第5話:彼の優しさを、わざと拒んだ
ついに車が停まった。ソフィーは、少しの失落感と、そして緊張を覚えていた。
失落の理由は、こうだ。隣のイケメンと、この狭い車内で一時間以上も一緒にいたのに、結局、何も起きなかった。
緊張の理由は、これから、彼と自分の間に、何が起こるのか、怖かったからだ。
(どっちにしろ、こんなの、嫌だ)
(期待してた自分なんて、認められない)
一瞬、期待しただけなのに。けれど、その「一瞬」を何度も何度も積み重ねていくと、自分でも気づかないうちに、一時間以上も、期待し続けていたことになる。そして、その事実こそが、彼女が自分自身と向き合わせるのが、一番つらかった。
先に車を降りた大佐は、わざわざ車の前を回り込み、彼女のために助手席のドアを開けてくれた。
ドアが開いた瞬間、冷たい外気が流れ込み、ソフィーは身を震わせた。彼女は肩にかけた軍用外套の前を、無意識のうちに、ぎゅっと掻き合わせる。そうして、ゆっくりと車を降りた。
(こういう時こそ、手を貸して、エスコートするものじゃないの?)
心の中でそう呟いてから、ソフィーは、自分がおかしくなったと思った。自分をただの慰み者としか見ていない敵の軍人を、レディをエスコートする紳士的な恋人と、空想しているなんて。
ところが——幻想であれ何であれ、ソフィーの目の前に、本当に、差し出された手が現れた。軍手をはめた、大きな手だ。顔を上げると、こちらを見つめる男が、右手を差し出している。誰がどう見ても、彼女が車を降りるのを手伝おうとしている。
ソフィーの心の中に、チクリと、小さな喜びが芽生えた。だが、彼女はそこで、自分はただの慰み者に過ぎないことを思い出す。だから彼女は、わざと、その手を無視して、一人で車を降りた。
男は、半秒だけ、その場に固まっていた。けれど、特に何も言わずに、右手をドアへと伸ばした。
ソフィーが車を降り、しっかりと地面に足をつけたのを確認してから——彼は、静かに、そっと、ドアを閉めた。




