竜と人間と護衛
私が何かを言う間もなく、ゴゥンと大きな音と共に突風が吹き抜け、目の前にいたファーランが宙に放り出された。何が起こっているのか理解する間もなく、ファーランの呻き声が聞こえる。
「まっ……………………」
壁に叩きつけられたファーランは素早くおこしてなにかを言いかけたけれど、グッと喉が詰まるような音が聞こえ苦しそうに顔を歪め首に両手を持っていく。喉をかきむしるような仕草をするけれど喉にはなにも見えない。
まさか、と思いリーに顔を向けると楽しそうに笑っている。ゆっくりと腕を組んで、首を傾げた。
「あれぇ、なんだか耳がおかしくなったみたいだね。ほかの男から香蓮の真名が聞こえた気がするよ?」
ぞっと背筋に悪寒が走る。間違いなく見えない何かでファーランの首を絞めているのはリーだ。
「ちょっと、リー止めなさい。いくら竜でもファーランが死んじゃうよ」
「うん。いいんじゃない?」
なにも感情を浮かべない瞳が怖い。多分、リーにとってファーランの命は人間の命と同じでどうでもよいものなのだ。堕ちると魔王になる精霊の王様は、艶やかに嗤う。それは見るものを釘付けにし、目を逸らすことを許さない。
「よくないよ。リー、止めて」
リーが放つ威圧感に体が震えるけれど、なにかとんでもない勘違いをしているリーを止められるのは私しかいないと確信があった。ここで止めなければ、リーはファーランを殺してしまう。それはリーにとって虫けらを殺すのと同じことなのだ。リーの顔を見ながらそう思った。
一瞬で成人の姿になったリー。唇が弧を描き、妖しい色を纏わせて瞳を細める。ペロリと唇を舐める仕草がやけに婀娜っぽく見える。そうして気だるげに、髪をかき上げた。
「うん、死ねばいいよ」
そう呟くと同時に、ファーランが一層苦しそうに歯を食いしばり、両手に力がこもる。ちらりと様子をうかがえば、翡翠とジークはなにもせずに、青褪めた顔でリーを見ていた。
私は震える足に力をこめ、リーに手を伸ばす。怖くないと自分に言い聞かせてファーランを見つめるリーに近づき、一度大きく息を吸い込んで、お腹から声をだした。
「リー。止めて。先に話を聞いて」
「話?そんなものする必要はないよ。邪魔者は消してお終い」
ファーランの苦しそうな呻き声は続いている。切って捨てるようにいうリーに何をどういえば止めてくれるのか、見当もつかない。それでもファーランを殺させるわけにはいかない。私は真名という意味でファーランに名前を教えていないのだから。
「リー止めてってば!! 真名なんか教えてない!! とりあえずやめてっ!」
縋るように、リーの腕を掴んで、顔を覗き込んだ。先ほどからちらりともリーは私を見ない。そこに拒絶を感じ胸が痛む。必至で腕に縋りつきながら、次に言うべき言葉を考える。
ふと、リーの瞳に光が戻り、キョトンと無邪気とさえ呼べる表情で私を見下ろす。
「真名を教えていない? 香蓮はこの竜を好きになった訳じゃないの? ならなんでこの竜は香蓮の名を口に出来るのさ?」
そんなことは私が知りたい。ファーランに対する攻撃も止めてくれたのか、盛大にファーランが咳き込んでいる。竜だから、首を絞められたくらいで死んでしまうのかは謎ではあるけれど、とりあえず助かったようで良かった。リーの雰囲気が柔らかくなって、いつものリーに戻っている。そう思った途端に足の力が抜けてその場に座りこみそうになった。さっと腕を伸ばしてリーが抱えてくれる。
「おっと、香蓮どうしたのさ?」
おっとじゃねぇ。と内心で突っ込みつつも、大きく深呼吸して震える体を落ち着かせようとする。怖かったんだよ。リーから放たれていたものは、一体なんだったのかソコにリーがいるってだけで怖かった。肝が冷えるってこういう事をいうんだろうか。まだ、落ち着かずに乱れてしまった息を整える私の腰を引き寄せて、リーが密着してくる。最近こういうの減ったと思ってたのに。
