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ゆっくり話して/婚約者の死刑待ち  作者: 香詠 Koei
第3章 別れまであと3ヶ月
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第61話:別れまであと30秒のファーストキス

今度こそ、神はこの恋人たちに慈悲を垂れることはなかった。


二週間後、連合軍が国境線を突破した。北方帝国軍司令部は即座に全軍に撤退を命じ、大佐に対しては市内のあらゆる施設を破壊するよう命令を下した。


大佐は電報をくしゃくしゃに丸めて、そのままゴミ箱へと投げ捨てて、こう言い放った。

「我々の家を壊したいなら、まず俺の屍を越えてゆけ!」


ここで問題があった。連合軍が国境から市内に進軍するのには約三十分かかる。一方、大佐が基地からモラン邸まで車で戻るのにも同じく三十分ほどかかるということだ。つまり、大佐が今、基地から撤退せず、あえて逆方向のモラン邸に向かえば、その時点で彼にはもはや逃げ切る時間が残されていないことになる。


それでも彼は、他人の目には「間違っているこの決断」を敢えて選んだ。最愛の女性に最後の別れを告げるために。


二人の少年兵が同行を強く志願し、彼はやむなく承諾した。


彼が車をモラン邸の前に停めると、遠くには肉眼でも連合軍の車列が見えた。南国の人々は連合軍の入城を歓迎しており、その光景はとても賑やかだった。大佐が大門を開けようとした時、ソフィーが飛び出してきて、一着の服を彼に差し出した。


「もし状況が悪くなったら、軍服を脱いで、この服に着替えて。南国の農民のフリをするのよ。わかった?」


大佐はうなずき、服を受け取った。同時に自分の拳銃をホルスターから抜き、ソフィーに渡した。ソフィーは言葉を続けた。


「まず一度、「私は南国の農民です」って言ってみて。いい?」


*************************************


連合軍の入城を歓迎する群衆を率いていたのは、一人のハゲ頭の男だった。彼は連合軍が国境を突破したという知らせを受けた時、大佐の撤退が間に合わないのではないかと危惧していた。そこで、同じく大佐の恩恵を受けた人々を集め、街へと繋がる唯一の道である大通りの前で連合軍を出迎えることにした。少しでも時間を稼ぎ、大佐に逃げるための時間を作りたかったのだ。彼は時折、遠くの丘の方を見つめ、合図を待ち続けていた。


*************************************


大佐はどもりながら言った。

「わたしは……南国の…のうみん……デス…」


ソフィーが言った。

「Uの音が間違ってるわ。南国語のUは、唇を丸めて前に突き出して、誰かにキスをするみたいにね。」そう言って彼女は唇を突き出し、大佐に正しい発音の口の形を見せた。


ソフィーの唇を見つめていた大佐は、ふとモランお爺ちゃんの秘策を思い出した。


((( 適切な時に、女に大胆なお願いをするものだ )))


(……今だ! 今こそが、その時だ!)


*************************************


ソフィーは、大佐が緊張して正しい発音ができないので、キスのように唇を突き出して、正しい口の形をお手本として見せていた。


すると大佐は何かを思いついたかのように、目を見開き、ソフィーが全く予想しなかったお願いをした。


「私の唇を君の唇に重ねて、正しい発音を教えてくれないか?」


ソフィーは両手で大佐の頬を包み込み、一瞬の躊躇もなく、直接大佐の唇にキスをした。この瞬間、彼女はお婆ちゃんの秘策を思い出した。


((( 女の子は適切な時に、自分から動くもんだ )))


(……今だ! 今が、ここぞという時だ!)


二人が激しくお互いの唇を貪り合った。十数秒の熱い抱擁の後、ようやく名残惜しそうに唇を離した。そして、大佐が言った。

「もう一度、教えてくれないか?」


ソフィーは目を閉じて、大佐からのキスを待った。しかし十秒を経ても、彼の温かい唇は感じられなかった。不審に思って目を開けると、大佐は既に二人の少年兵に引きずられているところだった。遠くからは連合軍の車列の音と群衆の歓声がますます大きくなっていた。


十メートルほど離れた距離から、大佐がソフィーに何かを叫んだ。しかし激しい風の音と周囲の騒音で、その内容は聞き取れなかった。彼は左手の手袋を脱ぎ、ソフィーに向かって投げつけた。


「ゆっくり話して……? 聞こえな――」

言い終わる前に、大佐は少年兵たちに車に押し込まれた。そして車は、あっという間に走り去っていった。


**************************************


十数秒という短いファーストキスだけで、大佐は満足できなかった。彼はもう一度自分の恋人の唇を味わいたかった。しかし殘された時間があまりにも短すぎたために、部下たちに引きずられるように車へと向かった。


十メートルほど離れたところで、大佐はソフィーに向かって叫んだ。


「私と結婚して、妻になってくれないか?」


けれどもソフィーには、その言葉がうまく聞き取れていないようだった。


大佐はすぐに左手の手袋を脱ぎ、その中に何かを押し込めてから、ソフィーへと投げた。


彼の体は、その瞬間、全ての力を失ったかのようだった。彼はただ、なされるがままに部下たちに車へと押し込まれ、頭の中は真っ白になった。


(さようなら……これで、本当に、永遠に、さようなら……)


*************************************


ソフィーは手袋の中に手を入れた。すると、中に何かが入っているのを感じた。取り出してみると、それは真鍮でできた一つの指輪だった。


大佐がさっき言っていたのは……別れの挨拶でも、言い付けでもなかった。まさか……


「はい、喜んで―――!!!」


急速に遠ざかっていく車に向かって、ソフィーは声の限りにそう叫んだ。


*************************************


丘の上で、ハゲ頭の男の妻が、大佐の車がモラン邸を離れるのを見た。彼女は南国の国旗を力いっぱい振り、風にひるがえらせた。


ハゲ頭の男はその合図を見て、緊張した気持ちがようやく解けた。彼は心の中でつぶやいた。


(大佐、空襲の後に私たち家族を匿ってくれてありがとう。今回の十五分間は、私たちからの恩返しだ。いつでも、またこの南国へ戻ってきてくれ)


*************************************


車の中で、大佐は涙を抑えられなかった。彼には、ずっとソフィーに伝えたかった、けれどもう二度と伝えることのできない言葉があった。


ソフィー、


知っているかい? 私はずっと君を、私のものにしたかった。初めて出逢ったあの瞬間から、ずっとなんだ。


しかし、私はそうしなかった。それは君を愛していないからじゃない。


むしろ、愛しすぎているからだ。


いつか、私は君のもとを去らなければならないと分かっていた。しかし、その「いつか」が今日だとは、思いもしなかったんだ。


もしいつか、私が死んだことを知っても、どうか泣かないでくれ。私は君の涙に値しない。


なぜなら私は、君にキスするのにも言い訳が必要な、ただの臆病者だったのだから。


Sophie,

Sais-tu que j’ai toujours voulu te posséder ? Depuis le premier instant où je t’ai vue, je n’ai cessé de le vouloir.

Mais je ne l’ai pas fait. Non pas parce que je ne t’aime pas, mais parce que je t’aime trop.

Je savais qu’un jour, je devrais te quitter. Mais j’ignorais que ce jour serait aujourd’hui.

Si un jour tu apprends que je suis mort, ne pleure pas pour moi. Je ne mérite pas tes larmes.

Car je ne suis qu’un lâche qui a toujours eu besoin d’un prétexte pour t’embrasser.

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