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ムーリスの街

 ムーリスの街は、活気に溢れていた。エーダー・フェールの王都よりも勿論キリュームよりもだ。

 ここも魔物対策で、高くて白い塗り壁に囲まれている。不思議なことに砂漠の真ん中にあるはずのこの町は、水が溢れていた。

 街の中心に湖があり、そこから四方八方に水路が張り巡され、沢山の船が行き来している。船の上で商売をしているのか、色とりどりの布を山のようにせた船もあれば、果物が入った樽をいくつも乗せた船も見える。皆の表情が明るく、売り子の声が、あちこちに飛び交う様子は、この街が栄えている証拠だとおもう。

 それに、水路の脇には白い壁に青を基調としたタイルで複雑な模様を描いた家が連なる。手の込んだ壁面は、高い技術が惜しげもなく使われていることが容易に想像できた。

 この街の住人は裕福な家が多いのだろう。

 精霊王の加護がないのに、それを全く感じさせない街だ。本来なら、オアシスの水が枯れても仕方ない状態のはずなのに。

 残念なことに、人々が着ているのはアラブ風の民族衣装ではなかった。

 ファーランがすごく目立っている。元々人外の美貌を装備しているのも手伝って、街の人達が夢を見ているかのように、うっとりとファーランを見つめていた。確かに、顔を半分隠すベールをつけているから更に謎めいた美しさが加わっていると思う。頭から金や銀の糸で細やかに刺繍をほどこされた黒色の布をかぶり、顔の下半分は薄絹で覆っている。お腹がばっちり見える胸下までの短い黒い上着に透けそうな布地のハーレムパンツ。ジャラジャラと音が鳴るほどアクササリーが縫い付けられた布を腰回りに巻いている。そして胸元にも、腕にも額にも、これでもかというほどアクセサリーをつけているのだ。

 どこかのお姫様みたいだと思ってしまう。男だけど、男に見えない。

 待て、私女子力で負けてる……………………なんて気のせい。うん、気のせいだってば。

 反対に、この街の人は、男の人も女の人も皆なるべく肌の露出をしないようにしている。色とりどりの無地で飾り気のないワンピースのようなものを着ているのだ。長袖だし、ワンピースの下にはズボンも履いている。頭には帽子をかぶり、帽子の大きなつばの周りに布を垂らして日を遮っていた。

 日光を避けているのだろうけれど、とても暑そうだ。

 帽子をかぶっていないってだけでも、私達のような街の外から来た人間は、すごく目立つ。中でも例え男であっても、美女に見えるファーランが注目を集める事は自然な事のはずだ。

 プライドなんて、ごみ箱に捨ててやる。どーせファーランのほうが美人だもんねっと。

 心の中で女としての自信を無くして、グチグチしている内に方針が決まったらしい。入り口近くの船着場から、船に乗りギルドへと連れて行ってもらう事になった。

 船の船頭は二人で、前と後ろに一人ずつ、オールではなく長い棒を持って立っている。

 船は縦に細長く、大人二人が並んで座れるぐらいの幅だ。座席は三つ。最大六人を乗せられるようになっている。子供姿に戻ったリーと並んで座るとゆらりと船が揺れる。不安定な揺れに、先ほどの空の旅を思い出してしまい自然と顔が強張った。

 ジークとファーランも私達と向かいあうように座ると、スゥッと静かに船が滑り出すように動き出した。

 ジークとファーランが並んで座ると、まるで絵画から抜け出てきたかのように見えた。

 これで、ファーランが本当に女だったら、こんなにジークが穏やかな顔をしていないだろうけどね。

 内心で笑っていると、ジークが軽く私を睨む。きっと、ろくでもない事を考えていたのを敏感に感じとったに違いない。

 あんまり敏い男は嫌われるぞ、ジーク。少しぐらい鈍感なほうが、可愛げがあるってもんだ。

 しばらく水路を行けば、揺れにも慣れてきて、頬を掠める風が気持ちよくなってくる。そっと船から身を乗り出して水に手を浸してみた。予想に反して、冷たい。こんなに日差しが強いのに。首を傾げた私にリーもこてんと首を傾げる。


「ん、ここ水路自体が浅そうでしょ?なのに、山の湧き水みたいに冷たいの」


 私がそう言うと、三人共が興味を持ったように、それぞれ水に自分の手を浸した。


「確かに冷たい。水浴びしたら気持ちが良さそうだな」


 旅装束のジークは、暑いんだろうな。長袖と長ズボンの上にブーツを履いている。胸当てもつけているし、ちょっとこの気温を考えると気の毒になる。ジークが熱中症になる前にさっさとギルドへ行って、お城に帰ったほうがよさそうだ。また明日、この街から移動を始めればいいのだし。