「香蓮、ひょっとして怖かった?ごめんね。怖がらせるようなことして」
うん、きっと謝るところはソコじゃない。そうは思ったけれど、ふるふると首を振るって大丈夫だとアピールしておく。本当にファーランが殺されなくて良かった。そうだ、ファーラン。
ファーランは咳がおさまったのか、ふらりと立ち上がり、そのまま片膝をついて礼の形をとる。
「初めましてセシルリール様。大変失礼を致しました。そのお心を乱すようなような発言をしたこと心より謝罪申し上げます。私、緑竜 第一王子 ファーラン・ティアード・リュージュと申します。日本人として生きていた記憶を持っております」
さらっと言ってのけたファーランは、頭を下げたままだ。日本人として生きていたって、前世の記憶があるってヤツでしょうか。よくあるヤツですよねっ!!転生とか、小説で読んだことあるある。目の前でそんな事言われるとは思ってなかったけど。
「ファーラン、日本人なの?えっ?どこ産まれ?!」
おもわず身を乗り出して聞くと、リーが腰にあてた腕に力を入れてしまい、ファーランに近寄れない。
離してくれと、リーを見ると、興味深そうにファーランを見ている。そうして、何かを考える素振りを見せた。
「なんで真名を口にできるわけ?それが先だよ」
「前世が日本人だったからだと思います。この世界の枠組みに入らない部分があるのかと。日本人としてはごくありふれた名前ですし」
「ふぅん。なんだか納得はいかない部分があるけれど、仕方ない。許そう。香蓮がお前をかばったんだ。香蓮に感謝してよく仕えるといいよ。緑竜というならば盾ぐらいにはなるだろう?ただし、香蓮と呼ぶのは禁止だ」
鷹揚に頷いて見せて、リーは翡翠へと視線を向ける。厳しい目で翡翠を見ながら、ため息をついた。
「そういうわけだから、コレは香蓮に貰うよ。真名を口に出来るのは気に食わないけれど、竜と人間、二人の護衛がいれば、まぁ香蓮が怪我をすることもないだろう」
「かしこまりました。リュージュ家には伝えておきます。寛大なお心に感謝いたします」
綺麗に一礼すると、翡翠は私を見て柔らかく笑ってくれる。今は顔色も元に戻り、先ほどの動揺など微塵も感じさせていない。
「レーン様ありがとうございました。不肖の孫ですが、レーン様が救ってくださった命で贖わせますので、どうかよろしくお願い致します」
「おおげさだよ。でも、ファーラン、リーに仕える為に来たのでしょう?いいの?私の護衛って言われちゃってるけど?」
「あら、セシルリール様の大事な方をお守り出来るなんて、素晴らしいことじゃぁなぁい」
「ファーランっ!! きちんとご挨拶なさい!」
「翡翠、いいってば。普通に話してもらわなきゃ私が困るのよ」
まだ、何かを言いたげな翡翠を黙らせてから、リーから離れるとファーランの手を両手で包み込むように握った。よかった、本当に良かった。
「ありがとう。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ。レーン様」
ファーランに名前を呼んで貰えないのは残念だけれども、日本を知る人が傍にいてくれるのは嬉しい。前世なんて本当にファンタジーだとは思うけれど、今のこの状況のほうがよっぽどファンタジーなんだから気にした所で始まらない。私は、早速ファーランに詳しい事を聞き出そうとしたけれど、リーに止められお預けをくらってしまった。
「香蓮、それで君はいつまで、その格好でいるつもりだい?」
そうだった、起きてそのままこちらに来てしまった私はまだ、寝間着を着ていた。
って言っても、白のゆったりワンピースだから目くじら立てるほどのものでもないけどさ。
実際、ジークなんて全く気にしてもいないし。
なんて考えていたら、リーに睨まれた。折角、機嫌をなおしてくれたのだから、ここでまた怒らすわけにはいかない。さっさと着替えてこようと、私は東屋から自分の部屋へと向かうことにしたのだった。




