第61楽章 ドラムにもコツはあるんだよ
「……何名様ですか?」
「6名です」
優月が、店員の問いに答え、ボールペンで席票に書き込んだ。
「……じゃ、行こっか」
優月は、そう言って後輩たちの方へと振り返った。
ホール練習の大休憩。瑠璃と2人きりの夕飯を断られた優月は、後輩の美乃禀と孔愛と日心と冬一と那珠葉についていき、このファミレス『シェスター』に訪れていた。
「……美乃禀ちゃん、ありがとね」
優月が美乃禀に礼を言う。
「ううん。瑠璃ちゃんに断られたんでしょ?」
すると美乃禀はそう言い返した。
「う、うん」
「大丈夫だよ、気にしなくていいからね」
美乃禀の言葉には、優しい響きが感じられた。いつもの活気ある声と違って、この声はひどく穏やかだった。
「うん」
瑠璃に誘いを断られた優月を、美乃禀はただ励ましたかっただけだった。
―――だが、この美乃禀の優しさが、後に枷となり、鎖となってしまうのだった………。
その頃、紅愛と瑠璃は、秘密の恋バナで盛り上がっていた。ふたりのいるカフェは、御浦市内でも人気なお洒落カフェだ。
「ふふっ、小倉先輩って優しいのね」
「うん!優愛お姉ちゃんみたいなの!」
「……優愛?」
「うん。優愛お姉ちゃんはね……」
2人の話しが盛り上がった時、『お待たせしました〜』とウェストレイトがやってきた。メイドのようなウエストレイトは、とても美しい顔をしていた。
「……キノコとバターの和風パスタです」
「あ、瑠璃、来たよ」
「あ、ありがとうございます!」
彼女は「ごゆっくり」と言葉を残して、厨房へと戻っていった。
料理を見た瑠璃は、目をキラキラと輝かせた。パスタの上に乗ったノリに、バターの匂いが食欲を強くそそるのだ。
「……美味しそう」
「おいしいわよ」
紅愛はそう言って笑った。
「えへへっ、紅愛お姉様のご飯が、来るまで待ってるね」
「別にいいのに」
紅愛はそう言って笑った。それでも、瑠璃の無垢な瞳には、なぜか逆らう事ができなかった。
「お待たせしました。トマトクリームパスタです」
数分後、先ほどとは違うウエストレイトが、紅愛の料理を運んできた。
「あら、ありがと………」
紅愛が礼を言おうとした時だった。
「紅愛に、瑠璃ちゃん?だよね」
そのウエストレイトは、紅愛と瑠璃の名前を呼んだ。すると紅愛が目を丸める。
「あら……」
「あっ……、麻文ちゃん……?」
そこにいたウエストレイト……いや、女の子は、瑠璃も知っている女の子だった。
野々村 麻文。瑠璃と紅愛の同じ保育園からの知り合いだった。
「……麻文ちゃんかぁ。相変わらず可愛いね」
「またまた〜、瑠璃ちゃんも可愛いよ」
売り言葉に買い言葉、のように麻文も褒め返す。
「……てか、あとで家に遊びに来てよ」
「えっ?いいの?」
「うん!葉菜姉ちゃん、来週日本に帰ってくるんだ」
「あら、葉菜さん?」
麻文の姉、それは野々村葉菜だった。そういえば、雄成が葉菜に握手を求めていたな、と瑠璃は思い出す。
「……そしたら、瑠璃ちゃんにもメイクしてあげる。話しを聞く限り、彼氏ができるんでしょ?」
「……聞いてたのね」
紅愛は、話しを聞かれたことに呆れると、麻文は「ごゆっくり〜」と厨房へと戻った。
「……保育園と小学校を思い出すなぁ」
瑠璃がそう言って目を細める。
『……まふみん!だいすき!』
たまに、瑠璃は紅愛と麻文と遊んでいた。
それと同時、数少ない思い出も、彼女の脳裏へと強くよみがえった。
それと同時、天龍での思い出も―――
その頃、優月たちは天龍メンバーと、店へと入っていた。
「……あれ?颯佚?」
「あ、ゆゆ。うっ!」
「もしかして、推しと料理を一緒に撮ってる?」
「うあ!よく分かったな……」
すると優月は、グラスに入ったサイダーを、ストローですすった。ドリンクの見放題を頼んだ彼は、それをあっという間に飲み干す。
「た、立って飲むなよ」
「あ、ごめん。んで?まどマギの誰を撮ってたの?」
すると颯佚は、隠したはずの推しのキーホルダーを見せる。
「美樹さやか」
「ふぅん」
