第8話 聖教会は一枚岩じゃない
「汝らに女神の御加護を」
アーケミア特別支援学校がある学園都市の教会の神父が、祈りを捧げる者たちに言った。
「「「「女神様」」」」
信者たちはそういって深々と頭を下げて、各々が祈りを捧げる。
長い間頭を下げる者がいれば、短く下げる者もいる。祈り方は人それぞれで自由だった。
そしてその中の一人が神父に近づく。
「・・・・し、神父さん・・・作ってきました」
そばかすの少女が神父のそばに来た。
白い布を持っている。
「おお。クレアさんですね。また来てくれたのですか」
「は、はい」
白い布を見せると神父は微笑んだ。
「これはこれは、贈呈品ですね。女神に感謝を」
「・・・そ。そうです。セシオ様に・・・これを」
「ちょうどいますよ。お会いしますか?」
「・・・あ、会えるんですか」
「ええ。会えます」
「あ・・ああ、会いたいです」
「いいですよ。どうぞこちらに」
彼女は、周りの信者たちとは別の奥の部屋に通された。
祈りの場所は明るいのに、奥の部屋は暗い。
薄暗い廊下を歩いて、蠟燭で灯されている部屋に辿り着く。
「せ、セシオ様」
「・・・ああ、君は」
「クレアです」
「そうだった。クレア君だったね」
「はい」
クレアの前に立つ男性はセシオ。神官のようだ。彼が羽織る薄いローブの光沢が美しい。かなりの高級品に見える。
「う・・・うち・・・あの」
「なんだね」
「・・・と、徳を・・・積みましたよね」
モジモジしている少女は、人差し指同士を繋ぎ合わせている。
「ん? 徳?」
「はい。し、白い布を三十枚は贈呈しました。これなら・・・」
「ああ。君は何かを願っていたのか」
「は、はい」
彼女は上目遣いで言った。
「三十枚か・・・寄贈三十枚ではな。女神もお赦しにはならないじゃないかな。もう少し徳を積まねば」
「だ、駄目なんですか・・・」
「君の願いは何だったかね」
「そ。それは」
目を伏せると言い淀む。難しい願いだと自分でも分かっている様子だ。
「・・・父と母に会いたいんです」
「そうか。君の願いは」
セシオは微笑んだ。
「そうだ。君は学生かね。学園都市にいる若者だからって、学生とは言えないからな。聞いておこう」
「あ。はい。そうです」
「ならば、聖女候補を知らんかね」
「マリアンナ様の事ですか?」
「それだ」
「・・・し、知ってはいます。クラスメイトです。でも知り合いじゃありません」
「そうか・・・」
「そ。それが何か?」
「う~ん。そうだな」
セシオの表情から感情が消えた。
「君の願いが叶わないのは、この世に女神様の力を奪うものが存在しているからなんだ」
「・・・え!?」
「君は知っていたかい。この世から女神の力が消えた理由を」
「め、女神様は、今もこの世界を見守っているのではないんですか?」
「違うぞ。直接介入できるのだ。女神は、この世において力を具現化できるんだ」
「・・・そ。そうなんですか!?」
「ああ。だが、この世に具現化させられない事情がある。君のお父上とお母上に会えないのはそういった理由だ」
「じゃ、じゃあ・・・う、うちは。二度と母と父には会えないんですか」
「ああ。女神の力が削がれている限りだがね」
「・・・な、なんで削がれているんですか」
「それは・・・」
セシオの言葉に、クレアは止まった。
「そ。そんな」
「だから私は教会の力を使おうと思うのだよ」
「・・で、でも、教会は聖女様を・・・お支えしてるのでは?」
「そうはなっている。だがしかし本来は聖女などいらないのだ。この世には存在してはならないのだよ。女神がいればそれでいい。せっかく数が減ったというのに、最後の一人が生きていれば、女神の力は世界に降臨してくれないのだ」
両手を挙げて悦に入るセシオは、神にも言い聞かせていた。
「・・・し、しかし・・・」
「だから、君はどうする」
「え?」
「最後の一人が邪魔だとは思わないかね」
「・・・ま、マリアンナ様が?」
「ああ。いらないと思わないかね」
「・・し、しかし・・・」
「消えてくれれば、君はお父上とお母上に会えるかもしれないよ」
「・・・でも、それは・・・聖女様の犠牲の上になるってことですか?」
「仕方ないだろう。いなくなった者に会うには、それ相応の代償が必要なのだよ」
「・・・・う、うち・・・」
煮え切らない態度のクレアに舌打ちをしそうになったセシオはギリギリの所で我慢できた。
彼は机の中にあるものを取り出す。
「そうか。優しいのだな。君は・・・犠牲の上の選択肢はないということか」
「・・・あ、は、はい」
「そうだ。君」
「はい」
「今度ダンジョン学習があったね」
「あ、あります」
「これまで祈りを捧げてくれた君にご加護をあげよう」
セシオは銀のロザリオを渡した。
「こ、こんな高価なものを?!」
「受け取って欲しい。今まで布の寄付をしてくれたようだからね」
「で、でも」
「いいんだ。これからも作ってくれるのだろ。それのお礼も込みだ」
「・・あ、はい。なら・・・有り難く頂戴します」
「うむ。それでは、今日話したことは他言無用だ。皆に知られると混乱するからね」
「わ、わかりました。絶対黙ります」
「ああ。それじゃあ」
「はい。ありがとうございました、セシオ様」
「うむ。また」
「失礼しました」
彼女が部屋から出て行った。
暫しして、部屋の奥から人影が生まれる。
「セシオ。仕掛けるのか」
「ああ。このままあの娘が聖女となられても困る。魔族を倒して名声を得たらしいからな」
「その為に、あの小娘を巻き込むつもりか」
「仕方のない犠牲だ。世界とは犠牲の上に立つのだ。それに小さき命如き、気にする必要もない」
「ふっ。大神官のセリフか。それは」
「大神官? 私は次期教皇だぞ。フリオネ」
「なに、それはお前。私の一派の票をよこせというのか?」
「当然だ。貴様のところも、聖女反対派だろうが」
「ふっ。だったらお前の一派が、私に一票をよこしても良さそうだが」
「貴様は教皇になりたかったか?」
「いいや」
「ならばいいだろう」
「そうだな。チャリオットやサーヤが、教皇になるよりかはマシか」
「ああ。あとは教皇様が引退されればいいだけだ。もしくは死んでもらうか」
「馬鹿。それは駄目だろう。教皇様を殺せば、女神のお怒りは静まらんぞ」
「そうだな。引退を大人しく待つか。しかし、それまでに聖女を消しておこう」
「・・・ふっ。動くのは必然だと言う事か」
不穏な影は、教会から・・・。
世界は少しずつ動いていた。




