↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/66

宣誓

 「それじゃぁ、とりあえず安全を確保していただきましょう」


 その言葉を皮切りに、私に対する精霊へのお願い講座が始まった。

 安全を確保するというのは、対魔物用の壁を作るという事だった。

 この街の周辺は比較的に魔物は少ないけれども皆無ではないのだそうだ。畑を荒らす野生の動物もいる。まず必要なものは壁だとルークさんは言う。小さく聞こえたつぶやきはきっと周囲の人には聞こえていないはずだ。それは多分私に聞かせるための言葉だったのだから。


「もう街の人々は誰も死なせたくないのです」


 そこには、胸を突かれるような怒りや悲しみが込められていた。

 百年以上続いていたという、魔王との戦いの中で沢山の人が死に、また、戦いではない所でも人が死んだと聞かされたばかりなのに、私は一体なにをしているんだろう。

 気持ちを新たにしなければいけない。

 街の人にとって切実な願いを私は出来うる限りの速さで叶えなければならないのだから。


 ところで、私には建築技術の知識はない。だから、想像は出来ても強度とかどういう造りなのかとかそういう物は分からない。一応石を積み上げたけれど、全く役に立ちませんでしたなんて結果になったら目も当てられないのだから。


 ルークさんによれば、この国の家はこの街のように木造造りが多いそうだ。それは、森が多いから比較的石よりも木のほうが手に入りやすいからだという。

 確かに王様のお城も木造だった。ただし、アレは完全なる日本建築だからこの国の事情とは完全理由が違うはずだけど。

 ルークさんはずっと旅をしながら周辺の国を回っていたのだそうだ。魔物の被害を少しでも食い止める為に、そしてこの街が住みやすくなるようにと、色々な国や街を見て技術を自分の物にしてきたという。

 そこで出した結論が、木造よりも石造りのほうが丈夫で長持ちするという事だった。

 木造だとどう頑張っても三十年、五十年で補修か、建て替えをしないといけないけれど、石作りならば百年は持つはずだという。魔物から攻撃をうけても木造よりも耐久性が高い。だからこれから少しづつ石造りの街を作っていこうと決めていた矢先に、私がこの騒ぎを起こしたのだ。


 ルークさんが旅先から連れて帰って来ていた、石の建築物のエキスパートさんと引き合わされて水晶玉を使いながら壁の作り方を教えてもらう。時折、リーや玄武、翡翠も含めて相談をしながら街を取り囲む壁を、ルークさんが思い描いた通りに精霊にお願いして作っていくのだ。


 正直に言って、壁を作ること、畑を作ることは簡単だった。それこそアッという間にイメージ通りの物が出来たと言っていい。方法さえ分かれば壁は同じ事の繰り返しでできるから、一度コツをつかめば良かったし、畑に至っては想像力は必要ないからだ。翡翠に頼めばその食物を作るのに必要とする土の状態や、手入れの仕方を玄武とツーといえばカーな状態で整えてくれるからね。


 精霊はそこかしこに存在して、頼めば大勢が力を貸してくれる。人の手にかかれば何十年とかかる作業も三日もあれば出来てしまった。畑には川から水路も引いて、水の確保も万端だ。精霊の加護もついているからこれから当分の間は、この街が飢饉に襲われる事はないとリーが言う。辺境にあるこの街で自給自足が完全にでき、備蓄までがキチンとされる量の田畑のはずだ。これから街の人数が増えても賄える計算をした。


 どうせなら、ずっと加護をつけてあげればいいのに。そうしたら飢饉で苦しむ人がいなくなるじゃないか。そう思ったけれど、私が言う前にリーが困ったような笑顔で言った。


「過ぎる物は争いを呼ぶからね。香蓮がいる限りこの世界の加護は約束されているんだからそれで十分なんだよ」


 私は帰るのにと何故か言えなかった。それは、ジークのせいかも知れない。


 先ほど、あらかた今日の分の作業を終えて、私は防壁の上部に作られた道を歩いて畑の様子を見ていた。この防壁があれば、壁の上から外の敵を討つ事が出来る。魔物から身を守る為に、女子供が多いこの街ではどれだけこの防壁が重要かルークさんに教えられた。それを聞いて、ちゃんと出来ているか不安になり、日が落ちる前にもう一度確かめておこうと思ったのもある。


 ゆっくりと畑と防壁の様子を見ながら、風の精霊にお願いして見た目で分からない、失敗していそうな所を探してもらっていた。

 外へとつながる大きな門の上でジークが今日完成した畑を見下ろしている。珍しく気を抜いている様子で私が近づいても気づかない。そんなに集中してなにを見ているのだろうと興味がわいてジークが気づかないのいいことにそっと隣に並んで畑を見下ろした。


