第2話 知らぬ間に
会議室の中には、王。王子。宰相。近衛兵長の四名がいた。
これに、姫と騎士団長に魔法師団長の三名が追加されて、七名の会議であった。
王メテオ・スタークスを中心に会議室の席順は決まっていた。
円卓の中心に王。右回りに、近衛兵長。騎士団長。王子。姫。魔法師団長。宰相。そして王の順となる。
姫が着席しようとすると右隣からお叱りを受ける。
「遅い。レイン」
「申し訳ありません。兄上。学校から戻るのに手間取りました」
怒っている兄を横に、彼女は自分の席に着いた。
「私も同じ条件だぞ。それでも遅いのはどういう事だ」
兄ゲイル・スタークスも学生である。二つ上の兄で、現生徒会長だ。
「こちらを使用するのが初めてだったもので、申し訳ありません」
王家の腕輪には、三点移動がある。
移動したい地点を三つだけ覚えさせることが出来て、その位置間ならば自由に移動できるのだ。
この兄妹は、寮の自室と城の自室を繋いで、二つの地点を記憶している。残り一個分は空白としていた。
「・・・ふん。次からは気をつけろ」
「はい」
兄妹間の仲は普通。
仲がとても良いわけでもなく、すこぶる悪いわけでもない。
ただし兄は妹に厳しめだ。他の人物には慈悲のようなものが見え隠れする時があるが、妹にはない。厳しい面だけが見える。
「レイン。見ない間に少し大人になったか」
そして父は若干甘い。
娘には比較的甘く、息子にはフラットだ。
「父上。まだ30日ほどの学生生活ですよ」
レインの返しは当然の事だった。たったの30日では変化のしようがない。
「そうだったか? それでも、立派になったようだな」
「いいえ。まだまだです」
王宮内のレインは、このように大人しい。
魔法師団の仲間たちや、学校生活の気を許した人の前では明るい本来の彼女である。
「うんうん。学校に通えて良い成長をしているようだな。ジュニアには会えたか?」
「いいえ。父上。ジュニアはまだ学生ではありませんよ」
姫が答えると王は横を向いた。
「ライトニングよ。そうだったか?」
「・・・・」
王の隣に座る近衛兵長は黙ったまま頷く。
「息子は来年だったか? 娘の同級生じゃない?」
「・・・・」
再び黙って頷いた。
「そうか。これはうっかりだったな。余は今年かと思っていたからな。良き友人になれるとばかりに・・・」
近衛兵長ライトニング・ノヴァールは、無口で有名な男性だ。
王に話しかけられても、基本的に無言を貫く不思議な人物。
余計な言葉を発しないので、何を考えているか分からない。
それでも王が信頼するのは、この人物が王家の親戚だからだ。
ノヴァール家は昔から王家に付き従う家。絶対の忠誠を誓っているので、信頼されている。
そしてライトニングには息子がいる。
ライトニング・ジュニア・ノヴァール。
姫の一歳年下の人物で、父同様ほぼ話をしない。
実は、アーケミア特別支援学校で黄金の世代と呼ばれるのは、姫の一つ下の世代である。
学校時代のレイン・ノア・ロッティの成長は、ブラインと絡まないと緩やかで、マリアンナは急激な成長を果たすのだが、学校時代だと聖女の力を封印しているので、彼ら下の世代の方が実力的に上となるのだ。
ジュニアはそんな世代の筆頭候補の一人となる。
「王。よろしいですか。会議を始めても? 皆様が揃ったようなのですが」
宰相ラバン・メルファールが言った。
「うむ。よろしい。ラバン。司会進行を頼む」
「はい」
ラバンが立ち上がった。
持っている資料を皆に見せる。
「こちらを配ります」
ラバンが、会議室の円卓の周りにいる執事やメイドに目配せをした。
同じ資料の紙を配れ。である。
「皆様。本格的な話し合いの前に、先にこちらの資料を読んでいただきたい」
宰相は読んでもらうための間を作った。
各々が読み始める。
当然姫も資料を読んだ。
―――極秘情報―――
学園都市にて。
角の生えた人間が、黄金の気を纏う女性と戦っている目撃情報があった。
アーケミア特別支援学校にて。
角持ちの魔族を確認。学生たちによって襲撃を跳ね返す事態となる。
リアリディ大陸の北部にて。
大量の魔物の襲来を確認。突如として現れたとの報告の為に古文書と照合。
結果魔族の先兵である可能性が高い。
ダイナガルト王国の兵士たちと傭兵団の活躍により、撃滅を確認。
――――――――――
「という情報を精査するにあたって。我らの世界の危機が始まりかけていると思います。魔族の侵攻の可能性です。我がロア王国もどう対応するのか。悩むところであります。これが今回の議題です」
という宰相の言葉の後に王が聞く。
「レイン。この学生の中に、お前の名が入っている事を確認したのだが? 本当か?」
「・・はい」
「そうか。倒したのか?」
「いいえ。ボクではなく、友人たちと力を合わせた結果。彼が倒しました」
「彼?」
「はい。ブライン君です」
ブライン・レッドピックが魔族を跳ね除けた。
その情報がついに王家の耳にまで届く事となった。
「ブライン・・・そうか。あの悲劇のリミットタウン領主・・・英雄クロノの孫か・・・」
英雄クロノ。
ロア王国で数々の伝説を残した人物。
先代の王であれば、彼の伝説を目の当たりにしたが、メテオは彼の伝説を直接見てはいない。
そのため、彼は人を通じてその話を聞いた。その上で、先代の王はあまりクロノを良く思わなかったので、メテオもまた良き印象を持っていない。
