食堂にて
食堂に顔を出すと、半分ほどの席がうまっていて、とても賑わっていた。冒険者が多いのか旅支度を整えた人が多い。次のクエストの相談をしているのか、何人かで頭を突き合わせながらお酒を手にしている人が大半だった。
まだ夜にはちょっと早い時間なんだけど。
食堂の隅の四人用のテーブルに腰を落ち着けると、おかみさんが声をかけてくれる。
「なにか飲むかい?」
言葉と共に置かれたのは、数種類の木の実が盛り付けられた小鉢だった。
「長旅ご苦労様。これは滋養に効果のある実だよ。これは店の奢りだけど、飲み物は頼んでちょうだいな」
人好きのする笑顔を浮かべて、そう言う。
「ん~そうねぇ、ここ、バニードある?」
「もちろんさ。自家製のバニードはうちの自慢の一つさ」
「それ、二つ頂戴な」
「あいよ」
バニードは、この世界で好まれている飲み物の一つだ。どこに行ってもあるらしいのだけど、どうも正体が分からない。ジークに知らぬが花だと言い含められている。味が美味しければいいじゃないかと。ものすごく引っかかりを覚えるのも確かだ。
バターのような濃厚な味と、ほんのりとした苦みがよくマッチしている飲み物で、キリュームの街でもよく飲んだ。水を飲み水にするよりも手軽に水分摂取ができるから、水のように飲まれている。
もちろん私は水が飲みたい。当たり前だけど、水のように飲むにはバターのような濃厚さがきついんだよね。
おかみさんがバニードを運んでくるまでに、私は風の精霊の長である白虎に頼んで、周囲に私達の会話を聞き取れないようにしてもらった。ただでさえ、ファーラン一人で注目を集めているのに、会話の内容がこの世界の事じゃないとなるといらない注目を集めそうだったからさ。名前を呼ぶだけで現れる精霊は本当に便利だと思う。
音は空気の振動で伝わっているから、風の流れを少し気をつけてもらうだけでいいんだ。
「あぁ、そうよねぇ。こっちは科学的な進み具合がまだまだだから、あんまり精霊をそういう使い方しないのよね。レーンとアタシの常識と精霊組み合わせたら結構スゴイ魔法使えるんじゃない?」
「そうか、ファーランは翡翠の血縁だから精霊が普通に見えるのか」
普通は見えないらしい白虎をちゃんと見ている事に気づいて、聞くとそうそうと頷く。しかい、スゴイ魔法ねぇ。今度一緒にどんな事が出来るか考えてみるのもいいかもしれない。
「それよりも、ファーラン。なんでロッキードさんがファーラン達の部屋にいたの?さっき宿の前で別れたのに」
「あぁ、あの人の家が近いらしいのよ。だからほら、さっさと荷物おいて、速攻で戻ってきちゃったみたいなのよね。アタシをずっと見ていたいって気持ちは分かるけど、実行されるなんてびっくりよ。それで、ジークと同じ部屋だって騒ぎ始めちゃってさ、美しいって罪よねぇ~」
それ、そのままジークの前で言ったら殴られると思う。
表情から私が考えた事を察したのか、ファーランは器から木の実をつまんで、口に入れるとふふっと笑う。そうして悪戯が成功した子供のように瞳をきらめかせた。
「そうそう、それでレーンがいた日本は西暦何年だったの?」
「西暦で言うと二千十三年だよ。ファーランは?」
「アタシが死んだ年が二千十二年だったわね。二十四歳だったのよ?まさかお客さんに刺されるとは思わなかったわ」
なんでもない事のように、さらっとファーランが言う。私はなんと言っていいか分からずに、言葉に詰まった。ファーランは、殺されたんだ。そしてその記憶を持っている。興味本位で聞いていい事ではないと思うし、同情するのもおかしい。
困ってしまって無言になってしまうと、またファーランにクスリと笑われた。
「レーンはいい子ね。色々と考えてくれている事が分かるわ。気にしなくていいわよ。アタシにとっては百年以上も前の事だから。こんなに綺麗に生まれ変わったしね」
それでも、それでも二十四歳の若さで亡くなったのならば、思い残す事が沢山あったはずだ。
家族や、友人や、恋人だっていたかもしれない。
「日本で間違いないのよね?レーンが住んでいるところはどの辺りなの?」
「今は東京だよ。もとは神奈川出身だけど」
