街の完成
これで完成っと。
最後の石を積み上げて、出来上がった町長さんの家を見上げた。
私に出来うる限りの事はしたはずだ。
すっごく深く掘らなくてはならなかったけれど、温泉施設も作れたし、トイレも一応完備。各家庭に井戸も設置したし、手動ポンプも取付完了した。
これまでで変った事と言えば、一緒に街を造っている内にルークさんが町長さんに就任したことだろうか。元々このような小さい街の町長さんは貴族で世襲制なのだ。
あぁ、私も色々な人から話を聞いてこの世界の事を勉強できてると思う。色々な国を旅していた、ジークとルークさんは良い先生になってくれた。
まぁ、ジークはとにかくどこに行くにもついてくるしね。
精霊に力を借りるコツもだいぶ掴んだと思う。リーが心配していた通り、力を借りるだけでも体力を消費する事が分かった。必要以上に力を使うと、倒れてしまい眠らないと回復しないのだ。これは、治癒魔法でも回復してくれないから、自然に目が覚めるまで眠るしかない。
感覚的には、一日に家を二十軒建てると次の日には起きられない。
最初の三軒は、大工さんと相談しながらちょっとずつ造っていたから気が付かなかった。でも仕組みを理解すればこっちのものだからと、大きさも配置も全く同じ家を一気に造ってしまおうと精霊にお願いしたら、一瞬でぶっ倒れたのだ。目が覚めた時には、一体なにが起きたのか分からなかった。連日の見えない疲れもあったのか、一日半もの間、目を覚まさなかったのでリーとジークに心配をかけてしまった。
多分リーがその気になれば、この街一つぐらい片手間で造ってしまうのだと思う。だけど、体力回復という意味で、ちょっとした気遣いはしてくれたけれど、街を造る作業は一切手伝う事はしなかった。
リーに手伝ってもらったら、それこそ償いにはならなくなってしまうけれどね。
出来上がった家には、すでに街の人達が暮らしはじめている。
一応、店舗や、多目的に使えるような建物もあるけれど、それが使われるのは、まだまだ先の話になるのだろうと思う。しばらくは畑などの、土地の分配や、畑でできたものの値段の設定などと、街として機能するように決め事が沢山あるはずだ。それはもう、ルークさんの仕事で、私には関係のない話だけれどもね。
食べ物を耕作するための加護は、あくまで加護なのだ。だから、これからはこの街の人達が世話をしていかなくてはならない。
ちょっとそこは心配なんだけれどね。
街の人が増えても、全員食べていける量として造った畑や果樹園は広大だ。子供や年寄りだけで世話をいき届かせる事ができるのだろうか。
それでも今までよりも食糧の確保が簡単になっているし、砂糖を売ればお金も入るようになる。生活が各段に楽になるはずだと思いたい。
「レーン様、ありがとうございました。街人全員の代表として、心よりお礼を申し上げます。私のような者の願いをお聞き届けくださり、素晴らしい街を整えて下さった御恩は忘れません」
ルークさんが、私の前で優雅に膝を降り頭を下げた。正面からお礼を言われると失礼だとは思うけれど、正直、気持ち悪い。
「お礼の気持ちはありがたく頂戴いたします。だけど、止めて下さい。ルークさんに下手に出られると気持ちが悪いです」
にっこりと(黒い)笑顔で優しい言葉を選びつつ、その実全く優しくない事を言うのがルークさんだ。もうそんなルークさんに馴れてしまった私には、真面目にお礼を言われると、ちょっとだけ照れ臭いし落ち着かない気分にさせられるのだ。
照れ隠しにツンツンするルークさんで丁度いいのだから。
同意するかのようにニヤリと笑うと、ルークさんは立ち上がり、握手を求めるように右手を差し出す。
その差し出された右手をしっかりと握った。
「街を壊してしまった事、本当にごめんなさい。思い出や、品物を返す事は出来ないけれど、少しでもこれからの皆さんのお役にたっていればと思います」
長かったこの三カ月の間に、街の人達とも随分仲良くなれたと思う。最初は精霊王の妃って肩書にみんなおどおどしていたけれど、この頃は気安く話しかけてくれるようになっていた。仲良くなってくれた街の人達と、もうすぐお別れかと思うとちょっと切ない。
なんて思っていたら、握手したままのルークさんが大きくため息を、わざとらしく吐き出した。なにか含むことがあるのねと半分お説教覚悟でルークさんを見上げる。
「はい、なんでしょう?お気遣いなくなんでも思う事を仰ってください」
こんなやり取りも、今日で最後になるのだからと聞く態勢にはいる。そんな雰囲気を察したのか、ルークさんはひとつ頷いてから話だした。
「では、遠慮なく言わせていただきますが、貴女は自分がどれほどの力を持っているのかキチンと理解したほうがよろしい。そして、自覚と警戒心をもっと強めてください。お人よしも度が過ぎれば、いいことばかりではないのです。その力を悪用されないように、そしてご自身が飲み込まれないようにお気を付けなさい。利用した私が言うのもはばかれますが、貴女がそのままですと魔王の誕生が早まりそうですよ」
リーが魔王になるほど、私が騙されやすいって言ってる?
