愛は盲目というけれど
隣の部屋の扉を開けた途端に、大きな声が聞こえてきた。
なにこれ、防音の魔法でもかかってるのかな?廊下は静かだったのに。魔法って使える人が少ないって言ってなかったっけ?
「てめぇ!ファーランと同室ってぇのは、どういうことだっ!」
さっさっと中へ入って、扉を閉める。部屋の中では、怒りにまかせてジークの胸倉をつかんでいるロッキードさん。むっつりと口をへの字に曲げているジーク。
瞳をきらきらさせて、ものすっごく嬉しそうなファーラン。もう、今にも踊り出しそうな雰囲気なのはなぜだ。
「いいかぁ、ファーランはなぁ、これから俺と愛を育む予定なんだよ。てめぇの入る隙など一ミリもねぇんだ。あぁ?!嫁入り前の女が男と同室でいいわきゃねぇだろ」
「いい加減にしろ。お前が勝手にこいつに熱をあげるのはかまわないが、俺を巻き込むのはやめろ。迷惑だ」
あれ?でもジークって女嫌いのゲイだよね?あながち、ロッキードさんの心配は間違いじゃない?
「ダメよ。わたしの為に争わないで!!」
芝居がかったファーランが、泣きそうな顔でロッキードさんの背中に縋りつく。なにその小芝居。
ジークが心底嫌そうな顔をして、ロッキードさんの手を振り払った。そして、ファーランを睨みつける。
「おい、この馬鹿の誤解をさっさっと解け。俺を巻き込むな。てめぇの遊びに付き合っていられるほど暇じゃねぇんだよ。レーン、てめぇもそんなトコで爆笑してるんじゃねぇ」
それでもファーランを男だとロッキードさんに言わないのは、ジークの優しさなのかもしれない。変な小芝居に巻き込まれてるのに。
いやぁ、もうそろそろお腹がよじれてネジキレそうな勢いなんですけどね。
ロッキードさんには申し訳ないけど、ファーランが嬉しそうなのを見ると、つい笑いが。
ロッキードさん、本気で怒ってるから、あまり刺激をしちゃいけないと思ってなるべく声をださないように笑ってたのに。
「誤解もなにも…………。っこんっのっ!! 」
ロッキードさんは、真面目に取り合わないジークが気に入らないのか、それとも私の笑いが癇に障ったのか、ジークの胸倉をつかみながら、反対の腕を大きく振りかぶった。
気が短い、短いよロッキードさん。手をあげたらマズい。冗談じゃなくなってしまうから、攻撃の了承をしてしまったのと一緒だ。
ロッキードさんはこの街で十三年も冒険者で生きてきているだけあって、見るかに強そうだ。
逆に、ジークは一見強そうに見えない。鍛えた筋肉が外から分かりにくいってのもあるけど、痩せているからだ。どんなに弱そうに見えても、傭兵であり、魔王討伐メンバーだったジークが弱いわけがないのだけど。
案の定、宙に浮いたのはロッキードさんだった。
アレ? 浮いた?
「お?ん?なんじゃこりゃ――――――――」
自分の状態を確認したロッキードさんが叫んだ。私も見ているものがあんまりにあんまりなので、叫びたい。
視覚からくる衝撃は言葉では言い表せない。
華奢なファーランの肩に、大柄のロッキードさんが腰かけている。
どう見てもバランスが悪い。ファーランの細い体でロッキードさんの全体重を支え切れるように見えない。すぐにでもグラッと揺れてロッキードさんが落とされそうだ。実際は安定しているけれど。さすがに竜は力持ちだ。
「もうそろそろ、レーンに怒られそうだから、ごめんなさいねぇ。貴方、殺されたくなかったらこの人に手をださないほうがいいわよ?それから、気持ちはとっても嬉しいのだけれど、アタシ貴方と恋人にはなれないわよ?種族が違うもの」
え?ソコ?イヤ、種族よりももっと大きな問題がないか?
