第3話 交渉戦
「ガランドー。借金を返してくれるのでしょうね」
「そ。それは・・・」
リーヴァの鋭い眼光。気圧されるガランドー。戸惑うガラシア。
三者三葉の動きを見てオレが動き出す。
「すみません。それいくらすか」
軽いノリで進む。
「なんだね。君は。ガランドーの子じゃないね」
似てないから当然だ。赤毛じゃないし誰でも分かる事だ。
「ええ。オレは、ブラインです。ガラシア君の友人ですね」
「ガランドーの息子の?」
「そうです」
「何の関係があるんだ?」
「ええ。いわば、次のオーナーですね」
「ん?」
「それで、あんたはいくら貸したつもりでいるんだ」
彼が借りた金額が高すぎる。
これは元の金額があるはずだ。
「3500万だが」
「それは聞いた。オレが聞きたいのはそこじゃない。この人はいくら借りたんだ? 借りた額を聞いてんだ」
「3500万だと言ってる」
「はぁ。しょうがねえな。ここで終わりたかったけどさ。あんまり使いたくねえ手だったんだが・・・やるしかないか」
この机がちょうどいい。
オレは、アイテムボックスから、ベルを取り出して机に叩きつけた。
リンリンリンリン。
電話が鳴った時のような音が部屋中に響く。
この音が大きすぎて、家の外にまで聞こえるだろう。近所迷惑音だ。
少し間を置くと、この部屋の外から声が聞こえる。
「な、なんだてめえ。不法侵・・・」
「失礼します。失礼します~。失礼しま~す」
「ちょっと待て。そこはまだ開けては」
「ちょっと失礼しま~す」
陽気な声が近づいてきて扉が開くと、ますます陽気な声が陽気になっていく。
「はいはいはい。どうもどうもどうも。お呼びいただきましてありがとうございます。ブライン様」
ハンチング帽子を被った男性が強引にこの部屋にまで入ってきた。
「だ。誰だ」
「わたくし、愛とお金のキューピッド。モリー・サンダーランドでございます」
モリーが、リーヴァに名刺を差し出した。
名刺交換をしろの無言圧力である。
「こ、これは? 名刺ですか。それならこれを」
「はいはい。ありがとうございます。こちらは大切に保管させていただきますね」
相手から渡された名刺を胸のポケットにしまった。
モリーは笑顔を崩さない。
「それでは。ええ。ええ。私が仲介をしたいと思いますが。よろしいでしょうか」
「仲介?」
「はい。色々なトラブルのお話だと。ブライン様からお聞きしましたよ」
「トラブルだって。いや、3500万の借金だと決まっている話だ。断じてトラブルではない」
「ええ。それがおいくらから始まりました?」
「だから3500万で」
「はい。だから、おいくらから始まりましたか?」
「だ。だから」
「ええ。ええ。おいくらから始まりましたか?」
笑顔を崩さないのに聞いた話を同じトーンで繰り返す。
その恐怖はホラー的だった。
「3500万なんてね。一個人が背負える金額じゃありませんからね。なぜそこまで膨らんでいるのでしょうか?」
「だから、これが出した損害が重なっていき」
「彼が出した?」
「そう。作っても駄作ばかりで売れないものばかり。その損失は、3500万でも少ないくらいだ」
「・・・・それならばどのような物を作ったのでしょうか? 私が計算します。使った素材に、売れた金額。これらの差額で考えればよろしいのでしょ」
「と、とにかく、こいつが出したのが3500万なのですよ」
丁寧な言葉遣いが剥がれている。
こいつと言いながら、ですよって言ってるぞ。
「んんん。金額把握、それだと非常に分かりにくいですね。ブライン様、どうしましょうか」
「そうですね。この現状、モリーさんだったらどうします」
「ええ。私であれば、踏み倒します」
悪びれもせず、堂々と言い切った。
「そちら側に不正の疑いがあるために、踏み倒しても問題がないとします」
「なんだと。それはないだろう。貴様、不正だと言って我がリファングを貶める気か」
「貶める? いいえ。借金が高額過ぎるためにおかしいと指摘しているのです。3500万が不可思議な数値だと言っています。妥当な金額であれば払うに決まっていますので、貶める考えはありません」
凄い早口である。滑らかな指摘で、スムーズだ。
「貴様。どこのものだ」
化けの皮がはがれ始めたか?
