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ファーラン登場

 外がなんだか騒がしい。うっすらと目を開けるとカーテンの隙間から翡翠達がなにら騒いでいる声が聞こえた。

 何事かとのっそりと起き上って、厚手のカーテンから顔を出してみる。このお城にいる限り、安全は保証されているから危機感はない。ちらりと後ろを振り返ればリーはまだ寝ていた。

 うん、危険性なし。

 そのまま、目をこすりながら声のするほうへと歩いていくと、聞きなれない声が混じっている。ん?知らない人がいるのか?と思った時には遅かった。


「いやーん、やっぱりかぁわぁいいぃー」


 やけに野太い声が聞こえたと思ったとたん、翡翠の悲鳴が重なった。

 続いてボフッという音と、悲鳴に反応してかジークの走る足音が続く。

 

「きゃぁーん。憧れの触手攻め! 来たわ来たわ来たわぁーん。す・て・き」


 朝から強烈な視覚と聴覚の誤差に唖然と見ることしか出来なかった。走り寄ってきたジークがそっと私を背後に隠す。


 目の前には、麗しい見目の方が、翡翠を守ろうと発生した植物の蔦や蔓に拘束されている。煌めく緑色の髪はラメが入っているように、ありえないキラキラを放ち、何故か皮膚もキラキラしている。くねくねと嬉しそうに身体をくねらせている姿は、異様だ。

 パーツすべてが完璧じゃないのかというくらいには、整った容貌をしている…………はずだ。まるで一昔前の少女漫画に出てくるんじゃね?と思いたくなるような。いや、ハッキリ言おう。思わず例の歌劇団を思い出してしまった。睫毛ビシバシ、体中からキラキラオーラを出しているその姿は、ステージ上で男装して踊る彼女達の姿を思い出せる。軍服のようなものに身を包んでいるのも一因かもしれない。バスチーユで決戦なんですよね、分かります。

 いや、いくらなんでもコレと歌劇団の女優さんを一緒にしてはいけない。女優さんに失礼だ。ごめんなさい謝ります。ただ、それぐらいキラキラしていて、彫りが深い顔立ちをしているって事なんです。

 で、ですね。どう見ても植物に吊るされて、拘束されて、うねうねうねってる蔓に恍惚としているこの方は女性に見えるのですが、声が低い。いくらなんでもこんなに低い声のお嬢様はいないと思う。

 だから、誤差ね。

 視覚は、美女が囚われている、何とも美味…………いや、どこのA…………いや、うんそんな感じ。

 聴覚は、オネェが野太い声で叫んでるだけ。この声だけなら間違いなく回れ右して逃げるね私。

 あ、誤解はしないでね。オネェに偏見はないよ。ただ、触手攻めとか言って喜んでる性癖の方はちょっと、ね。


「あん。もっとぉぉぉぉ」


 さらに興奮なさったのか、ちょっとイケない方向にイってしまわれている。くねくねするの止めましょうかと提案したい。でも声をかけるのも躊躇われる。

 何度もいうけれど、どれだけ視覚と聴覚の暴力で気力がゴリゴリ削られたとしても、この人は危険人物ではない。ある意味とっても危険だとは思うけれど、リーがこの城に入れた時点で命のって意味で危険ではない。性癖やら、なんやんらは個人の趣味だからなにも危険はないのだ。ないはず…………だ。

 とりあえず、顔色を失くして青を通り越して白になってしまった翡翠のそばに行く。もちろんジークを盾にして。


「翡翠、翡翠、大丈夫?」


 そっと肩に手を置けば、ビクンと揺れた後に、無理矢理と分かるほどの笑顔を浮かべる。無理してるよ。心配かけないようにしている事が手にとるように分かる。健気な翡翠の作り笑顔に、胸が痛む。やっぱり、あんな変態ちっくな叫び声と共に抱き付かれた怖いよね。


 「大丈夫ですよぅ。ちょーっとびっくりしただけですぅ」


 「まぁ!その舌ったらずなトコもかわいいわぁ。家に連れて帰り…………あぁん!締め付けも素敵!!」


 ブルリと震えた翡翠が、一瞬で男の子の姿なる。私が最初にイメージした長袍チャンパオを着て、長かった髪は短髪に、低かった背は私よりも頭一個半ほど高くなっていた。

 おぉ、男の子バージョンに早変わりだよ。最近リーのおかげでこのくらいの事には驚かなくなってきたなぁ。


「申し訳ありません。少々身の危険を感じまして、アレが消えるまでこちらの姿でお願いします」


 ちょっと突っ込みたいのは、言葉遣いかな。別に舌ったらずな喋り方を強要した覚えはないんだけど、男の姿だと普通に話しているって事は、私の好みがメイド姿の舌ったらずだと思われているのでしょうか。

