだ。
(どうして秘密にしているのかしら?)
あの神官が情報操作をしているのは間違いない。いたずらに民に不安を与えない為の配慮かもしれないけれど、果たしてそれだけだろうか?
私なりに神官の立場になって考えてみる。
水晶?の反応で、蓮が女神様に選ばれた勇者だということは証明された。
しかしあの時点で蓮は何の力もないただの子供だ。あくまで勇者の素質があるというだけ。何より、通常であれば女神様によって導かれるはずの勇者を、召喚士を使って無理矢理呼び寄せたのだ。
その結果、私という招かれざるおまけがついてきて、二名の召喚士が命を落とした。何もかも、前例がない。成功する保証もない。
(公にするには見極める必要があるってことか・・・)
おそらく蓮は剣術や魔術など、戦う為の訓練をしているのだろう。
一年という期間は、見極めるには確かに早すぎるかもしれない。
(だけど、もし蓮が勇者として使い物にならなかったら?)
自分の思うような結果が出なかったら、あの神官はどういう行動に出るだろう?
私の存在が自分たちの計画の妨げになるからと、いとも簡単に切り捨てた男だ。
蓮が勇者として覚醒しなかったら、すぐに代わりの勇者を捜すだろう。そうなると蓮の存在は邪魔になる。
最悪のシナリオを想像して、私はぞっとした。
私の想像通りなら、蓮は安全とは言えない。薄氷の上を歩いているようなものだ。そしてその事に本人は気付いていない。
生き残る為にも、勇者としての覚醒は絶対だ。
しかしそうなると、魔王討伐という大義名分の下、戦場へと赴く事になるのだ。
どちらにしても、蓮の命は危険に曝されている。
どうして、あの子がこんな運命を背負わなきゃいけないんだろう?
(必ず助けるから。だから私が迎えに行くまで、どうか無事でいて)
ぎゅっと握りしめた手から、夏の匂いがした。




