例えば人類滅亡もあったりして
よく考えたら、お別れの挨拶はいらないんだよね。
今までのように、毎日のこの街にいるわけではないけれど、トッキーに空間を繋げてもらえば毎日でも来れるって事に気が付いた。
私が精霊王の妃だと、この街の人は知っているから今更な話だったよ。
これからの基本スタンスとしては、リーのお城を拠点として、日中は旅をして、夜はお城に帰って寝る。街を見つけたら一応入ってギルドに顔を出すと。所々ちゃんと顔を出しておかないと、蓮に見つけてもらえなくなっちゃうからさ。
でも、時々キリュームの街に帰ってきてもいいと思うんだ。
ご自由にお使い下さいって、家を一軒貰ってしまった。それも、町長さんの隣の家をね。
街の人達は絶対に精霊王と妃の事を話さないと誓ってくれた。それから、これ以上精霊の力を借りることをお願いしないと。
口先だけならなんとでも言える。でもキリュームの街の人達は、魔法による強制的な戒めを一人ひとりが受け入れてしまったのだ。それは、私達がして下さいとお願いしたものではなく、ルークさんを頭に皆さんがリーにお願いしたことだった。
曰く、これからもこの街に顔を出して欲しいと。これから何があっても、私の力を利用することをしたくないからだと言う。
実際、この戒めを街の人達がしてくれたから、リーはこの街に私が行っても許してくれることになったのだと思う。
私のお願いはなんでも聞くといいつつ、リーは私が利用される事には拒絶感を示す。
もし、今後も精霊の力をアテにするようならば、二度と顔を出すつもりはなかったと、昨夜言っていた。
おっと、話が逸れたよ。なにが言いたいかというと、人目を気にせずにトッキーの力を使う事が出来るんだよね。自分達の家に直接空間をつなげれば、精霊の力を誰かに見られなくて済む。時空間の精霊と闇の精霊は滅多に人と契約しないんだって。だから、空間を繋げる時は周囲に注意したほうがいいらしい。数が少ないから、すぐに精霊王の妃が思い浮かんでしまうだろうね。
ミューミューちゃんにもミュートくんにも、会いたいと思えばすぐに会える。それはとても嬉しい。すっかり仲良くなってしまったから、別れるのは寂しいからさ。
明日からは、今までとは違う旅が始まる。
蓮を探し、日本に帰る方法を探す為の旅だ。
行先はマーリンダイトの首都、カナールダイトだ。二年はかかるかもと脅されたけれど、それより前に蓮と再会する事を願う。
首元で揺れる薔薇のネックレスを、そっと親指と人差し指の腹で触る。これがないと、落ち着かなくなっていた。一種の精神安定剤のようなものだと思う。これさえしていれば、蓮に会えると何故か思っていた。ルークさんに薔薇という花は、この世界にないと聞いた。薔薇を見て、実物はさぞかし綺麗なのでしょうねと言うものだから、水晶に写して見せたら、なんと綺麗な花なのだと喜んでいた。こんど翡翠に言って育ててみるのもいいかもしれない。
一日の終わりに、ネックレスに願いを込める事が習慣になっていた。
――――――――どうか、蓮と無事に会う事ができますように。
今日も、願いを込めてからベッドに潜り込む。
精霊王のお城は、精霊の力が隅々まで行き渡りとても快適だと思う。ずっとここで暮らすならば、きっとなんの不自由もないのだろう。精霊の力を借りると、大抵の事はできるしね。
このまま精霊の力を借りることに慣れてしまうと、向こうに戻ってから辛くなったりしてと思って、蓮が向こうでも魔法を使っていた事を思い出した。
そうだ、それも蓮に会うまでに答えをださなくてはいけない問題だった。
この世界の精霊の長と精霊の王を、向こうに連れて行ってしまった場合、この世界は新たなる精霊王が誕生するのだろうか。それともう一つ。向こうでリーが魔王に堕ちてしまった場合なんだよね。
確実にリーより私のほうが早く死んでしまう。