 間違ってない。間違ってないけど、なんで私のそーゆー人には言いづらい好みが筒抜けなのかが問題だ。


「あぁ!! アタシのメイドちゃんがぁぁぁ!!」


 と叫んだ後に「あら、男の子の姿も捨てがたいかもぉ。くふふふ」と呟いているのは聞こえないという事にしておく。翡翠の顔に怯えが走った事も見なかったよ。精霊の長を怯えさせるこの人はある意味凄い。そして、このキラキラしい人はどなたなんでしょうか。


「翡翠様の知り合いか?」


 ジークが私の中から自分の剣をスラリと引き出す。シュルシュルと剣が取り出される感覚は内側をなぞられているようで、変な声が出そうになる。手のひらに消えたジークの剣は、私の体のどこからでも取り出せるようになってしまった。鞘の代わりに私が預かっている形になっている。私と離れていたら取り出せないじゃん、不便じゃんと思ったら契約剣というのは、主人持ちの騎士が来いっと念じるだけで、手のひらに現れるそうで…………。ただ、その時もゾロリと体のうちを撫でるような感覚はある。


 中々剣を出すような場面がなかったから、良かったものの続くようなら何か対策を考えて欲しいと切実に思う。内臓が撫でらる感覚は何回経験しても、いい感じはしないのだ。


 剣を構えたジークに、翡翠は顔を伏せながらコクリと頷いた。とても困ったように眉を寄せている。


「はい、直接あった事はございませんが、どこのどなたなのかは解っております。こちら、緑竜族の王家 リュージュ家の嫡男 ファーランです」


 軽いため息とと吐き出された言葉は、衝撃だった。竜族って、竜騎士が乗っていた竜でいいのだろうか。憧れの人型になる竜?

 それを聞いたジークが武装を解く。体の中に剣が戻ってくる感覚が続いて、ふぅと大きくため息をついた。


「翡翠様がそう仰る方なら、問題ないのでしょうね」


「はい、問題なくはないですが危険はありません」


「竜族?」


 なぜ竜族が朝っぱらからこのお城に? と首をひねると、植物の締め付けが更に上がったのか、「もっとっ!! 」などと恍惚としている声が聞こえる。それをあっさり無視して、翡翠はテキパキと動きながら私に紅茶を淹れくれる。寝間着から着替えてないけど、まぁいいかと、外に設置されているテーブルについて、美味しく紅茶を頂く事にした。

 すでに色々と豪華な朝食が用意されていて、バターの香りに鼻をくすぐられた。空腹感が増してしまい、頂きますと手を合わせてからフォークを手にする。ふわふわのオムレツに、口元が自然と緩む。翡翠の作るオムレツは美味しいんだよねぇ。バターの味が口の中に広がるのを堪能しながら、幸せだと目を細めると、ジーッと羨ましそうにこちらを見る、ファーランと目があった。


 その視線を遮るようにファーランと私の間に立ち、音を立てずに、ジークと私の前に紅茶を置いてから、翡翠はほほ笑んだ。


「えぇ、ほら、キリュームの街に来た竜騎士がいたじゃないですか?あの竜騎士が乗っていた竜ですよ、彼」


 どうやら、この世界の竜は王族で人型になれるのに、人に使われているようです。


「あっ、勘違いしないで下さいね。緑竜の中でもちょと好奇心が強すぎる上に、頭が弱いんです。竜族の中でも人型になれる物は、人間の乗り物になんてなりませんよ。隷属するほどプライド低くないですし、弱くもありませんから」


 と、思ったらどうやらファーランが変わっているらしい。それにしても、可愛い翡翠が毒を吐いてるよ。目が笑ってないから、まるで静かに怒るルークさんのようだ。


「翡翠さまぁぁぁぁぁ!! もっとぉぉぉぉぉぉぉ!!ふがっ! 」


 どうやら、蔓で口にさるぐつわをされ、言葉を封じられたファーランは、私達が朝食を食べ終わるまであのまま放置らしい。静かに怒りながらグイグイファーランを締め上げさせている翡翠を止める事はできなかった。ジークも全く気にもとめずに食事を口に運んでいるしね。私も、こもったファーランの声を聞こえないことにして食事に専念することにした。



 

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