嵐
許さない。
許されない。
この世界がどんな世界かなんて関係ない。
なんの理由もなく人を傷つけていいはずがない。
ミューミューが倒れていた。
剣から血が滴っていた。
頭が痛い。
光りの渦が私を中心に竜巻のように渦巻いている。
そう、リーに飲まされたファンタジーな飲み物のグラスの中と一緒だ。
色とりどりの光りがキラキラと煌めきながら上へと昇っていく。
その光に隔たれて、傍にいたはずの人達の姿は見えなくなっていた。
私の髪は舞い上がり、服も風に巻き込まれてバタバタと音を立て何かに引っ張られているかのように右に左にと法則性もなくはためいていた。
怒りで頭の芯がしびれて、痛い。そして、胸の中心がモヤモヤとなんとも言い難い黒いものに支配されていた。
嫌だ。人が死ぬのは嫌だ。
簡単に、一瞬で、一振りで、誰かの都合で奪われる命。
そんなのは嫌だ。
そんなのは知らない。
ジークに最初に会った時を思い出す。
助けてくれたということは理解している。
ここは日本ではないことも頭でわかっている。
けれど、ぬるりとした血。
こと切れる誰かの声。
見えないようにしてくれていたジークの気遣いにも感謝している。
けれど、私には……………………。
自分の身は自分で守らなくてはならない。
やられたら、やり返すどころか殺される前に殺さなければならない。
そこに司法は存在しない。
ここに罪を裁く司法は存在しないのだ。
そして、たぶん身分制度があるのだ。
王がいて、貴族がいて、民がいる。
それで身分がないほうがおかしい。
ミューミューは町民だから、竜騎士よりも身分が低くて、だからきっとミューミューの何かが気に食わなかった竜騎士がまるで物と同じような感覚で斬り捨てたのだ。
地面に倒れたミューミューの姿が頭を支配する。
途端に光の渦がさらに加速して渦巻き始める。
嫌だという思いと、知らない、知りたくないという思いと。
許せないという怒りと。誰かミューミューを助けてくれという思いと。
だって、あんなに小さくて可愛い家族思いの女の子が、あんなに突然わけも分からないうちに斬られていいはずがないんだ。
私の作った、クッキーを美味しいっていって食べてくれたのに。
お兄ちゃんに持って帰るんだって言っていたんだ。ミューミューちゃんだって、ガリガリでロクに栄養があるものを食べられてないの一目でわかるのに。
バラバラになってしまうんじゃないかと思うほど、考えることが支離滅裂で、体が熱い。
自分の意識が幾重にも重なって、それぞれが別の事を考えているようだった。
光りの渦がドンドン広がっていく。視覚とか感触ではなく、感覚で感じる。
なにもかも、壊したいような衝動に駆られている。
だって、理不尽なんだ。
私は来たくて来た訳ではなくて。
私がいる所はここではなくて。
普通に生きていれば、人が斬られて死ぬとか、血を流すとか、そんなものを見る事も経験することもないところで生きてきたんだ。
こんなトイレも風呂も、食事もすべてが不自由で、しかも常に武器を持った人達に囲まれるようなところで一体どうしろっていうんだ。
ふざけるな。
私がなにをしたっていうんだ。
ただただ、普通に生きてきただけじゃないか。
普通でいいんだよ。
冒険なんか望んじゃいないんだよ。
仕事してお給料もらって、そのうち結婚して、子供産んで、高望みは一戸建ての家を買うってくらいなんだから。あんな無駄にデカイお城でお姫様扱いされるような、そんな生活を本気で夢見るのは小学生まででいい。
精霊王の妃と言われて。
精霊の長の力が使えると言われて。
でも、ミューミューが目の前で血を流して倒れていた。
じゃぁ、このわけも分からない力っていうのは、なんの役に立つんだよ。
もう、竜騎士に怒っているのか、なにも出来ない自分に怒っているのかわからない。
大きな力を感じて、それをどう扱っていいのかもわからなくて。
ただ、そこに在るだけだ。
あぁ、蓮。蓮。蓮。助けて蓮。
いったい蓮はこの世界とどうやって折り合いをつけたんだろう。
こんな理不尽なところで。
常識も考え方も生活もなにもかも違うところで、理屈もなにも通用しないここで。