 「収穫は自分でするのよ」と言いながら翡翠はお詫びだからと食物を収穫寸前まで育ててくれた。だから今、目の前の畑は通常ならばありえない光景になっている。小麦が揺れ、林檎や蜜柑がたわわに実り、キャベツやレタスが畑に並ぶ。サトウキビ畑もある。砂糖は貴重だから、精霊の加護で作れるようにしてもらったという。各区画に分かれていて、ちょと箱庭を連想させた。


 今日の夕飯の分をと、街の人達が顔を輝かせて思い思いに必要な物を手にしている。日が沈みかけてオレンジ色に照らされたその光景が、まるで絵画から抜け出したかように美しいと思う。ジークとそんな思いを共有したくて、声をかけようと上を見上げて、私は声を詰まらせてしまった。


 声を出さずに、ジークが泣いていた。


 涙が頬を伝い、顎を伝ってパタリパタリと落ち、防壁を握りしめるジークの手の甲で弾ける。

 それを気にもせずに、じっと無表情で下を見下ろしている。


 表情からはなぜ泣いているのか見当もつかない。けれど、なんて綺麗なんだろうと思った。泣き虫の蓮が泣いている時とは違う。勇者である蓮と共に旅をして沢山の魔物と戦ってきた、およそ涙と無縁でいそうなジークが静かに泣いている。なんだかとってもそれが尊い涙のような気がした。

 

 ジークは見られたくなかったろうと思う。けれど、驚いた私はジークから目が離せなかった。しばらく涙が流れる様子を見てから、ふと気づいてポケットからハンカチを取り出す。そっと差し出してもジークは動かない。見かねて涙を拭おうと腕を伸ばした。


 ジークの頬にハンカチをあてた時、やっと私に気づいたのか、視線が合う。何度か驚いたように瞬きをするとハンカチを持った私の手を握った。

 触ったらいけないのは分かっていたけれど、ジークがハンカチを受け取らないから。そんな言い訳を頭の中でしながらも、頭を叩かれると思いちょっと肩をすくめた。けれど、いつものように叩かれることはなかった。


 なかったけれど、もっと心臓に悪い事が起きている。


「ジッジッジッジッジーク?」


 片手で私の手をとると、空いた手で腰に下げた剣をスラリと抜く。膝を折って跪き、剣先を下に向けるように立てるとジークの額に私の手をあてた。まるで騎士がお姫様にするようなポーズに慌てて手を取り返そうとするけれどジークの力は強かった。

 俯いて下を見ているからジークがどんな表情をしているのか分からない。けれど、ジークってば蕁麻疹出るんでしょうが。そう思っているのに、何を動揺しているのか「あ」とか「うっ」とかそんな言葉しか出てこない。それは、ジークがなにかをとっても真剣に伝えようとしているとわかるからだ。


「我、ジークハルト・アルダイトはレーンに忠誠を誓う事をここに宣言する。我、命尽きるまで時に剣、時に盾となり全身全霊をかけて貴女にこの身を捧げます。ルーラーリーディウム アーダーミーリウム フォンド トゥバルブッセ」


 そうして剣の柄を私に持たせると、自分の方に剣をかけるように当てた。


「レーン。許すと」


 得も言われぬ迫力で、まるで懇願するような響きを持つその言葉に逆らうことは出来なかった。

 これは、あのファンタジーな飲み物と同じような気がすると分かっていながら私は言ってしまった。


「許します」


 音になった瞬間、剣が光りそのまま私の手のひらの中に飲み込まれるように消えてゆく。

 

 え?手のひらの中に消えた?


 ジークの剣が消えた手の平を見ていると、ジークがその手をとり、手のひらにキスを落とす。

 言葉にならない衝撃を分かって欲しい。あの、ジークが。私の手のひらにキス。


 ありえない、無理だ、ないないない。


「この剣は、俺と契約している剣だから。レーンありがとう。俺はずっとこの光景が見たかったんだ」


 囁くようにジークが言う。

 うん、全く意味が分からない。本当に分からない。契約してる剣がなんで私の中に消えるのよ。ジークはこれからどうするのよ。武器なしで。


「忠誠だけなら、勿論許すけどね。それ以上は許さないよ」


「当たり前だろ。主に恋情は抱かない」


 主ですか?主って言った?主って主人だよね?

 私の背後に現れたリーとジークはまるで当たり前のように会話を交わす。ジークは突然現れるリーにだいぶ馴れてきているのだろう。それはいいのだけれど。


 やっぱり、私また、契約ってヤツをしてしまったんじゃないだろうか。


 また流されたと、これは一体何を意味するのかと考え始めた私に、晴れ晴れとするような笑顔でジークが言った。


「収穫期でさえこんなに食物が育っている所を見た事がないんだ。皆嬉しそうだろう?これで餓死しなくて済む。俺の村は酷い飢饉に襲われて、もうないんだ。小さい頃からこんな光景を何度夢見たか分からない。レーンにはこの力があるんだな」


 その言葉は、まるで抜けない棘のように私の胸に刺さった。

 小さく、けれど確実に私に何かを埋め込んだのだった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。