第59楽章 コピー
ホール練習がはじまり、個人練習を広一朗に命じられた。各パート、OB・OGに見てもらう。
「美心乃ちゃん、ここはもう少し短めにしてくれる?」
「あ、はい!」
「上手だね」
「ありがとござます!」
美心乃は、茉莉沙に教わっていた。茉莉沙の方が、トロンボーンの腕としては、かなり優秀か。
「……明作さん、トロンボーンうまいですね」
「ふふっ、ありがとう」
美心乃も、茉莉沙の腕を知っている。もはやプロ級だと有名だからだ。
その頃、スマホで怠けるゆなを尻目に、優月と瑠璃はドラムを練習していた。
「……もうちょっとでできるかな」
瑠璃は『失恋の詩』の練習をしていた。優しいメロディーから、強いメロディーへと変わるのが特徴だ。それは、ドラムの譜面にも反映されている。
「瑠璃ちゃん、そろそろ?」
「ごめんね。ちょっとだけ待っててくれるかなぁ?」
瑠璃が申し訳なさそうに、眉を曲げて問う。
「あ、もちろん!」
そう答えた優月は、瑠璃の演奏が完璧になる時を待っていた。
「……」
優月は、ずっと瑠璃の演奏を見ていた。体を揺らし、リラックスするように演奏する彼女。その姿をただ眼に焼き付けている。
(……この演奏を見て、自分の演奏を置き換える)
あまりに集中していたせいか、瑠璃に肩を叩かれるまで、脳内思考に支配されていた。
「ゆーづーきーせーんぱーい!?」
「あ!」
思考に阻まれた霞が溶ければ、瑠璃の困ったような顔が眼前に飛び込んできた。
「……ご、ごめんね。考え事をしてた」
「んもぉ、早くしないと、ゆな先輩来ちゃうよ〜」
そう言って、瑠璃はドラムの椅子から飛び出した。彼女からの配慮に、優月は「ありがと」と言って、スティックを構えた。
「……スゥ」
優月は息継ぎひとつで、タイミングを入れる。ハイハットの金切り音が辺りへ響く。
その刹那、スネアのアクセントが柔らかく響いた。その音はホールの客席まで、容赦なく放たれる。
タカタタタカタタ……!!
「……!?」
いつもの演奏と何かが違う。瑠璃は直感で感じた。何より柔らかい音は、柔軟で今までの硬い音色は聴こえなかった。スネアの響線が大きく揺れる。その威力のまま、優月はスティックを曲げるような軌道で、シンバルをたたいた。
(……スティックの軌道が変わった…!)
瑠璃は少し驚いた。緩やかで、誰でも出来そうとはいえ、しっかり軌道を変えている。音速の中、スティックの振る方向を、手首の捻転で変えたのだ。
去ろうと思った瑠璃も、いつもと違う優月の演奏に目移りしてしまう。
そこから、単純なリズムも計算されたかのように、正確なものとなっている。しかも全身を軽く動かし、完全にリズムを掴んでいる。
まるで、普段の自分の演奏のようだ、と瑠璃は思う。それくらい、リズムが力強く正確だった。
チクチクと刻むライドの音も、正確かつ、無駄な力が一切ないのに、心の奥まで響くような音だった。力強い音色だ。
(……ゆな先輩の演奏みたい)
肩を軽く揺さぶられる優月の演奏に、瑠璃は、ゆなの演奏を重ねた。
……もしかして、コピーでもしたのか。
乱立するシンバルの地帯も簡単に超えていく。1打1打が流麗に刻まれている。複雑なリズムでない所は、殆ど完璧だといえた。
曲の終わりで再び、優月はスティックの軌道を緩やかに変える。刃の反りの方向が変わるようだった。
そうして、この技術を駆使した彼らは、無事に指導網から逃れることに成功する。
「……うーん、ドラムよ」
……と思ったのだが、結愛が何やら言いたげな様子であった。
「は、はい!」
優月は恐る恐る、彼女の指示を聞く。低い声色に、あまり良い話ではない事は、容易に予測できる。
「少し危なっかしい所があるからね」
「え、はい」
そう、人の技術を組み込みすぎた結果、本来の演奏が圧殺されていた。
(やっぱり、コピーしたやつは、使い所を考えなきゃ、かな)
「……では、少し休憩にします」
『はーい』
広一朗の指示にて、ようやく休憩が与えられる。ゆなは既に、鍵盤楽器の裏で、スマホゲームを始めている。
優月が項垂れていると、瑠璃がアハハと笑いかけてきた。
「……うぅーっ、ちょっと無理しすぎちゃった」
「ふふっ、人の演奏真似るのはいいけど、場所を考えなくちゃ。秀くんみたいに」
「……秀麟くんだっけ?」
末次秀麟。茂華中学校のパーカッション奏者だ。小学校からの打楽器奏者で、人の演奏を見ては真似る、はっきり言って嘘みたいな少年である。
「……あの子、人の演奏を真似るの得意だったの」
その時、茉莉沙がトコトコと歩み寄ってきた。
「瑠璃ちゃん、優月くん、お疲れ様」
「あ、お疲れ様です」
茉莉沙はにこりと穏やかな笑みをしていた。去年までは、控えめな笑い方をしていたのに、今は可愛らしい笑みを浮かべていた。