それはあんまりなんじゃと思ったのが顔に出たのか、ルークさんは苦笑して握手を解くとそのまま私の頭に手を置いた。
「あのですね、街は確かに半壊いたしました。けれど、レーン様は時空の精霊の長とも契約をお交わしでしょう?元に戻すようにお願いなさったほうが、おそらくレーン様にとって簡単だったのないですか?」
女王に壊され、一瞬で元の状態にもどった、自分の家のドアを思い出した。
あぁ、うん。そうだよね。物は直せるのか。何もない所から物を造りだすよりも簡単だったかもしれない。
「レーン様はおそらくこの世界の事情について、あまり知識がないのだと思っていました。ご自分の力を理解していらっしゃいないとも。だから、あの映像を見て頂きました。案の定、時空の精霊の事は思い浮かべることもなかった様子。貴方は私に騙されたのですよ」
ん?それは違う気がする。
自嘲気味に言うルークさんを見上げると、後悔するように顔を歪めている。
「これからも、私のようなものに隙をあたえて、結果、騙されてしまってはいけません」
胸を刺すような、自分を傷付けるような言葉だった。そんな事ないのにと咄嗟に言い返していた。
「いや、騙されたわけじゃないでしょ。私にできることならなんでもやるって私が言ったんでしょ?ルークさんのお願いは頑丈な防壁のある街だった。百五十年の間、防壁を何度も壊されて、畑を荒らされたり、街を襲われたりしていたんでしょ?だから少しでも安全を求めて出て行ってしまった人も多いって聞いたよ。石の防壁はこのあたりだと造ることが大変なのももう知ってる。私を使って正解だよ。ルークさんは街の人の生活を守りたかったんだから」
ルークさんは、街の人達に豊かな暮らしをして欲しかったのだ。ミュート君のような人達を作り出さない為に。
精霊王が魔王に堕ちれば、食糧需給率が下がる。その上に魔物に襲われる。いくら食糧の蓄えがあったとしても、精霊王の不在が百五十年も続けば尽きるに違いない。リーが魔王に堕ちれば、また厳しい生活が始まってしまう。それは明日かもしれないし、遠い未来かもしれない。その恐怖は、私には分からない。私は元の世界でも、この世界でも、ここの世界の誰よりも、豊かで安全が保証された暮らしをしていて、それに感謝したこともなかった。
食べ物がない状況も、命がなくなるような恐ろしい経験も日本でしたことがない。
この世界にいると、なんだか引け目を感じてしまうほどに。
だから、利用してくれて構わないとも思うのだ。
私だってどうしても出来ないことや、嫌なことは言うことが出来る。
ルークさんのお願いは、自分に出来ることなのかが判断ができなかったけれど、嫌な事ではなかった。むしろ街の人達の役に立てたなら良かったと思う。
ルークさんが騙したなんて、考えてもいなし、今聞いても騙されたとは思えない。
王都は宙に浮いていた。魔物に襲われないようにするには、あの方法が一番だという。
巨大な魔法をを使ってあの城と街を浮かせているそうだ。勿論、どこかへフラフラと飛んでいかないように、鎖で縛りつけて固定している。
造るにも維持にも、すごくお金と魔力が必要なのだそうだ。
だから、王都だけなのだ。
元々強力な魔法使いが少ない事が理由の一つだ。
ほかの街は皆、危険だと分かっていて地に家を建てて生活するしかない。
襲われた時、強度が足りないと分かっていても木製やレンガの防壁を作る。
そして、少しでも防壁が命を守ってくれるように願いながら暮らしていたのだ。
それを知った時の気持ちはうまく言い表せない。
とにかく、私にできる事をしようと思った。
ルークさんが目指すのは、魔王や魔物から命と食糧を守れる街なのだから。
それは、ずっと先かもしれない。明日かもしれない。
未来の事は誰にも分からない。
近い将来、私と蓮が再会できた時、私は帰りたいと思っている。
けれど、私がいなくなれば加護は失われる。
その時、この街の人は、ルークさんは、私を恨むのだろうか。
私が帰りたいと思う事は『罪』なのだろうか。
ルークさんに元の世界に帰るアテがあり、自分が帰りたいと思っている事を言えない私は、それが『罪』だと間違いなく思っている。
この世界にいる限り、私はこの問いを自分に問い続けなければいけないのだ。
そう、私こそ騙している。
精霊王の加護を喜ぶこの世界の人達を。




