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舞い落ちる桜の花びらと一緒に、美しい桃色の着物は典成の手に捕まることなくするりと逃げて行きました。奥方の体は途切れた橋の向こう、雨で増水した川に消えていきました。
典成は川に手を伸ばして叫びましたが、その声は誰にも、典成自身にも聞こえませんでした。少しずつ、世界に音が戻ってきました。いつもより強い川の流れの音が典成に聞こえました。
雨は降り続いていました。
数時間後、川下から経行の軍勢がその場に到着しました。経行の後ろには北畠と那須が付き従っています。
辺りには討ち果たされた兵たちが何十人と倒れていました。壊れた橋のたもとに、全身が赤一色になった典成が薙刀を手に立っています。彼の体には何本も矢が刺さっていました。自らの血と返り血。雨でも流れ落ちないほどに彼の体は赤く染まってしまっていました。
「典成、よくぞ生きておった」
経行は破壊された橋の途中に捨て置かれている輿を見て
「桃はどうした?」
と典成に聞きました。
「奥方様のお言葉をお伝えいたします・・・」
典成は生気の無い表情で言いました。
「・・・もし自分に万一の事があったら、経行様は時子様と再婚され武丸様を太子とされますように、さすれば南条様も刃を振り下ろす先が無くなる・・・と」
「桃は?」
経行は再び聞きました。
「矢を受け、川に」
典成は薙刀を持ち変えると刃を自分の喉に向けました。
経行は素早く馬から飛び降りて薙刀の柄をつかんで典成の自害を止めました。