「なにを言う!俺は強い、こんな若造に負ける訳がないだろう。ファーランが倒せといってくれるなら、全力でこいつを排除しようじゃないかっ!そして、ファーラン、貴女が貴女であれば種族の違いなどなんら問題ではないのだ。そんな些細な事を気にするなんて、あぁ、貴女はなんて可愛らしい人なんだ」
ファーランの肩の上で、ロッキードさんは気炎を上げた。ロッキードさんの中で、大男でその上鎧を着た自分がファーランに片手で支えられているというところも、きっと些細な問題なんだろう。
それに、ジークを倒すって魔物じゃあるまいし。すっかり敵認定されてしまって可哀想だ。
「まぁ! なんて頼もしいのかしら。でも、貴方もきっと私の本当の姿を見たら、同じ事は言えないわ」
だーかーらーっ!!ソコじゃないでしょうが。
小芝居は続く。どこまでも果てしなく続いたら困るから、ファーランに担がれたままのロッキードさんを見上げた。嬉しそうなトコが、またイラッとするんだけど。
「ロッキードさん。ジークとファーランはそういう関係じゃないので、安心してお帰り下さい。誓って男女の関係にはならないから」
うん、男女の関係にはなにがあってもなれないから、嘘じゃない。
まだ、ファーランとは今朝あったばかりで、ファーランが何故女装しているのかとか、女になりたいのか、それとも女装が好きなだけなのか、細かい事は分からない。だから、ロッキードさんに男だと告げてよいのかどうかも分からないんだよね。ここは、さっさとロッキードさんに退出してもらわなければならない。
「馬鹿なっ!そんな与太話を信じられるわけがないだろう。こんなに魅力的なファーランと同じ部屋で手を出さないわけがない。俺は確実に出すっ!」
言いきっちゃったね。しつこいなぁもう、一目惚れでどんだけ盲目になれるんだよ、この人。
「君がファーランと同じ部屋で問題は解決だろう」
「私は別にそれでもいいけれど……………………」
むしろ都合がいいかもしれない。だけど、リーがなぁ。ダメだって言うことは想像できる。香蓮って名前を呼ぶ事を禁止したくらいだし。私は香蓮って呼んで欲しいのに。
「ダメだ」
すぐさまジークから、却下が出る。
「レーン、恐ろしいことを言わないでちょうだい。アタシ、まだ自分の命を捨てる気はないわ」
「ファーランと話したい事沢山あるんだけどね」
今朝の事を思うと、そんなおおげさなとは言えない。精霊王は別に清廉潔白でなくともいいみたいだから。魔王に堕ちるってきいた時に、じゃぁ、精霊王は聖人みたいなものなのかと思ったけれど、どうやら違う。元々精霊王は人間にあまり興味がないのだと思う。そして、精霊以外の命はそれほど重要視するものではないのだ。じゃぁ、魔王に堕ちるってなに?ってなるんだけど。
「そうだよ、私、ファーランとお茶しようと思って来たんだけど。立て込んでいるみたいだから、ジークと散歩にでも行こうかな」
「なんですって? ロッキード、貴方受け身は取れる?冒険者を始めて十三年って言ったわよね?」
「勿論だとも。俺の冒険者歴を覚えていてくれるなんてっ!嬉しいよハニー!」
ハニー?いつのまに!なんだかロッキードさんの脳内で色々起こってそうで怖い。
そう思った拍子に、ファーランが窓代りの板を押し上げて、止める間もなく、そのままロッキードさんを放り投げた。
「まったねぇ~」
「ファーラン!! ここ二階っ!!」
「あ~ら、大丈夫よぅ。十三年も冒険者やってるんですもの。下は砂だし、いけるいける。殺しても死なないタイプよ、彼」
思いきりがいいというか、なんというか。
「ファーラーン!そんな貴方も素敵だ――――――――」
外から聞こえてくるロッキードさんの叫びに、無事だったかと胸をなで下ろすと我慢できないとばかりにジークが口を開いた。
「さっさと男だと納得させて来い。それともなにか?男だと言いたくないのか?俺を巻き込むのはやめてくれ。俺は男に興味はない」
「え?ジークって、ゲイじゃないの?」
「え?貴方ゲイなの?やだ、アタシも男に興味ないわよ」
数瞬の沈黙ののち、何故か私とファーランは怒り狂ったジークに部屋を追い出されたのだった。
どうやらジークは女嫌いであっても、ゲイではないらしい。
仕方がないので、宿の食堂に行って話をする事にしたのだった。
階段を下りている最中に、子供の泣き声がした。この街は子供が多いのか、あちらこちらで子供の泣き声が聞こえてくる。やっぱり栄えると子供も増えるのか。子供が少ないと言われるこの世界で、砂漠の真ん中で栄える国。飢えたような人も見かけなかった。キリュームの街とはなにもかもが違う。
皆がこの街のように、豊かな暮らしができればいいのに。
リーの加護が広がるように、そっと心の中で祈る。
その時、少し泣き声が大きくなった気がした。