言葉遣いを気にしなくなった。
「私は、そちらの名刺に書いてありますよ!」
「名刺にだと」
名刺を見た。
「ランド商会・・・・ランド?」
名が通らない商人だな?
・・・・。
と顔には疑問が残っている。
でもこの人は怪物だぞ。リーヴァ。
ランド商会は、ゲーム始まりの段階だと、世界を股にかける流れの商人の集まり。
ちなみに、この時点で判明しているランドの内の二人目が彼だ。
ランドは合計で五人いるからな。
「ランド商会のモリー・サンダーランドでございますよ。リーヴァ様」
「だ。だから誰なんだ?」
「ええ。モリーでございます」
「・・・こ、この男は・・・話が通じん」
モリー・サンダーランド
この人は、トリス・メリーランドの親戚。
続柄的な立ち位置だと、ハトコだ。
実は、トリスはランド商会の外部役員でもある。
商人が隠しの仕事であるのだ。
魔法師団団長が表の仕事となっている。
「どうでしょう。リーヴァ様。正直にお話していただけると、こちらもお金を返しようがあります」
笑顔の裏にある圧。これが強力な男モリー。
なぜブラインと知り合いなのかは、クロノが関係している。
彼が、モリーの父テリーと知り合いだからだ。
テリーの後を継いだモリーもレッドピック家との縁を大事にしているから、このように動いてくれるのである。
「返しようだと・・・いくらまで返す気があったというんだ。今までの会話。貴様らでは、まったく返す気が見えないのだが」
返さないという雰囲気がこっちにあるから、リーヴァはこう聞いている。
「いくらだと返されると思ってます?」
「なに」
「あなたは、いくらだったら返ってくると思ってました?」
「なんだと。3500万に決まってるだろ」
「ああ。ああ。あなたは強情で強欲ですね。お金と物の価値は、対等であるべきだ。価値というものは同じであるべきなのですよ」
「な、何を言ってる?」
モリーが計算しだした。
「最初の金額。これを個人で借金できる金額のマックスで想定すると、500万くらいだと思います。それが膨らみ続けて3500万はない。開始時点が8年前だとお聞きしていますので、一度もお金を返されず、年利が年十%と高く見積もっても、本来は1071万程ではないでしょうか? 毎度元本として計算され、膨らんでいったとしてもです」
「・・・なに、たったのそれだけなわけがないだろう。3500万だ」
「いえいえ。たったも何もですね。それくらい個人から搾り取れたら十分じゃないでしょうか。あなたの商会であれば、個人からそれくらいの金額は異例の高さでは?」
他にも事例がありそうだ。苦しんでいる顧客はまだまだいそうだ。
彼は暗にそう危惧していた。
「・・・・」
「黙りますか。それでは、ここからが、ブライン様の交渉ですね」
「了解です。ありがとうございます。モリーさん」
「いえいえ」
モリーさんに任せたのはここまで、ここからがオレの力押しだ。
「あんたの計算が、3500万から動かないのは残念だ。でもオレがこの人の借金を返そうと思う」
「なに? 子供の友人がか!?」
「ああ。これで返そうと思うんだが、どうだ。満足してくれるか」
オレがテーブルの上に置いたのは、アルレシオの瞳。
超貴重なアイテムだから、当然そちらも気付く。
「これは、アルレシオ?」
しかし、形は同じでも色見が違う。
「・・・深緑? 偽物か」
そう思うのも当然。見た事がない代物だろう。オレも初だった。
「いいえ。違いますよ。これは、本物です」
モリーさんが援護してくれた。
「本物? 色が違うぞ」
「ええ。ですからこれは亜種です。非常に珍しいものです」
「なんだと。アルレシオの亜種?」
前日、モリーさんに相談したところ。これはアルレシオの瞳亜種だと言ってくれた。
滅多にないものなので、彼が商会に確認を取ってくれたので、これは亜種確定でいいらしい。
「んで。オレはそれをあんたにやろうと思うんだ」
「これをか」
「ああ。彼の借金をチャラにしてくれるならだけどな」
「なに? これと引き換えだと」