クロノこそ王に相応しいのではないか。
この噂が王都にまで出回ったために、先代の王はクロノと距離を取っていた。
クロノの強さが、王家の不信に繋がるとは、クロノ自身も思わなかっただろう。
そして、この考えがロア王国の根底にあるために、クロノの親友のジャンも疎まれている。
つまり、ロア王国の貴族の頂点だと言ってもおかしくないルーフォン家も王家に警戒されているのである。
「ブライン君は、ボクらの英雄です。学校ではそんな素振りをしませんが、彼は間違いない。英雄となっていく人です。父上」
「それはいかんな・・・また王家が苦境に立たされるかもしれない」
王の警戒が強いのは、軍の規律も危ぶまれる可能性があるからだ。
クロノの意見こそが正しいかもしれない。
クロノがいた当時は、そう思う軍上層部がいたらしいのだ。戒律を守れるかどうかも問題となる。
「ブラインか。そうだな。私は彼に会っていないな。私も会ってみないといけないか・・・貴重な戦力になるのなら、除外は考えられん」
ゲイルがぼそっと呟いていた。
聞こえたのは隣にいる姫だけだ。
「姫様!」
「は、はい」
騎士団長からの声に驚いた。
「僕の息子も本当にいたんでしょうか? 息子から全然連絡が来ないもので、なんにも分からなくて困ってるんですよね。ハハハハ」
なんでも連絡をしてくれる息子じゃないので、ゴアは何もわからなかった。
戦ったことすらも後から聞いたのである。
「はい。ノア君もいましたよ。ボクたちを盾で守ってくれました。魔族にだって防御面では負けていませんでしたよ」
「ほうほう。姫様を守ったのか。うんうん。僕が鍛えたかいがありましたな」
騎士団長が自分の息子の活躍に満足すると、魔法師団長が。
「魔族と戦い。誰も死なずにいる。そいつはどんな奇跡であったんでしょうか。姫様?」
トリスは、公の場ではレインとは呼ばない。
ちゃんと姫様と呼ぶのである。
「ええっと。説明すると。友達に指揮官がいて。その人の指示で動いて、全体でカバーし合いました。それで、最後の切り札を使うとブライン君が言って・・・」
思い出しながら話すレインの言葉を、この場の全員が耳を傾けて聞いていた。
「黒い渦の中にいたボクらの為に聖女の力を使って彼女たちが助けに来てくれました」
「ん? 聖女だと。まさか。聖教会のマリアンナか?」
兄からの言葉にレインが頷く。
「はい。マリアンナが聖女の力で敵に対抗して・・・ロッティがブラインを強化して・・・」
「レイン。待て。ロッティだと」
「はい? それがなにか?」
「その子はルーフォンか。ジルベルトの妹の?」
生徒会長であるゲイルは、同じく生徒会の書記のジルベルトを先に思い出していた。
「はい。そうです」
「ジルの妹は、噂じゃ。誰かを助けるような子じゃ・・・ジルの性格とは程遠い。反対の性格だと聞いていたのだがな」
ジルベルトは優秀で人に優しい。それとは対照的に、ロッティは人に思いやりもない人物で、人を困らせるような女だと王子は記憶していたのである。
「ロッティの何かのスキルでブライン君が強化されて、マリアンナの力でも彼が強化されました。それで彼の力が完成して、魔族との決戦をしてギリギリで勝った。そういう戦いでしたよ。だから、ボクらは生きてますね。あの時、彼が負けていたら全員あそこで死んでいたでしょう」
当時の戦闘メンバーもだが、レインも彼のおかげで今があると思っている。
命の恩人とも言えるのがブラインなのだ。
だが、その当人であるブラインがそれを自慢せずに淡々と生活しているために、崇め奉るような事が出来ずに、彼らはブラインと接する時に普通でいる事を心掛けている。
本来は、もっと崇拝したい気持ちがあったりするのだ。
「それはまさしく英雄の成せる技。世界の聖女、この国の姫、騎士団長の息子。これらを守っただけでも大きいな。はぁ」
王が苦い顔で言った。
「これはクロノの再来か」
額に手を置いて、王は悩みだした。
「まずい状況になりうるというわけか?」
「そこはまだ分からないのでは?」
「ん? 宰相」
「心配となるほどに王家の脅威となるかどうかは、そのブラインという男を見極めてからでも遅くはないと思います」
「・・・それもそうか。あとで会う。それが大事だという事だな」
「はい。そうです」
宰相の話に頷いてから。
「ゲイル、夏休みはいつからだ」
王は息子に聞いた。
「はい。約60日前後の予定だと聞いています。まだ決まってはいないようでした」
学校の日程がまだ出ていない。生徒会長なので最速で分かるのである。
「そうか。ならば、レイン」
「はい」
「その男を休み期間の間に連れてこい。王都にだ」
「え。ぼ、ボクがですか」
「ああ。友人なのだろう。王命令で呼ぶよりも、素の状態を見れるだろう」
「しかし、父上。ブライン君にも用があるのでは・・王命の方が・・・」
自分が呼んで、彼が来てくれるかが分からない。
確実性をもたらすには、王命の方が良いのでは。
レインは必死に訴えていたが。
「いや、レインを友人だと思っているかを調べよう。それも査定のうちだ」
「そ。それは・・・」
王家に仇なす者かどうかを見極めるには、レインの方が適切だとした事により。
レインは自分に掛かる責任の重さを知る。
これは、誘致に失敗したら、彼の人生も間違いなく危ういものになるという事をだ。
ブラインは、自分が知らない間に窮地に立っていたのである。