穏やかそうな青髪の女の子のイラストに、優月は目を丸めた。何だか、心音みたいだなと思った。
「……颯佚の彼女さんもまどマギ好きなの?」
「ああ。今度、映画観に行くんだ」
「へぇえ」
彼の推しトークに、優月は過剰に反応している。それを見た颯佚は、小さく笑う。
「あ、あとでもっとグッズ見せてあげるわ」
「えっ?ありがとう」
そんなふたりへ、美乃禀が駆け寄ってきた。颯佚は、歩み寄る彼女の姿を見ただけで、グッズをリュックへ押し込んだ。
「優月くーん、大丈夫?」
「うん。大丈夫!」
しかし美乃禀は、颯佚のことを、まるで気づかなかったかのように、スルーをしていた。
そうして、それぞれの料理が運ばれると、優月を巻き込んだ天龍トークが始まった。
「……えっ?筝馬くん、彼女できたの!?」
「はい。もう2ヶ月くらい前から」
小さな声で驚く優月に、孔愛は平然と言い放つ。
「まぁ、久遠はいい人だからな」
「暴力は望めんが」
冬一と日心もそう言った。
「確かに。でもお兄ちゃんとしては、理想の上の上だよ。守ってくれるし、優しいんだから」
そして美乃禀も、筝馬の人間性を認めているようだ。たしかに、筝馬は悪い人ではない。
「……でも、静かな人だよねえ」
そこに突っ込んだのは、小皷那珠葉だった。
「それは、そうだよね」
優月は仕方なさそうに笑い返した。
天龍トークの傍ら、デザートのチョコレートパフェを食べていたときだった。
「……ん?」
突然、広一朗から連絡が来た。
(………了解っと)
「んでさー、この前私は言ったのね」
「え?なんて?」
「ちょっとごめん!」
「?」
優月は財布を手にして、彼女たちを見る。
「ちょっと、ホールに帰らなくちゃいけなくなったから、お金払って先に帰ってるね」
優月がそう言うと、美乃禀と那珠葉も財布を取り出した。
「あ、私もドラムやりたいから、先帰るね」
「私も」
どうやら、美乃禀と那珠葉もついてくるようだ。
「我らは、もう少ししたら帰る。気をつけて」
「高津戸さん、ありがと〜」
日心に、美乃禀が別れを告げ、優月へついて行った。
「ドラムやるって、鳳月さんが練習してるかもだよ?」
夕闇の空に街の街灯が灯る。建物にも幾つかの照明が、窓より漏れていた。
「……ええ〜、私、文化祭でドラムやってみたいんだよね」
美乃禀がそう言って、拳を握りしめた。
「みのりんは、和太鼓やるんじゃないの?」
「うぅーん、悩むなぁ。1度でいいから、ドラムもやってみたい」
那珠葉のツッコミにも、美乃禀は悩む素振りを見せていた。
(……美乃禀ちゃんなら、ドラムもできそうだけど)
そんな彼女にも、優月心配する様子も見せなかった。
ホールに帰った優月は、広一朗の所へと向かう。彼が優月を呼んだのだ。
「井土先生、楽譜の製本ですよね?」
「ああ、うん。お願い」
理由は、パーカッションの楽譜の製本だ。
その間、美乃禀と那珠葉が、広一朗に話し掛ける。ドラムが使えるか、交渉に行ったのだ。
「先生、ドラム使ってもいいですか?」
するとパソコンを叩いていた広一朗が、ふたりを見る。
「それは、ゆゆに聞いてください」
「あ、はーい」
広一朗がそう言って、優月の方を見る。
次に美乃禀は、楽譜の製本をする優月へ、交渉に向かった。
「優月くーん、ドラムやってもいい?」
「え、いいよ」
すると美乃禀が、嬉しそうに瑠璃の使っているスティックを掴んだ。指全体で握り込む。
「あ、違うよ。みのりん!」
「えっ?」
「持ち方!」
(……早く終わらせて教えてあげないと………)
優月はそう言いながら、楽譜の製本を急いだ。
その間、彼を急かすが如く、ドラムの力強い音が鳴り響いていた。
数分後。美乃禀が適当にたたき出したときには、ようやく製本が終わっていた。
「……美乃禀ちゃん」
「ん?」
優月は、美乃禀へ話し掛けた。
「ちょっと、音が大きいかな」
「えっ?」
「ドラムにもコツはあるんだよ」
優月はそう言って笑いかけた―――。
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