「湧き水なんだろうけど、それにしてもこの暑さでこの冷たさって、どうしてなんだろう?」


 水に手を浸しながら、リーが何かを考えている。何かに気づいたように、顔を上げジークを見た。


「ジーク、今晩はこの街に泊まろう。後で宿を手配してよ」


「えぇー。私お城に帰りたいよ」


 翡翠が食事の支度をして待っててくれるし、なんていってもベットがフカフカだ。

 トッキーに頼めばすぐに帰れるし、ここにもすぐに来られるのだから、お金を払って泊まる必要なんてないじゃないか。

 それに、暑い。とにかく暑い。

 船に揺られているだけで、ジリジリと肌が焼けるような熱を感じる。クーラーのないこの世界の宿なんて、暑苦しくて眠れないんじゃないだろうか。

 私の非難の声に、リーは目を丸くして驚いた後に、ゆっくりと笑顔を顔に浮かべた。


「香蓮、あそこが自分の家だと思ってくれている訳だ。そうか、ちょっとは奥さんの自覚が出てきてるんだね」


 え?そんなつもりじゃと、否定する前にリーが続ける。


「安心して、宿は僕と同じ部屋だから。いつもみたいに一緒に寝ようね。だから寂しくなんかないよ」


 どうしてそうなった。それはもう、嬉しそうにしているところ悪いんだけれど。変だよリー。全く、全然、これっぽっちも意味が分からない。


「なんで私が寂しがって、お城に帰りたいってことになってるのよ。翡翠がお城で待っててくれてるじゃない。夕飯作ってくれるっていってたんだよ?」


「あぁ、翡翠は大丈夫。連絡いれればこっちに飛んでくるだろし。ちょっと気になることがあるから、ここに泊まろう?ね?」


 宥めるようなリーの言い方に、なんか私が我儘言っているみたいじゃないかと、面白くない気分になっている時に、船頭のオジサンが会話に加わった。


「この辺りに夜になるまでに、辿り着けるような街はないだろう?どこから来たんだね?」


 そうだった、この国は街と街の間が徒歩で十日かかる世界だった。

 この街に旅をして寄ったならば、この街に泊まって当然なのだ。

 船頭さんが帰ると言っている私に疑問を感じるのは自然な事だろう。

 そして今、街の中に宿が一つしかない、という街が大半の中、泊まらないとかえって目立つのだということに気づいた。

 私は毎日帰るつもりだったけれど、そういうわけにもいかないのかもしれない。


「キリュームですよ。彼女、竜持ちなんです」


「なんとっ!!!竜持ちですと?では、空からきなさったんで?」


 ジークの言葉に大げさにオジサンは驚く。まぁ、人を乗せる竜は珍しいと聞いている。竜騎士の竜だって、捕まえるにも、調教するにもとても大変なのだ。

 個人の竜持ちは、指で数えるほどしかいない。私の場合竜持ちとはちょっと違うけれど、人型になる竜と友達だってだけで。

 それが、この世界の人にとっては十分珍しい事だというのは分かっているんだけどね。

 人型になれる竜はあまり人と、交流したがらないからさ。


「そうなんです。初めて空を飛びましたが、中々快適でしたよ」


 快適なものかっ!という私の主張は、言っても無駄なので世間話はジークに任せる。

 船頭さんとジークが空の旅について大盛り上がりを見せるなか、ギルド専用船着場に到着した。

 お礼を言って、お金を受け取る船頭さんがファーランに笑いかけられて真っ赤になる。

 船を降りるとき、どこからか子供の泣き声が聞こえた気がして、周囲を見回したけれど、子供の姿は見当たらない。

 気のせいかと思い、ギルドへ入るリーとジークに続く事にした。いつまでも船頭さんに手を振るファーランの腕を引くと、名残惜しそうにファーランが呟いた。


「あぁ、あの逞しい腕。船頭さん、いいわぁ。食べちゃいたいかも」


 うっとりとしているファーランに、怖くて聞くことは出来なかった。それは、言葉通り食欲なのか、それとも、もう一つの意味なのかを。

 てか、オジサンも射程圏内なんですね、ファーラン。ストライクゾーンが広すぎです。


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