キリュームの街 2
キリュームの街でお店を見て回って、この街の物価を調べる。どれだけおお金があれば生活できるのかを知るためでもあるんだけど、日本とは違って印刷技術が発達していない事を知った。お札の代りに銀貨や金貨というコインが流通していた。白銀、金、半金、銀、半銀、銅、半銅が硬貨の種類だ。半銅貨二枚でパンを一個買えるから、半銅貨を約百円として銅貨が二百円、半銀貨で四千円。銀貨は一万円。半金貨で二十五万円。金貨で五十万円。白銀百万円くらいだと思えばいいみたい。正確にはわからないけれど、大体これでいいはず。
手っ取り早くお金を稼ぐには、精霊の力を借りて食物を売ることを考えた。翡翠には植物を早く成長させる力があると聞いたから、ととっと成長させてもらって、できた野菜や、小麦を売ったらいいのではないかと思いついたんだ。この国は深刻な食糧不足だから、少しでも助けになればいいとも思う。ただ、この方法は値段をあまり安くしてしまうと、他の農家に迷惑をかけてしまうから慎重に設定しなくてはならない。翡翠がいればどこでも売ることはできるから、ある程度の資金を稼げば後は旅をしながら商売すればいいしね。
もうこの世界に来てから、だいぶ経つ。職場を首になっていなければいいけれど。仕事というと、つい向こうでの仕事を考えてしまうのだ。いつもは考えないようにしているのに。
初めて憧れの先輩と一緒のチームになれた上に、大きなプロジェクトだったのだ。沢山勉強をさせてもらいながら進めていた。下っ端の私がいなくても進行に支障はないと断言できるけれど、本音を言えば悔しい。ちゃんと成功させて、キャリアを積みたかった。無断欠勤で十日以上ってのは復職できるかどうか微妙なところだと思う。なにより帰れるという目星が全くたっていないのだから、無断欠勤が二年続くとか普通に考えられるわけで…………。あぁ、考えると落ち込むわ、これは。
沈みそうになる思考を中断できたのは、繋いだ小さな手にキュッと力が入ったからだ。ハッとなってリーに視線を移すと心配そうな表情のリーと目があった。反射的に笑顔を作るとさらにリーの表情が曇る。精霊にどのくらいの感情があるのかはよく分からないけれど、リーはとても私を気遣ってくれるし、いろんな表情を浮かべるから、人間との差がよくわからない。急に大人になったりするから、間違いなく人間ではないのだけれど。
さらに口角を上げて、笑顔を作ってリーに見せてから後ろを歩くジークに先ほどからちょっと気になっていたことを質問することにした。
「ジーク、ここには砂糖を使った食べ物はないの?」
甘いものを市場で見かけなかったのだ。岩塩は普通に流通していたのに。
「あぁ、砂糖は高価だからこの程度の街には滅多に流れてこない。王族や貴族が嗜むものだからとんでもなく高いしな。この街の住民では手を出すことができないだろう」
たしか、サトウキビとかから精製して砂糖になるんだっけ。確かに甘いものは嗜好品にはいるんだけど、普通に使っていたものが高価だといわれるとびっくりだわ。
翡翠、砂糖を作ってくれないかなぁ。ケーキとかチョコレートとか、あぁ、食べたい。
『できますよ?さきにお城に行って用意しておきましょうか?砂糖の作り方を探らせれば余裕ですよ。元は植物ですから』
ポンッとミニサイズの翡翠が目の前の空中に現れて、胸をドンと叩く動作をした。突然現れた翡翠に驚いたけれど、砂糖を用意できると聞いて胸が踊る。
「本当に?!卵と小麦とバターも用意できる?あぁあとベーキングパウダーってあるのかな?」
『ベーキングパウダー?ですか聞いたことはないですけれどどんなものなのでしょうか?』
「えっと、今朝翡翠が作ってくれれたパンって、生地を膨らますための粉を使っていない?」
今朝食べたパンは旅の間に食べていた固いパンからは考えられないくらいに柔らくて、普段食べていたパンに近いものだったんだ。ふわふわで美味しくて、つい食べ過ぎてしまった。
『あぁ、膨らまし粉のことですね。ありますよ』
と、いうことはクッキーやスポンジケーキは作れるってことだ。よし、これで甘いものが食べられる!そうだ、野菜のおまけに簡単に作れる飴やクッキーをつけてもいいかも。