「ああ。そんかわり二度と関わらないでくれ。彼を自由にしたいからな」
「・・・しかしアルレシオは1000万・・・」
そうアルレシオの瞳は高くても1000万での買取金額。
これであんたが納得するというのは、ずっと言い張って来た3500万を捨てると同じだ。
「本来は1071万くらいなんだろ。十分じゃないのか」
オレが金額が同等だと訴えてみる。
「だが」
強欲だなこいつ。大体イーブンなんだぞ。
価値的にさ。それでも承諾しねえ。
「あんた。亜種がいくらか知ってるか」
「ん?」
「亜種の価値がいくらか知っているのかって聞いてんの?」
「これのか」
「いいや、亜種全体の価値だ」
「アイテムとしての亜種の事か」
「ああ」
「し、知らん。私はそういう商人じゃないからな。鍛冶がメインだから、素材の価値など」
「そうか。あんたの所は、亜種を扱わないんだな」
「そ、それは。この商会は・・・」
汎用性の高い武器防具をたくさん作って、大量に売るのがリファングだ。
珍しい素材を確保する事に躍起になるわけじゃないもんな。
価値なんて分かるわけないか。
「じゃあ知らないんだな。亜種は元の奴の相場の三倍だそうだ」
「なに。そ、それじゃあ」
「そうだから、これの価値は、3000万を超えてくれるらしいぞ」
「な、なに!? これだけで、3000万も!?」
アルレシオの瞳一発で3000万越え。
リーヴァの目がお金になった。
「どうする。リーヴァ。決断は今しかない。オレの気が変わらない内に聞く。こいつをもらって、ガランドーを手放すか。現金3500万が、ガランドーから返って来るまで待ち続けるか。この二択で聞く。さあ、あんたはどうする」
「わ・・・わたしは・・・・」
改めて聞くまでもないだろ。
あんたなら。
「こっちにしよう。借金はなしだ」
「「おおおおお」」
ガラシア君とガランドーが手を取り合って喜んだ。
「じゃあ、紙をくれ。お前ら用。ガランドー用。そしてオレとランド商会用に四枚用意だ」
「よ、四枚も」
「ああ。いいか。お前は二度とこの件を蒸し返すな。蒸し返したら、レッドピック家が直々にリファングを訴えるとする。その際には力づくもありだとな」
「な!?」
「大丈夫。あんたが約束を守る限りは、オレは何も言わない」
「・・・い、いいだろう。その文書を残そう。今から用意させる」
「ああ」
これでオレの勝利が確定した。
アルレシオの瞳亜種。
これを無条件に手放した理由は一つ。
この価値を三倍にするには腕の良い職人がいないと駄目だからだ。
亜種は取り扱いが激ムズ。
通常の素材として扱うと、亜種は崩壊するらしい。
生半可な腕前の職人だとその価値が無となるのだ。
オレの予測だが、リファング商会にこれを取り扱える人間はいないと思うんだ。
彼がいないのであれば、誰も扱えないアイテム。
それがアルレシオの瞳亜種だ。
ガランドーも手放すことになるリファングに、このアイテムは無用の代物。
そっちにとっては無駄なもので、こっちにとっては有益。
でも交渉の中身は等価交換に等しい結果。
つまり、こいつはさ。
リーヴァ側の交渉結果ってのは、マヌケな結果に終わるのさ。
「よし。これでいいな」
文書をもらったオレは、ガランドーに渡して、更に彼にも渡してチェックしてもらった。
「はいはいはい。よろしいですね。私もこれを管理しますので、約定が破られた際は、ランド商会からも派兵しますね」
「は、派兵!?」
「ええ。我が商会最高戦力が一人。トリス・メリーランドをですね」
「な、なに!? ま。魔法師団団長だと」
脅しには十分な実力者。
最強の魔法使いの名が出たら、さすがにリーヴァも大人しくならねば、目をつけられてしまう。
口が閉じ始めていた。
「ええ。ですので、約定は違えない事です。違えない限りは戦力を出す事もありません」
モリーの笑顔はそのままで脅しは続いていた。
「それでは、今後もランド商会をごひいきにお願いしますね。リファング商会のリーヴァ殿」
「あ・・・ああ・・・・はぁ」
あの蹄王と呼ばれたリーヴァを完全圧倒したモリーであった。




