空の旅
高所恐怖症とは、字のごとく高い所が苦手な事を言う。
何度も言うけれど、私は高所恐怖症だ。小さな頃は平気だったけれど、思春期あたりに何がきっかけだったのかは、分からないけれど、高い所が嫌いになっていた。
どのくらい嫌いかというと、まず、スキー場のリフトに乗れない。安全な乗り物であるはずの、リニアモーターカーもダメだ。宙を浮いているって言うのは致命的なのだ。必然的にロープウェイだって乗れない。いいの、山になんか観光に行かないから。
東京タワーも、ランドマークタワーも展望台には行けない。行くと吐く。恐怖で気持ちが悪くなるんだよ。何年かに一回は、ひょっとしたら、高所恐怖症が治っているかもしれない、なんて訳のわからない自信がわいてきて、高い所に挑戦する。けれど克服できていたためしがない。
夜景を眺めながら、観覧車の一番上に来たらキス。
などという乙女イベントは、憧れたこともない。観覧車、私にとっては拷問でしかない。
よって、私は馬鹿でも天才でもない。
何故ならば馬鹿と天才は紙一重で、バカと天才と煙は高い所が好きだから。
さぁ、もう私がどのくらい高いところが嫌いかお分かりかと思う。そして、これから発する暴言をどうぞ広い心で許してほしい。
すべては、恐怖ゆえの。高い所が怖い一心での暴言だ。
「ばかじゃないの、ばかじゃないの。ばーかーじゃ、ないのっ!!!! ありえない。シートベルトないよ?揺れ揺れだよ?なんで?ねぇ。なんで?人は空を飛ぶ必要なんてないっ!飛ぶのはイカロスと鳥とアンパンだけでいいっ!! 落ちるっ!滑る! もう死んじゃう――――――――!愛も勇気も希望も今はいらないんだよぉぉぉぉ!」
私の周りはキラッキラッの渦が渦巻いている。感情が抑制できていないから当たり前だ。それでも、お手製のなんだかとっても心もとない、箱型ベンチはぐんぐん飛んでいく。今落ちたら死ぬ。そして眩暈がする。いつまで私の腹筋と手の力は持つのだろうか。
今の私はとてつもなく無様な格好だ。優雅にベンチに座るリーの脚にしがみつき、箱の底にペタリと座っている。体はこわばり、震えが止まらない。だって、このベンチ、シートベルトないのに、箱が傾く。いや、傾いたところで放り出されることはないんだろう。きっと、安全な乗り物で間違いない。
私には精霊の長がいる。私が危険な目にあう前に、長達がなんとかしてくれるはずだ。
それでも怖いものは怖い。
ファーランが、首からベルトを下げ、掴みやすいようい工夫された箱型ベンチの枠を持ち、空を飛んでいるのだ。見た目はきっと、鳥かごをベルトで首から釣って、なおかつ鳥かごの上部を脚で掴んで飛んでいるように見えるはず。
なぜ、密閉空間にしないんだ。
なんでベンチの枠に肩肘をつけて、景色が見れちゃうのよっ!
いや、密閉空間であったとしても、私がなんの恐怖感もなくこれに乗れるとは思わないけれど。
愛と勇気がお友達な鼻歌を響かせて、上機嫌で飛ぶファーランは後でお仕置きだ。てか、ファーランが卵になった百年近く前じゃないか。なんで知ってるその歌をっ。ランドマークタワーも知ってたし。時間軸歪んでるのかこの世界。
ファーランが旋回して、Gがかかる。斜めに傾く箱の中で必死にリーの足にしがみついた。
今だけは、大人バージョンのリーで良かった。五歳児の姿じゃしがみつけないからね。ジークにしがみついたら、鳥肌立てて怒って殴られそうだし。
この箱揺れすぎだよ。もう、嫌だ。本当に嫌だ。真面目に嫌だ。
私が考えた馬車で旅すればいいじゃないか。アレなら空飛ばないし、空飛ばないし、空飛ばないんだから。
長時間座っての移動はなかなか辛いから、馬車の中を時空間魔法で広くしてリビング仕様にしたのだ。揺れもないし、窓は外とダイレクトにつなげてあるから景色はのんびりゴロゴロとしながら楽しめるし、何よりスペースがあるから内職し放題のはずだった。折角、精霊から力を貸してもらえるのだから、何か造ってみたいじゃないか。
それが、ファーランのせいで、なぜこんな目に。
もう、どうせだったらあの馬車を抱えて飛んでもらったほうが、私の精神衛生上よかったのじゃないかと思う。窓を布で覆ってしまえば外が見えないもの。現実逃避出来るもの。
二十四歳にもなって、涙目で中身五歳児の足にしがみついているなんて情けないったら。
