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テースームイ

 

「お帰り、どうだった?」


 ベッドの上で横になっていたリーが起き上がった。気だるげに起き上ったリーの顔色が悪い。


「うん、どこにいても泣き声は変わらずってところかな。ジークのお説教が始まりそうだったから、先に帰って来ちゃった。それよりもリー、すごく具合が悪そうだけど大丈夫?精霊って調子が悪くなったりするの?」


 なにしろ私にとって精霊は未知のものだ。どういう状況になったら具合が悪くなるのも、その場合の治療の方法も分からない。


「あぁ、うん。なんだか体が重たく感じるんだよね。なんだろう?そのうち良くなると思うけど…………」


 髪の毛をかき上げながら、ため息をつくリーの動作が緩慢だ。


「でも、香蓮が帰ってきたら少し楽になったよ。やっぱり香蓮は特別だね。あれ?香蓮どうしたの?」


 まともにリーを直視できなくなって、思わずリーに背を向けてにやけそうになる口元と手のひらで覆って隠す。

 しまった、ドストライク来ちゃった! 儚げな金髪美少年来た!

 悶えたいほどに、ドストライク!


 具合が悪いって言ってるのに、ガッツポーズとりたくなる自分どうよ?

 ダメでしょ、ダメだよね?!


 自問自答をしながら、気を抜くとさらに緩みそうになる口元を引き締めようとするけれど、中々難しい。


 大きなため息の音の後に、少し呆れたようにリーが笑った。


「香蓮?」


 なんだか、色々ばれている気がするけれど、なんとか表情を引き締めると何事もなかったように装って振り返る。


「ん、なんでもない。だるいだけ?痛いとか、苦しいとかない?」


「大丈夫だよ。香蓮が帰ってきたからね。ねぇ、香蓮いつまで立ってるの?こっちに座りなよ」


 ポンポンと自分の背のほうのベッドを叩く。

 私が腰かけると、寄りかかって来た。


「なに甘えてるのよ」


「んー、いいじゃない。香蓮とくっついてると楽になるんだよ」


 だるそうにそう言われると、冷たく出来ないじゃないか。


「仕方ないなぁ。ジークとファーランが帰って来るまで、もう少し横になってたら?」


「ん―、このままがいいや」


 そう言って、黙りこんでしまう。少しでも楽になればいいと、頭をそっと撫でる。

 さっきはちょっと喜んじゃったけど、リーが辛い思いをしているのは悲しい。

 実際は、健康で元気な事が一番いいのだから。


 あぁ、でも、人の温もりはなんだか癒される。


 しばらくすると、瞼が重くなってきた。ちょっと眠いかも。寝ちゃおうかなと、そのまま眠気に身をゆだねようとしたところで、大きく部屋のドアが開け放たれた。


「レーンっ!!お前っ!ふざけるなよっ!!」


 あぁ、寝かせてはもらえなかったか。ジーク、帰ってくるの早いなぁ。


「なにまったりしてるんだよ。お前、いい身分じゃないか」

「おかえり、早かったね。走ったにしては息切れしてないけど」


「当たり前だ、このぐらいで息切れなんてしていたら、魔王城に辿り着くことすら出来ないだろう。ほらっ、土産だ」


 ジークが放り投げて、弧を描きつつ私の手にすっぽり収まったのは、ヨーヨーのような感触の丸い物体だった。色は薄い緑色で、ゴムのように弾力がある。なんだろうコレ?


「セシルリールにもあるぞ」


「あぁ、ありがとう。ジークは?なにか分かった?こっちはさっぱりだよ。いまだ、精霊の影も形も見いだせない」


 もともと寝てはいなかったのか、片手をさっと出してキャッチすると、起き上がる。ぬくもりが離れて、すぅと体温が冷える。それを少しだけ寂しく思うのはなぜだろうか。


「そーれーはー、恋っ!間違いありませんっ!」


「ふぉっ!!煌主っ!どっから現れた!!」


 私の耳元で、小さくなった煌主がキラキラを光をまき散らしながら、踊っている。


「恋ですぅぅぅ」


 くるりくるりと、踊りながら、グルグルと私の周りに円を書いている。


「いや、人聞きの悪いこと言わないでくれる」


「いいじゃない?夫婦は仲が良くて当たり前なんだし。そうか、とうとう香蓮が恋ね。僕に恋ね。うん、今夜は愛をさらに深めようね?」


 すぐにリーが、嬉しそうに続ける。


「馬鹿じゃないのっ!!そんなわけないでしょうがっ!」


「ムキになる所がもう、認めたも同然ですぅぅぅ。セシルリール様、良かったですねぇぇ!」


「香蓮は照れ屋だからね、もうちょっと素直になれるまで、待ってあげないとね」


「リーっ!違いますっ!」


 盛り上がり始めたリーと煌主は、キラキラとやけに眩しい光の粒を辺りに一面に振りまきながら、話に花を咲かせ始めてしまった。光の精霊、恐るべし。そこだけ、異様に輝いて見えるんだから。


