第62楽章 夜宵の狂想曲
「……ドラムにもコツはあるんだよ」
優月は、巌城美乃禀へそう言った。美乃禀は和太鼓奏者で、ドラムなど触れたことがない。
「……コツ?」
美乃禀が分からないようで、首を横に傾ける。
「うん。確かに、美乃禀ちゃんは、そこそこ力強い音を出してるけど、もう少し軽くて良いんだよ」
「……軽く?」
「うーん……?分かりづらいか」
優月が、そう言って少し考える。
和太鼓とドラムは本当に違う。ドラムができれば和太鼓ができる、和太鼓ができればドラムができる、という概念は机上の空論に過ぎない。
ドラムならば、手首を使うし足も使うので、上下別々に動かさなければならない。逆に、和太鼓ならば、腕だけでなく腰も使うので、ドラムとは違う体力や技能が必要になる。
むろん、叩き方も然りだろう。和太鼓の皮と、ドラムの皮は素材が違うからこそ、叩いたときの感触も、叩き方も、素材も違うといえよう。
「……んーっ」
優月が考え込んでいるときだった。
「みのりん、締太鼓みたいな感覚だよ」
「!!」
優月は(確かに!)と心の中で呟いた。
「……なるほど。ならば、スナップを効かせて、軽めにたたくってことだね?」
「うん!」
「なら、もう少しやりようはあるよ」
そう言って、美乃禀は軽く叩き出す。
「那珠葉ちゃん、すごいね」
優月が説明できなかったことを、那珠葉は簡単に説明にしてくれた。
「いや〜、ボクもドラムやったことあって」
「え?そうなの?」
「はい!小学校の器楽クラブで」
「へ、へぇ」
(そうだったんだ)
那珠葉は小さく肩をすくめる。
「あと、たまに締太鼓たたいてるの見てて、ドラムと少しだけ似てるなあ、なんて思ってたんです」
彼女はすごいなあ、優月が思うと、それを感じ取ったように、那珠葉はへへっと笑った。
どど!たんっ!たんったんったんっ!!
美乃禀は結局、バスドラムとスネアを往復して、たたいていた。優月が教えたスネアのゴーストノートを、彼女は一瞬で覚え、演奏している。
(………)
しかし優月の脳裏は何故か、過去を求めていた。理由は分からない。だが、美乃禀の叩く所を、どこかで見たことがあったのだ。
「……みのりん、うまいね」
すると、戻ってきた鳳月ゆなが、話しかけて来た。
「………あ、鳳月さん」
「ゆゆより、うまいよ」
「いやいや、とんでもない」
「………」
確かに、美乃禀のリズム力は日心も認めるほどだ。死月にでもならなければ、爆発的な能力は見込めないだろう。
(……にしても、ゆなは本当に僕を引き合いにするよな)
それにしても、ゆなが最近、優月を軽蔑してきている……気がした。それは、瑠璃が入ってきたことにより、パート内でのレベルが高まったからだろうか。
だが、そろそろ、ぶつかってしまうのは必然だった。
1時間の休憩を終え、ようやく合奏が再開された。後半は、他の曲を演奏するようだ。
「……本当の自分でいることこ〜そが♪何より素晴らしい人生♪」
広一朗が熱唱している曲は、彼自身が作詞作曲した曲、『失恋の詩』だ。瑠璃のドラムのリズムに合わせ、力強い旋律が流れる。
失恋で苦しむ自分から、抜け出したいと必死にもがく曲だ。いわば、青春の痛みを歌っている。
優しい曲調で終わると、広一朗が大きく頷いた。そして楽譜をめくる。
「あい、また恋愛セクションで、『儚き恋風 あなたに』やりますよ」
この曲は、演奏会の恋愛セクションでやるようだ。ちなみに、失恋の詩の前に演奏する予定らしい。
『儚き恋風 あなたに』という曲は、好きな人への想いは、風のように儚い……を歌った曲だ。
※詳しくは『みんなで語ろうMelody③』を。
「おぉおぉぉーーーーいえぇーーーーーー!!」
叫ぶように広一朗が叫ぶ。まるで、大切な人へ叫ぶ心の内のように。
その歌声に、力強い旋律が加わる。
その合奏は完璧………のはずだった。
「えーっ、皆さん、この曲は恋心だけでなく、家族や大切な友達や、亡くなってしまった人にも贈る曲なので、もう少し深い音で表現してください」
「重っ!」
優月がツッコミを入れると、
「恋セクションちゃうやん!」
心音が強く叫んだ。
「ま、まぁまぁ、恋セクションには変わらないので」
「では、『ばいばい、ありがと』から、もう1回やってみましょう」
そう言われ、ゆなはスティックを静かに構える。
先ほどの広一朗の言葉は、ゆなの琴線に触れた。その言葉が強く突き刺さった。
(……玖衣華)
心の中で呼んだ名前は、ゆなの義妹の名前だった。自分を守って、この世を去った彼女。
ゆなは手元のマレットを握りしめた。簡単なメロディーだと、広一朗に騙され、難解な譜面を見下ろす。
(………ばいばい、ありがとう……か)
優月のドラムが鳴り響くと同時、ゆなは呼応するように、マレットを流すように振り下ろした。
「ばいばい あり〜が〜と〜……!!」
歌詞の真の意味を知ったゆなは、広一朗の歌う歌詞の意味が強く突き刺さった。
天にいる玖衣華には、届くのだろうか?
