第60楽章 焦れ焦れディナー
休憩中、茉莉沙に、瑠璃は更なる言葉を掛けていた。
「……茉莉沙先輩!他には何がありますか?」
「他……?まぁ、こういうの」
茉莉沙は少し肩を揺らし、スティックを振る。そのスティックの間合いが、突然に変わる。
「……!!」
シンバルをたたいていたはずのスティックが、ハイハットへと落ちる。そこで指の位置を変えて、スティックの間合いを再び変える。
つ、つ、つ!!
ひとことで言えば、糸のように変幻自在にスティックの位置を変えるものだ。
「おぉーっ!」
そんな超越した技術に、感嘆の声を上げたのは、優月でも、瑠璃でもなかった。
「ん?」
「あ、巌城美乃禀です!すごく上手で……!!」
まさか、トランペットの巌城美乃禀だった。
「あははっ、まぁ、スティックは細いから、何とか指とか腕を引いて、スティックの長さを空中で変えられるんだよね」
「……なるほど」
その時、感嘆の声から深々とした声が、美乃禀の唇からこぼれ落ちた……ような気がした。
「……それと、まぁ、あとは乱打かな。弾幕みたいに……」
「弾幕とは東方かな」
美乃禀が笑うと、茉莉沙は人差し指と、親指に力を込める。そして、視線を広く見た。
「……こうかな」
すると、スネアだけでなく、タムタムやフロアタム、そしてシンバルが放たれる弾幕の如く響く。
〈ドコド…ゴパシーンドコ…ドコパパシーン!!〉
「うわぁ…!」
スティックの軌道が、本当の弾幕のようだ。それでも、所々で突っ掛かっている。それはブランク故だろう。
「私もできるようになりたい!!」
瑠璃が、完全系を夢見て言う。
「……瑠璃ちゃんがやったら、『破壊・乱打』になるね」
すると、茉莉沙のドラム演奏に魅了され、やってきた美心乃がそう言って笑った。
「それ、遊戯王になるやん」
すると休憩中のはずなのに、ゆなもやってきた。
「もう全部の曲を瑠璃に明け渡したい」
すると、ゆなは面倒臭そうに、欠伸をした。
「えへへっ、破壊乱打でブレイカー・レイヴァーテーン……!えへへっ♡」
そう言って笑いながら、思い切りドラムセットをたたく瑠璃。優月は可愛いな、と頬が赤くなった。
本当に夏の室温での暑さもあったのだろう。しかし、茉莉沙は一瞬で本心を見抜いた。
「もしかして、優月くん……」
すると茉莉沙の唇が、優月の耳元へと近づけられる。
「……瑠璃ちゃんのこと、好き?」
甘美な声で囁かれる質問。優月は思わず頷いてしまった。
「ま……まぁ、好きです」
優月は小さな声で言い返した。
「……ふふっ、そうなんだ。優月くんにもできちゃったかぁ」
「えっ?」
すると茉莉沙は、にっこりと笑い返した。
せっかくなので、茉莉沙へ恋愛のアドバイスを聞いてみることにした。
「……えっと、茉莉沙先輩は、どうすればいいでと思いますか?」
優月が問うと、茉莉沙は両拳を強く握って、脇を引き締めた。
「押すのです!」
「えっ?」
やはり打算的だ。繊細だった彼女はどこへ行ったのだろうか?
「そうすれば、なんとかなるよ」
すると茉莉沙は、瑠璃の方を見つめる。
「……多分」
彼女の声は、少しうわずっていた……ように聞こえた。そう思っていると、茉莉沙は小さく耳打ちした。
「じゃあ、このあとの夕飯、誘ってみたら?2人きりになって、告白……とか!」
「あ、なるほど」
優月は、いつもと違う茉莉沙に、少し驚く。
「それにしても、すごくテンション上がってますね」
「恋バナ大好きだから♡」
茉莉沙の熱心な対応はありがたく、優月は瑠璃を、夕飯へ誘ってみることにした。
誘おうかと、歩み出したその時。
「ああっ……」
瑠璃は紅愛とどこかへ消えた。
「……月館さーん」
優月は少し悔しかった。瑠璃と紅愛は確かに仲が良い。学校ではずっと2人でいる所も見られる。
(……はぁあ)
結局、瑠璃を誘おうとする所で、休憩は終わってしまった。たぶん、これが月に叢雲花に風だな、そう思うのは、中学時代以来だった。
その後も指導は続いた。
『……周防奏音さん、何か言うことはある?』
『んーっ、ちょっと金管が危なっかしい所があるかな。こことかね……』
周防奏音は音楽大学2年生だ。その豊富な経験から、広一朗並みの指導をしている。
「ならほど、じゃ、もいっかい!」
『はーい!』
ちなみに、その傍らで向太郎と悠良之介は、何やら話しながら、こちらを見ていた。
こうして終わるのは6時頃だった。広一朗はスマホを見て、こくりと頷いた。
「よし、今から夕飯行ってきてもいいよ〜」
ここで、ようやく1時間の大休憩に突入した。
「ふぅ〜〜〜」