市場にはそれなりに賑わってはいるけれど、装飾品や、化粧品、いわゆる生活する上でなくてもいいものは売られていない。そこに生活に余裕がないことがうかがえた。
ジャムを作るために、初めて見る果物を何個か買い求め、古着屋で服を、靴屋で布の靴を購入する。もちろんジークのお金だけど。ここは出世払いということで出してもらってしまった。
だいたいの値段を調べて、必要最低限の野菜の種類などをリサーチする。よし、リーのお城に行って八精霊達と相談しながら、できること、できないことを確かめるところから始めよう。
「レーン、街中で精霊と話をするのは控えたほうがいいと思うぞ。近くにいた人が驚いていたから」
「え?あぁそうか、普通の人には見えないのか。あ、荷物ありがとう」
帰り道、私が両手に荷物を抱えていると、隣から腕が伸びてきて、ひょいと荷物をもってくれたのだ。結構重たいと思うけれど軽々と持っている。流石剣士様だ。
「精霊と話す人間もいるけれど、数はそんなに多くはないから驚く人のほうが多いんだ」
「わかった、今度は気をつけるよ。リーは街での買い物楽しかった?」
「香蓮がいればどこでも楽しいよ」
天使の微笑みで答えるリーに心臓を撃ち抜かれる。
かわいい。めちゃくちゃ可愛い。ギューーーーーッてしたくなるほど可愛い。
「リーは人間の食べ物は普通に食べるの?」
自分の変態性を自覚しながらも(主にショタなんたらの意味で)それを誤魔化す為に質問をする。
危ない、危ない。自分にその気はないはずだけど、リーは危険だわ。流石私の好みを体現したと言っていただけある。
「うん。ちゃんと味もわかってるよ」
「甘いものは?食べられる?」
「人間の形になったのは香蓮に会ったときが初めてだから、食べた事はないんだ」
「じゃぁ、帰ったらクッキーを焼くから一緒に食べて?材料は翡翠にお願いしてあるからすぐにできるよ」
嬉しそうに頷くリーを見れたので満足かも。大人なリーは格好良過ぎて苦手だけど子供のリーは可愛くて好きだ。それにリーは実のところこの世界に存在してから半年たっていないのだという。まだまだ赤ちゃんだということだ。まぁ、精霊王様を人間の赤ちゃんと一緒にしてはいけないけれど。
「クッキー?あぁ、あいつが話していたことがある。毎年『ほわいとでー』という祭りの日にレーンに手作りして渡していたと。平和になったら作ってくれる約束をしていたんだけどな」
懐かしそうに目を細めるジークは、本当に蓮と仲が良かったんだなと思う。そう、蓮は私にクッキーだけでなくキャラメルとかマシュマロとかを作ってお返ししてくれていたんだよね。スイーツ男子だったんだよ。そうか、スイーツに飢えていたのか。私の部屋でケーキをホールで食べていた蓮を思い出して、クスリと笑みが漏れてしまった。
するとピクリと握った手が震えて、小さな手が大きくなる。
一瞬で大人になったリーは、目が笑っていない笑みを浮かべ、上から私を見下ろした。
「ふーん。ソレが『勇者』か」
そう呟くと、私の頬に片手を添える。今度はとろけるような笑みを浮かべると、私の額にキスを落とした。
「香蓮が会いたい『勇者』は記憶したから、僕も気をつけておくよ」
それはそれは優しい声でささやかれる。自分の頬が熱くなっていくけれど、抑えようもなく、きっと今は真っ赤な顔をしているに違いない。やっぱり大人のリーは苦手だよ。好みの顔でそんな顔されては、緊張するし、恥ずかしいじゃないか。
私はその言葉通りの意味に受け取っていた。だから、リーが何をしたのか知らなかったし、分からなかった。ジークが隣で冷や汗を浮かべていたことにも気づかなかった。どうやら、ジークのほうが色々と察しが良いのは確かで、私が鈍いのも確かで、そしてジークは余計なことに口は出さない主義なんだそうだ。
のちに、この時のリーの言葉の本当の意味を知ったときジークが使って、私が自動翻訳した言葉は、『人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んでしまえっていうだろ?』だった。うん、ジーク。分かってたならちゃんと教えろよとジークに詰め寄ったのはまた別の話だったりするけれど。




