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いるはずの精霊

 

 調べると言うのは簡単だけれども、一体どこから何に手をつけていいのかがさっぱりだ。

 リーが言うには、精霊の加護があることは確実なのだという。

 この砂漠のど真ん中で、豊富な水と食料があるということは、精霊の力なしではありえない現象だから。この寒暖差が激しい地域で穀物がまともに育っていることには私も驚いたけれど、精霊王のリーに聞こえない泣き声が精霊じゃないかというのは疑問だ。

 リーにとって精霊達こそが、守る対象で、彼等のために存在するのが精霊王なのだから、リーに聞こえないのならば、それは精霊ではないと思う。


 私は今、とりあえず街の中を歩いている。街を囲む壁にそって歩きながら、泣き声が大きくなったり小さくなったりしないか調べることになったからだ。

 背の高い壁を右手にゆっくりと歩いていく。

 日が高くなってきていて、踏みしめる砂が熱い。滲む汗を拭いながら耳をすますけれど、泣き声は一定の大きさで聞こえ続けている。ただ、意識をこらすと「助けて」と途切れとぎれに言っていることが分かった。


「ねぇ、本当にジークには泣き声が聞こえない?」


 隣を歩くジークを見上げると、ジークが難しい顔をして街並みを見ていた。


「あぁ、聞こえない」


 短く言いきる。視線は街並みを見ているままだ。その様子に違和感を覚えて、首を傾げた。


「どうしたの?なにか見つけたの?」


「いや、なんだか聞き覚えがある気がするんだ」


「聞き覚えって?なんの?」


「セシルシールの話だとここは精霊を必要としない豊かな国ということだろう?俺はもともと精霊を見る事はできないから、話に聞いただけだと記憶しているが、そんな国があるという話がどこで聞いてどんな内容だったか…………。ここまで出かかっているのだが思い出せない」


 眉間にしわを寄せて首の前で、手のひらをひらひらさせる。


「精霊を必要としない国か…………。私のいた所はそれが当たり前だったからなぁ。もし、精霊がいたりしたら、大変だよ」


「大変?なにが?」


「環境破壊が進んでいるもの。私が住んでいる所なんか、比率的に土のほうが少ないの。みんなコンクリートやアスファルトで覆われているから。精霊の長が見たら泣くか、怒るかどちらかじゃないかな。空気も水もこんなに澄んでないしね」


「こんくりいと?あすふぁると?」


「あぁ、ここにはないものね」


 丁度いいから休憩しようと、ジークを日陰にさそって座る。持ち歩いている携帯用の想像したものを写すことのできる水晶玉を取り出した。ちなみにこれ、パースティという名前がついている。いろんな意味で便利だからとリーがくれたんだよね。

 ジークと一緒に覗き込みながら、住んでいる街をイメージしてみる。最初はぼやけていたけれど、どんどん形をはっきり映し出しはじめ、部屋のベランダから見えていた景色を再現してくれる。

 懐かしいその景色に、なんとも言えない郷愁のようなものが胸に押し寄せ、胸がつまった。


 そういえば、こういう使い方をいままで思いつかなかったな。

 イメージが映し出せるならば、覚えているものなら見られるのか。


「…………箱が。なんだ?この大きな箱は。たくさんあるな」


「箱?あぁ、ビルの事かな。ここで言うとお城かな。箱じゃなくて建物だよ。ほら、これが道。アスファルトで覆われているでしょ?走っているのが乗り物で車だよ」


 パースティに映し出される物を大きくしたり、小さくしたりしながらジークに見せていく。関心したり、驚いたりしながらパースティの中を指さしていたジークは次第に厳めしい顔つきになっていって、声も低くなっていった。その様子に気づいて、どうしのだろうとジークを見つめると、大きなため息をついて、首を振った。


「信じられない。土や木がこんなに少ない生活なんて」


「ここは、どこまでも広がっているものね。一応、あるのよ?都会には少ないっていうだけだから。だけど、日本は人口が多いからドンドン建物が増えているかな。昔このあたりに自然がおおかった頃に、精霊がいたとしたら、怒っていたかもね。自然を破壊するなんてって」


「空が澄んでいない」


 ぽつりとこぼれた言葉に、何故か胸が痛くなる。この世界の空はとても澄んでいる。きっと空気がきれいだからだ。星も、月も、存在するすべてが美しく見える。濃い色、淡い色、自然の濃淡もとても綺麗だ。

 例え、精霊王が魔王に堕ちるのだとしても、この世界の人は精霊の大切さを知っている。

 便利だからと、土をアスファルトで固めてしまうことはしないだろう。

 土の精霊を閉じ込めてしまうということと一緒なのだから。


 そう、ジークに言うと、ハッと顔を上げた。


「それだ!!思い出したぞ。そうだ、昔の御伽話に出てきた街にそっくりなんだ。よし、後でセシルリールに聞いてみよう」


 立ち上がると砂を払って、私に手を伸ばす。私が立ち上がりやすいように手を貸してくれたのだ。

 どうやら、騎士の誓いをしてくれた辺りから、ジークの女嫌いがなりを潜めているんだよね。前は触っただけで鳥肌が立って、軽くとはいえ殴られることもあったのに。


 この頃は、こうやって自分から手を差し出してくれるようになっている。すごい進歩だ。


さっさと街の周りをぐるりと一周して、最初の目的を果たしてから宿に帰ることになった。


 早足で歩きながら、泣き声の大きさが変わらない事を確認する。

 