この音が………。
ホール練習は休憩を挟みつつ、少しずつ終了切れが迫ってきている。
「……では、狂恋と復讐の唄やりますよ」
『はーい』
優月はそう言われ、スティックを構えた。
広一朗のベースに、隼乃駿佑のチューバの低音が、空気をぴりぴりと震わせる。
少しずつ高まると、優月はシンバルを乱打する。力強い金切り音を、もう片手で押さえ、それを何度も繰り返し、スネアのアクセントと連打を繰り出す。
「狂気に染まった 赤き未来を♪触れても離すの 恋と秘密♪」
広一朗の甲高い歌声に、管楽器の唸りが一致する。狂恋とは、狂想曲のように響きゆく。
力強い音色が、ホールへと襲う。
(……すぅう)
優月は、先ほどの美乃禀の演奏を、脳内映像として反芻していた。
(美乃禀ちゃんの叩き方……どこかで……?)
美乃禀が太鼓をたたく。その光景は、物心ついてすぐ、見たことがあった気がした。
どこかの祭りか、どこかのイベントか、確かに彼女と会ったことがあった気がした。
(……もしかして、かなり前にも美乃禀ちゃんに会ってるのかな?)
疑問は、力強いリズムを刻んでも忘れることがなかった。
(………いや、それ以前に、瑠璃ちゃんにだって)
『みのりー、こむらびとー!』
刹那、誰かの声が脳裏を強くたたいた。それは、子供の声だろうか。それとも声だろうか?
いずれにしても、どこかで聞いたことのある名前だった。そして、その人物の正体が………。
「ゆゆーーー!!??」
「あっ………」
気づけば、合奏は終わっていた。どうやら、体が勝手に動いていたようで、演奏していた記憶がまったくなかった。
「ゆゆ、眠いの?」
広一朗が、心配そうにこちらへ歩み寄る。
「あ、いえ……。かんがえごと……いや、何でもないです」
「ま、まぁいいや。片付けしなきゃ。むらこいに迷惑が掛かるよ」
「は、はーい」
広一朗に軽く注意されつつ、先ほどまでの誰かの言葉を思い出そうとしていると、あっという間に片付けが終わった。
考え事をしていると、こうもはやく終わるのか。
何だか、不思議な気分だった…………。
「ねぇ、瑠璃ちゃん」
優月は、ホールのエントランスを歩きながら、ひとりで帰る瑠璃に話しかける。
「ん?」
「美乃禀ちゃんのこと……なんだけどね……」
「巌城のこと?どうしたの?」
瑠璃が頬を僅かに膨らませ、こちらを見る。なんだか、嫉妬しているようにも見えたが、それより聞きたいことがある。
「……僕、美乃禀ちゃんに会ったことが……あった気がして」
「茂華中の文化祭で?」
「ううん。それよりも……ずぅっと前」
「ずぅっと前?」
瑠璃が少し怪訝そうな顔をする。優月の心は、好きな人を傷つけたくない気持ちと、霞がかった過去を晴らしたい気持ちで争っていた。
「……そこで、もしかしたら……瑠璃ちゃんとも、そこで……」
「私にも……そこで?」
瑠璃が『何を言ってるんだ?』と言いたい気持ちがあるのは分かる。だが、これだけは言える。
―――間違いなく幼い頃、瑠璃と出会っている。
「……瑠璃ちゃん!僕と瑠璃ちゃん、小さい時、どこかで会ってない!?」
優月は、確信を持ってそう問うた。
「………優月くん?と?」
「う、うん」
「………」
しかし、瑠璃は微笑する。
「私、ちっちゃい頃の記憶なんて、あんまり覚えてないんだ。ほら、結構大変だったから、思い出したくないことだってあるし」
「………!!それはごめん」
優月が謝ると、瑠璃は首を横に振る。
「ううん。大丈夫だよ。……でも、私も小さい頃、どこかで会ったことがあったような気がするんだよね」
「………瑠璃ちゃん」
彼女も覚えているのか、それとも話しを合わせてくれているのか、どちらかは分からないが、瑠璃の優しさに救われてしまった。
―――だが、優月はこのとき、知らなかった。
『……へへ、こむらびとって誰?』
『………クソ悪人が…!!』
過去いちばんで、思い出したくなかった回想が、目を覚ますことを。
優月は、ホールを出ると、瑠璃へと手を振る。
「じゃあね、瑠璃ちゃん。また明日」
「うん!優月先輩、ばいばい!」
別れを受け取った優月が背を向けた時、
「瑠璃おねーーーちゃーーーん!!」
「……わっ!」
聞き覚えのある声がした。つい、優月は後ろを振り返る。その目に飛び込んできたのは、瑠璃の妹の樂良だった。
樂良も、瑠璃を真似るように、小学2年生ながら吹奏楽をはじめたらしい。ちなみに、入部できたのも特例だった。
「……あれは……樂良ちゃん」
しかし、優月はこの時知らなかった。
樂良のことも、彼女の存在が瑠璃を壊すということも。
「……ここだよね?私も行くんだあ」
「そ、そうだったね」
「帰るか」
父に言われ、ふたりも駐車場へと歩き出した。
この星も見えぬ夜空のような黒い影が、ふたりに迫っているなど、この時は知る由もなかった。
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吹奏万華鏡では、様々な吹奏楽の話しの他にも、音楽に関わるすべての物語を描いています。また音楽や人間関係だけではなく、恋愛や非日常、過去から背中を押す物語を展開しています。
初心者も、これから吹奏楽を始める方も楽しめる物語を作ることが目標です。
皆さんの応援や、ページビューがモチベーションです。これからも魅力的なストーリーを更新できるよう頑張ってまいります。
次回もお楽しみに!
【次回】古叢井瑠璃に……悲劇再来!?
古叢井瑠璃編 最終章!!