「やっぱり、空を行くと速いね。もうすぐエバージュ国のムールスに着くよ。歩いたら遠回りもしなきゃいけなかったから三週間はかかったはずだよ」
私の頭を適当に撫でながら、リーが笑う。面白がっている事が丸わかりのソレが非常に気分が悪い。
さっさとそのムールスとやらに行って、ギルドに顔を出してお城に帰りたい。今日の移動はもういいと思うの。というより、もうこれには乗らない。絶対に乗らない。リーに抱えられて強制的に乗せられたのは本当に不覚としかいいようがない。
「でもコレは、気分がいいね。そうだ、マーリンダイトに着くまでこれで移動しよう。うんそれがいい」
「良くない。もう絶対に乗るもんかっ」
「えぇー。これで移動すればマーリンダイトまでかなり早く着くよ?香蓮はそのほうがいいでしょ?僕もこれに乗っていれば香蓮から抱き付いてきてくれるから幸せいっぱいだし」
顔が一気に熱くなった。なにこれ、すっごく恥ずかしい。
なにさらっと、抱き付いてきてくれるとか言っちゃってんの。リーのくせに。
この現状が大人の女としてありえないって自覚があるからさらに恥ずかしい。
「お前、レーンに関しては何気に黒いよな。レーン泣いてるぞ」
「そう?奥さんに抱き付かれてこれぞ新婚夫婦ってヤツでしょ?」
「セシルリールの場合、その格好で子供姿を無かったことにしたほうが早いんじゃないのか?」
「それが出来れば苦労しないね。この前怖がらせちゃったから。全く生殺しもいいとこだよ、興味本位で子供姿なんかで過ごすんじゃなかったって後悔してるよ」
「精霊王様が情けないこと言ってんじゃねーよ」
聞こえないふりしたい。可愛いリーが……………………。
もう、分かってるけどね。ちゃんと男の人として見て、いろんな事を考えなくてはいけないって。
リーとジークが軽口を交わしている内に高度が下がり始めた。空にいた場合この着陸に向けてが怖い。さらに力を入れて抱き付こうとした所で、ひょいとリーに抱え上げられた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」
目の前に広がる一面の砂。
斜めに広がる空と砂の境界線と、まだまだ小さく見える街に悲鳴を上げて、リーの首にしがみついた。
この高い場所で、枠より上に顔出す意味が分からない。
人によって絶景というであろう、どこかのカレンダーになりそうなこの景色も、上から見てもなにも楽しくない。
「リーの馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁ!」
さらに渦巻き出した、精霊達の力をリーが押さえつけている事が分かる。
そんな芸当が出来るなら、さっさと教えろ馬鹿野郎。
けれど、そんな思いも言葉にならず、ぐんぐん近づく地面に私はただただ大声で悲鳴を上げるしかできなかった。落ちる、落ちて死ぬ。
結果、着陸したと同時に転がり出て、地面に吐きました。
差し出された水筒で口をゆすいで、顔を上げれば少し遠くに美しい青と白を基調とした幾何学模様の建物が連なっていた。同時に焼け付くような日差しに肌がじりじりと焼かれるような感覚が襲ってくる。
あの箱型ベンチの中は快適温度に保たれていたみたいだ。こういう気づかない所での、気遣いを精霊に感謝しなくていけないなと思う。
「この国はアラブの建物みたいねぇ。やっぱりあのアラブ風着物なのかしら?」
隣を見れば、人型に戻ったファーランがすでにアラブ風衣装を身にまとっている。胸ないくせに女物だ。似合っているからやめろとも言えない。
「ファーラン、前世間違いなくコスプレ大好きっ子だったでしょ?」
この間の軍服といい、今のこの格好といい、狙っているとしか思えない。後で絶対に吐かせてやる。
詳しい話をしたいのに、さっさと出発しちゃうからできていないのだ。
「んふ。分かる?これでも二丁目の花だったのよ」
流し目でウィンクのダブルコンボ。様になる美形っぷりが羨ましい。
ん?あれ?花?
コスプレイヤーとかホストとかそっちじゃなく?二丁目の花と言えば?ん?
「前世からオネェ?!」
それ、かなり切ないっ!!
どうせ生まれ変わるなら性別女でいいじゃんって奴だ!
さすが、ここの神様非道だわ。




