柔らかな灯りの下で
テントの中は薄暗くなってきていて、光りの精霊の煌主が作ってくれたランプがほんのりと柔らかい灯りで周囲を照らしていた。
ミューミューは話を聞いているうちに眠たくなってしまったらしく、しきりに目をこすっている。その仕草があまりに子供らしく可愛くて、自然と口角が緩む。なんで眠気を我慢している子供ってこんなに可愛いのか。必死で目を開けようとしているところがまた堪らない。
「ねぇ、お姉ちゃん。シンデレラがもらった『ガラスのくつ』のガラスってなに?」
思わず、ジークを見た。テントの中でゆったりと座ってくつろいでいたジークは、あるあると頷く。
びっくりした。ガラスの歴史って向こうじゃずいぶん古かったから、まさかこの世界に存在しないとは考えてもいなかった。あってよかった。いや、確認するまでもなくあのファンタジーな飲み物もらった時ガラスのコップだったよ。町長さんだって瓶に入った怪しげな液体を売ってたじゃないか。
「ほら、町長さんが売ってるお薬の瓶。あれがガラスだよ」
ミューミューも見ているはずだからとそう言うと、ミューミューちゃんは、息を飲んだ。眠気を忘れるくらいに驚いたらしく、瞳をきらきら輝かせている。
「とうめいのくつ!すごい!きれいなんだろうなぁ。ドレスも見てみたいなぁ」
やっぱりどこでもお姫様は女の子の憧れになるんだろうなぁ。いつか王子様がって小さい頃は私も思ってたさ。実際、現れたのは恋人捨てて出世の為にお嬢様と結婚するような男だったけどっ!
しまった、思い出しちゃいけないぞ。冷静じゃいられなくなるんだから。
良かったんだよ、あんな男と結婚したら、不幸になっていたはずなんだから。どうせこの世界に来てしまってさらに連絡なんて、とれなくなっていたんだし。
遅かれ早かれ別れるという話になっていたはずだ。
「お姉ちゃん?どうしたの?」
「ん?あぁ、世の中王子様ばかりじゃないからね。悪い男もたくさんいるから、ミューミューちゃんはしっかりと見極めなきゃダメよ?」
「子供相手に、何を言ってるんだよ」
ジークに胡乱な目で見られたけれど、気にしない。将来ミューミューちゃんが私のような目にあってはいけない。幼少時の教育は大事なのだ。
「だって、心から自分を愛してくれる人と一緒にならないと」
そう、元彼みたいに二股オッケーなヤツは許さん。なぁにが結婚が決まったんだってーの。
自分が誰かと比べられた挙句に、選ばれなかったという事実は結構痛い。
大体、彼女がいるのにお見合いして話をまとるなんて、そんな男はこちらから願い下げなんけど、浮気をする奴は絶対に機会があればまたすると思うし。
「お姉ちゃん?」
気づくと、またミューミューちゃんが心配そうに私を見上げていた。
「あぁ、ごめんね。なんかちょっと思い出しくないこと思い出しちゃった」
「ふーん。香蓮はいったい何を思い出していたんだろうね。まさか男なんてことはないよね?」
私の後ろで寝そべっていたリーが、するりと私の髪を指で梳く。
「いや、元彼なんだけどね?」
そう呟いた途端に何故か緊張感が漂う空気にテントの中が満たされる。
「元、彼?彼氏?あの勇者ってヤツ?」
「蓮?違うよ、蓮は幼馴染。そうじゃなくて、最近別れた人そいつがそりゃぁ、酷いヤツで…………」
最後まで私は言うことができなかった。マズい。なんだかよく分からないけど、マズい。
「よし、ミュート。もう遅いから送っていくよ。ほら、ミューミューも立て。よし、じゃ、俺二人を送ってくるから」
ジークがミューミューちゃんとミュート君を連れてあっという間にテントの外へ出て行ってしまう。ミューミュちゃんもミュート君もなにがなんだか分からないというような顔だったけれど。
待って、ジーク行かないで。なんだか良くない事が起こる予感がする。
そりゃもう、身の危険をマックスで感じる。
私に忠誠を誓うとか言ってたじゃん。今がその忠誠とやらの見せ所だよ。
縋るように見ているはずの私に、テントを出る前に振り返ったジークは『ばーか』と口パクで言った。間違いなく、日本語で。くそっ、そういう単語だけ使い方間違えないとかムカつく。
「さぁ、邪魔者はいなくなったね。香蓮?も・と・か・れ?詳しく話そうか?」
いや、話す事などなにも無い。
こんなヤバい空気持つ人に話せません。
「まさか、とは思ってたけど、香蓮、男を知ってるんだね」
逃げていいだろうか。確認する所がソコな時点でダメだろう。なにする気か言われなくても分かる。
それにしても、怒られる意味が全く分からない。こちらの貞操観念って固いの?嫁にいくまでダメとか?