「おい」


 声をかけられて、ジークを見れば、植物の茎のような物を差し出された。


「なにこれ?」


「グリートモウに刺して飲むんだよ。レーンが好きだったから買ってきたんだ」


 グリートモウとは、私の手の中にある球体の事だろう。そうか、蓮が好きなんだ。破裂しないかと思って、おそるおそる刺してみる。思ったよりも抵抗もなく、スッと差し込まれていく。一口飲むと、馴染みのある、弾けるような感覚が口に広がる。同時に、ミントのような爽やかな清涼感のある香りとまろやかなほんのりとした甘みを感じた。


 炭酸ジュースだわ、コレ。


「これは、熱帯地方に生息する植物なんだ。レーンに言わせるとサボテン?でいいのか?」


「うんうん、サボテンはある。そっか、体に貯める水分がジュースになってるのか」


 これは美味しい。まさかこの世界で炭酸ジュースが飲めるとは思っていなかったから、嬉しい。


「飲み終わったら干しておくといい。乾くとスポンジ状になって、体を洗うのに丁度いいんだ。肌がツルツルになるとレーンが愛用していた」


「へぇぇぇ、捨てる所がないなんて、エコでいいね。飲み終わったら干しておくよ」


 肌がツルツルになって喜ぶとか、相変わらずだったんだな蓮の奴。


「で、だ。セシルリール、テースームイの御伽話を知っているか?」


 リーを見れば、いつの間にかちゃっかりグリートモウを飲んでいた。しばらく宙をにらんで考えた後に首を振る。


「知らないな」


「テースームイは精霊王を怒らせ、その後魔に堕とさせてしまった国と言われている。ただ、本当にあったことなのか、それとも作り話なのかは知らない。その国には精霊を従わせる魔導士が国を治めていて、精霊を鎖に繋いで酷使していたんだ。精霊王に捕まえた精霊達の気配を辿らせない為の結界のような物を持っていて、豊かな実りを確保していた。ただ、それに気づいた精霊王に滅ぼされてしまったんだ。精霊を鎖でつなぐことは、その精霊の自由を奪うこと、それは…………」


「あってはならないことだ」


 ジークが言葉をつづける前に、吐き捨てるような強い口調でリーが言った。


「精霊の力、精霊の恵みは、精霊の物だ。決して人間にいいように使われるためのものではないし、奉仕するような力でもない。自由を奪うこと、それは、宣戦布告ほかならない。加護はいらない、精霊を力で支配するからってことだものね」


 まるで陽炎をみているように空気が歪み、リーを取り囲む。私は恐怖で息を飲んだ。瞳の色が次々に変わってゆく、ソコに、『人』を思わせるものは何もなかった。人の皮をかぶった何か危険なものだ。じわりじわりと何かに押されるような、息苦しさを感じた。


「何によって、生き、生かされているのか理解できないなど、愚かだな」


 ファーランに向かって怒っていた時は、全く様子が違う。なんだか、リーがどこかへ私を置いて行ってしまうような気がした。恐怖で硬直した手を無理矢理動かして、そっとリーの服の端をそっと掴んだ。


 自分とは違う生き物なのだと、思う。


 怖いけれど、離れたいとは何故か思わなかった。


 ふっと緊張感が途切れ、服を掴んだ私の手に、リーの手が重なる。冷たくなった指先が少し温められた。


「あれ?また怖がらせてしまった?ごめんね。後でお詫びにこのグリートモウを沢山プレゼントするよ。香蓮は気にいったみたいだものね?」


 普段の様子に戻ったリーは小首を傾げて、悪戯っぽい光を目に浮かべて笑う。表情が戻った事を確認できて、やっと私の体の力が抜けた。


「とにかく、そのテースームイに、この国の状況がそっくりだと思わないか?」


 ジークが何事もなかったように続け、リーが頷いた時、バーンと大きな音と共にファーランとロッキードさんがドアを開けて入ってくる。


「お祭りよ――――――――!!」


 ファーランの明るい叫びがその場の雰囲気をぶち壊す。


 ありがとう!ファーラン!!


 まだ、元の調子に戻れない私は心の中で感謝したのだった。


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