ファーランと翡翠
朝食を食べ終わった頃には、ファーランがぐったりとしておとなしくなっていた。あまりにも静かで、力なく項垂れているので心配になり、近寄ろうとすると翡翠に腕を掴まれた。
「危ないですから近づいてはいけません」
「危ないって、大丈夫だよ」
「いいえ、病気が移ります」
真面目な顔して言うことじゃないよ、ソレ。よし、翡翠も怒らせてはいけないと肝に命じておこう。
そんな決心していると、小さな声でファーランが「ひどい」と呟いた。どうやら、無事なようで一安心だ。
「ほら、いつまでもこのままにしておく訳にもいかないでしょ。これを解いてあげて、話を聞こうよ。なにか用事があってここに来たのでしょう?」
あの竜騎士がどうなったかも、気になるところだしね。私が暴走した後、竜騎士の事を誰も教えてくれなかった。今まで、他の竜騎士がキリュームにやってこなかった事から、お城に私の事が報告されていないのだろうと予想はついていたけれど、じゃぁ、竜騎士はどうしのかという疑問はずっとあった。
けれど、最初に聞いたときに曖昧にぼやかされた為に、なんとなくもう一度確認する事が躊躇われたのだ。
「かしこまりました。ですが私とジークのそばを離れてはいけませんよ。アレはちょっと危険ですからね。躾が全くなっていないのです」
嫌そうに眉を寄せると、こめかみを揉む動作をしながらそう言うと、ジークが私の横に立つのを待って、翡翠はファーランの拘束を解いた。
思ったよいも元気なのか、ぐったりとしていたはずのファーランは、しっかりと立ち、見た事のない動作で優雅にお辞儀をした。お辞儀をしたまま動かない。しばらく待ってみたけれど、顔を上げないし、何も言わないので戸惑う。困ってジークを見ると、許可をとささやかれた。
許可って?とは思ったけれど、とりあえず顔を上げて下さいと言ってみる。
そうすると、ファーランは顔を上げ、しっかりと私を見据えた。
「お初にお目にかかります。 緑竜 第一王子 ファーラン・ティアード・リュージュと申します。セシルリール様にお仕えする為に馳せ参じました」
別人にしか見えない。さっき翡翠に飛びつこうとしていたことなんてまるでなかったような振る舞いに、唖然としてなにも言えなくなってしまった。
テンションが高過ぎてついていけなかったのに、きちんと話すファーランは間違いなく王子様に見える。さっきのオネェ言葉は一体なんだったんだよと、思い片頬がひきつる。
「そうでしたか。私はレーンです。セシルリールはまだ休んでおりますので、もう少しお待ちいただけますか?」
部屋のほうを見てもリーが起き出してくる気配はまだない。今日から、マーリンダイトに向けて歩くって約束をしているけれど、リーも疲れているのかもしれない。この騒ぎで起きてこないなんて、ある意味凄い。疲れているのならば、寝かせてあげたほうがいいだろうと、お城の庭にある東屋に移動することにした。
ここのお城は、壁が少ない。廊下というより渡り廊下と呼んだほうがしっくりくる屋根付きの通路を翡翠の案内で歩く。といっても、床は白と青のモザイクタイルで見事な細工の模様が描かれているし、柱にも彫刻が施されている。渡り廊下なんて言ったら怒られるかもしれない。
しばらく歩いて、東屋までいく。この東屋は、ゆったりとしたソファが設置されている。まずは私が腰を下ろしてジークにも座ってもらう。それから、ファーランに席をすすめ翡翠にお茶を頼む。そこで、ファーランが立ちあがった。
「翡翠様にお茶を入れてもらうなど!! 私が淹れます」
それこそ、王子にお茶を入れてもらったらダメでしょう。ここは私が淹れるべきだったのかも。いつもしてもらってしまっていたから疑問にも思わなかったけれど、精霊の長だもんね。使っちゃダメだったか。
改めて、翡翠が長だった事を思い出してふと、竜の王子と翡翠ならば、翡翠のほうが立場が上なのかと疑問に思う。中々この世界の上下関係に馴染めずにいる私には難しい。王様とか貴族とか日本にはいなかったし、会社の上司と同じにはできない。なにしろ、この世界では、私が二番目に偉いと言われている。それらしい振る舞いをしなさいと指導されたことはないんだけどね。
私自身が、望んでいないってのもあるからだろうとは思う。
ジークだってお茶も食事も翡翠任せだし。敬語は使ってるみたいだけど、だからと言ってへりくだっているようには見えない。
「ファーラン、レーン様にお茶を淹れるのは、私の務めです。後から来たお前にその役目を譲るとでも? 冗談は先ほどの態度だけで十分です。おとなしく座っていなさい」
普段の翡翠からは考えられないような冷たい声でそう言うと、ファーランは口を結び、座りなおした。目をこすってみても、さっきのオネェは見当たらない。翡翠は素早くお茶を淹れに行ってしまう。
「あの、先ほどのは?」
恐るおそる聞くと、ファーランは苦笑いをうかべ、少し頭を下げる。
「失礼いたしました。翡翠様があまりに可愛らしいお姿になっておられたので、理性が飛びました。お見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした」
確かにメイド服を着ている翡翠は可愛い。うん、仕方ないということにしておこう。
「理性が飛んじゃったんですね。あの翡翠、とっても可愛いと私も思います。私、一応妃ということになっていますけれど、あまり実感がないんです。普通に話していただけると助かります」
「よろしいのですか?」
「えぇ、勿論」
「あら、まぁ、レーン様って話が分かるのねぇ。あたし、男言葉を使うのって苦手なのよねぇ」
ファーランがホッとしたように笑って、ちょっと気が抜けたのか、ソファの背もたれに寄りかかる。
やっぱりオネェ言葉が素だったか。
「そうだ、あの竜騎士は無事にお城に帰ったの?」
私も普段の言葉遣いに戻して尋ねると、ファーランの目つきが鋭くなる。
「あぁ、アレは、捨ててきたわ。セシルリール様が人間の王に居場所を知られたくないって言ってたから、ドゥールーミク山脈の一番高い山の頂上に捨ててきたの。生きて山を下りられれば恩の字じゃないかしら。いくら貴族だからって、あんな小さな子を切るなんて、騎士の風上にも置けないもの。お仕置きよ!」
捨ててきたって。
まぁ、リーが助けてくれなかったら、ミューミューちゃんは死んでしまっていた。竜騎士ならば体力もあるだろうから、山に置き去りにされたとしても自力でなんとか出来るはず。
「それじゃぁ、しばらくは王様に報告はいかないのね。それはそれで良かった」
「俺はお尋ね者だしな」
ため息をつきながらジークが言った所で、翡翠がお盆を持って帰ってきた。
「レーン様、お待たせしました。ファーランがなにか粗相をしませんでしたか?」
絶対零度の笑顔で翡翠が微笑む。
「あの、翡翠?なんかファーランに対して冷たくない?」
「そうですか?そうかもしれませんね。コレが長の流れを汲むものだと思うとつい」
流れを汲むもの?意味が分からず首を傾げると、ファーランが眉を下げた。
「翡翠様酷いですよ。実の孫に向かってコレはないでしょう?しかも百年ぶりの再会ですよ?」
「百年経っても、成長のみられない孫など、孫と認めません。なんですか、その言葉遣いは」
え?翡翠っていくつなのさ!!
精霊に年齢は無意味なものなのかもしれないけれど、それでも驚きで私は馬鹿みたいに、翡翠とファーランを見比べてしまった。
うん、似てないよっ!!