「……茉莉沙先輩!」
「ふふっ、瑠璃ちゃんは1年ぶり?」
「はい……、えっと、今は?」
「凜西市医療大学1年生です」
「わぁあ!お医者さんになるんですか!?」
瑠璃がそう問うと、茉莉沙はこくりと頷いた。
「……そういえば、茉莉沙先輩も元々は打楽器奏者だったんですよね?」
「あ、そうだよ」
茉莉沙は、ふふっと可愛らしく笑う。綺麗な顔だな、と誰もが思う事だろう。
「……確かに、演奏会でのドラム上手でしたよね」
「あっ、見ててくれたんだ」
明作茉莉沙。中学時代は、全国でも最高級の打楽器奏者だった。
『もう…だいたいの曲で、困らなくなったなぁ』
『……私がやってる曲なんて、できて当然です』
かなりネガティブな所はあったが、それでも僅か3年のスパルタ指導で、最高級の奏者へと仕上がっていた。
そんな彼女は、他人の奏法をコピーすることが得意だったはずだ。
「……あの、スティックが曲がるやつって、どうやってやるんですか?」
瑠璃がふと問うた。
「曲がる?ああ、軌道?」
茉莉沙はそう言って、静寂を被るドラムに歩み寄り、スティックを拝借した。
「これ、瑠璃ちゃんの?」
「あ、僕のです」
「あ、優月くんの?借りるよ」
そう言って彼女は、スティックを真縦に振る。その勢いが止まった瞬間、丁度良い地点で、手首の方向を変える。そのまま、上へと持ち上がるスティックだが、あまり想像がつかないだろう。
「……やっぱり、ドラムやらないと分かんないかも」
そう言って、茉莉沙はドラムセットへと歩み寄る。
「やっても大丈夫だよね」
茉莉沙はかなり打算的になっていた。すぐにスローンに腰掛けるなり、パラパラとロールを流す。
「……!!」
その時、何人からか視線を浴びせられる。それでも茉莉沙は、蜘蛛の子を散らすような爆音のビートを刻みだした。
「……ええ、まじ?」
「鳳月先輩よりも……もしかしたら……」
音圧と的確なリズム力で、辺りは釘付けになった。華奢な体ながら、出す音は殆どプロをそのまま写したよう、これが明作茉莉沙だ。
「……よし、じゃ、瑠璃ちゃん。私はいつまでもいられないから、動画を撮って学習して」
そう言って茉莉沙は、真縦にスネアへスティックを振り下ろす。落雷の速度……と思いきや、羽のようにゆっくりと落ちる。
「……わぁあ」
スネアの表面へ当たった瞬間、そのタイミングで手首を一瞬で翻す。そこからいきなり速く振られる。
ぱしん!
近くのシンバルが鳴る。完全なる軌道変化だ。
「どう?」
「む、難しそう……」
「まぁ、これね、打って跳ね返ったときの反動と、手首の方向を変えて振るまでのタイミングを、合わせなくちゃいけないの」
「む、難しそう……」
「結構、コツとかタイミング掴むまで、時間が掛かるから頑張ってね」
「は、はい!」
「あと、上へ振るときは、下へ振るときの2倍の速度にするんだよ。普段から物をたたく癖をつけなきゃ難しいと思う」
「わぁあ、難しそう……!!」
この茉莉沙の技術は、同じ楽団にいた元宿敵、沢柳律から盗み見たものだった。
すると茉莉沙は、優月の方を見る。
「あと優月くん、スティックの軌道が緩やかだけど、もっとゆっくり基礎練習した方が、もっと綺麗なフォームでたたけると思う」
「あ……、基礎練習」
ぱしん!ぱしん!瑠璃の、逆手抜刀のように振られるスティックが織りなすシンバルの音が、優月の耳と記憶を断絶させる。
「分かりました」
瑠璃は楽しそうにたたいて、少しずつ基礎を固めている。それを見ていると、優月の中で本性が沸き出る。
(……そうだ、僕は基礎が好きなんだ)
ひたすらたたく。優月はそちらの方が性に合っている。彼はにやりと笑った。
「……頑張ります」
それは、瑠璃にも向けていた言葉だった。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
読んでくださったみなさんの、アドバイスや感想は大きなモチベーションになります!総合ポイント100point 目指しております!
良ければ、リアクション、ブックマーク、感想、評価をお願いしたいです!
吹奏万華鏡では、様々な吹奏楽の話しの他にも、音楽に関わるすべての物語を描いています。また音楽や人間関係だけではなく、恋愛や非日常、過去から背中を押す物語を展開しています。
初心者も、これから吹奏楽を始める方も楽しめる物語を作ることが目標です。
皆さんの応援や、ページビューがモチベーションです。これからも魅力的なストーリーを更新できるよう頑張ってまいります。
次回もお楽しみに!
【次回】 まだまだ続く……茉莉沙の新奏法
優月と瑠璃の恋は焦れ焦れ………♡




