キリュームの街
ジークについてやってきたのは、キリュームという街で、こじんまりとしたやっぱり高い塀に囲まれている。木造で黒を基調とした建物で真っ白な塗り壁とのコントラスが美しい。所々に赤や青の暖簾がかかっていて、まるで映画村に迷い込んでいるように感じる。
どうもこの世界には私達の世界から、自然に迷い込んでしまう人間がいるらしい。その昔この街や、昨日の街を作ったのが日本から迷い込んだ、いわゆる大工を生業としていた人がいたから、今も日本風の建物が残っているに違いない。まぁ、これはジークの話からの私の推測だけど。
キリュームの街は、リーのお城を出て20分ほどで着いた。まさに、最前線だった街かと思いきやジークの話では精霊王のお城と魔王に堕ちた後のお城は別物で魔王の城は遥か天空にあるんだって。よかったあのお城がいわくつきじゃなくて。
精霊王のお城の周辺は、時属性と闇属性と植物属性の魔法で守られていて、普通の人には見えないし入れないようになっている。だから、この街の人達は精霊王の城が近くにあるなんて知らずに暮らしているそうだ。
今私は染粉で髪をグリーンに染めている。リーのせいだけれど、あまり精霊王がリーだとか、私が妃だということを言わないほうがいいと言われ、黒目、黒髪とそろっているのは珍しいからと髪だけを染めたんだ。この世界の人たちはブラウンやブロンドが多いけれど、基本すごくカラフルな髪の色をしている。過去に精霊との間に子をもうけた人達の影響なんだって。長達の髪の色、そのまんま属性を表してるもんね。
ただ、闇属性を現わす黒髪、黒目は、闇属性の精霊が滅多に人と交流を持たないために、滅多にいない。どちらか片方なら珍しくはないけれど、両方の色を持っている人間は数えるほどしかいなく、蓮も私もその黒目黒髪が身分を証明するようなものなんだってさ。だから今、勇者と妃と言えば黒目黒髪と、その特徴がもの凄い勢いで広がっているに違いないとのこと。前例として蓮がいるから、精霊王の妃までもが黒持ちだからお騒ぎになっているみたいだ。
プラス思考で考えれば、これは立派な目印だからこの噂が広がれば、蓮が私を見つけやすいかもしれない。噂を辿ってきてくれれば会う機会も増えるってもんだ。すれ違う可能性もあるけどね。
まだ、旅に出るには資金が怪しいから、しばらくはここで働くんだろうけれど、着く街ごとに日付と次に目指す街を日本語で書いて蓮に向けてメッセージを残そうとは考えている。足跡を残しておけば、蓮と会える確率が上がる気がするから。
蓮ならば、私を探してこちらに来てくれていると確信だけはあるんだな。だから一生帰れないという心配はしていないけれど、代わりにこの広い世界で本当に会えるのかという心配はしている。勇者っていうぐらいだから、私の知らない魔法とか、超能力とかを期待したい。いや、切実に。
キリュームの街にはこじんまりしているけれど、青空市のように道端にいろんなお店が並んでいる。食物から小物や絨毯、食器や香辛料のようなもの、沢山の物や人で溢れている。人の間をすり抜けるように歩いて、まずはこの街のギルドに入った。
ギルドはどうやら飲食店とセットになっているみたいで、休憩所と掲示板、カウンターと昨日のギルドと変わらないようだ。人は少なく、カウンターに座っている職員も一人だ。ジークの主張で今は私もリーもよっぽど魔力が高い人でないと精霊王と妃だとわからないようになっているはずだ。なにが変わったのか私にもジークにも分からないけれど、リーが魔力が感知できないような魔法をかけてくれている…………はずだと信じたい。
ジークは素早くカウンターに歩み寄ると、自分のギルドカードを見せる。そして、私と子供のリーを招き寄せた。
「昨日、彼女を迷いの森で拾ったんだ。おそらく異世界から流されて来ている。子供のほうは孤児だそうだ。これから子供を故郷に届けたいと思っているんだが、どうやらマーリンダイトらしいんだ。魔族に連れてこられたと言っている。旅をさせたいのでギルドカードを頼む」
