第19話:告白しようとして、緊張しすぎて、服を脱がせたいって言っちゃう彼
———大佐———
軍用外套が再び自分の手に戻ると、大佐はそれをまず部屋に置き、それから何度か深く息を吸い込んだ。そして、台所にいるソフィーに正式な告白をするため、全神経を奮い立たせた。
(……私と、付き合ってくれないか)
台詞は、夜中の三時まで練習済みだ。萬が一にも失敗せぬよう、部隊には半日の休暇まで申請してある。
モランお婆ちゃんが仕立てた一張羅を纏い、せっせと野菜を刻むソフィーの後ろ姿の曲線は、これまで以上に目を奪うものだった。こんな光景を目にするとは予想していなかった大佐は、心臓の高鳴りと、ほんの少しの唇の震えを、自分でも感じていた。
(このまま後ろから抱きしめて、この髪に顔を埋めて、彼女の香りを、直接吸い込んでしまいたい)
だが、実行には移せなかった。彼女に怖がられるのが、嫌だったからだ。けれど、欲望を抑え込もうとすればするほど、心臓はますます激しく高鳴っていく。
あと三歩で彼女に追いつくという距離で——突然、彼女がくるりとこちらを振り向いた。大佐は驚いて半歩引き下がる。一方のソフィーは、コンロのすぐそばで、もはや後ろには引けなかった。その混乱で、うっかりトマトを床に落としてしまう。
二人は同時にしゃがみ込み、それを拾おうとした。が、ほんの一瞬、大佐が出遅れ、トマトはソフィーに先に拾われ、彼の手は、ソフィーの手に、そのまま重なった。
本来なら、すぐに手を引っ込めるべきだった。だが、大佐はひどく緊張していたせいで、彼女の手を握りしめたまま、どうしても放せなかった。そうして二人は、手を重ねたまま、立ち上がった。十數秒ほど経ってから、大佐はようやく自分の失態に気づき、手を素早く引っ込めた。
大佐は意を決した。今だとばかりに、ぐっと二歩前に出て、その距離をたったの一歩分に縮め込む。
「ちょっと——」
「いいわよ!」ソフィーは、矢も盾もたまらず、そう答えた。
大佐の心臓は、破裂しそうなほど激しく脈打っていた。彼は、散々練習した告白の台詞を、ようやく口にした。だが、その酷い訛りのせいで、ソフィーにはまるで聞き取れなかった。
「もう少し、ゆっくり話して。早すぎて、聞き取れないの」
大佐は、このまま彼女を抱きしめて、深い口づけを交わしたい気持ちでいっぱいだった。けれど、どうしても自分の身体を、それに従わせることができない。その正に絶体絶命の瞬間——彼の目に、彼女の背後にある、一つのボウルが飛び込んできた。途端に、さっきまでの激しい動悸が、嘘のように治まっていく。しかし彼の口から出た言葉は、自分でも信じられないものだった。
「ちょっと、そのボウルを、取ってくれないか?」
(……また、やってしまった)
(次の告白の前には、まず偵察を。絶対に、怪しい食器は、この目で確認してからにしなければ)
———ソフィー———
ソフィーが朝、軍用外套を渡した時から、女の直感が、今日はきっと何かが起こると囁いていた。そのため彼女は台所でただの「ふり」をして、大佐がやって来るのを待ち伏せていた。ほどなくして、背後から足音が聞こえてくる。
(本当に台所に入ってきてくれた!)
(自分の直感が當たってよかった)
大佐が一歩ずつ近づいてくる。ソフィーはなおも「忙しいふり」を続けた。包丁を使っていながらも、心臓がうるさくて、本当に野菜を刻むのはむしろ危険だとさえ思えたからだ。
(このまま、後ろからぎゅってされたりして)
(それで私の髪に、顔を埋めたりするのかなあ)
と——大佐の足が、ぴたりと止まった。數秒待っても後ろに何の気配もないので、思い切って振り返ってみたら——うっかりトマトを、床に落としてしまった。そして、それを拾おうとしゃがみ込んだその時、大佐もしゃがみ込んでいて——突然、手を、ぐっと握ってきたのだ。
(餡ちゃん、ついに、勇気を出してくれたんだ……!)
立ち上がっても、大佐はまだ手を放さなかった。ソフィーの胸の內は、これから起こることへの期待で、嬉しさでいっぱいだった。やがて彼は手を引っ込めてしまったけれど、二歩も前に出て、ぐっと距離を縮めてきた。
「ちょっと——」
(ついに、キスしてくれるんだ!)
「いいわよ!」
(いいわよ、何だってして。さあ、抱きしめて。そして、キスをして!)
大佐が何かを言った。が、「月当て」という言葉だけが、かろうじて聞き取れただけだった。落ち着いて、ゆっくり話してくれるよう頼んだのに——まさか彼が本気で「ボウルを取ってくれないか」だけだったとは、想像だにしなかった。
ソフィーは、この好機をみすみす逃すまいと、禁斷の奧の手を使うことにした。ただでさえ、ボウルを取ったらすぐにここを離れるつもりで、すっかり警戒心を解いていた大佐に、彼女がぐいと切り込んだのだ。
「私がこの服、似合ってる?」
また頭の中で自分との話だと思った大佐は、自動的にそう答えた。
「ああ、似合いすぎて、脱がせてしまいたいくらいだ」
ソフィーは、耳を疑った。
(もしかしてあれは、『服を脱がせていいか』って聞いたの? そして私は、それを『いいわよ』って……!)
「あ、いや、そういう意味じゃないんだ。つまり、その美しい服が汚れないよう、脱いで別の服に着替えるべきだと言う意味で、だから最終的に着衣はしている状態になるという、そういう話でだな……!」
(……ああ、よかった。本当に私の服を脱がせるつもりだったのかと思ったじゃないの)