優月は雛壇に座り込んだ。そして瑠璃の方を見ると、彼女は小物楽器を片づけていた。
「……よし」
そんな彼女に、優月は話しかけた。
「ねえ、瑠璃ちゃん」
「んっ?どうしたの?」
瑠璃は首を傾ける。
「……い、一緒に、夕飯食べない?」
優月は、そんな彼女を誘った。今夜、告白する気など微塵もなかったが、取り敢えず好きな人のタイプでも聞けたらな、なんて思っていた。
「……んあぁ」
しかし彼女は、表情を曇らせた。一体どうしたのだろうか?優月は唐突に不安に襲われる。
「……ご、ごめん。やっぱりふたりでは………」
「ごめんっ!!このあとは、紅愛お姉様とカフェでご飯するの」
「えっ……?月館さんと……?」
そういえば、先ほど紅愛が瑠璃に話しかけていた気がする。もしかしなくても、先を越されてしまっただろう。
「……じゃあ、また休憩終わりに」
瑠璃はそう言って、紅愛の所へと走っていった。
「うん、またねー」
小走りで紅愛に向かう彼女。好きと分かった今、寂しい気持ちは明確だった。
「……優月くーん」
その時、美乃禀が優月へと飛び付いてきた。年下にいきなり懐かれ、優月は少し体を硬直させた。
「ど……どうしたの?」
「國井さんたちと夕飯行くんだけど、一緒に行かない?」
「美乃禀ちゃん……」
瑠璃に断られた今、優月が断る理由がなかった。
優月は、孔愛と美乃禀と日心、そして冬一と那珠葉についていくことにした。
「えぇっ!?け、結局告白したの!?」
「えへへっ、音楽室でね」
「あはははっ」
美乃禀は、日心に言われ微笑み返した。それは子供っぽくも、大人びて見えた。
「……それにしても、あんなに思いっ切り吹いてたけど、美乃禀は大丈夫?」
那珠葉が、フラフラと歩く美乃禀に問うた。
「うーん、まだまだ音を多少外しちゃうた!まだまだ未熟だなぁあ」
美乃禀は悔しそうに言い返す。
「……でも、結愛ちゃんに言われて、音の高さを、急に変化させる技術を覚えたよ」
「……嘘だろ!?」
孔愛は、同じトランペット奏者として、初心者ながら美乃禀を尊敬する。
「さっきから、足がふらふらしてるし、疲れてない?」
今度は、優月が心配そうに尋ねる。
「疲れてるよ〜。見える景色もなんか揺れてる。でも、夕飯たべたい」
しかし美乃禀は、笑いながら答えた。
美乃禀の様子に、彼への未練は微塵も感じられない……ように聞こえた。
その頃、御浦市のある人気カフェ。そこは夕方であろうと、混雑していた。
「6時15分に予約した月館です」
「あ、おふたりの月館さんですね。お席ご案内します」
「行くよ」
紅愛は瑠璃の手を握って、席へと歩み出す。
小洒落たカフェは、御浦市で人気な場所のひとつだ。紅愛はここの近くに住んでおり、休日はたまに来ていた。
「すごーい」
レトロな部屋模様ながら、内装は美しい。窓際の席にふたりは座った。
「……わぁああ」
「茂華町にこんなカフェないでしょ?」
「うん!!」
紅愛の質問に、瑠璃は大いに肯定した。
「……それで、紅愛お姉様、お話しってなぁに?」
「ああ、それはね……」
すると紅愛は、瞳を鋭利な刃のように鋭く光らせた。
「いつまで焦らすつもり?」
「えっ?」
「本当は、小倉先輩のことが好きなんでしょう?」
「えっ……?」
すると紅愛は、手元の紅茶が入ったカップを唇に運んだ。その仕草は誰が見ても美しい。
「………うん」
瑠璃は小さな声で頷いた。
「大丈夫。私は誰にも言わないし、ここは予約しなきゃいけないくらいの人気カフェ。彼らが来ることは絶対にないし、誰にも聞かれない」
「あっ……」
「それは、瑠璃がいちばんよく分かってるでしょ?」
紅愛の言葉に嘘はない。
「……うん!!」
瑠璃は、紅愛を信じて本心を話すことにした。
(よし…!)
実は、紅愛は恋バナがしたかっただけ……なのだが。
その頃、そんなふたりの恋バナも露知らず、優月は美乃禀たちと、ディナー場所を探していた。
「ここの近くにシェスターあるはずなんだけと」
優月の言葉に、孔愛が「そうですね」と頷く。
去年のホール練習のときも、ファミレスの『シェスター』という飲食店で、食事をしたのだが、今年もそこで食事することにした。
「あ、あった……」
優月たちは、こうして夕飯を食べに行くことになった。
「……何名様ですか?」
「6名です」
優月が、店員の問いに答え、ボールペンで席票に書き込んだ。
「……じゃ、行こっか」
優月は、そう言って後輩たちの方へと振り返った。
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次回もお楽しみに!




