第2話 翌日の教室で
碧は、大きな欠伸をしながら教室の窓際の席に座っていた。
「………」
それを前の席に座っている男子生徒がじっと見つめてくる。
「なんだよ……」
それを不満げに思ったのか、碧は面倒そうにその男子生徒に関わる。
「うんや、何も。珍しくお前が怪我をしているなぁ、と思っただけだよ」
「さいで」
碧はため息交じりながらプイッと視線を窓の方へと背ける。
碧には複数の刺し傷ではなく、擦り傷で追った皮膚に絆創膏やシップなどが貼られている。
登校時に教室内でそれなりに注目を浴びたものの、碧の不機嫌なオーラを発していたので、事情を聴くクラスメイトはいなかった。
それなのに碧の前に座っているこの男子生徒だけはヘラヘラと珍しそうに聴いてきたのだ。
「そんなに怒るなよ。さすがに俺も何があったのかは知らないが、お前のそれを見たら気になって仕方がないだろ?」
「だろうな」
「だろうなって……お前って奴は……。で、何があったらそうなったんだ?」
碧の返事に哀れな感情を持っている男子生徒は、改めて質問する。
目の前にいる男子生徒・宮前海斗は碧の中学時代からの友人であり、今年入学したこの高校でも同じクラスの席が前後といった腐れ縁である。
普段から陽気な性格で、誰とでもコミュニケーションが取れる男であり、それがいつもつるんでいるのが碧なのが以外であったりする。
「そうだな。空から降りてきた少女を親方と叫ぶ前に受け取ったものはいいものの、落下の距離が意外にも短くて軽い打撲と軽傷で済んだという所かな?」
碧は話をとあるアニメ映画に例えながら簡潔に述べる。
「……はぁ? 分かるようで分かりづらい例えだな。いや、分からなくはないんだけどさぁ……。つまり、飛び降りた女の子を支えられずに下敷きになったという事でよろしいですかね?」
「ああ、概ねそういう所かな」
「へぇ……」
海斗は、改めて昨日まで碧になかった傷の個所を見て、ご愁傷さまとゆっくりと手を合わせた。
碧たちが話していると廊下の方から何やら騒がしい声が聞こえてくる。
つい、視線を泳がせると、昨日、自分を下敷きにした少女が、何やら注目を集めている姿を捉えた。
「ああ、また、怒られてやんの、あいつら」
海斗は苦笑いをしながら、少女に注意されている男子生徒達を見ていた。
「知っているのか、あいつの事」
碧はさり気なく海斗に彼女の事を聞いてみる。
「そりゃあ、もちろん。なんせ、この学校では有名人だからな。橘白雪は容姿端麗、成績優秀、おまけに剣道有段であり、一年生にして時期生徒会長という噂まで出ているもんだ。まぁ、俺達とは住む世界が違うという事だな。もし、狙っているのなら諦めろ、しっぺ返し喰らうぞ。その点では、うちのは能天気でお気楽なお転婆娘だけどね」
最後に誰の事を言っているのだろうか。
「誰がお転婆娘なのかな?」
と、海斗の後ろで腕を組みながら、それは私の事を言っているの、と不敵な笑みを浮かべて女子生徒が仁王立ちしていた。
あ、やべ、と罰が悪そうに誤魔化し気味に舌を出す海斗。
だが、それはもう遅いと指摘するかの如く、その女子生徒は海斗の頭を手をグーにして、ぐりぐりと当ててきた。
「い、痛っ! いろはやめろって! それだけは勘弁してくれ!」
本気ではないぐりぐりにじゃれ合う二人を見ながら、碧は自分の目の前でいちゃいちゃするのは他所でやってくれと思った。
「かいくんが悪いんだからね。私、お転婆娘じゃないよ。まぁ、色々と危なっかしい所はあるけどさ。アオアオもそう思うよね⁉」
「いや、なんでそこで俺に振って来るんだよ。ノーコメントで」
「えー、ひどっ!」
「後、アオアオ言うな」
「えー、いいじゃん。可愛いよ!」
「あ、そう」
アオアオとは碧のあだ名であり、本人自体許可していないのだが、彼女の一方的な呼び方でその呼び名が定着した。
碧をあだ名で呼ぶ彼女は、後閑いろは。
海斗と同じく碧の中学生からの同級生であり、海斗の幼馴染兼彼女といったポジションである。
緩いウェーブのかかったゆるふわな感じで左に一結びしている少女である。
特技は料理であるが、残念なことに頭の方はどうかと言われると残念な子と言われても仕方がない子である。
ちなみにこの二人はカップルである前提で話を続けると前後カップルと一部の人間から言われている。
二人の名字が宮前と後閑だからそこから取っての名称である。
だが、その言葉にいろはは納得いっていないようで、自分がそれを言われるのはあまり好きではないらしい。
「それで二人は何を話していたの?」
「ああ、いろはが来る前にちょっとな。ほら、あそこの女子生徒についてだよ」
海斗は後ろから抱きつかれるいろはに、廊下側に立って注目を集めている白雪を指差した。
「ああ、橘さんね。すごいよね、容姿端麗、成績優秀なハイスペック完璧美少女って感じだよね」
「ほんと、いろはとは月とスッポンだよな」
「へぇ、それはどういう意味で?」
「頭がお花畑といったところかな?」
「それどういう意味⁉」
いろはは海斗に抱きついたまま、ぶーぶーと文句を言った。
それをずっと見せられている碧は、「本当の事だから仕方がない」と、ボソッといろはに聞こえないように呟いた。