私の年になって、一々付き合う相手に経験ありますとか、宣言しないわ。
もっとも初めてなら、優しくしてねぐらい言うかもだけど。それだって雰囲気でしょう。
なんて現実逃避をしたくなるほどに、リーの纏う雰囲気が一気に艶やかに変わる。
こんな空気は何度も経験してきた。
男が女を求める色がついた。淫靡で欲を隠そうともしない空気。
この雰囲気をリーが放っている。それが、ちょっとショックだ。
「ねぇ、香蓮。妃は君しかいない。だから例え香蓮が生娘でないとしても、僕はそんな事は気にしないよ?」
ゆっくりとリーが起き上がる。まるで獲物を逃がさないというように、視線はまっすぐに私の目を捕えて逸らさない。そのしなやかな動きは優美な虎のようだ。見惚れてしまくらいに美しく、体がすくむほどに圧倒的な存在感。
「でもさぁ、僕には時間があるからと思って、遠慮してたけど。もうそんな事はしなくていいって事だよね?」
なにを、とは聞けない。
「いや、話をするんだよね?元彼の話?えーっと、お付き合いした人の人数でいいの?」
起き上がったりーは、私の身体を引き寄せて抱きしめる。髪を撫で始めたリーの手に、頬が熱くなりそうだ。なんだか手つきがいやらしく感じるから。
時々、掠めるように耳に指が触れて、ピクリと体が反応してしまう。
「…………香蓮」
名前を呼ばれれば、ジンと痺れるように感覚に襲われる。
顎をすくうように上を向かされ、リーと見つめあう。
有無を言わせない、艶のある声。
明確な意図をもって触れる大きな手。
柔らかな灯り。
目に情欲を浮かべる理想の男。
もうちょっと私が若かったらグッと来て、雰囲気に流されて、そのままって事もあったけれど。
「リー。リーには感謝してるよ。リーのおかげでこの世界で不自由なく暮らさせてもらってる。でもそういう意味でリーの事を好きなわけじゃない」
そっと胸を押しやる。
感謝をしているのは本当だけど、怒っていないわけでもない。
せめて説明があってから、あの飲み物を飲みたかった。
アレさえ飲まなければ、街を半壊させ、人に迷惑をかけることもなかった。
多分、もうリーから逃げられないのだろうという諦めはある。
精霊王としての能力は、私を逃がさないだろう。
リーのそれが恋愛感情なのか、本能的は欲求なのか分からない。
だけど、どこか病的な執着は肌で感じる。
優しくて、可愛いリーも本当だけれど。
情欲をかき立てるような、妖しい雰囲気のリーも同時にいる。
そして、本当の意味で私が好きではないだろうということも分かる。
分かってしまった。
いつか、ジークが言っていた、『精霊王の子供が産める体を持つ』ことが妃の条件。
そうだろうと思う。今、理解した。
リーの瞳に浮かぶのは情欲のみ。
私に恋焦がれるような色は浮かんでいない。
それが全ての答えなのだから。
目の前で悲しそうに顔を歪めたリーは、力加減を忘れたかのように乱暴に私を抱きすくめた。
先ほど自分で言った言葉が私を傷つける。
「自分を愛してくれる人と一緒にならなきゃ」
その道は閉ざされてしまったのかもしれないと。