それは今朝お茶をしながら打ち合わせた内容だった。ちなみにジークの奴ギルドカードを二枚持っていた。なんてったて魔王を倒した勇者の仲間、英雄様なのだ。この世界に写真やビデオはないから顔はあまり知られていけれど、名前だけは売れているという。ギルドランクというランクも最高位だそうで、ランクと名前だけで大騒ぎされるくらいには有名人なんだって。世界を救っているからね。おかげで普段の時はジークフリード・アーデンという自分の名前に似せた偽名を使っているんだそうな。ギルドランクも最高位から一個下の白銀ランクだという。ギルドランクは黒ランクから始まって紫、青、緑、黄色、赤、桃、白、白銀、金ランクまであると教えてもらった。掲示板にある依頼をこなしたり、倒し魔物や魔族そして野生の動物の数なんかでランクが少しづつ上がっていくシステムなんだって。早くランクを上げる場合には腕さえあれば、上位ランクの魔物を倒せばいいそうだ。まぁ、そこで無理して実力以上の魔物に手を出して、あっという間に天に召されてしまうギルドメンバーも多いらしいけど。
私は異世界から流れてきた、レーン・フィード。リーは旅のためにギルドカードを必要とするセシルリール・フィードという名前でギルドカードを作ってもらった。勿論ギルドランクは二人とも黒だ。どうやら魔物を倒してランクが上がるというシステムから、通常子供はギルドカードを作れないことになっている。13歳から一人前の大人としてギルドカードを作り仕事についたり、魔物狩りをする事が一般的だと言われた。ただ、身分証明とお財布代りという特殊性から旅をする子供にはギルドカードが発行されるのだ。旅をすれば魔物や動物を倒すこともあるので、ランクもアップするけれど、条件がギルドメンバーの赤以上の人間と一緒に旅をすることなんだって。
薄々感じていたけれど、子供の数が少ないんだよね。今通ってきた街の通りには、女の人と老人が圧倒的に多い。若い男の人は昨日の街には多かったかれど、キリュームには本当に少なく見えた。
ここにも世界の疲弊が見え隠れしている。子供が出来にくくなっている上に若い男は昨日街、首都のエーダに出稼ぎに行ってしまっている。東京に人が集まることと同じ原理だ。仕事が首都のほうが多いし、お金も良いのだという。
だから、子供は大切に育てられる。旅に出して死なれては困るのだ。旅のために子供のギルドカードを発行してもらうにはそれなりの理由が必要で、リーの故郷がマーリンダイトでこのエーダフェールの国までは魔族に連れて来られたという話が出来上がったのだ。
私とファミリーネームを一緒にしたのは、異世界から流れてきた人は最初に会った人と同じ苗字にする習慣があるためだ。どのみち名前に棒線が必ず入るこの世界の人達には、礼羽という苗字はつうじないのだから、私としてはどんな名前でも構わない。まぁ、リーも私も偽名だけど。
レーンとセシルリールの名前で、そのうちばれてしまうのではないかと思ったのだけど、慣れた呼び名は変えないほうが妥当だと言われてしまった。それに、レーンもセシルリールも一般的な名前だからそこまで神経質にならなくていいみたいだった。
こうして、私はギルドカードを手に入れた。これで私はこの国での戸籍と通帳を手に入れたことになる。次は、お金を稼ぐ方法を考えなくていけない。けれどこれはちょっとズルい方法を、今朝思いついてしまったのだ。
物騒だといっても精霊の力はありがたいものだってのも認めなければいけない。ちょっとお願いをすれば精霊の長達はその力を貸してくれるのだ。そこに良い悪いもないというのだから、お金を稼ぐことを手伝ってもらたっていいに違いない。
その時、私はまだ自分が礼羽 香蓮という普通の人間だと信じていた。
力を持つ、持たされてしまったということをどこか夢のように考えていたんだと思う。
実感が全くなかった。精霊王も妃だということも、なにもかもが物語のようで、他人事だった。
確かにこの世界は魔法があって、精霊がいて、魔族がいる。ファンタジー小説そのものの世界だ。
けれど、そこに生活する人達はまぎれもなく、「人間」で現実味をともなわない力がどんなに危険なものかを私はわかっていなかった。ジークがきちんと教えてくれていた事を、蓮が話してくれていた体験談を、頭でわかったフリをしていただけだった。私は自分がどれほど愚かな人間なのかということをこの後思い知ることになる。




