第3話 待ち伏せする白雪姫
夕方、いつも通りに家に帰宅するルートを通って、碧は昨日の公園の前までやってきた。
そういえば、昨日、あんな事があったと思い出しながら公園の前を通過しようとした。
すると、公園の入り口にある石柱に背を向けて寄り掛かっている人物を見かけた。
(え、昨日の今日でまたいるの? 誰かを待ち伏せ? 俺じゃ、ないよな……)
疑問符を浮かべながらも碧は、何事もなかったかのように彼女の前を通り過ぎようと近づいていく。
そして、そのままスルーして、彼女の前を横切った。
彼女の前を横切る瞬間、橘白雪は碧の方を睨みつけている気がした。
いや、気がしたのではない。実際に彼女の視線は通り過ぎる碧を追っていたのだから。
このまま、家に帰ろうかと思って安堵しかけた時だった。
「待って……」
白雪がいきなり葵の右腕を片手でがっしりと握ってきた。
やはりか、と面倒そうに思いながら歩くのをやめ、彼女の方を振り返る。
「なんで、無視して何事もなかったかのように通り過ぎようとしているのよ!」
白雪は碧の眼を睨みつけて、不服そうに頬を膨らませた。
「いや、別に何も用があったわけでもないし……」
碧は、特に白雪に興味なく、早く帰ってやらなければならない事を考えていた。
「じゃあ、私が待ち伏せしていたのが悪いってわけ!」
「あ、俺を待ち伏せていたわけ?」
「そうよ、あなた以外に誰がいるの⁉」
「いや、知らないし。そもそも君とは何も関係性がないのだが……」
碧は右腕の少し捻った感触が地味に痛かったので、白雪の方を振り返る。
それに気づいた白雪は「あ、ごめん」と、すぐに碧から手を放し、少し罰が悪そうな表情を見せる。
学校ではこんな表情は見たことがないと思った碧は、白雪の今朝のイメージからして、少しばかし気が抜けているのかと感じた。
「関係性、関係性ね……。それならあるじゃない。昨日の事とか?」
「昨日ね……」
昨日の話題を持ち出されると関係性はないとは言えない。
むしろ、碧にとっては被害者に等しいのである。
実際に見えるところには絆創膏や湿布が貼られている。
「うっ……。悪かったとは思っているわよ。だって、しょうがないじゃない。私、高い所が苦手なんだから……」
自分に非があると全面的に認めている白雪は、碧に怪我させたことを結構気にしている様子だった。
「別に怪我のことは心配しなくていいよ。気に引っ掛かったボールを取ってあげて、自分が苦手な高所恐怖症くらい誰にだって弱いところはあるさ。次からは行動に移す前に自分が何に弱いのか考えてほしいだけさ」
碧は、彼女を傷つけないように優しい言葉で言う。
「うん……。ありがとう……」
白雪の方の力が抜け、表情も柔らかくなり、碧に対して微笑む。
素直に自然な笑みを浮かべる白雪は可愛らしかった。
今朝見た時とは違い、今の笑みであれば、もっといいのにと碧は思ってしまった。
改めて橘白雪という女の子を見ると、シュッとしたスレンダーな体つきで、顔付も悪くなく、もう少し素直になって笑顔でいれば人気も今まで以上のものになるだろう。
性格は、良し悪しがハッキリとしているタイプであり、よく観察すれば自分が弱いところはどうにかして隠し通そうとする不器用なのか、器用なのかハッキリとしないタイプである。
「それで用件って?」
「え? あっ……」
碧自身に用があったことを思い出した白雪は、思い出したかのように、うーんと悩み、てんやわんやしている状態だ。
「その……あなたにお礼が言いたくて……。あ、その前に、まだ、自己紹介がまだだったわね。私の名前は橘白雪、一応、あなたと同じ高校の一年生です」
そういえば、自己紹介すらしていなかった白雪は、思い出したかのようにサラッと名を名乗る。
「俺は篠原碧です」
「そんなにかしこまるほど、私、偉くはないわよ。同級生なんだから気楽にね、気楽に」
ふふふ、と碧の態度がおかしかったのか碧を見て微笑む。
「それで、篠原くん」
「なんだ?」
「それで、その……昨日の怪我とか大丈夫? 私、君に向かって飛び降りて、ほら、迷惑かけちゃったし……」
人差し指をつんつんと重ねながら可愛い仕草を見せてくる。
碧は別にそこまで気にしなくてもいいのにと思っていたのだが、彼女の性格を考えると、ここで冷たく突っぱねても良くないだろう。
それにただのかすり傷程度と軽い打撲で済んだのだからそこまで怒っていない。
「別に迷惑じゃないよ。まぁ、ボールを取ったのはいいものの降りられなくなったのは俺としては意外だったんだけどな」
「意外?」
白雪はきょとんと首を傾げる。
「ほら、橘は学校では完璧主義で容姿端麗、成績優秀、文武両道って感じのスキのない、弱点が見当たらないって感じだったから」
「そう、それはどうも……」
真正面から言われると、もじもじとする白雪。
「まさか、高いところが苦手で降りられずビクビクしているなんて、想像が出来なかったから、何というか。うん、そんなこともあるのだと思った」
「うっ……。悪かったわね。高いところは小さい頃から苦手だもん‼」
碧にそんな自分の恥ずかしいところを見られて、白雪はぷくぅと、頬を膨らませながら視線を逸らす。
頬の辺りが少し赤らめているのも照れ隠しなのかと碧は感じた。
「それに学校では完璧にいないといけないし、弱い姿なんて見せたくないんだもん!」
「へぇ」
この気の強い女の子は、力の抜き方もあまり知らないらしい。
「じゃあ、これからもいつも通りに振舞うわけで?」
「ええ、そうよ。私自身、人に弱みを握られたくないもの。弱点なんて、それは私にとっては短所なんだから」
「別に見せてもいいと思うけどな」
碧はそれを聞いてつい、言葉が漏れてしまった。
本心からそれなりにギャップがあって愛らしいのがいいのでは思う。
「い・や・よ。だから、私が高所恐怖症なのは忘れてね」
「はいはい、分かったよ」
「絶対よ!」
ビシッと念には念を、彼女らしく圧をかけてくる。
「分かっている。絶対に言わない」
碧も別に言いふらすような事でもないし、だから、それが何だと思った。
「ならよろしい!」
白雪は笑顔を見せる。
「それともう一つ。篠原君にはお願いがあるんだけど――」