聞けば精霊王に寿命はないとのこと。魔王に堕ちて、人と同じように体を持ち、初めて死が訪れるのだ。逆に言えば精霊王でいるうちは死ぬことはない。魔王に堕ちることがなければ永遠の命なのだ。
私が向こうに帰って、先に死んでしまったら、理を乱すという異世界へ渡る魔法は使えないリーは、こちらへ戻っては来れないのだ。そうしていつか魔王に堕ちた時、あちらの世界で魔王を倒せるような人間がいるとは思えない。例え蓮のように潜在的に大きな力を持っていたとしても、魔法の概念がないあちらでは完全に魔王が最強だよね。そんでもって人間に殺されることがなければ、魔王は死ぬ事ができない。
…………うわぁ、今、頭に人類滅亡の四文字がよぎったよ。
…………洒落にならないよねぇ。地球上で存在するのはリーと八精霊だけになってしまう気がする。
なんだか、自分の考えが怖くなってきた。
ちょっと蓋をしてしまおう。うん。とりあえずは蓮と会う事が出来るまで、保留にしておこう。
眠る前には、もっと幸せな事を考えたほうがいい。このままでは、悪い夢を見そうだよ。
リーとは相変わらず一緒のベッドで寝ている。
けれど、あの夜以来、私と距離を置いている。以前のように抱きしめたり、手を繋いだりとスキンシップは多目だけれど、口説くような事を言わなくなった。そして、ずっと子供ままの姿でいる。
そして時折、何かを考えるように、無表情で遠くを見ている。そんな時は、まるで彫像のようで、そのまま動かないのではないかと心配になる。
だけど、私が声をかけることは出来なかった。
この先、リーの事をそういう対象で見ることが出来るのか、それはちょっと分からない。
ほぼ無理矢理、妃という立場になったことは、きっと時間が立てば怒りもおさまると思う。
それぐらいには、リーの事が好きだ。結果的に良くしてもらっているし、街を建て直す事が出来て、街の人に許してもらえた今は、その事についてウジウジ考える事も止めることが出来る。
だから、リーとのこれからだって、正直言って分からないんだよね。逃げることは出来ないし。
だけど、これだけははっきりと言える。
私は、ちゃんと愛して、愛されたいと思っている。
自分が愛しているだけじゃ、嫌なのだ。
相手にも愛されたい。
もう、木下さんのように、愛されている幻覚などに浸りたくはない。
今思えば、きっと私は見ないフリをしていたのだ。
気づく事は出来たはずだった。
たとえば、声の調子。
目に浮かぶ色。
蕩けるような声で、私に囁く愛の言葉とは真逆のどこか冷めた瞳に気づけば良かったのだ。
言葉だけを信じていた。
好きだ、愛している。子供は三人がいい。
お金を貯めて老後は海外旅行を沢山しよう。
結婚式は、教会で挙げたい。
仕事が忙しいのはお互い様だ、俺も手が空いたら連絡するから。
仕事に根を詰めるなよ、お前が倒れたらと思うと心配だから。
そんな幾つもの言葉を、表面だけでとらえていた。
隠れている本心に、目を向けていなかった。徐々に離れていく心を感じ取る事をしなかった。まぁ、もしかしたら最初から離れていたかもしれないけれどね。
もう、あんな思いはしたくない。
言葉だけをなぞって信じるような事をしたくない。
私も好きで、相手も私自身を好きになってくれる。
そんな恋がしたい。
今なら冷静にこんな事を考えられる。心が少し痛むだけで、精霊も騒がないしね。
これで、本当の意味で木下さんとの事は終わったのかもしれない。微睡みの中でそう思った。徐々に眠気が襲ってくる。意識が薄れる中で、リーが何かを言った気がしたけれど、私には分からなかった。
――――――――――――好きって。愛ってなんなのだろうね。こんなにも、香蓮が愛おしいと感じるのに。君は僕を否定する。人の感情はとても難しいよ。
切なく、掠れぎみに呟くその言葉を。
そっと髪を撫でる大きな手を。
この夜。私が意識することはなかった。