 そして、ジークにリーが言うように、この世界では精霊の力がなければ豊かな水も、実りもあり得ないことだと聞かされる。

 魔王がこの世界に現れると、魔王のお城を中心にゆっくりと「死の大地」と呼ばれるものが広がっていくのだという。

 本当にゆっくりだから、もし、全世界が飲み込まれると仮定すれば、何千年もかかるだろうと教えてくれる。その「死の大地」というのが、精霊の存在しない場所なのだそうだ。

 なにも存在できない、乾いた土地がひろがるだけの場所になるという。

 だから、ここに水があり緑があり、風が吹いている。それだけで、この国に精霊がいる証明になっているのだ。逆に、だからリーに精霊が認識できないことが異常と言いきれる。


「勇者がどうやって認められるか、知っているか?」


「勝手に呼び出すんじゃないの?」


蓮の足元に、光で描かれた魔方陣が浮かび上がるのをこの目で見た。

吸い込まれるように、蓮が消えたのも。


「実の所、絶対にはずせない条件がある。精霊を信じていない魔法が使える人間だ」


「蓮は魔法なんか使えないはずだけど?」


「イヤ、『精霊魔法ではない魔法を扱える』……………………そうだな、正確には『精霊魔法ではない魔法を扱えるはずの人間』になるな」


 それにしても、精霊を信じていない人間なんてこの世界にいるのだろうか。なににつけても精霊王様と崇め奉る姿しか思い浮かばないんだけど。

 そこで何かが頭を掠めていく。

 アレ?なにか違和感が……………………。


 違和感が何かを探ろうとジークを見上げる。

 今、なにかが引っかかった。


「なんだよ?早く宿に帰ってセシルリールに確認しよう。セシルリールならば、昔の伝承についてもすぐに情報を集められるだろ?」


 立ち止まってしまった私を促すように、背中に手を添える。そこで、違和感の正体に気づいた。


「そういえば、ジークは長達には敬語なのに、リーには敬語を使わないよね?」


 リーの言っている事を聞いているし、立場的には下のような態度を取っているようにも見えるけれど、敬っているようには見えない。


「それは今更だからだろ。セシルリールにも今まで通りでと言われている。人間の王族の前では、お前やセシルリールをたてないと俺の身が危ないから、敬語を使わざるを得ないけれどな。そもそも精霊王を敬うのは機嫌を損ねたくないという思惑と強者にへりくだる人間の勝手な都合なんだよ。セシルリール自身は別に他種族の人間が敬おうと、普通に接しようと気にもかけないはずだよ」


「じゃぁ、なんで長には敬語?」


「馬鹿だろお前、年上に敬意を示すのは当たり前だろうが。長達はこの世界が始まって以来ずっと生きている、言ってみればこの世界の生き字引だぞ?」


 ジークに目を剥いて驚かれたけれど、ジークってなんかちょっとずれている気がするのは気のせいだろうか。そういえば、キリュームの街でも異様にお年寄りと子供に優しかったかも。

 それにしたって、私の中の王様や偉い人に対する常識と、ここの世界の人の常識は違うのかも知れない。王様って聞くと何がなんでも偉い人って気がするけれど、精霊王はまた違うのかも知れない。


「だいたい、お前はお年寄りに対する敬意が足りない。いいか…………」


 まずい、いきなりお説教が始まった。くどくどと始まるお説教に、思わず顔が引きつる。

 お年寄りに敬意を示すのも、敬うのも自分なりにやっているつもりだけど、ジークは行き過ぎているような気がする。


 ジークが熱くなり始めたので、そっと周囲をうかがい、周りに誰もいない事を確認する。

 そっとトッキーを呼んで、リーのいる場所に時空間を繋げてもらった。

 空中に現れた亀裂の向こうに、笑顔のリーが見える。


「ジーク、分かったから私先に帰ってるね。気を付け帰ってきなよ?」


「は?お前なに言って……………………」


 亀裂に足を入れる私に気づいたジークは、ポカンと口を開けると、慌てて近寄ってくる。


「馬鹿っお前っ!なんの為の護衛だと…………。こらっ!!俺も連れて行けって!」


 護衛がいなくてもいいじゃないか、リーが側にいるんだし。

 そう思い、亀裂をさっと閉じる。


「まだ、街を一周してないだろうがっ――――!」


 うん、でも、きっと、もう確認する必要もないと思うよ。何故なら、泣き声は亀裂のこっちもそっちも大きさが変わらないのだから。




前回投稿より、かなり間があいてしまいました。遅くなってしまい大変申し訳ありません。

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