「じゃぁ、同じ都民ね。アタシも東京だったから。昼間は普通の会社員だったのよ。どこかですれ違ったりしていたかもよ」
どこか懐かしそうにファーランは目を細めて、運ばれてきたバニードを飲む。
「不思議だね。同じ時代の人間なのに、ここでは百年の差があるんだもん」
「そうね。アタシもレーンは百年後の日本から来たのだと思ってたわ。でもほら、朝にアンパンだけでいい~とか叫んでたから、あら?と思ってさ。そもそもランドマークタワーだって百年後にあるかどうか謎だったんだけど」
あぁいうビルって何年ぐらい耐久性があるのかしらねぇと呟くとファーランは目を閉じて、ホゥとため息をついた。私もバニードを口に含む。バターの香りが鼻を掠めた。キリュームの街で飲んでいたものよりもさらにバターの香りが強くて、ほんのりと甘みがある。これがバターとは違うものだっていうから驚きだよ。
「これ、美味しい」
「うん、美味しいわね……………………。ごめん、ちょっと…………」
涙声になったファーランが、ズズッとファーランが鼻をすする。
「ん?なにか思い出させちゃった?」
うっ、美人の涙って綺麗に見える。涙が一筋、ファーランの頬を伝っていく。ランドマークタワーが百年持つかどうかって泣く事じゃないよね?と馬鹿な事を思いながら、きっとなにかファーランにしか分からないものがあったのだろうと、ファーランの隣に移動して、そっと手を握る。
泣き笑いの顔になると、ファーランが私の頭に自分の頭をくっつける。
「レーンには災難だったと思うけれど、アタシはレーンに会えて良かった。アタシもう人間じゃないじゃない?それに、ここは日本ではファンタジーにくくられちゃう世界だし。卵の中でさえ、自分の異質さが怖かったのよ。本能の部分で自分が竜だっていうのは分かっているんだけど、人間である記憶があって、その記憶の中じゃ竜や精霊なんて存在しないわけよ。誰も日本も地球も知らないし、じゃぁ、アタシの記憶って何?と思うわけ。ひょっとしたら、卵の中で暇すぎて妄想と現実の区別がつかなくなっているのかとも思ったわ。正直、半分気が狂っているのかと、自分を疑ってたの」
ゆっくりと噛みしめるように言って、人さ指で自分の目元をぬぐう。
「人型になれる頃には、人間としての尊厳がボロボロになってたわね。竜って動物だもの。ただ、大きくなるにつれて竜であることが当たり前になれたし、人を乗せて飛ぶ面白さも分かってきたから、この際この世界を満喫してやろうって思ってるんだけど……………………」
しばらく無言の後にファーランは、きっと割り切れていない部分がまだあったのねと私を抱きしめた。それは、なにかに縋るような、それでいて私を守るような不思議な抱きしめ方だった。
「レーンに会えて良かった。ありがとう。朝はアタシが泣かしたけれど、今は泣かされちゃったわね」
「じゃぁ、おあいこだね。でも、私こそファーランが一緒にいてくれると心強いもの。本当にありがとう」
共有できる日本の記憶は、思ったよりも私の心を軽くしてくれている。右も左も分からない外国で、同じ日本人にあうとなぜか安心するっていうのと同じだと思う。
しかも、ここは常識も考え方も、世界すら違うところだから、自分の考え方を分かってくれる人がいるだけで、心の安定が格段に違う。
それから、リーとジークが下りてくるまで、日本の事、どうやってここに来たのか、そしてこの世界の不便な事なんかを、沢山話した。涙が落ち着いてからのファーランは、元のテンションに戻って、よく笑って楽しそうにしていたし、私も楽しかった。
その後、外に放り出されたロッキードさんも加わり、夕食の席はとても楽しかった。久しぶりにお酒も沢山飲んだしね。いつの間にか、沢山の人が集まり、冒険者も近所のおじちゃんも一緒になっての酒盛りになっていた。
ファーランお薦めのリッキーエイルという蒸留酒は、果物の爽やかなそれでいて控えめの甘みと、香りが特徴で、いくらでも飲めそうだと思うくらいに飲みやすくて美味しかった。
ただし、アルコール度数がウォッカ並にある事は誰も教えてくれなかった。
私が酔いつぶれたのはファーランのせいに違いない。