今の私よりもずっとずっと子供だったのに。
ジークに感情のコントロールをするように言われてからは、考えないようにしていた。
お坊さんのように、ならなければいけないと言われて考えることを放棄した。
考えてしまえば、コントロールが出来なくなることが分かっていたからだ。
不安だった。怖かった。帰りたかった。
嫌でも毎日ジークの腰に下げてある剣が目に入る。
アレは人を殺せる道具だ。
だから、分かってるフリをした。
大人なんだから、社会人なんだからと、この世界の考え方を否定しても始まらないから、分かっているフリをした。
平和主義とか、綺麗事とかそういうのじゃない。
日本で育ってきた私には、越えられない線があったっていう話だ。
理屈じゃなくて、怖い。人が死ぬところを見たくない。
人相手じゃなくて、魔物や獣相手に振るうための剣だと分かっていても怖かった。
毎日そばに剣がある。それだけで精神を少しずつ削れられているような気になる。
日本と違うのだと言われているようにも感じる。
守って保護してくれているジークにそんな事は言えなかった。
私の我儘だから。
蓮とはまだ会えない。
まだ、半月程度。
もう、半月。
帰りたい。蓮に会いたい。でも蓮が迎えに来てくれていなかったらどうしよう。
広がる力を感じるのに、どうしていいかも分からなくて、ここぞとばかりに今まで頭の中で考えることすらしなかったことを考える。力を抑えられないのならば、なにを考えても同じだという、実に自分勝手でどこか打算的な自分に嫌悪感を覚えながらもやめられなかった。
ミューミューの事を考えながらも、自分の抑えていた感情も止められない。
「ごめんね、香蓮」
そっと後ろから腕が回されて、ギュっと抱きしめられた。
いつの間にか、リーが光の渦の中にいた。
顔は見えないけれど、回された腕からほのかな体温が伝わってきた。
唯一、私の名前を呼んでくれる人だ。
「香蓮、僕の言葉が聞こえる?」
渦に巻き込まれて、うまく体が動かなかったけれど、なんとか頷いた。
「ミューミューちゃんは大丈夫だから、少し落ち着こうか。多分このままだと香蓮が後悔するからね」
低くて私を甘やかすような声と共に、腕に力が入った。
リーがミューミューちゃんは大丈夫だと言っている。
頭の中でそう繰り返す。
少し、光の渦が弱くなった気がした。
「そう、大丈夫だよ。あのくらいの怪我は僕が治せた。でも、香蓮がこのままだと無事を保証できないよ?」
それは私が傷をつけてしまっているということだろうか。
でも、止め方が分からない。
「あぁ違う。ちゃんと精霊は解ってる。香蓮が誰も傷つけたくないって思ってる事をね。だけどソコに物は含まれないから、街が全壊する前に力を止めよう?」
そう言われてもどうしていいのか分からないから、首を振る。体もよく動かせないのに。
「そうか、よし、これならどーだ」
こんな時なのに、少し笑いを含んだ声でそう言うと、私をくるりと反転させて抱き込む。
耳がリーの胸にあたる。精霊のくせに心臓の規則正しい鼓動が聞こえるってどういうことだよ。
思わず突っ込みながらも、大人のリーの逞しい胸に抱かれて急に体が軽くなる。動くようになったからリーに縋るように抱き付いた。
優しくて、大きな手が私を落ち着かせるように、何度も頭を撫でてくれている。
「香蓮、僕が支えになるから。香蓮の事、大切なんだよ。大好き」
体が大きくなったって、まだ子供の癖にと思うのに耳元で囁かれる甘い響きの声は私の心を穏やかにしていく。
「泣かないで。大丈夫、香蓮の不安を全部取り除くから。安心して、ね?」
大きくて暖かな何かに包み込まれて、次第に光りの渦が弱まっていく。そうだよ、この子精霊の王様なんだから力を止められて当たり前なんだ。
今だけ、ちょっとだけ。ぬくもりから離れたくなくて。そっとリーの服をつかむ。
なんだか眠たくなってきてしまい、目がうまく開けられなくなっていた。
「おやすみ、香蓮。いい夢が見られますように」
額に柔らかいぬくもりを感じながら、私は意識は穏やかな波にのまれていったのだった。




